Smile again ~また逢えるなら、その笑顔をもう一度~

たいちょー

3.

「へぇ、ここが江ノ星高校か」
「ここだっけ?和樹を負かした親友っていう子が通ってるの」
隣に立った、ジャージ姿の夏樹が呟いた。
何度かこの高校と練習試合をしたことはあるものの、いつもこちらがホーム側であった。こちらがこの高校に直接来たことがあるのは、中田が現役のうちでは初めてだ。
「ああ。なんか最近は、フットサル部が廃部になりそうだーとか言って、一人で大騒ぎしてるよ」
「へぇ、その子も大変なんだね」
「二人ともー、早く来いよ?」
バスを最後に降りてきた紀彦が、校舎を見つめている二人に呼びかけた。
「あ、うん。ごめーん。和樹、行くよ」
「あいよ」
中田は夏樹に促されるまま、それなりに列になって歩いているチームメイト達の最後尾を彼女と共に歩いた。
「楽しみだなぁ、今日の試合」
ふふーんと呑気に鼻歌を歌いながら夏樹が呟く。
「あ?」
「だって、今日は一味違う和樹のプレイが見られるんだよ?楽しみで仕方がないよ!」
「あのなぁ・・・」
ニコニコと可愛らしい笑顔を見せながら、夏樹はうずうずとしている。
何故こんなに彼女が楽しそうにしているのか。話は昨日の練習後の自主練時に遡る。
―――昨日。
「ほら、パス!」
「おう!」
隣を共に走る夏樹にボールを投げ渡されると、置かれたコーンを人に見立ててオフェンスをして避けながら、中田はそのままゴールへと投げ入れた。ガコンッという鈍い音を立てると、ボールはネットの内側から、ガチャガチャの玉のように落ちてきた。
「やるじゃん!スリーポイント、三連続で入ったよ!」
それを見た夏樹が、いつになく嬉しそうにはしゃいでいる。それも、ゴールを決めた中田以上にだ。
「ああ、これが本番でできればいいんだがな」
「何言ってんの!絶対できるよ!これだけ練習してきたんだから、いい成績出せるって!」
「そうか?」
「うんっ!明日の試合は、絶対いいプレイ見せてよね!ここから中田和樹の革命が始まるんだから!」
「革命って・・・それは言いすぎだろお前」
「いいの!それくらいカッコよくないと、カッコつかないでしょ?」
「はぁ・・・?そうか?別にどうでもいいけどよ」
「よーし!じゃあ今日はここまで!プレイヤーは、コンディションも大切だからね!」
「はいはい」
―――という訳である。もちろん夏樹が練習に付き合ってくれたおかげで、ここ一ヶ月での中田の腕は自らの想像以上に上がったと思う。だが、彼女はそれに露骨に楽しそうにしているから、困ったものだ。
きっと、今の彼女に何を言っても聞かないだろう。ここは、彼女の言う通りにしておこう。
中田は皆につられるがまま、江ノ星高校の体育館の中へと入った。

一方
「あ、玲奈ー!こっちこっち!」
南口は、心奈と待ち合わせしていた場所に着いた。今日は何やら、彼女がいい相談相手と話をさせてくれるらしい。
「早いね、心奈。おはよ」
「おはよう!じゃあ、早速行こっか。もう中に待たせてるんだよ!」
「そうなの?うん、行こうか」
心奈に連れられて入ったのは、よくあるファミリーレストランだった。正直あまりこういった場所には来ないために、少しだけ緊張する。広々とした中を奥へ歩いて行くと、一つのテーブル席の前へと着いた。
「お待たせ、璃子ちゃん。こっちが話してた、友達の南口玲奈だよ」
璃子と呼ばれた彼女は一人、ボーっと窓の外を覗き見ていた。女性にしては少しだけ体格の大きい彼女が、こちらに気が付くと、少しだけ口元を緩めた。
「初めまして、南口玲奈です」
「あんたが玲奈ちゃんやな?ウチは佐口璃子。よろしくな」
意外と愛想が良い彼女は、ニコッと笑顔で手を差し出してきた。その手を、南口も笑顔で握り返す。
挨拶が済んだところで、南口は心奈の隣に座った。向かいには、佐口が座っている。
「えっと・・・関西出身なのかな?」
南口は彼女に問うた。
「そやで。小学生の時にこっちに引っ越してきたんだけどな?なるべく関西弁使わないよう気をつけてはいるんだけど、やっぱりちょくちょく癖でね」
「へぇ、そうなんだ。関東だと、やっぱり方言とか使わないもんね」
「そやな。・・・あ、また使った」
佐口の言葉に、三人に笑いがこみ上げる。どうやら悪い人ではないようで、一安心だ。
「で、玲奈ちゃん。ウチに恋愛相談って件で心奈から聞いてるんだけど」
「れ、恋愛・・・まぁ、そうなるのかな」
「ええで、どんどん言って!ウチにアドバイスができれば、どんどんしてあげるから!」
「う、うん・・・ありがとう」
多少強引気味な気もするが、南口は今の彼との現状を、丁寧に話した。彼女は話を聞いている間、関心そうにうんうんと頷きながら聞いてくれていた。
「そっかぁ・・・玲奈ちゃんも大変やな」
彼女は難問を解くような顔で、うーんと唸っている。どうやら、彼女にも難しい問題のようだ。
「じゃあ、順々聞いてくよ。まず玲奈ちゃんは、中田君のことはまだ好き?」
「え、そ、そりゃあ・・・そうだよ。ちょっと、恥ずかしいけど・・・」
「うん、じゃあそれはよし。次に、その子は前から、他の女の子と仲良くするっていうことはあったん?」
「な、無いよ!中田君はそんな人じゃない!」
「んー、なるほどな。じゃあ、中田君の嫌な所を、三つ挙げてみて」
「え、嫌なところ・・・?」
三つ目の佐口の質問に、南口は言葉が詰まった。
―中田君の嫌いなところ?そんなところ・・・。
「・・・ないんか?」
佐口がこちらをジーっと見つめている。その目は少し恐怖さえも覚えられた。
「ま、待って。考えてみる」
南口は、彼との今まで触れ合った出来事を思い返した。先月、彼と花見をしに行ったこと。その前には、みんなで夜ご飯を食べに行ったり、一緒に写真を撮りにも行った。
だが、彼の嫌いなところ?そんなもの・・・思い浮かばない。いつも彼と一緒にいると嬉しくて、楽しくて。彼がいるだけで、幸せな気分になれる。それは、今も昔も変わらない。
「・・・やっぱりないよ。中田君の嫌いなところなんて」
一分程、考えに考え抜いた結果の答えだ。これ以上考えても、何も思い浮かばない。すると佐口は、次にこう口を開いた。
「・・・ダメやな」
「え?」
彼女はやれやれと首を振ると、こちらに目を向けた。
「玲奈ちゃん。それは、あんたに問題がある」
「っ・・・!?冗談、でしょ?」
「いいや。確かに他の子と仲良くなってる中田君もそれなりや。でもそれ以上に、あんたが中田君を飽きさせてる。玲奈ちゃんの今の意識が変わらない限り、中田君はずっとその子についていっちゃうんじゃないかな?」
「そん・・・な・・・」
―私が、悪い・・・?私のせいで、中田君は離れていってる・・・?
ナイフが胸に突き立てられたような感覚だ。酷いショックを隠し切れずに、南口は机を見つめた。
「り、璃子ちゃん!ちょっと言いすぎじゃない?」
すかさず心奈が、落ち込む南口を見てフォローに入った。だが、佐口は一歩も退こうとしない。
「いいや、男に飽きられる女もそれなりに悪いんよ。こればっかしは、男の本能ってもんやから仕方がない。男はな?魅力がある女を好きになるんよ。いつまでも変化せず、このままでいいやと思ったら大間違い。気が付けばきっと、男はどこかへ行ってるよ」
璃子はコップに入った飲み物を一口飲み込んだ。
「れ、玲奈。そんなに落ち込まなくていいからね?」
会話を聞いていた心奈が、あたふたして南口に話しかける。だが、今の南口には彼女に返事をする気持ちさえ湧かなかった。
「玲奈ちゃん。あんた、中田君と喧嘩したこと、あるか?」
佐口が問いかける。南口は俯いたまま、小さく首を振った。
「・・・そっか。じゃあ、あれやな。まずは、本気で中田君を嫌いになってみるんよ。彼の嫌な所だけを注目して見る。そうすれば、自然と嫌な所が見えてくる。・・・心奈ちゃんは、真田君の嫌いなところ、あるか?」
彼女は、そのまま話を心奈へとふった。
「え、私?うーん。ちょっぴり意地悪な所と、適当なところとか。あ!あと昨日まで私の誕生日知らなかったんだよ?酷くないっ!?」
「え、それは酷いなぁ。後でウチが怒っとくわ」
「うん、お願い!あ、璃子ちゃんがよかったら、一発殴ってもいいよ?私が許可する」
「ええで。そやったら、筋トレもちょっとしとかないといけないね」
二人は落ち込んでいる南口を差し置いて、何やら楽しそうに会話している。今は、その会話すら憎くたらしく思えた。
「・・・玲奈ちゃん。顔上げてくれる?」
ふと、佐口が南口に指示する。嫌々と思いながらも、南口は彼女に従った。
「あのな?玲奈ちゃんが中田君を好きって気持ちはよう分かる。でも、あんたは彼を嫌うことを怖がって、悪いところを見ようとしてないんとちゃうか?」
「っ・・・」
「本当に心から好きっていうのはな?相手の嫌な所も好きになるんよ。それを認めて初めて、大好き、愛してるってことが分かる。玲奈ちゃんからは、それが伝わってこないんよ。ただただ相手の事が好き。それじゃあ、片想いしてる女の子と変わらんで?」
「私は・・・」
「・・・もしかしてあんた、ご両親と触れ合ったこと、少ないやろ?」
「なっ・・・!?」
突然何を言い出したかと思えば、自分の両親についても話に出してきた。何も二人は関係ないじゃないか。これ以上は、もう我慢できない。
「も、もういい加減にして!お父さんとお母さんは関係ない!」
レストラン内に、南口の怒号が響き渡る。一気に南口に、周囲から注目が集まった。
「・・・そやな。確かに関係ないわ。それはウチが悪かった。ごめんな」
何かを憐れむように彼女は俯くと、目をつむって頭を下げた。
「・・・私もごめん。ちょっと落ち着く」
南口はすぅっとゆっくりと息を吸うと、時間をかけて吸った息を吐いた。
「まぁ、言いたいことはそんな感じ。ちょっと興奮して、つい向こうの方言混ざっちゃった。聞きづらくなかった?」
佐口はふぅっと息を吐くと、きっとこっちが普段であろう丁寧な標準語で話した。
「・・・大丈夫」
「そっか。でも、伝えたかったことは伝えたからな?後は、玲奈ちゃんがどうするか、だよ」
「・・・分かった。ありがとう」
「んじゃ、ウチはこの後、バカ彼氏の面倒があるからこれで。あ、ジュース代置いとくよ」
「あ、うん。ありがと、璃子ちゃん。ヒロの件、よろしくね」
テーブルに小銭を置く佐口に、心奈が礼を言う。彼女は嬉しそうに微笑むと、背を向けながら手を振った。
「分かっとるよ。ほな、またな」
彼女はそのまま、レストランを出ていった。
「・・・大丈夫?玲奈」
いなくなったもう片方の席に、心奈が座る。その表情は、とても悲しそうだった。
「いやぁ・・・大丈夫じゃ、ないかも。ちょっと、色々ショックでさ。なんて言ったらいいか・・・」
心配をする心奈に、南口は苦笑いで返した。今の気持ちを、どう言い表せばいいのか。例えていうなら、「悔しい」という一言に限る。
「でも、きっと相手が美帆でも、同じようなこと言われてたと思う。美帆に言われたほうが、ショックが大きいと思うなぁ。あの子、色々ストレートだから」
「ああ、それはあるかも」
彼女が笑った。
「ありがとね、心奈。ちょっとだけ、分かった気がする。変わらなくちゃいけないのは、私のほうだったんだね・・・」
「焦らなくてもいいと思うよ。ゆっくりと、玲奈ができるところから、中田君の事をまた知っていこう?」
「そうだね・・・私も、頑張らなくちゃ」
昔からの友人である二人は、ちょっぴり嬉しそうに微笑み合った。

一方
「よしっ!」
―いけっ!
第四クォーター。試合時間残り二十秒。中田はセンターサークル手前から、相手のディフェンスがいなくなった瞬間を見計らってボールを投げた。もちろん、絶対に入るなんて確証はない。だが、なんとなく入るという自信だけはあった。
ガコンッ。ゴールネットが揺れる。どうやら、中田のスリーポイントシュートが成功したらしい。
「よっしゃあ!」
「ナイス中田!」「ナイスー!」
戻ってきたチームメイトからありがたい言葉が浴びせられ、ハイタッチを交わした。これはもう、気分はバラ色である。
ピィ―ーッ!審判の笛が鳴った。
「やったぁ!和樹!」
ベンチから、彼女の声が聞こえる。振り向くと、彼女は中田に、親指を立てて喜んでいた。

「ホント、凄かったよ!十点入ればいいって言ったのに、まさかスリーポイントを二回も入れちゃうなんて!第四から入ったのに、十二点も取っちゃうなんて流石だよ!」
バスの隣に座る夏樹が、未だに冷めない熱を放っている。どうやら、相当嬉しかったらしい。
「はは、夏樹の指導のおかげだよ。サンキューな」
「も、もう!照れるじゃん!でも、ホントに強くなったね和樹。前とは見違えるくらい」
「ああ。プレイしてて、自分でも分かったんだ。相手の動きが、なんとなく分かるんだよ。あと、どのくらいの力加減でスリーポイントが狙えるかとか。とにかく、俺は強くなった!・・・と思う!」
最後に付け加えた一言で、夏樹がフッと可笑しいように笑った。
「でも、強くなったのは本当だと思うよ。点も取れるようになったし、次はレギュラーを目指さないとね!」
「そうだな。夏樹先生の指導なら、案外すぐなれちゃったりしてな」
「そーんな嬉しい事言ってると、もっと練習厳しくするよ?」
「お?いいぜ、やってやるよ!」
「ふふ、段々らしくなってきた。その意気だよ!」
「いたっ!?うぉい!」
彼女が思い切り、中田の肩を叩いた。結構痛かったが、彼女が楽しそうにしているから良しとしよう。「ったく・・・」とぼやきながらも、中田はそのまま、椅子に深く背中を任せた。

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