Smile again ~また逢えるなら、その笑顔をもう一度~

たいちょー

8.

「バスケ部でもない子に負けたぁ!?」
最近、長くていつもポニーテールにまとめていた髪をバッサリ切って、セミショートへとイメージチェンジを遂げたそれが、いつにも増して甲高い声をあげた。
「まぁ、その・・・昔、エースだった奴だからよ。仕方ねぇだろ」
中田がしぶしぶと言い訳を口にする。だが、そんな適当な言い訳など、彼女の耳には入らなかった。
「仕方がなくないよ!どうして今はフットサルをやってる子なんかに、和樹が負けてるの!?全然ダメじゃん!」
教室で、バスケ部の中田専属マネージャー、クラスメイトの夏樹が叫んだ。
「いや、そいつはなんだ。スポーツの天才とかいうのか?とにかく、すげぇ奴でさ・・・」
「それでも!現役が普通負けちゃダメでしょ!もう!」
夏樹が機嫌が悪そうに、腕を組みながら立っている。この様子だと、きっととてつもない練習メニューが下されるに違いない。息を飲み込み、彼女の次の言葉を待った。
「・・・やっぱり、そろそろあれをやるしかないね」
「あれ?」
「合宿よ。和樹専用強化合宿!」
「・・・はぁ?」
突然何を言い出すかと思えば、絶対に許可が下りないであろう合宿を提案してきた。彼女は一体何を考えているのか。こんなバカげた事を言い出す彼女ではないはずだ。
「おめぇ、何言ってんだ?そんなの、オーケーされる訳ねぇだろ」
「なーに言ってんの?私の家でやるの」
「・・・は?」
更なるぶっ飛んだ話に、中田の口からは言葉が出てこなかった。そんなことすればどうなるか、彼女だって分かっているくせに。
「私の家、庭がそれなりに広いんだ。バスケのコートもあるし。だから、そこで一緒に練習しようよ」
「・・・お前、自分が何言ってるか分かってるのか?」
「分かってるよ!でも、そうしてでも、和樹には強くなってほしいの!」
夏樹の顔はまさしく、真剣な表情そのものだ。
『その子が中田君に彼女がいるって事を知ったうえで仲良くしてるとなると・・・これはキッパリ言うしかないね』
この間、美帆に言われた言葉を思い出す。
夏樹は自分に、彼女がいることを承知でこのような誘いをしている。これは果たして、受け入れていいのか?まともなやつなら、すぐにこの場で断るだろう。
だが、中田にはそれがどうしても出来なかった。
「・・・どうなっても知らねぇぞ」
「いいよ。それで、少しでも和樹の力になれるなら」
「はぁ。わぁったよ。行けばいいんだろ?お前んち」
「ホントに?よーし!それじゃあ、今週の土曜日で!よろしくね!」
夏樹は告白が成功した女の子のように、とても嬉しそうに笑った。

土曜日
「おいおい、バスケコートがあるとは聞いていたが・・・」
夏樹の自宅に着くなり、中田は驚愕とした。
「驚いた?」
隣にジャージ姿で立つ夏樹が、楽しそうに笑っている。
「驚くだろ、これは。これじゃ普通に試合できるぜ?スリーオンスリーどころじゃねぇよ」
驚くも何も、普通の体育館並みの大きさの金網に囲まれたコートが、家の隣に作られていた。これはもう、大会だって開けるレベルだ。
「ウチ、お兄ちゃんが三人いてね?バスケ家庭なんだよね。私だけ女の子だったから、そこまでバスケは強要されなかったんだけど。それでも中学の時だけ、流れでバスケやってたんだ」
「といっても、こんなコート作るか?普通」
「あはは・・・なんか、お父さんが張り切りすぎちゃったらしくて。この間、ようやくお金を全部払い終わったとか話してたんだよね」
「そりゃあ、そうだろ・・・」
いくらバスケ家庭でも、そんな話は聞いて呆れる。
「さて、土日は家には誰もいないし、思いっきりバスケができるから。頑張ってやっていこー!」
「お、おー」
彼女の掛け声とともに準備運動やら色々したのちに、まずはドリブルの練習から入った。ドリブルは、そこそこできる自信はあるのだが、ドリブルが特技である彼に比べたらきっと、まだまだなのだろう。
「まずそこ!ドリブルの間がバラバラ!もっと小さく、テンポよく!」
「お、おう!」
数回ほど右手で突くと、股下を通して左手で突く。これを繰り返す。よくある練習法だが、かなりこれも練習になる。
夏樹に色々と文句、指摘、罵声を浴びせられながらも、三分を三セット。ひと段落終えたところで、夏樹がなにやらカバンの中をガサゴソと漁っていた。
「よし、じゃあ次はこれ!」
彼女が黄色い何かを中田に向かって投げた。
「・・・テニスボール?」
「そう。片手でドリブルしている間に、もう片方の手でテニスボールを投げるの。キャッチしたら手を変えて、もう片方の手でドリブルしながらテニスボールを投げてキャッチ。これの繰り返し」
「なんだそれ?見たことねぇぞ?」
「もう、じゃあやってみるから貸して?」
呆れ顔をしている彼女に二つのボールを投げ渡すと、彼女は聞くだけだと難しそうな動きを、慣れた手つきでいとも簡単にやってのけた。
「・・・お前、すげぇな」
「へへっ、そうでしょ?よっと」
褒められて調子に乗ったのか、更にドリブルがペースアップする。それでも途絶えることなく、彼女はボールを悠々と突き続けていた。
「和樹さ。私の中学の時のポジション、ずっと内緒にしてたよね?」
「あ?ああ、そういえばそうだったな」
「今だから教えるけど、私。SFやってたんだ。チームのキャプテンとして。大会は準優勝で、惜しかったんだけどね」
「・・・はぁ。そ、そうなんですか」
―どうして俺の周りの奴は、こうも俺よりすげぇ奴ばかりなんだ。
彼女の動きと余裕から、なんとなくそれは察しがついていた。驚きもあまり無かったものの、それよりも自分が彼女より下という落胆のほうが大きかった。
「ふぅ、疲れた。久しぶりだとちょっとキツイね」
投げたテニスボールをキャッチして、彼女はそのまま髪を耳にかけた。その仕草が、なんとも女性らしい。
「小さい頃から、ずっと三人のお兄ちゃんたちとバスケやってたから。本当は、女子バスケ部がある高校に入りたかったんだけど、落ちちゃって。でも、今はこうして和樹に出会えたから、よかったと思ってる」
「夏樹・・・」
彼女は微笑むと、中田に二つのボールを投げ渡した。
「ほら、次は和樹の番。これがゆっくりでも、十回できるようになるまで、休憩は禁止ね」
「お、おっす」
左手でバスケットボールを突き始めると、ゆっくりと右手に持ったテニスボールを宙に投げてみる。そのままそれを目で追いかけながら、右手で再びキャッチしようとした。
「あ、あれ・・・?」
「あらら」
気がつけば、左手で突いていたはずのバスケットボールが、コロコロとコートを転がっていた。これは相当慣れないと、一筋縄ではいかないらしい。
「まぁまぁ、そう落ち込まない。私だって、それなりに練習したからできるようになったんだし。ほら、ボール持ってもう一回」
「お、おう。分かった」
夏樹に指導されるままに、中田はしばらくの時間、テニスボールを使った練習をひたすらに続けた。

夕方四時過ぎ
「一時間ちょっと・・・か。だいぶ晩成型だね。ま、想定内だけど」
夏樹がスマートフォンの画面を見ながらぼやいた。
ようやく、テニスボールを使ったドリブルが十回成功したのだ。相変わらずリズム感が無いことは自分でも承知だったが、まさかここまで酷いとは自分でも思っていなかった。
「ほら、タオルと飲み物。しばらく休んでていいよ」
「おう・・・サンキュー」
コートに汗だくで座り込んでしまった中田に、夏樹が手渡した。すぐさまペットボトルの蓋を開けると、勢いよくがぶ飲みした。運動後に口にする飲料水はやっぱり気持ちがいい。
「そうだなぁ・・・二十分くらい休んだら、今度は私とワンオンワンしよっか」
「あぁ?夏樹と?」
「そ。あ、ボディタッチとか気にしないで、本気でかかってきていいから。私、胸とか触られるの気にしないし」
「お、おお?そう言われると、逆に気にしちまうんだが」
唐突な宣言に、思わず胸がざわめいた。
「いいの。どうせ私だって、男の子みたいなもんだし。胸も大きくないしね」
「・・・気にしてんのか?」
「・・・ノーコメント」
「そうですか」
そっぽを向きながら答える夏樹を見て、思わず中田は笑った。その様子を見た夏樹も、つられて微笑む。
しばらくそれとない雑談を交わしながら、二十分程の休憩を終えると、中田はボールを持って、夏樹と向き合った。数日前の、彼とのシチュエーションを思い出す。
「よし。始める前に一つ、和樹に縛りをするね」
ふと、彼女が人差し指を立てながら呟いた。
「あ?何だそれ」
「和樹って、右サイドからの攻撃が苦手でしょ?」
「まぁ・・・そうだな」
「じゃあまずは、左サイドからの攻撃縛りしてみよっか。ある程度やったら、今度は右サイド。最後は自由形で。オーケー?」
「いいぜ、分かった」
「それじゃあ・・・」
彼女が手を叩いて、準備完了の合図をする。互いに構えると、中田の合図で、一対一がスタートした。
―・・・おいおい、待ってくれよ。
デジャブだ。どれだけボールを持って逃げても、すぐにつけられてしまう。ボールを取られないようにだけに必死で、ゴールを決めることが全くできない。
「お前、そんなに上手かったのか?だったら早く稽古つけてくれればよかったのに」
「ありがと。でも、これは最終手段として、とっておきたかったか、ら!」
「おっと!」
彼女が左手を伸ばした。危うく盗られそうになりすぐにボールを引っ込める。
「やるね」彼女は呟くと、ニヤリと笑みを浮かべた。
「でも・・・っ!」
「あっ?」
彼女に背を向けようとした瞬間、サイドから手を伸ばされて、ボールを落としてしまった。そのボールを彼女に盗られてしまい、その一本は彼女の勝ちとなった。
「っへへ、まだまだだね、和樹。フットサル部の子どころか、現役でもない女の子の私に負けてるようじゃ、大会なんて二の次、三の次だよ」
ボールを投げながら、彼女がニヤニヤと憎たらしい笑みを浮かべている。
―くそ、サポーターの割にガチできやがって。これじゃあ、マジでやらねぇと勝てねぇな。
「ぐぅ・・・もう一回!」
「もちろん!何度だって相手になるよ!」
彼女が中田にボールを手渡すと、再び中田の合図で、次の一本が始まった。

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