Smile again ~また逢えるなら、その笑顔をもう一度~

たいちょー

エイプリルフールデート 後編

昼食を食べ終わると、俺たちはバスで駅へと戻るために、席を隣同士で座っていた。
そういえば、昔でさえこんなに彼女と近づいたことはなかった気がする。異性とこんなに急接近するのは、なんだかとても変な気分だ。少し動けば、肘が彼女の腹上に到達してしまいそうで、必死に触れないように心掛けていた。
―にしても、昔に比べてそれなりに大きくなったよなぁ。
ふと、彼女の腹上に目がいく。昔は七夕の日に怒られてしまったくらいのまな板サイズだったくせに、今では俺が満足するくらいのサイズにまで成長して遂げていた。これはもう、文句なしの百点満点である。
「・・・どうかした?」
「んあ!?いや、なんでもねぇよ」
ふと、隣の心奈が欠伸をしながら問いかけた。驚いた俺は、すぐさま目線を逸らす。
「そう?てっきりヒロの事だから、私の胸でも見てるのかと思った」
―ギクッ・・・。
女性というものは、やはり全てお見通しである。
「・・・でもまぁ、昔よりはそれなりに、ね」
「あ?・・・あ、ああ。よかったんじゃねぇの?」
顔を背けながらぼやく。
「ヒロって、大きいのと小さいの、どっちが好きなの?」
「・・・それはなんだ?リンゴの大きさか?」
「もう!こんな話してる時に変な冗談やめてよ!」
彼女が顔を真っ赤にして、思い切り肘打ちしてきた。痛いです、心奈さん・・・。
「ぐぅ・・・べ、別に俺は、お前が好きなだけでそっちの大きさはそんなに気にしてねぇよ」
「もう・・・ホントバカ」
彼女はそっぽを向きながら、それでも少しだけ嬉しそうに呟いた。
しばらくバスに揺られながら、終点である駅に着いた。そこから一駅分だけ電車に乗り、ようやく地元に戻ってきたときには既に、午後二時を過ぎていた。
「んあー、やっべぇ。そろそろ金が無くなる」
財布の中身を確認する。このままだと、残り半月分の生活がかなり怪しくなってくる。
「えー?しょうがないなぁ。どこか、お金がかからない場所でも行こうか。っていうか、せっかくだしヒロの家行こうよ!」
「・・・は?俺んち?」
「うん!一度も行った事ないから、行ってみたいなぁ」
「来ても特に何もねぇぞ?」
「いいのいいの!構わないでしょ?」
「まぁ・・・一応」
「よーし、決まり!」
やや強引に心奈に押されて、俺達は揃って俺の家へと向かうことになった。幸い今日は家に誰もおらず、二人きりで過ごすことは可能だ。可能なのだが・・・。
しぶしぶ俺は、十分程の道のりを経て、自宅へと彼女を案内した。
「へぇ、ここヒロの家だったんだ。結構ここ、通ったりするよ?庭が大きいなぁって思ってたんだよね」
心奈がウチの庭を見て、楽しそうに言った。
庭は大体、フットサルのコートが一回りくらい小さくなったくらいのサイズで、人工芝が生えている。昔兄が地元のサッカークラブに入っており、その際に父がこの庭を作ったのだ。
「そうなのか。昔はここで、兄貴とよくサッカーしてたんだよな」
「へぇ。お兄さん、今アメリカにいるんだっけ?」
「ああ。大学卒業するまで、しばらく帰ってこないってさ」
「いいなぁ、アメリカ。私も行きたいんだよね」
「ん、そうか。お前、英語バカだったか」
「む・・・バカは余計。でも、英語は大好きだよ。英語を学べば、世界中の人たちと友達になれるから」
「世界中の人とねぇ・・・」
―そういえば、昔兄貴や親父もそんなことを言ってた気がする。
英語好きな人たちは、そんなに海外の人と交流を持ちたいのか?交流は日本人とだけで満足な俺には、よく分からん感情だ。
「そろそろ、中入るか?」
「あ、うん!お邪魔しまーす」
俺は彼女を家の中に入れると、二階の自分の部屋へと招き入れた。
「へぇ、ヒロのくせに意外とシンプルだね。物も少ないし、案外綺麗」
「褒めてんのか貶してんのか、相変わらずハッキリしてくれ」
「どっちも。よっと」
彼女は俺のベッドにダイブすると、そのまま死んだように動かなくなった。
「・・・何してんだ?」
「んー?ヒロの匂いがするなぁって」
「はぁ。そうか」
ぶっきらぼうに言うと、俺は机の前の椅子に座った。
彼女が顔を壁側に向けながら、大きな欠伸をする。
「・・・今、家に誰もいないよね?」
「あ?・・・ああ」
「・・・こういう時ってさ。みんな、そういうことするのかな?」
「は?」
顔を背けたまま彼女が言った。予想外すぎる彼女の言葉に、俺は彼女を見る。
「お前、本気で言ってんのか?」
「いや・・・どうなのかなぁって」
―おいおい、どうすんだよ?俺全然そんな気なかったんだが?
「あのなぁ、心奈。俺はそういった行為は、軽い気持ちでしちゃいけないと思ってるんだ。確かに俺だってバカな男の一人だし、欲が無い訳じゃない。でも、今俺たちは高校生で、今年は受験も控えてる。万が一最悪の事態になったら、今度こそ一生会えない関係にだってなるかもしれないんだぞ?」
「・・・うん」
「それにな?俺は、それだけが好きって事とか、愛情ではないと思うんだ。俺だって、お前とこうして一緒にいられるだけで幸せだし、嬉しくも楽しくもあるんだ。そんな事しなくたって、俺はお前の存在を感じられるし、優しさとか色々、分かってるさ」
ふと、彼女が笑ったような気がする。
「そういうことは、色々環境とかタイミングを見計らったうえでだな・・・心奈?」
スゥ、スゥと音が聞こえた。俺は立ち上がって壁際を向いている彼女の顔を、上から覗き込んで確認すると、どうやら眠ってしまっていたようだ。
初めて彼女の寝顔を見たが、やはり猫目の彼女は、眠っている猫のように可愛らしかった。
「おいおい、さっきの誘いは寝言か?ちょっとは嬉しかったんだがな・・・」
俺は苦笑いを浮かべると、そっと上から毛布を掛けてやった。
そういえば、今日は金曜日だ。きっと昨日も彼女は、遅くまで英語の勉強でもしていたのだろう。相変わらず、彼女の努力は凄いものだと思う。
しばらく寝かしておいてやろう。俺はノートパソコンの電源を立ち上げると、普段はあまり装着しないヘッドホンを耳に付けて、いつものように動画を見始めた。

「ん・・・」
ふと、後ろから声が聞こえた。振り向くと、ゆっくりと心奈がベッドから起き上がっていた。
「おう、起きたか。おはよう」
動画を止めて、ヘッドホンを外しながら俺は彼女を向いた。
「あれぇ・・・私、寝ちゃってたぁ?」
彼女が大きな欠伸をしながら、目をゴシゴシと擦る。
「ああ。可愛らしい寝顔でな」
「あぁー!私の寝顔見たのぉ?恥ずかしいなぁ・・・まぁ、襲われなかっただけいっか」
「よっと」と彼女がベッドから立ち上がると、大きく伸びをした。
「っていうかお前。寝る前のあれはなんだ?」
俺は問うた。
「寝る前・・・?何の話?」
「んあ?覚えてねぇのか?」
「んー?・・・分かんない」
彼女は、とろけたような表情で笑うと首を振った。
「そうかよ。なら、いいんだ」
多少気を落としながらも、俺はPCのウィンドウを閉じて、シンプルな白黒の無地が壁紙のホーム画面を映した。こういうシンプルなデザインが、俺はお気に入りだ。
「ところで、今何時?」
「ん?四時過ぎだな。二時間くらい寝てたんじゃねぇか?」
PCの時計を確認しながら答えると、彼女がハッとして言った。
「そっか。じゃあ、そろそろ行こっか」
心奈が背中を向ける。
「は?どこに?」
「決まってるじゃん」
そう言うと、彼女は半身だけこちらを振り向いた。
「私たちの、運命の場所」
彼女は眠たそうな表情で笑ってみせた。

「えへへ、体力ついたでしょ?私もこれくらいなら、もう走れちゃうよ」
「おいおい、待てって。あんまり急いで転ぶなよ?」
「大丈夫ー!」
俺たちは昔通り一緒に、小学校の裏山を登った。
心奈はすっかり楽しそうに、山の斜面を走って行った。ホント、昔息切れしていた頃の彼女が懐かしい。
「よっと!わぁ!ちょうどいい時間だったね!」
二人で頂上に着くと、昔と変わらない俺たちの街と共に、美しい夕日の風景が見られた。
「いつ見ても、やっぱり綺麗だなぁ」
「だな。だいぶ久々に・・・っていうか、あの日以来ここには来てなかったけど、やっぱりここから見られる景色は絶景だな」
オレンジの夕焼けに、自分たちの街が飲み込まれていく。ゆっくり、ゆっくりと、夕日の波は街に押し寄せてきていた。
「私ね。初めてヒロにここへ連れてきてもらった時から、夕日が大好きになったんだ。だからよく、今でも学校の屋上から、夕日を見たりしてるの。・・・本当は、屋上は立ち入り禁止なんだけどね」
えへへっと彼女が笑った。
「そうか。そんなに気に入ってもらってたなら、嬉しいな」
「でも・・・私はここで、ヒロに傷つけられたんだよね」
心奈は振り向きながら、あの日を思い出すように言った。
「あ、ほら!この木!ヒロが思いっきり刺した後が、まだ残ってるよ?」
彼女は一本の木の幹にまで歩み寄ると、一ヶ所を指差した。近づいて見てみると、かなり太く穴が空けられていた。どうやら昔の俺は、かなり力を入れてこの木に刺したらしい。こんな力で彼女をもし切っていたら・・・俺はゾッとした。
「そういえばあの時。来実ちゃんは、どこに隠れてたんだろう?」
彼女が周りをキョロキョロと見渡す。自分たちの足場周辺以外は木や葉が生い茂っており、昔以上にまともに立ち入ることができない。何十年と、整備されていない証拠だ。
「さぁな。どこに隠れてたかまでは分からねぇけど。でも、あいつ小さいから、結構どこにでも隠れられるんじゃねぇの?」
「うーん。そうなのかな。分からないけど・・・でも、昔の事を今更考えても仕方ないよね」
心奈は気を取り直した様子で、俺のそばにまで歩み寄った。
「運命の場所、か」
「うん?」
俺はキラキラと輝く夕陽を、目を細め見ながらボソッと呟いた。それを聞いた彼女が聞き返す。
「・・・運命の針って信じるか?」
「運命の針?何それ」
「前に、小説で呼んだんだ。『人は、運命の針が向くままに行動し、人と出会い別れ生きていく』って」
「何それ、哲学?難しいなぁ・・・」
苦い物でも口に入れたような表情をした彼女は、夕日に顔を向けたまま「でも・・・」と付け加えた。
「あんまり難しいことは分かんないけど。それでも私達は、いや。私達だけじゃなくて、陽子や中田君とだってまた逢えた。一度はバラバラになったみんなが、こうして再び笑顔で再開したんだよ?それって、凄いことだよね」
「そうだな・・・」
「それが私達の運命なら・・・私は信じてみようと思う。その運命の針ってやつを」
ふと、彼女が俺の右手を握った。俺はフッと笑うと、ギュッとその手を握り返した。
「辛いこととか痛いこととか、沢山あった。それでももう、私は一人じゃない。みんながいる。決して家族ではないけれど・・・私達は、家族みたいに繋がってる。それだけで、私は嬉しいんだ」
「ずっと、独りだったから」そう言うと彼女は、手を握ったまま体をこちらへと向けた。
「・・・ねぇ、ヒロ」
「なんだ?」
聞き返すと彼女は、顔を真っ赤にして背けた。
「・・・もう一度だけ、してくれないかな?」
「何を?」
「・・・キス」
可愛らしい猫目が特徴的な、彼女が微笑んだ。
「へっ。なんだ、そんな事か」
「お安い御用さ」そう呟くと俺は、彼女と誓いと契約のキスを交わした。

「そうだ、ヒロ」
「あん?」
山を下りる際。彼女が言った。
「『そんな事しなくても、俺は一緒にいられるだけでいい』だっけ?だから、無防備な私を襲わなかったの?」
「は・・・?お前、やっぱり聞いてたのか?」
「えへへ・・・嘘ついた、ごめんね」
「おいおい、じゃあ誘ったのもか?」
「違うよー。別に誘った訳じゃなくて、ヒロもそういうことに興味があるのかなーって思っただけ」
「はぁ、そうですか」
「・・・嬉しかったよ、断ってくれて。私はそれまでの関係じゃないって、分かったから」
「そうかい。そりゃどうも」
彼女がふふっと笑った。
「あ!じゃあさじゃあさ!子供は何人欲しい?」
「はぁ!?もうそんな話かよ!?」
「万が一の話ー!やっぱり二人とか三人くらい?」
「おいおい、それ以前にお前母親なれるのかよ」
「む・・・!私だってお母さんできるもん!」
「そうかよ。っていうかお前、まず料理できんのか?」
「あー!私のことバカにしたなー!いいよ、今度私のとっておき料理食べさせてあげるから!」
「そうかいそうかい。それなりに楽しみにしてるよ」
「絶対それ楽しみにしてないでしょー!?いいもん、ヒロが美味しくて喜ぶ料理作ってやるもん!待っててよ!」
「はいよ」
嬉しそうに俺を指差して叫ぶ彼女の言葉が、山の中に響いた。

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