Smile again ~また逢えるなら、その笑顔をもう一度~

たいちょー

3.

「あ、いたいた。心奈!」
少女を見つけた美帆が、こちらに走ってきた。
その後ろに立つ五十代ほどの女性は、きっと美帆の母だろう。彼女は少女に一礼した。
少女も一礼を返すと、美帆と向かい合った。
「大丈夫?もう平気だからね?」
「う、うん・・・」
少女は話づらかった。一体、どっちの自分で彼女と話せばいい?心の中で、ずっと迷いを巡らせていた。
「心奈?」
「え?な、何?・・・かしら」
迷いながら答えた言葉は、思わず変になってしまった。それを聞いた美帆が、表情をムッとさせる。
「あー!もうっ!その話し方はダメ!せっかく可愛い心奈が台無しだよ」
美帆は少女の口に強引に手を当てる。
「ん!?んん!!」
「心奈。これから私と話すときは、その口調は禁止ね?約束して?」
「ぷは・・・。で、でも・・・」
美帆が口から手を放した。少女は思わず口ごもった。
「もう、人に嫌われようとしちゃダメ。心奈はいい子なんだから、そんなの勿体ないよ」
「だ、だって!本当の自分を見せたら私、きっとまた・・・!?」
少女は息をのんだ。美帆が少女を優しく抱きしめたのだ。彼女は温かくて、微かにリンゴのようないい香りがした。
それはまるで母のようで、懐かしい感覚だった。
―そういえばお母さんも、リンゴが大好きだったっけ?
今までずっと忘れていた母の温もりを、少女は再び思い出した。
「大丈夫だよ。その時は、私が必ず助けてあげるから。だから、安心して心奈は、自分らしく生きていていいんだよ」
「っ・・・!!美帆・・・!」
嬉しかった。自分らしく生きていい。心のどこかで、自分はその言葉を待っていたのかもしれない。
思わず涙腺が緩んでしまった。今日一日、辛いことが沢山あった。それまでため込んでいた涙が、一気にあふれ出した。
そんな少女を、美帆はずっと背中をさすりながら、触れていてくれた。

次の日
病室で、少女は眠っている祖母を見ていた。
息はしているのに、彼女は目覚めない。それがもどかしくて、何もしてやれない自分にも苛立ちを覚えていた。
コンコン。
「ん・・・どうぞ」
ふと、扉がノックされた。少女が呼びかけると、一人の見知った顔が中に入ってきた。美帆だ。
「ごめんね、ちょっと話が長くなっちゃって、遅くなっちゃった」
彼女はそう言うと、少女の隣に座った。
「おばあちゃん、まだ目が覚めないの?」
「うん・・・頭を強く打ったみたいだから、いつになるか見当もつかないって。最悪の場合・・・」
少女はそこで言葉を切った。それ以上は、言いたくなかった。そんなはずはないと、信じているからだ。
「そっか・・・」
美帆は短く言うと、一つ息を吸って続けて言った。
「あのね、心奈。こんな時に話すべきじゃないと思うんだけど・・・。今から私が話すことは、怒らないで聞いてほしいんだ」
「どうしたの?美帆にしては珍しいね」
「その・・・昨日、陽子と二人きりで話してたでしょ?その話、実は全部聞いてたの」
「えっ・・・?」
少女は驚愕した。
「あれだけ信頼できるって言ってくれたのに、悪いよね。本当にごめんなさい」
美帆が頭を下げた。
「・・・でも、知りたかったんだ。どうして心奈が、自分から人に嫌われるようになったのか。陽子から逃げたのか。昔、何があったのか。悪いとは思ったけど、つい聞きたくなっちゃって」
「そう・・・。まぁでも、聞いちゃったものはもういいよ。どうせ、いつか話そうとは思ってたし」
少女は立ち上がると、窓の前に立った。
「それでね。ここからが本題なんだけど・・・。今日、陽子に頼んで、裕人君に会ったの」
「・・・へ?」
窓の外を見つめたまま、素っ頓狂な声を少女が上げた。
「いい人だった。喋ってても、全然悪気なんてなかったし、心奈が好きになった理由も、分かった気がする」
「いい人?あいつが・・・?」
少女は、振り向かずに言った。
「・・・心奈だって、今でもそう思ってるんじゃないの?」
「私は・・・。やっぱり、あいつは嫌いだよ」
「本当に、そう思ってる?」
美帆が問うた。窓に反射して映るその表情は真剣で、嘘などすぐに見抜かれそうな顔をしていた。
「・・・はぁ。やっぱり美帆は、なんでもお見通しだね」
ため息を吐く。すると美帆は、優しく微笑んだ。
「違うよ。心奈がバレバレなんだよ。嘘がド下手で、必ずどこかでボロが出てるし」
「な、何よ!私だって、一応真剣に嘘ついてるんだよ!?」
少女が叫ぶと、美帆は面白可笑しく笑った。
「心奈は本当に優しい子だってことだよ。純粋で、透き通った心をしてる。本当に、心奈が羨ましいと思うな」
「え?そ、そんなっ・・・!私は、美帆が羨ましいよ。美帆みたいに、みんなと仲良くできればいいなって、いつも思ってるし・・・」
「ふふっ、ありがとう」
彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「・・・本当はね?私だって、あいつと会いたいと思ってる。でも、怖いの。あいつと会うことで、また嫌なことが起こるんじゃないかって」
少女は自分の腕を強く掴んだ。
「どこかでずっと、私を切ったのは理由があったんだって信じてる。でも、本当のことを知るのが怖かった。それを知ったら、また私は一人になっちゃうんじゃないかって・・・」
「大丈夫、心奈はもう一人じゃないよ」
美帆が、力強く言った。
「・・・そう、だね。ありがとう、美帆。もうちょっとだけ、考えてみる」
少女は、再び窓の外を見つめた。
「・・・あいつ、元気だった?」
「ん?うん、元気だったよ。早くしないと、誰かに取られちゃうんじゃない?」
皮肉交じりに彼女は言った。こういう時だけ、彼女は笑えない冗談を言ってくれる。それは憎たらしかったが、反面で嬉しく思えていた。
少女は外の夕焼けを見つめながら、可愛らしく笑った。
「そっか。じゃあ、尚更早くしないとね・・・」
彼があの日、あの山の上から見せてくれた夕陽の景色。それは今でも忘れられない景色の一つだった。
今度彼と再び会うときは、夕陽が綺麗な日にしよう。そして、色々文句を言ってやるんだ。
少女は、彼との再会の想いを固めた。

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