Smile again ~また逢えるなら、その笑顔をもう一度~

たいちょー

Memory.13

9月

楽しかった夏休みも終わり、新学期が始まった。
まだまだ暑さは健在で、帰宅後のアイスクリームが美味しいこの頃。
心奈は、三時間目の体育の為に、彼女、前田来実と共に更衣室へと向かった。
「にしても暑いねぇ。来実ちゃん、もうセーターなんて着て、暑くないの?」
「あら、もちろん暑いわよ。でも、少しでもおしゃれは取り入れたいでしょう?だから、我慢して着てるのよ」
「でも、あんまり無理しないほうがいいよ。まだまだ熱中症になる可能性もあるんだし」
「そうね。気を付けるわ。ありがとう、心奈ちゃん」
更衣室に入り、バッグの中から体操服を取り出そうとした。だが。
「・・・あれぇ?」
ふと、心奈が声を上げた。
「どうかした?心奈ちゃん」
「うん。私の上着が入ってなくて。どこ行っちゃったのかなぁ」
バッグの中を再確認するが、見る限り上着は見当たらない。
「持ち帰ったとかはないの?」
「ないよ。だってまだ水曜日だし、昨日も体育で着たから置きっぱなしだもん」
「なら、一度教室を見てきたほうがいいんじゃないかしら」
「うん。でも、今男の子たちが着替えてるから・・・」
「急いだほうがいいわよ。外で待っていたら?」
「あー・・・、そうだね。じゃあちょっと行ってくる」
心奈は急ぎ足で階段を上がると、教室の前で他の男子が着替え終わるのを待った。
「あれ、明月。どうしたの?」
教室から出てきた、体操服姿の裕人が声をかけた。
「それが、私の体操服の上着が見当たらなくてさ。教室かなって見に来たんだ」
「うん?でも明月の机の周りにはないみたいだけど。少なくとも、俺は見てないかな」
そう言うと、裕人が教室の中を確認して、親指を教室に向けて指した。もう入っても大丈夫と言うサインだろう。
急いで教室に入り、ロッカーの中を確認する。けれど、やはり入ってはいなかった。自分の机周りも確認したが、どこにも見当たらなかった。
「あった?」
ドアのそばから裕人が言った。
「ううん、ない。どこいっちゃったんだろう・・・」
考えを悩ませながら、他に思い当たる節を考えていた時だった。
「あ、いたいた」
ふと、裕人の隣に学級委員長がやってきた。その右手には、体操服の上着を持っていた。
「これ、心奈ちゃんのじゃない?私のバッグの中に入ってたよ」
「嘘!?」
急いで彼女から上着を受け取り確認する。それは明らかに、自分のものであった。
「ええ?なんでだろう。分かんないけど・・・」
何故彼女のバッグに入っていたのか。
彼女の机からは離れているし、間違えて入った可能性も極めて考えにくい。
「とりあえず、ありがとう。ヒロもね!」
心奈は二人に礼を言うと、急ぎ足で更衣室へと戻った。
結局、授業に数分遅れで遅刻し、先生に注意を受けてしまった。
心奈は気を落としたまま、体育の授業に臨んだ。

次の日
眠い。昨日は夜遅くまで、録画してあったテレビドラマを見てしまった。おかげで寝不足だ。
大きな欠伸をしながら、心奈は一時間目の授業を受けていた。
「それじゃ、ここ重要だからしっかり覚えとけよー」
先生が、黒板に赤いチョークで文字を書いた。それに続いて、赤ペンをノックして芯を出し、ノートに文字を書こうとした時であった。
「えっ?」
すると、ノートには何故か、赤色ではなく紫色の色が滲み出た。
すぐにペンのインクの色を確認する。すると、理由は分からないが、紫色のインクが入っていた。
―なんで・・・?私変えた覚えないのに・・・。
「どうかした?」
不信そうにしている心奈を見て、隣に座る裕人が、小声で話しかけてきた。
「ねぇ、あんた私の筆箱触った?」
「え?いや、触ってないけど」
「・・・そう、だよね。ごめん、なんでもない」
そうだ。彼はこんな子供じみた悪戯なんてするはずがない。それは一番自分が分かっている。
だが、だとしたら一体誰が?
教室を見渡す。しかし、心奈のクラスメイトには、このような悪戯をするような人物は思いつかなかった。
もしや、昨日体操服を持っていた委員長かとも疑ったが、彼女もそのようなことが好きな輩ではない。
そうだ。きっと自分が遊び半分で中身を変えていたことを忘れていたんだ。そういうことにしておこう。
心奈は恐れを抱きながら、再び授業に取り組んだ。

10月

裕人は不思議に思いながら、朝の登校道を歩いていた。
昨日、時間割を確認して教科書の入れ替えをしていると、何故か心奈の体操着が入っていたのだ。しかも、最悪なことに上下両方だ。
とても触るのを躊躇ったが、仕方なくそれをリュックに入れ、今日の朝を迎えた。そして、今もそれはリュックの中に入っている。
―はぁ、あいつになんて言われるだろう・・・。
七夕の日の彼女を思い出す。また彼女の機嫌を損ねてしまうことが怖かった。
学校に着いて教室に入ると、珍しく心奈が先に席に座っていた。彼女は、不服そうに頬杖をついて、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
「よう、明月。おはよう」
「・・・おはよう」
適当な返事が返ってきた。もしかしたら、気にしているのかもしれない。
裕人はリュックの中身を再確認すると、恐る恐る声をかけた。
「なぁ、明月。昨日、こんなものが俺のリュックに入ってたんだが」
なるべくそれを触らないようにして、リュックの中身を彼女に向けた。
ゆっくりとこちらに顔を向けると、特に驚きもないまま彼女は「ああ、ヒロが持ってたんだ」と、それを手に取り、バッグの中にしまった。
予想外の反応に、裕人のほうが驚いた。
「え、ねぇ。なんで俺の中に入ってたか分かる?」
「うーん?なんでだろうね。分かんないや」
またまたそっけない返事をすると、彼女は机に突っ伏してしまった。
ここのところ、彼女はこんな調子だ。まるで元気がなく、なんだか落ち込んでいるようにも見える。
裕人が声をかけても、「疲れてるだけ」と一蹴し、特に何も話してくれない。
「なぁ、本当に大丈夫か?最近変だよ」
席に座ると、裕人は突っ伏する心奈に言った。
「・・・本当に、ヒロじゃないよね?」
「は?」
顔を上げないまま、彼女は言った。
「・・・ヒロが盗むわけないよね?本当に、なんで入ってたか知らないんだよね?」
「え、あ、うん」
「・・・ねぇ、今日一緒に帰らない?話したいことがあるの」
「へ、いいけど・・・」
「オッケー。なら、眠いから寝させて。おやすみ」
「は、あ、うん」
そう言うと心奈は、机に突っ伏しながら数分で寝息を立て始めた。
― 一体なんだって言うんだ。
彼女の寝顔を見てみたい気持ちを抑えながら、裕人は軽いため息を吐いた。

その日の帰り道
お互いの部活が終わって、校門前で二人は合流した。
「ふわぁー・・・」
隣を歩く彼女が、可愛らしく欠伸をする。その何気ない仕草に、思わず胸が高鳴った。
「で、話って何?」
「あ、うん・・・実はね」
彼女は、周りに誰もいないことを確認すると、ゆっくりと話をし始めた。
「・・・最近、嫌がらせされてるかもしれない」
「は?明月が?なんで?」
予想外の話の内容に、裕人は絶句した。
「分かんない。でも、先月くらいから、よく物がなくなったりしてるの。それも、子供じみた凄く簡単な嫌がらせ。なんかもう、引っかかった自分が凄くバカらしく思うくらいの」
「だから、最近元気がなかったの?」
「あ、いや・・・それもあるんだけど、それはちょっと別の理由、かな。最近結構夜遅くまで起きちゃってて、あんまり寝られてないんだよね」
「おいおい、だからそういうのにも引っかかるんじゃないの?」
「そうだよね・・・ごめん」
分が悪そうに、彼女は俯いた。
「っていうか、誰がやってるか分かってるの?」
裕人が問うた。
「それが分からないの。クラスの誰かだとは思うんだけど、やりそうな人がいないから、犯人を見つけられなくて」
「だから、俺を疑ったのか」
「うん。ごめんね、ヒロがするわけないもんね」
彼女が軽い笑みを浮かべる。
彼女からの疑いが晴れ、かつそのように信頼されていると思うと、とても嬉しく思えた。
「ふーむ、誰かねぇ。前田とかやりそうだけどな」
―っていうか、俺にはあいつしか思い浮かばん。
相変わらず苦手意識を持つ彼女を、早速裕人は思い浮かべた。
「えー。来実ちゃんはやらないと思うけどなぁ」
「そうか?なら、そうなのかもしれないけど」
そこからしばらく、二人でクラスメイトの名を順々に挙げていったものの、結局犯人になりそうな人物は思い浮かばなかった。
「まぁ、でも・・・何かあったら相談しろよ?俺が力になれるかまでは保証しないけどね」
何気なく、裕人は彼女に言った。
「もう、最後の一言がなければカッコいいのに」
「そうか?何かあったら、相談しろよ?俺が力になってやるから」
わざとらしく、声を変えて改めてカッコよく言ってみた。
「・・・バカ」
すると彼女が、フッと小さく笑ってくれた。
「なんか、久々に明月の笑顔見たな」
「そうかな?」
「ま、笑っとけばいいんだよ。明月の笑顔は最高だからな」
「え、何ー?」
「何でもないよ」
二人はお互いに笑い合った。
「・・・ありがとう、ヒロ。ちょっと元気出た」
「・・・おう」
この帰り道が、もっと長く続いたらいいのに。
裕人は彼女と話ながら、しみじみと感じたのであった。

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