Smile again ~また逢えるなら、その笑顔をもう一度~

たいちょー

Memory.15

二時間ほど博物館で時間を費やすと、二人は近くのレストランで昼食を取った。
食べ終わってお店を出ると、「少し歩こうか」と言う心奈のもと、二人は適当に周りを散策し始めた。
クリスマスという事もあるのか、すれ違う人々は若い男女が多かった。
「そういえばさ」
心奈は言った。
「去年の今頃、私達全然話してなかったよね。私がヒロに怒っちゃって」
「ああ、そういえばそうだったね」
去年の今頃に、裕人が心奈に父親の愚痴を言って、機嫌を悪くさせてしまったことをきっかけに、全く口を聞かなくなってしまった時期があった。今思えば、とても懐かしく感じる。
「今だから聞くけど、あの時のヒロって、本気で私を怒らせちゃったと思ったの?」
「そうだよ。男ならまだしも、初めて女の子の機嫌を悪くさせちゃったから、どうしようってずっと思っててさ。冬休み中も、ずっとそのことが気がかりで、バカみたいに悩んでたんだよね」
「ふふ、ヒロらしいね。私もあの時、怒っちゃったことを謝ろうってずっと思ってたんだけど、結局ヒロに先に言われちゃった」
彼女は微笑んだ。
「懐かしいな。父さん、か。最近話してないな」
「そうなの?」
「っていうかさ、最近仕事で家にいなくてさ。帰ってきても、翌朝にはいなくなってたりとかよくあるんだよね」
現に昨日も、一昨日の夜に帰ってきたと思うと、翌朝には家にいなかった。
「お仕事好きなんだね。いいなぁ。今度機会があったら、お父さんに英語教えてもらいたいなぁ」
「まぁ、機会があったらね」
のんびり歩いているうちに、河川敷にたどり着いた。下の広場では、子供達がサッカーをして楽しそうな声が聞こえてくる。
「そういえば思ったんだけど、明月って姉弟とかいるの?」
「えっ?」
ハッと、心奈の表情が強張った。
「だって、そういえば俺、明月の家族の事は、お父さんがいないってこと以外、ほとんど知らないなぁって思ってさ。話してくれたことあったっけ?・・・あれ、どうしかした?」
心奈は、何故か思い悩んだように俯いている。
しまった。またいけないことを聞いてしまっただろうか?裕人は口にしてから後悔をした。
心奈は、はぁっとため息を吐くと、口を開いた。
「・・・いたよ。弟が」
「いた?」
「うん、いた。でも今はもう、亡くなってる。私が小学四年生の時にね」
「あ・・・そう、なんだ。ごめん、こんなこと聞いて」
「ううん、私も話してなかったから。ヒロは悪くないよ」
涼しげに彼女は笑うと、再び俯いて、悲しそうに口を閉じてしまった。
―もう、何やってんだ俺は。
「悪いこと思い出させちゃったね・・・ホントごめん・・・」
「違うの」
彼女が裕人の言葉を遮った。
「私が、いつまで経ってもあの子を忘れられないから。どれだけ考えても、あの子はもういないのに。守ってあげられなかったから・・・」
「守る・・・?」
「あ、いや・・・なんでもないよ」
心奈が首を振った。
「ごめん、悪い空気になっちゃったね。もうこの話は終わり!気持ち切り替えて、どこ行こうか?」
「え、あ、どこ?うーん」
「あ!ちょっとあそこのアクセサリーショップ寄っていい?」
彼女は先の階段下にある、一つの洋風なお店を指差した。
「いいけ・・・ってちょっと!まだ返事して・・・ああもう!明月!」
いつもの笑顔に戻り、さっさと走り出して先を行く心奈に呆れながら、裕人はその後を追った。
本当は、その時に気づいていた。理由は分からずとも、彼女が、弟の死に執着していることを。そして、守れなかったというあの意味深な発言も気がかりだった。
それでも裕人は、過去の彼女にとらわれずに、今の彼女と向き合おうと決め、触れ合った。
だがその選択が正解だったかと問われると、答えはノーだ。
もっと彼女の過去に向き合い、慰めてやるべきだった。共に執着心に立ち向かってやるべきだった。強がってばかりで、彼女のか弱い心のそばにいてやるべきだった。
今更後悔しても遅い。
当時の裕人には、想像もできない未来が待っていたのだ。

「もーう、なぁに?こんなところまで来て」
夕方時。二人で地元に戻ってくると、裕人はとある場所に心奈を連れ出した。
「小学校の裏山はちょっと懐かしいけど、なんかあるの?」
「まぁいいからいいから。悪いけど、ちょっと急がないと」
「えー、坂道辛いなぁ」
「おんぶしてやってもいいぜ?」
「はぁっ、バカ!そんなことされなくたっていけるもん!」
声を荒げて裕人を追い抜きながら、心奈が言った。
裕人が彼女を連れたのは、見慣れた小学校の裏山だ。ここは小学生時代に、学校では登るのを禁止されていたのだが、人目を避けて、裕人は偶に登っていたのだ。これから向かう場所は、裕人にとっては秘密基地のような場所だった。
「おいおい、へばるの早くない?」
心奈は急にペースアップしたと思うと、急速にペースダウンして、結局裕人が心奈を追い抜いてしまった。
呼吸を乱しながら、ゆっくりと心奈は歩いていた。
「はぁ、仕方ないでしょ・・・はぁ。あんたと違って、あんまり体力ないんだから・・・はぁ」
確かにバスケ部である裕人と違い、文化部の心奈にはきつかったかもしっれない。
「ったく、ほら。もうすぐだから頑張れよ」
裕人は、彼女に向かって手を差し伸べた。
心奈は驚いたような表情を見せると、そっぽを向いて無言で手を握った。
数分程登ると、ようやく頂上が見えた。木々の隙間から見える夕日が眩しい。
「着いたぞ。お、ちょうどいい時間かな」
「はぁ、えぇ?いい時間って何よ・・・」
深呼吸をしながら、ゆっくりと顔を上げた彼女は、今までの疲れが吹っ飛んだかのように、ぱぁっと明るい表情を見せた。
「うわぁ、夕日が綺麗」
「だろ?小学生の時、放課後の暇な時とかよく来てたんだ」
そこからは、自分達の町が一望できた。今にも顔を引っ込めてしまいそうな夕陽が、ひょっこりと町を覗いていた。
「へぇ。・・・ってちょっと。だったらなんで私も誘わなかったの?」
「え?いや、俺だけの秘密にしたくて・・・」
「もう。まぁいいけど。でも、凄い。建物の上から見る夕日って、こんなに綺麗なんだ」
「邪魔するものがないからね。ここなら思いっきり、綺麗な景色を楽しめるんだよ。来たことないけど、夜の綺麗な星空を見にも来てみたいな」
「いいね!じゃあ、その時はまた、一緒に来よう?」
「お、そうだね。約束だね!」
「うん!約束!」
もうすっかり頭を隠しきってしまった夕陽を背に、未だに手を握り合っていることも忘れて、二人は微笑み合った。

その星が綺麗な夜がその後、悪夢を呼び起こすとは知らずに。

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