Smile again ~また逢えるなら、その笑顔をもう一度~

たいちょー

2.

「久しぶり」
明月心奈は、懐かしい笑顔で笑った。
「・・・心奈」
何年ぶりだろうか。彼女の名前を、本人に直接呼びかけたのは。
一瞬の静寂が走った。
「ねぇ・・・」
ふと、彼女が短く一言を告げると、一歩俺の前に歩み寄った。
その瞬間。
「っ!?」
パァン。いい音が鳴り響く。何事かと一瞬分からなかったが、すぐにそれが頬の痛みだと分かった。
彼女の、渾身の平手打ちが炸裂したらしい。
「い、いてぇな!急に何すんだよ!」
思わず俺は叫んだ。彼女は俯き加減で、小さくふふっと笑った。
「おい!笑ってんじゃ・・・!?」
体にズシリと伸し掛かる。気がつくと彼女は、俺に手を回して抱き着いていた。
「バカっ!!ずっと・・・ずっと、会いたかったんだから!!」
「なっ!?ちょ、おい、バカ!急に泣き出すんじゃねぇよ!」
「もう・・・ちょっとくらい慰めてよね・・・バカヒロ」
彼女が、制服をギュッと握りしめる。顔は見えなかったが、激しく嗚咽していた。
「・・・ったく。・・・俺もだよ」
昔に比べて、だいぶ背が伸びたようだ。手のひら一つ分くらい身長差があったのに、今では俺よりちょっとだけ下の高身長だ。これはまた、良い身体つきになったものだと、こんな時に妙に感心している自分がいた。

「陽子と美帆から、話は聞いた」
ベンチに座り、落ち着きを取り戻した心奈が言った。
彼女は西村に嘘をつくように頼んで、今日ここに来たのだという。後で、彼女にも礼を言わねばならない。
「そうか」
「・・・私を、守ってくれたんだよね?ありがとう」
彼女が笑った。思い做しか、昔よりも笑顔が下手になったような気がする。
「・・・でも」
小さく彼女が言うと、突然ベンチから立ち上がり、俺の前に立った。
「でもさ!あのナイフの切り方はどうかと思うよ!?演技も無駄に上手いし!あんたに切られて、ホントに痛かったんだからね!?」
彼女が怒鳴った。
「そ、それは本当に申し訳ない・・・」
「もう!あの時のあんたの左腕も、ずーーーっと気になってたし!っていうか!あんたが隣町の子と喧嘩?嘘々、絶対あり得ない!こんな弱っちくて女の子にも口喧嘩で勝てないあんたが喧嘩だなんて!やっぱりあり得ないよ!」
彼女は腕を組んで、そっぽを向いた。
「なーんだ。結局私が信じてたヒロそのまんまじゃん。色々考えて損した」
「なっ・・・なんだよそれ?褒めてんのか貶してんのかどっちだ?」
「もう、ホントにバカ。いちいち言わせないでよね?このっ」
心奈が軽く俺の頬を叩く。
「・・・でも、一つだけ気になることがあるの」
「んあ?なんだよ」
彼女は思い出したように俯いた。
「・・・あの後の夏休み。私、沖縄の親戚に会いに行ったんだ。そこで、年上の男の人と仲良くなったんだけど・・・あんたとのあの日の事を知ってる男の人が、その人をナイフで刺したの」
「はっ!?なんだよそれ」
―前田め・・・その後も心奈を付けてたのかよ。あれほど縁を切るって言ったくせに。
今まで知らなかった事実に、俺は再び怒りがこみ上げた。
「そいつ、どんな奴だった!?」
「うんと・・・痩せてて、背が高かったかな。っていうか。小学生の時に、私がヒロと初めて会った時、覚えてる?」
「ああ?まぁ、それなりに覚えてるけど」
「よかった。その時、ヒロが倒したほうじゃない、もう片方の男の子だと思うの」
「となると、やっぱり悟郎か・・・」
予想通りだ。きっと前田に言われて、わざわざ沖縄まで付いていったのだろう。
「ところで、その男の人は助かったのか?」
「うん。一応、命は取り留めた。目が覚めたところで別れちゃったから、今はどうしてるか分からないけど・・・」
「そうか・・・」
一応、最悪な事態にはならなかったようで一安心だ。だが、彼が人を刺したとなると、とても大変な事である。
「あいつは・・・前田の部下だ」
「えっ?来実ちゃんの?」
「ああ。俺も、悟郎と何度か話したことがある。それに、左腕を切られたのはあいつの双子のもう片方だ」
「双子?嘘、やだ・・・怖いなぁそれ」
彼女が体を小さくする。
「とにかく、前田の周りのやつは本当にやばい。できるだけ、あまり関わらないほうがいい」
―そんなことができるなら、だけど。
先程の出来事を思い返す。きっと、彼女たちも直に動き出すだろう。もしかしたら、今度の被害は自分たちだけでは済まないかもしれない。
「そうだね・・・気を付けるよ」
「なぁに、心配すんな。今度こそ、お前は俺が助けてやる。絶対に」
俺は、彼女に微笑みかけた。すると彼女は、嬉しそうにするかと思ったが、想像していた反応と違った。
彼女はハッとすると、俺から目を逸らしてしまった。
「っ・・・ごめん。悪気はないの。でも・・・その・・・ヒロの笑顔が、怖くて」
「はっ・・・?」
―笑顔が怖い?
まさか彼女にそんなことを言われるとは思わなかった。自分で蒔いた種だから仕方がないが、俺はショックだった。
「ホントに、ごめん。だけど・・・あの時のヒロの顔が、あの人と重ねて見えちゃって・・・」
「あの人?」
「あっいや・・・何でもないよ」
心奈が首を振った。
「・・・そういえば、俺もずっと気になってたんだ」
怯えている彼女には申し訳ないが、いい機会だ。数年間、ずっと気がかりだった事を、彼女に問うた。
「『父親に裏切られた』って・・・なんだ?」
俺が告げた瞬間。心奈は言葉のナイフに刺されたように、大きく目を見開いた。
父親。確か彼女は、父親がいなかったはず。それと何かが関連しているはずだ。
それに『弟が犠牲になった』も気になる。だが、今の彼女にいくつも質問するのはよろしくないだろう。
俺は、彼女の言葉を待った。
「・・・ごめん。今はまだ・・・言えない」
再び目に涙を浮かべながら、彼女は首を振った。
「・・・そうか。言いたくないならいいんだ。ただ、ずっと気になってたから」
この調子じゃ、弟の話も話してくれないだろう。俺はその話題について、諦めていた時だった。
「いつか・・・いつか絶対、話すから。っていうか、本当はヒロにも、知っておいてほしいの。でも・・・今はまだ、言える勇気がないから」
涙を拭うと、続けて彼女は言った。
「ずっと隠してたお父さんのこと・・・あと、私の弟の事も」
「・・・そうか。じゃあ、気長に待ってるよ」
「うん・・・ごめんね」
彼女は不器用に微笑むと、再び俺の隣に座った。
「・・・変だよね。こうして話してる人の笑顔が怖いって。私、どうかしてるね」
「・・・ああ、そうだな」
俺がそう言うと、彼女は思わずムッとした。
「ちょっと?そこは慰めてくれてもいいんじゃない?」
「うん?いや、どうかしてるのは確かだ。何せ、俺のとびきりスマイルを怖いって言うんだからな」
「とびきりスマイル?あんたの?」
彼女が吹き出して笑った。
「ほら、自分では笑えるじゃねぇか。まぁもしかしたら、まだ俺の事をどこかで怖いとか思ってるかもしれねぇが・・・そうだな。俺をバカだと思え。変な奴だと思って接してみろ。多分、気がつけば普通に話せてるんじゃねぇか?」
実際、ただの思い付きだった。自分でも半分何言っているのかが分からなかった。まぁ、その時点で本当に俺はバカなのかもしれない。
「バカね・・・まぁ、今の時点であんたは充分バカだけど」
「なっ、言ったな?」
「えへへっ・・・。でも、少しずつまたあんたの笑顔に慣れていこうと思う。っていうか、慣れたいの。私はまた、あんたと一緒にいたい」
「んー?俺はあんたって名前じゃねぇぞ?」
この会話も、久しぶりだ。案の定彼女は、肩を震わせて、顔を真っ赤にしながら答えた。
「む・・・わ、私はヒロと一緒にいたいの!」
「おうおう、よく言えたな」
俺は、自分でも見たら気持ち悪いと思うであろうくらいの笑顔を作った。
「うっ・・・」
彼女が一瞬ビクつく。だが、相当可笑しかったのか、彼女は腹を抱えて笑い出した。
「・・・俺のとびきりスマイル、いかがでした?」
「ちょっと・・・やめてよ。お腹痛い・・・」
楽しそうに笑ってくれる彼女を見て、嬉しかった。数年間、俺はただ、この笑顔を見たかったんだ。
そして俺は、今度こそこの笑顔を守らなくてはいけない。
『裕人君は、その分心奈を幸せにしてあげる義務があるから』
あの日の美帆の言葉を思い返す。そうだ、義務なのだ。俺は彼女を、幸せにしなくてはいけない天命を受けたのかもしれない。
だったら尚更、気持ちを隠すこともないだろう。
「・・・なぁ」
俺は、落ち着きを取り戻し始めた彼女に話を切り出した。
「うん?なぁに?」
笑い涙を拭う彼女が言った。
「・・・あの、七夕の時の返事・・・訂正していいか?」
「・・・ふぇ?」
「俺は・・・いや。俺も、お前と一緒にいたい。それもずっと一緒に」
驚いた表情を浮かべる彼女の両肩を掴んだ。
「・・・好きだ」
一か八か。俺は、彼女に顔を近づけ・・・。
キスをした。
一応、ファーストキスの俺は、下手くそなりに頑張った。そこは褒めてほしい。
顔を離すと、彼女は顔を背けて何といえばいいかを迷っている様子だった。
―してしまった。ファーストキス。
このなんと言えばいいか分からない感覚。この気持ち。
とりあえず、よくやった。俺。
「も、もう!急にファーストキス奪わないでよね!私だって、それなりに気持ちの準備したかったのに・・・」
彼女が体ごと背けて言った。
「あれ・・・嫌だったか?」
「あ!ち、ちがっ!・・・も、もう!バカ!」
「んがっ!」
再び俺は、彼女の渾身の平手打ちを食らった。
やはり、女は怒らせると怖い。

なんだかんだ言ったものの、彼女も喜んでくれたらしい。
これにてカップル成立・・・となったのかは定かではないが、一応和解ができたことは確かだ。
突然のキスについて、色々文句を言われてしまったが、そこは許してほしい。こっちだって必死だったのだから。
ひとまず、彼女の罵声が収まると、そうだそうだと連絡先を交換した。これがなきゃ、また美帆や西村にお世話になってしまう。
そうして俺たちは、昔共に歩いた帰り道を歩いていた。
今までずっと話せなかったこと。どうでもいい日常会話。それなりに距離があるはずの道のりも、とても短く感じた。
「そうだ、ヒロ。今日が何の日か、知ってる?」
心奈が問うた。
「あ?今日?・・・三月二十一日だろ?なんかあるのか?」
「もう、鈍いなぁ。今日は、Sunnyサニーの日だよ」
「サニー?太陽の日か?」
「ちょっと違うけど・・・晴れ晴れとしたとか、陽気なって意味だよ」
「ふーん。で、それがどうしたんだ?」
「ホントに鈍いなぁ。だから、再会の日に今日を選んだんだよ。私たちの関係が、雲一つない、ずっと晴れ渡った空のようにいい関係になりますようにって」
なるほど。英語好きな彼女らしい言葉遊びだ。それに、彼女もそんな風に想ってくれていたと思うと、とても嬉しく感じる。
「ふぅん。そうだな。いい関係か」
「そ。これから、ビシバシ扱いていくから、覚悟してね?」
「お、そうかい。それは楽しみだな」
俺たちは互いに顔を合わせると、微笑み合った。
昔から、お互いに別れる場所に着いた。ここで、彼女とは別れなくてはならない。
「ここだよな?別れるの」
「うん。大丈夫だよ、一人で帰れる」
「そうか」
彼女は名残惜しそうに俯くと、優しく微笑んだ。
「・・・また、会えるよね?」
彼女が問うた。
「もちろんだろ。っていうか、もうファーストキス奪っちまったんだ。嫌と言われても会ってやるさ」
「ちょ、それはもういいよ!」
顔を赤くしながら彼女が叫んだ。
「はは、じゃ。気をつけてな」
「うん。また会おうね」
「おう」
俺は手を振る彼女を見送ると、自分も自宅へと向かった。
―・・・本気で二人を潰す。なるほどな。
彼女と再会する前、前田に言われた言葉を思い返す。
前田は今日、彼女が俺に会いに来ることを知っていた。
つまり・・・そういうことだろう。
俺は周囲を警戒しながら、すっかり暗くなった夜道を歩いた。

「ふふ・・・ずっと見てるわ。真田君。そして・・・明月心奈」
ハンターは、狙った獲物を逃さない。
前田来実。彼女は、女子高校生にして暴力団を仕切るリーダーだ。

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