Smile again ~また逢えるなら、その笑顔をもう一度~

たいちょー

Memory.14

12月

期末テストも終わり、すっかり肩の荷が下りた寒いこの頃。
日本全国でも滅多に雪が降らないこの地域では、凍るような肌寒い風が天敵だ。
「寒いねぇ。夏はめっぽう暑かったくせに、冬になったらこれだもんねぇ」
隣を歩いている、茶色とベージュの混ざった色のマフラーを首に巻いた心奈が言った。ほんのり赤く頬を染めた顔がまた可愛らしい。
「そうだなぁ」
あれからというものの、未だに嫌がらせは収まってはいないらしい。それでも彼女は「もう慣れたから平気」と言って、今でもこうして、我慢して生活しているようだ。
一体誰が犯人なのか、数ヶ月経ってもハッキリしない犯人に、裕人は苛立ちを覚えていた。
「ねぇねぇ、あんたクリスマス空いてる?」
「んぁ?クリスマス?なんで?」
「バカ。クリスマスって言ったらその・・・一緒に過ごしたい人と過ごしたいからに決まってるでしょ」
そっぽを向きながら、心奈が言った。七夕の日以来というものの、どうやら二人は、想いを伝えずにそういった関係の手前にいるらしい。
「はぁ。で、一緒に過ごしたい人が俺と」
「もう、恥ずかしいんだからわざわざ言わせないでよ!そうよ」
ここ最近、彼女の扱い方がようやく分かってきたみたいだ。少しばかり話をじらしてやると、彼女の可愛らしい一面が見られる。幼馴染でも、彼女でもないくせに、こういった関係はどうなのだろう?裕人は少し疑問でもあった。
「おぉ、そっかそっか。そりゃあ嬉しいな。誰かに誘われなかったら、クリぼっちになるとこだったからさ」
「そんなこと言うんなら、クリぼっちになってればいいのに。私は玲奈でも誘うもん」
「あいつら、二人でどっか行くって言ってたぞ」
二人とは無論、中田と南口のことである。
「・・・来実ちゃんがいるし」
「あれは・・・やめといたほうがいいんじゃないか?」
「うぅ・・・」
流石にクリスマスを一緒に過ごす人物ではないと、彼女も悟ったらしい。
「なぁんだ、せっかく一緒に過ごしてやろうと思ったけど、他の人誘っちゃうのかぁ、残念だなぁ」
横目でチラッと彼女を見る。顔を茹でダコのように真っ赤にして、腕をプルプルと痙攣させている。よほどため込んでいるみたいだ。その様子がまた可愛らしい。
「ああもう!クリスマス一緒に過ごしてください!これでいいでしょ!?」
「オッケー、じゃあ決まり」
自分でも気持ちが悪いと分かるくらい顔をにやけさせて、彼女の鼻をツンと突いてやった。
「もう!バカヒロ!」
「はは、悪い悪い」
そんなやりとりをしたクリスマス一週間前の帰り道。二人からは、大声の罵声や怒鳴り声が鳴り響いていた。

クリスマス当日
「お、きたきた」
待ち合わせ場所の駅前。待ち合わせ時刻に少しだけ遅れて、心奈が顔を出した。
「ごめん、遅くなっちゃった」
「大丈夫大丈夫。んじゃ、行くか」
二人は駅に向かい電車に乗り込むと、二つほど隣の町へと向かった。
目的地は芸術博物館だ。何故ここに来たかと言うと、今シーズンは、英語の書物やアニメなどが展示されているという。
昔から英語教師を夢見ている心奈が、本来一緒に来たかった場所なのだそうだ。
三十分程かけて、博物館へとたどり着いた。チケットを二人分購入し中へ入ると、米国で有名だというアニメキャラクターの看板がお出迎えしてくれた。
「しっかし、物好きだよなぁ、お前も。俺は英語見ててもさっぱりだからさ」
嬉しそうに看板をくぐる心奈に言った。
「だって、英語って楽しいじゃない?それに英語が分かれば、世界中の人たちと友達になれるんだよ?」
「世界中の人と友達ね。どうなんだろうなぁ」
実際に、裕人の父は翻訳家の仕事をしており、海外の知人も多い。家に遊びに来ることも少なくなく、外国人は見慣れていた。
だが、会話できるかとは別だ。日本語が話せる人ならまだいいが、ベタな日本語だったり、最悪英語で話しかけられたらたまったもんじゃない。
幼い頃から英語と隣合わせで生きてきたが、裕人はそれを拒んできたがために、全く英語は理解できない。
「ほら、これとか読める?ニャンピースの英語版」
展示のホールに出て、まず心奈が手に取ったのは、日本では超人気漫画であるニャンピースの英語版だった。もちろんセリフは全て英語で書かれており、裕人は全く読めやしない。
「いえ、全く読めませぬ」
「もう、こことかほら!この間習った文法だよ?」
心奈が一つのセリフを指差す。しかし、全く分からない。
「はぁ・・・『おい、この実はどこから持ってきたんだ!?』ってところかな?こんな簡単な文も読めないって・・・お父さんが翻訳家なのに、本当にそれでいいの?」
「うるせぇな。父さんは関係ないだろ。俺は俺だ」
「そうだけど、少しくらい勉強してもいいんじゃない?期末テストの英語の点数、酷かったもんね」
「う、うるせぇ!そもそも、あんな訳の分からない文法を簡単に読めるお前が意味わかんねぇよ」
実を言うと、彼女明月心奈は、今のところ全ての英語のテストにおいて、満点を取っているのだ(できるのは英語だけだが)。
「『英語だって言葉なんだ!こんなもんやれば誰だってできるようになる!』・・・って、テレビのCMでも言ってるでしょ?その通りなんだよね、英語って」
心奈はパラパラとページをめくりながら、楽しそうに漫画を読んでいる。
「・・・まさかとは思うけどさ。お前、全部読めてんの?」
「え?うん、読めるよ」
当然でしょ?と言わんばかりの表情で、不思議そうに心奈は裕人を見つめた。
「はぁ?お前英語に関しては頭おかしいだろ」
「関しては、っていうのはちょっとアレだけど。まぁ、勉強してるからね」
「勉強って、どんくらい?」
「・・・あれ?言ってないんだっけ?」
「は?何が?」
「私の英語の勉強時間」
「聞いたことない」
「私ね、十月から火曜日から金曜日は、英語の勉強してるの。まず帰ってから晩御飯とお風呂に入って、そこから夜の三時まで勉強。これを毎週」
漫画をパタンと閉じて棚に戻しながら、彼女は表情変えずに言った。
「・・・バカなの?」
「うーん。英語に関しては、バカなのかも」
てへへ、と彼女が笑う。普段はドキリと胸が高鳴るところだが、今は違った。
「じゃあさ、一応聞くよ?高校の問題とか解ける?」
「高校の?今ちょうど、高校二年生で習う文法を勉強してるかな」
「・・・あの、僕たち今何年生かお分かりで?」
「中学一年生」
「やっぱりこいつ、英語バカだ。うん」
返す言葉もない裕人は、仕方なく大きなため息を一つ吐いた。
「あ!あっち行ってみようよ!」
呆れて物も言えない裕人など見ず知らず、心奈は次の展示物へ行ってしまった。
「もしかしたら、とんでもない女の子なのかもしれん」
独り言をぼやきながら、裕人はその後をしぶしぶ付いていった。

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