Smile again ~また逢えるなら、その笑顔をもう一度~

たいちょー

9.

久々に見るその存在が、目の前にそびえ立つ。心奈の緊張は、極限にまで高まっていた。
―ダメ・・・ちゃんと言わなきゃ。
唇が震える。緊張から冷や汗も出てきて、足元も安定しない。
だが、もう決めたのだ。自分を慕ってくれる友人から、決してもう逃げないと。目を背けてはならないと。
その存在と向き合う。心奈は小さく息を吸うと、目をつむって思い切り頭を下げた。
「ごめんなさい!」
自身の声が、周囲に響く。
「私、ずっと怖くて。あの時も突然だったから、つい怖くなって逃げ出しちゃったの。許してもらえるか分からないけれど・・・本当にごめんなさい!」
正直、許してもらえるかなんて分からない。その存在の気が許さないのなら、それでもいい。だが、それでもせめて、謝罪だけでもしておきたかったのだ。
ふぅっと息を吐く声が聞こえると、その存在は口を開いた。
「心奈」
懐かしい声が、優しく自分の名を呼ぶ。
「ずっと、怖かったんだよね。大丈夫。中田君やみんなから事情は聞いたよ」
ゆっくりと頭を上げる。昔よりも少し髪は伸び、赤いフレームの眼鏡をかけた旧友。南口玲奈が、美しく微笑んでいた。
「確かに心奈が逃げたときは驚いたけど・・・。でも、気にしてないよ。心奈だって、色々大変だったんだもんね。私は、寧ろ心奈らしい心奈が見られて嬉しいよ」
「玲奈・・・」
「・・・でも、心奈がお嬢様口調かぁ。全然キャラじゃないんだもん。やっぱり心奈は、ちょっとおっちょこちょいな感じが一番可愛いよ」
「むぅ・・・おっちょこちょいは余計だけど・・・。でも、ありがとう」
礼を述べると、彼女がスッと手を差し伸べてくれた。その手は白くて、美しい艶を魅せていた。
「これからもよろしくね、心奈」
南口が優しく微笑みかける。ついつい嬉しくて、その手を掴むのではなく、彼女自身に抱き着いた。彼女は一瞬驚いたようだが、それでも共に笑ってくれた。
「ちゃんと仲直りはできた?」
ふと、ずっと横で話を聞いていた、西村がこちらに話しかけてきた。
「うん!これからも私達、ずーっと友達!」
彼女と手を繋ぎながら、心奈は二人へ無垢に微笑んだ。

「ところで、美帆と玲奈が従姉妹いとこどうしって聞いたけど本当?」
心奈が問いかけた。
「本当だよ。色々と話せないことも多いから、しっかりと説明はできないけど。私のお母さんと、美帆のお父さんが兄妹なんだ」
「へぇ、そうなんだ・・・」
―いいなぁ、裕福で。羨ましいなぁ。
最近、美帆と深くかかわるようになってから、彼女へとある感情が芽生え始めていた。
片や自分は家族を失い、祖母と貧しく暮らしている一方。彼女は世界的にも有名な会社の娘で、とても裕福に生活している。
別に彼女を恨んでいる訳じゃない。だが、しばしば彼女との劣等感に駆られていた。
「じゃあ、小さい頃から仲がよかったんだ?」
「うーん。仲がよかったのかなぁ?」
ふと、南口が首をひねった。
「どういうこと?」
西村が問う。
「今はもう、丸く収まったからそれなりに仲良くやってるけど。昔はよく、喧嘩ばかりだったからなぁ」
「え?二人が?」
「うん。小学生くらいまでは、ずっと会うたびに色々と言い合ってたっけ」
「えー、意外。二人とも、喧嘩はしなさそうなのに」
驚いた表情を浮かべて西村が言う。そりゃあそうだ。普段から喧嘩など無縁であろう二人が、どうして喧嘩にまで発展するのか。
「まぁ、どっちも悪いんだけどね。美帆ってほら、悪戯好きじゃない?ちょくちょく私に悪戯しては、私が怒ってそれにやり返してて。気がついたらよく物を壊しちゃっては、爺やに怒られたっけ」
昔を思い出しているようで、楽しそうに南口は笑った。
「爺やって?」
「ああ、私の小さい頃の執事。今はもう退職してるけど、とってもいい人だったんだ」
「し、執事って・・・本当にいるんだ」
聞き慣れないことを当たり前のように話す彼女に、心奈と西村はドン引きした。
「まぁ、詳しくは言えないんだけれどね」
彼女が微笑む。相変わらず、オープンな美帆と違って私生活が謎である。
「さて。着いたね」
南口が瓦屋根でできた門の前に立つ。相変わらずそこには「宝木」と堂々と名札が示されており、どうぞ羨ましがってくださいと言わんばかりの豪邸が、目の前に広がっていた。
今日は、美帆の誕生日なのだ。彼女の家で女子会がてら、誕生日パーティーを開くことになった。そしてこれを提案したのは、誰と隠そう心奈自身なのだ。
竹々に迎えられて歩く道の先に見える、大きな和風の宝木邸のインターホンを鳴らす。どたどたと上のほうから音が下りてくると、ガチャリと扉が開いた。
「あ、いらっしゃーい。その様子だと、仲直りできたみたいだね」
家着だろうか?いつになくピンク色のシャツに、袖にモコモコが付いた可愛らしい服を上下に揃え着ていた。普段は髪にクセをつけてるはずだが、それもなく長い黒髪のストレートとなっており、いつもとはだいぶ印象が違うがさつな彼女に、心奈は驚いた。裕福な家庭だというのに、南口に比べて、やはり彼女からはそのような雰囲気は見てとれない。
「おかげさまでね。これもみんなのおかげだから、感謝しないとね」
南口が言った。
「ささ、立ち話もなんだし、入って入って。あ、今日は家に誰もいないから、のんびり騒いでいいからね」
―のんびり騒ぐって・・・。騒ぐ事前提なのかな?
楽しそうに呟きながら、一人で勝手に階段を上がっていってしまった。相変わらず、彼女の大胆さは真似をしてやりたいくらい凄いと思う。
しっかりと玄関の鍵を閉め、三人は並んで二階の彼女の部屋へと入った。
「はぁ、まだかなぁ?香苗」
部屋に入るなり、美帆がベッドに座りながら呟いた。
「香苗なら、さっき連絡したら『もう少しかかりそう』って言ってたよ?」
西村がその呟きに答えた。
「そっかぁ。楽しみだなぁ」
サンタからのクリスマスプレゼントを待ち遠しく待っている子供のように、美帆はニヤニヤしている。何故彼女がこんなに楽しそうにしているのかというと、今回は香苗が一人手作りで、リンゴをふんだんに使ったケーキを作ってくれると言い張ったのだ。
彼女一人、というところに心奈は少し不安を抱いていたが、美帆はそんな不安など一切持っていないようで、ずっと彼女の到着を待ちわびていた。
「ホント、美帆はリンゴ好きなんだね。それほどだと、こっちも呆れちゃうよ」
南口が座りながら苦笑いを浮かべている。
「っへへー。リンゴの事なら、なんでも知ってるよ?」
「本当に?じゃあ、何か言ってみてよ」
西村が問いかける。
「んっとー。じゃあ、みんなはリンゴの植物学上の呼び名は知ってる?」
美帆が問いかける。心奈を含め、誰も声をあげなかった。つまり、誰も知らないのだろう。
「リンゴはね。学上ではセイヨウリンゴって言うんだよ」
へぇーっと三人が声をあげた。
「それから、リンゴの漢字。林に木偏の難しい漢字で書くよね?あの難しい漢字のほう、本当はゴって読まないんだよ。本来の読みはキンで、なんとなく木偏に関連があるものだから、当て字として名付けられたの」
再び三人からへぇーっと声が上がる。これは本当に、リンゴを愛しているようだ。
「じゃあ、もう一つくらい。リンゴは英語でアップルって言うけど、あれはリンゴ自体を呼んでるんじゃないの。例えばパイナップル。心奈、パイナップルのスペル、分かる?」
「ふぇ?えっと、ピーアイエヌイーappleアップル・・・。あ!アップルって入ってる!」
「そう。パイナップルは直訳で『松の果実』。アップルって言うのは、果実全般を指すもので、リンゴだけを呼んでるわけじゃないんだよ」
えっへんと美帆が胸を張った。これはもう、リンゴオタクといっても過言ではないだろう。
流石の知識に、南口と西村も唖然と口を開けていた。
「そ、そこまで好きなんだ」
「もちろん!リンゴ愛なら、誰にも負けないよ!」
ピーンポーン。美帆が勝利宣言を告げたところで、宝木邸のインターホンが鳴った。
「あ!来たかな?来たかな!?」
美帆は嬉しそうにベッドから飛び跳ねると、ドタバタと部屋を出ていった。
残された心奈たち三人は顔を見合わせると、思わず吹き出して笑ってしまった。

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