Smile again ~また逢えるなら、その笑顔をもう一度~

たいちょー

Memory.4

次の日

午前十時前。若干の曇り空だった。だが、午後にはちゃんと晴れるのだという。早く良い青空を見せてくれよと願いつつ、西村は待ち合わせ場所である駅前の公園へと向かっていた。
昨日までの心のモヤモヤはいつしか晴れ、ただただ彼と会うことが楽しみで仕方がなかった。
―あっ・・・ヒロ君早い、もう来てる・・・。
公園前の交差点に着いた。道路の反対側には、まだ待ち合わせに設定した時刻の十分前だというのに、既に空をボーっと見ながら突っ立っている見慣れた顔がいた。
信号が青になり向こう側に渡る。彼はこちらに気が付くと、嬉しそうに手を振った。
「おはよう、早いね」
「おはよ。女の子と二人きりでどこかに行くのは初めてだからさ。張り切りすぎて、早く来ちゃったんだよね」
「ふふっ、ヒロ君らしい」
「それじゃあ・・・どうする?どこか、行きたい場所ある?」
彼が問う。
「行きたい場所?うーん・・・特に無いなぁ」
―っていうか、ヒロ君と一緒ならどこでもいいし。
そんな想いも彼には届かず、うーんと彼は唸ってしまった。そこまで考えなくても、怒りはしないというのに。
「うーん・・・あはは、ごめんね。初めてだから、ちょっと緊張しちゃって・・・どうしようかなぁ」
「もう・・・しょうがないなぁ。じゃあ、私が行きたい場所に、文句は言わないって約束できる?」
「え?う、うん」
「よし、じゃあ私についてきてよ」
「オッケー」
彼がホッとしたように笑った。
―もう、変な所頼りないんだから・・・ま、いっか。
一人で微笑むと、隣を歩く彼と共に西村は、駅を挟んだ向こうにある商店街へと向かった。
「商店街?あんまり来たことないなぁここ」
「そうなの?いい人が、沢山いるんだよ?」
「へぇ。そうなんだ」
様々な店が立ち並ぶ中、中央の道をのんびりと歩いて行く。彼と他愛もない話をしながら数分歩くと、目的の八百屋へとたどり着いた。
「お、陽子ちゃん。いらっしゃい!お使いかい?」
「叔父さん、こんにちは」
いつもの見慣れた八百屋の店主である、優しい叔父さんが出迎えてくれる。彼とは数年前からの顔見知りであり、ここに来るたびに優しく話しかけてくれた。
「お、そっちの子は?まさか、小学生で彼氏かぁ?」
彼が裕人を見るなり、にやにやと笑っている。
「ち、違うよ!友達!ね?ヒロ君?」
「え?ああ、うん」
突然のフリに驚きつつも、短く彼は頷いた。
「そうかい。二人とも、仲良くな?」
「はーい!」
西村は叔父さんの八百屋にて、ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎ、インゲン豆をそれぞれに購入した。張り切りすぎたせいか、少し袋が重い。
「まいどー!気をつけてな!」
「はーい!ありがとう!」
これが、彼の店での最後の買い物となるだろう。西村は彼に精いっぱいの笑顔を見せると、彼の店を後にした。
「あ、重いでしょ?持つよ」
ふと、彼が手を差し出す。
「ん、いいよいいよ。これくらい持てるし」
「そう・・・?いや、やっぱり俺が持つよ。っていうか、持ちたい、かな」
「え?そ、そう?・・・そ、そこまで言うなら・・・仕方ないなぁ」
不器用な彼の優しさに、思わず笑みがこぼれる。まったく、どうしてもっと男らしくできないのか。まぁ、そこが彼の可愛い一面でもあるのだが。
「で、この野菜どうするの?」
野菜の入る袋を受け取った裕人が問う。
「んー?まだ内緒」
「そう?」
不服そうにしながらも、彼はそこでその話題をやめた。追求性がないのか、はたまた気配りがいいのかは定かではないが、ひとまず彼のこういうところが好きだ。
それから商店街を歩くこと数分。今度は八百屋から商店街の反対側にある、肉屋に向かおうとしていた時だった。
「うぇぇ・・・」
「ん?」
ふと、裕人が立ち止まった。
「どうしたの?」
「いや、なんか声が・・・あ?」
「何・・・?」
ふと、建物の間、昼間でも暗い抜け道の間で何かの声がした。二人で覗き込み、よーく見てみると、小さい子供が一人、そこにはポツリと佇んでいた。
「あ、あれきっと迷子だよね?どうする?」
西村は彼に問うた。
「どうするって、助けてあげようよ。可愛そうだし」
異論無しと言わんばかりに、彼がニッと笑った。こういう男らしさも、また彼らしい一面なのだ。
「・・・ふふっ、そうだね」
西村が先導する形で、二人は暗い抜け道の間に入る。小柄な西村でも通るのがやっとなくらい、道幅がとても狭かった。
やっとの思いで泣いている子供のそばに着く。それは小さな男の子で、見る限り幼稚園児だった。
西村は彼と同じ目線に立つと、優しく声をかけた。
「ねぇ、君。どうしたの?」
俯いていた彼がこちらを向く。一瞬驚いたようだが、すぐに彼は口を開いた。
「うぅ、ママがね?どこか行っちゃったの・・・」
「うーん、そっかぁ。じゃあ、お姉ちゃんたちと一緒に探そう?」
「お姉ちゃんと?」
「うん。行こう?」
彼に手を差し出す。思っていたよりもすぐ、素直に彼はこちらの手を握ってくれた。自分よりも二回りくらい小さい手が、自分の手の中にすっぽりと入る。西村はそのまま立ち上がった。
彼も立ち上がり歩きだそうとしたが、「んん・・・」と何故か唸っていた。
「どうしたの?」
再びしゃがみ込み、彼と同じ目線に立つ。彼は無言で右足をあげると、こちらに膝を見せてきた。
「あっ・・・怪我してる。痛い?」
「うん・・・。痛いの痛いの飛んでけしても、ずっと痛いの。痛いの、飛んでかないの」
「そっか・・・困ったなぁ」
かなり大きく転んで擦切ったようで、傷から流れ出る血が、彼の靴下にまで流れていた。再び彼が泣き声をあげる。
さて、どうしたものか。
「ヒロ君!・・・って、大丈夫?」
ふと、後ろに立っている裕人に声をかけた。だが、彼は道幅に肩幅サイズが合わないのか、未だにこちらにたどり着けていなかった。
「え、あはは・・・俺じゃ狭くて通れないや、ここ。ごめん、とりあえずその子、こっちに連れてきてくれる?」
「もう・・・分かったよ」
道の向こう側で苦笑いを浮かべる彼の姿に呆れると、再び男の子と向き合った。
「お姉ちゃんが、痛いの治してあげる。だから、一緒に行こう?」
「ホント・・・?お姉ちゃん、治してくれるの?」
「うん、約束する。君、名前は?」
「コウスケ・・・」
「コウスケ君かぁ。良い名前だね。じゃあコウスケ君。一緒にお姉ちゃんと行こう?」
「・・・うん」
彼がコクりと頷くと、西村は彼を軽々と持ち上げた。
再び狭い抜け道を通り、やっとの思いで裕人が待つ出口にまで到達する。暗くて見えなかったが、よく見ると腕も少し擦ってしまっているようだ。
「うわっ、怪我してるじゃん。早く処置しないと」
コウスケの姿を見た途端に、裕人が声をあげ驚いた。
「うん。裕人君、誰かお店の人に、絆創膏持ってる人がいないか聞いてきて!お願い!」
「わ、分かった!」
彼は袋を西村の隣に下ろすと、すぐに走って行ってしまった。
―あーあ。結局こうなっちゃうのかぁ。せっかくのヒロ君とのデートなのに。
ふとこんな状況だが、いざ考え直してみるとそうだ。悪運なのか、ある意味いい経験なのか。西村は一人で笑ってしまった。
・・・でも、まぁいっか。
周りを見渡す。ラッキーなことに、彼が座れる高さの段差があった。西村は彼を抱きかかえ、左手に重い袋を持つと、彼を段差の上に座らせた。彼の隣に、野菜袋も一緒に置く。
「コウスケ君。ちょっとだけ、ここで待っててくれる?」
「お姉ちゃん、行っちゃうの?」
彼が再び泣きそうな顔をする。
「大丈夫、戻ってくるよ。約束する」
「本当・・・?分かった、僕待ってる」
微笑みを返し、彼の頭を撫でてあげると、西村は近くに、血を流せる水道が無いかを探した。
幸い商店街ということもあって、すぐに水道がある店は見つかった。そこの店主の叔父さんに簡単に話をつけると、すぐにそれを了承してくれた。
急いで彼の元に戻り、再び彼を抱きかかえ、袋を持つ。こればっかしは、小学生だろうと腕や腰にくる。
すぐに了承してくれた叔父さんの店に向かうと、彼を水道の前に立たせた。
「コウスケ君。ちょっとだけ痛いの、我慢できる?」
「え、痛いの?」
彼が哀しそうに呟く。
「大丈夫だよ。コウスケ君は、男の子だもん。強いよね?」
「・・・うん、頑張る」
「よーし」
彼の頭を撫でると、西村は彼の靴と靴下を脱がせた。水道の蛇口を捻ると、彼の右ひざをゆっくりと、水に流す。
「いっ・・・痛い!痛い!」
彼が悲鳴を上げる。傷も大きいから、痛みも相応なのだろう。自分が変わってやりたいぐらいだが、きっと自分でも軽く泣いてしまうかもしれない。
「よーしよしよし。もう、大丈夫だからね。よく頑張ったね」
「本当・・・?僕、強かった?」
「うん!コウスケ君は強いよ!」
彼を撫でながら優しく抱きしめる。すると彼は、初めて「えへへっ」と笑ってくれた。
ポケットに入れていた、黒い無地のハンカチで彼の傷口周りを拭く。あまり血が目立たない黒を持ってきていて、今日はラッキーだ。靴下と靴を履かせ、再び彼を抱きかかえると、店主の叔父さんに礼を告げて、西村は先ほど裕人と別れた場所に戻った。
「あ、西村。借りてきたよ、救急箱」
彼は箱を持ち上げながら、こちらにそれを見せた。
「ありがとう。コウスケ君、もう少しだからね」
「うん!」
段々と自分にも慣れてきてくれたのか、彼も徐々に笑ってくれるようになった。彼に微笑み返すと、西村は段差に彼を座らせて、救急箱から絆創膏を取り出し、傷口に丁寧に貼った。
「・・・よしっ、これでもう大丈夫だよ。まだちょっと痛いかもしれないけど、コウスケ君なら我慢できるよね?」
「うん!できるよ!男の子だもん!」
「ふふっ、偉い偉い」
彼の頭を撫でる。小さい子はやはり、無邪気で可愛らしいものだ。
「ふぅ、なんとかなったね」
ふと、半分意識から忘れかけていた裕人が呟いた。
「ああ、そうだね。後は、お母さんが見つけてくれればいいんだけど・・・」
周りを見渡してみる。だが、そんな都合がいい事はなく、特に周りを歩く人に、彼に目を留める人物はいなかった。
「はぁ。しょうがない、三人でお母さん待つしかないね。あんまり動き回っても仕方ないし」
彼がコウスケの隣に座る。コウスケは一瞬彼に怯えたが、彼が微笑むと、すぐに笑みを返していた。
「そうだね、ここで待ってようか。コウスケ君、一緒にママを待とう?」
「うん!待ってる!」
すっかり元気を取り戻した、コウスケが頷いた。

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