Smile again ~また逢えるなら、その笑顔をもう一度~

たいちょー

Memory.16

20×3年 4月

一年とは早いもので、また桜の季節がやってきた。
去年はまだ大きかった制服が、既にピッタリになっているところを見ると、いつの間にか背も伸びたんだなと実感する。
もう見慣れた朝の登校道を歩いていると、もはや待っていただろうと言わんばかりに彼女、明月心奈の姿が見えた。
「おはよ、ヒロ」
「おう、おはよう」
前よりも彼女が小さく感じるのは、自分の背が伸びたからだろうか。視線を右斜め下に向けてようやく見える彼女の顔は、いつもと変わらず、可愛らしかった。
「ん?どうかした?」
「ああ、いや。なんでもないよ」
急いで目を逸らすと、裕人は適当に誤魔化した。
「ふーん。ねぇ、今年も同じクラスになれるかな?」
「さぁ。でも、二年連続でなれる確率は、そんなに高くないと思うな」
「だよねぇ・・・。ちょっと寂しくなるなぁ」
心奈が寂し気な顔をする。彼女に必要とされていると思うと、裕人は少し嬉く思えた。
「まぁ、会えないわけじゃないんだし、大丈夫じゃない?」
「そうかなぁ」
「何かあったら相談しろよ?俺が力になってやるからさ」
裕人は力強く言った。すると、心奈は何故かふふ、と笑みを浮かべた。
「んあ?どうした?」
「ふふ、ううん。去年の入学式の朝にも似たようなこと話したなと思って。その時のヒロは、自信なさげに言ってたくせに、もう強くなったんだなぁって」
「そうだっけ?全然覚えてないや」
「そうだよ。でもよくよく考えると、ヒロって前より性格変わったよね。男の子っぽくなったっていうか」
「嘘だぁ。前から男っぽかっただろう?」
「ほら、そういうとこ。昔はそんな冗談言わなかったよ。寧ろ『お、俺はそんな・・・男っぽくはないと思うけど・・・』って感じだったよ」
心奈が声を変えてセリフを吐いた。それはあまりにも弱弱しく、男らしさの欠片もない言葉だった。
「うーん、全然実感ないけど」
「でもまぁ。結局ヒロはヒロだし。私はそんなヒロが好きだよ」
「へっ?そ、それは・・・その・・・」
「あっ・・・バ、バカ!別にそんなんじゃないから!」
お互いに顔を赤くさせて、顔を背けた。本当は本音を伝えたいのに、どうしても言えない自分が嫌だった。
気が付くともう、学校の目の前だった。校門をくぐりながら、相変わらず目線を合わせずに二人は歩いていた。
「あらあら、朝からデート気分?」
ふと、背後から凍えるような声が聞こえた。振り向かなくても分かる。前田来実だ。
そこには、相変わらず香水のような香りが漂う、以前よりも増して化粧が濃くなった、前田来実が立っていた。
「あ、来実ちゃん。おはよう。っていうか!別にそんなんじゃないからね?ヒロはただの友達だし」
心奈がストレートに言った。やめてください、それは僕が傷つきます。
「あらそうなの?そう言う割には、顔がリンゴみたいに真っ赤だけれど。今の季節は冬だったかしら?」
「もーう!来実ちゃん!」
「ほらほら、クラス表見に行くわよ。真田君も」
「え、あ、うん」
言いたいことだけ言い終えると、前田はさっさと先に歩いて行ってしまった。
「・・・と、とりあえず。私達も見にいこっか」
「あ、ああ」
お互い変な雰囲気のまま、二人も続いてクラス票を見に向かった。
前にたどり着くなり、ものの数秒で心奈が「あった!」と声を上げる。やはり名前順が早い人は羨ましい。
「どう?ヒロ。私は二組だったよ」
「ちょっと待って。全然見当たらん」
「えー。・・・あー、やっぱり二組には名前ないなぁ。残念」
言うなり、心奈はいつになく悲しそうな表情を浮かべた。
「あった。五組だ。・・・げっ」
「どうかした?」
心奈が問うた。
どうかしたもへったくれもない。裕人が見つめるそこには、彼の苦手とする前田来実の文字が記されていた。
運命の針は残酷である。
「い、いや。なんでもないよ。一緒じゃなくて残念だったね」
「うん。それじゃあ、昼休みとか遊びに行くね」
「ああ、分かった」
二人は階段で分かれると、嫌々と自らの教室へと入った。
一年をこの学校で過ごしたくせに、それでも名を知らぬ見慣れない顔が沢山だ。裕人は、懐かしい緊張感を抱きながら、自分の席へと座った。
「お、お前も一緒か!」
ふと、隣の席から声が聞こえた。そこには、相変わらずヤンキー風味が漂う、宇佐美悠介の姿と、もう一人の見慣れない女子が立っていた。
「ああ。宇佐美も一緒か」
「おう、またよろしくな。あ、紹介しとくわ。俺の幼馴染の佐口璃子」
紹介された彼女は、どちらかといえばややぽっちゃり体型で、幼さが残る顔立ちが特徴的な女の子だった。
「よろしくね。えっと、真田君だっけ?」
「あれ、なんで俺の名前?」
初対面で、まだ名前も名乗っていないはずである。それなのに、彼女はピタリと自分の名前を言ってのけた。
「悠介から結構聞くの。こいつ、しょっちゅう色んな人の話題持ち込むから、自然と覚えちゃうんだよね。あ、ウチの記憶力がいいのかも」
「んな訳あるか。お前、こないだほんの数分前に言ったこと平気で忘れてただろ」
「何よ。アンタのお粗末な記憶力よりはマシやね」
「なんだと!数分前に言った事を忘れるのもどうなんだよ?」
「それはアンタのどうでもいい話を右から左へいつも通り受け流してたからやろ!?っていうかな!アンタはいつもいつもいちいちそうやって・・・」
突然喧嘩が始まったかと思うと、突然の関西弁を話し始める彼女に、裕人は二度驚いた。
関西出身なのかなとも思ったが、先ほどの喋りはそんな雰囲気は一切なかった。
いつまで経っても終わる気配のない喧嘩をなだめようとすると「アンタは入らんといて!」と彼女に怒られてしまった。
これは、とんでもないコンビなのかもしれない。
「やかましいわね、朝から喧嘩しないでくださる?」
ふと、聞き覚えのある声が聞こえて振り向くと、そこには前田が機嫌を悪そうに立っていた。
「というかあなたたち。喧嘩内容があまりにも酷すぎよ。喧嘩をするのなら、もうちょっとマシなことで喧嘩してほしいわね」
前田が苛立つように吐くと、二人はみるみるやる気が無くなったように落ち着きを取り戻していった。
「あぁ、ごめん・・・私達、結構くだらないことで熱くなっちゃうんだよね。悪い癖で」
いつの間にか関西弁が抜けた口調で、佐口が苦笑いを浮かべた。
「ほら、アンタも」
佐口が宇佐美を急かした。
「・・・悪い」
「分かればいいのよ。教室はみんなの場所なのだから、そこらへん考えてほしいわね」
そう言い放つと、スッキリしたような表情を浮かべて、前田は教室を出て行った。
「あの子、前田来実って子?」
佐口が問うた。
「え?うん、そうだけど」
「やっぱり。あの子、あんまりいい噂聞かないよ。なんか、この辺の中学校のヤンキーを仕切ってるとか聞いたことあるし」
「えぇ!?そうなの?」
あまりにも衝撃的な内容に、裕人は驚きを隠せなかった。
「ああ。平気で警察沙汰にもなるようなことをやらせてるとか聞いたことある。でもまぁ、あくまで噂だけどな」
宇佐美が言った。
「っていうか、お前もヤンキーじゃないの?」
思わず裕人は彼に聞いた。
「ん、俺か?俺は趣味でこういう髪型にしてるだけだから、そんなバカみてぇな趣味はねぇよ」
「そうよ。っていうか、こいつがそんなことしたら、ウチが許さないしね」
佐口がニヤニヤと笑みを浮かべながら、左手を右手にパンチする。
「・・・まぁ、こう言ってる女もいるしな」
「へぇ・・・そうなんだ」
意外とあっさりした理由に、これまた唖然としてしまった。
「ともかくまぁ、前から言おうと思ってたんだが。お前、前田とちょくちょく喋ってるみたいだけど、気を付けたほうがいいぞ。何されるか分かんねぇしな」
宇佐美が言った。
「う、うん。気を付ける。ありがとう」
裕人が彼に礼を告げたタイミングで、学校のチャイムが鳴り響いた。

「えっ?」
心奈は絶句した。
「何・・・これ」
彼女が手に持っている物は、自分の机の中に入っていた。
それは、殴り書きされた、一枚のノートの切れ端であった。
『今日から三か月の間に彼から離れなければ、貴女は呪われる』
そこにはそう書かれていた。
―彼?彼って誰?三ヶ月?もしかして、ヒロの事を言ってるの?
謎のメッセージに、心奈は背筋が凍りついた。

それを目にした瞬間から、既にカウントダウンは始まっていたのだ。

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