間の神門

菜ノ風木

僕とあの子

ある街には、人の子を守る妖がいると言う。それを知ったのは、あの子と出会って三日目の小学校でのことだった。

キンコーンカンコーン
今日のチャイムの音は明るく感じた。
確か、いつもは付きまとってくるストーカーのような音に感じるのだ。
「くぁ〜」
大きなあくびが出る。
少し眠たい。
昨日アイツに無理やり起こされたのだ。
あまり静かではない教室で、先生が何かとずっと喋っている。
なんで、そんなに喋れるんだろう。舌噛まないのかな? 
今日も謎である。
ところどころあけられている窓はそよそよと教室に入る風を迎え入れて、ほのかに明るい陽の光が差し込んだ。
けれど、寒い。
外には枯葉の並木道が窓越しよりも、もっともっとキレイに輝いて見える。潔く吹く風の音に落ち葉は踊る。それを見るだけで、幸せで、暇つぶしになるのだ。
クラスメイトは「なんでそんな席に行くんだよ…」と引き目で言われる。だからと言って、自分はこの席が嫌いなんてことはない。
この席が、かわいそうだ。それにこの席はむしろ、好きだし。
僕にとっては条件の良い場所だ。この席は席替えの心配もないし、暇つぶしにもなる。だから、僕はここ以外の席に着いたことはない。
だが、クラスメイトがこの席を嫌がるのにはあの噂があるせいだと言うこともわかっている。
この席の窓から見える並木道のもっと奥の山側の方に、ボンヤリと見える小さな鳥居。社はもちろん見えない。そんな、鳥居がそびえる場所で髪の長い人を見ると呪いにかかるらしい。
そんな噂が学校中に流れている。
まぁ、ただそれだけで呪いなんてどうでもいい。この存在が、呪いのようなものと言えるのに。全く、困ったものなのかもしれない。
教室を見渡すと、ある場所で視線が止まった。
先生が一人一人の名前を呼んで、あるものを渡している
何というか、体から、体の奥底から、ザワザワとしたものを感じた。
いやだ。
待って、今こんな時に気分を落としたくない。心の中で手汗が出るほど焦っていた。
「あっ……」
そうだ!!これがある!!
ズボンのポケットに手を突っ込む。冷たく丸い鉄のボコボコした肌触りに手が引っ付く。さっきのザワザワとした感じは消えて、顔がほがらかになった。一気に肩の荷が降ろされた。そして、今日の午後のことを考えるながら五百円玉を転がした。
「はぁ……」
ポケットから五百円玉を握って、机の中に持って行く。横目で、覆っていた手を離すと五百円玉がそこにちゃんとあった。
よかった…
夢じゃないこともまた、嬉しい。これは、今日の幸せのきっかけだ。母さんには内緒で、昨日おじいちゃんがくれた。

「リクノエや」
不思議な色の紫桜(サキザクラ)の所でおじいちゃんが僕を呼んだ。と言うか、呼び出しをくらった。
紫桜はとても大きくて僕よりも高いおじいちゃんの背ですら、小さく感じらる。
普段はアイツがいるからあまり行かないけど、おじいちゃんの呼び出しとなったら行かなければいけない。
桜の下に行くと、背の低い坊主頭のおじいちゃんがいた。
冬らしく、寒い風がおじいちゃんとの間を通り抜けて言った。
おじいちゃんの顔を見つめると頰が徐々に上がっていく。身長と顔のギャップに僕は毎回笑いそうになるのを堪えるので必死だ。
あの子にも、見せてあげたい。
僕の自慢の変なおじいちゃんと、この綺麗な紫桜を……
そんなことを思っていると、おじいちゃんが口を開き始めた。おじいちゃんの話は長い時が多い。
「お前も色々大変だろぅ、これで何かのたしにすればいい」
そう言っておじいちゃんは僕の手に500玉をくれた。
「リクノエ、ムリをせんようにな」
おじいちゃんの話はそれだけで、今までで一番短かった。ありがたいし、心がホカホカした。だから少しだけ、おじいちゃんの手が僕の髪の毛をクシャクシャにするのを許した。あの時、見たこともないような優しい花の香りが髪に染み付いてなかなかとれなかったのだ。
 

「リクノエ君、リクノエ君」

トントンっと、誰かが僕の肩を叩いた。そっと目を向けると、隣の席の女の子だった。
「なに……?」
「まおみ先生が呼んでるよ。」
あぁ、きた。
まおみ先生とは、クラスの担任の先生のことだ。
教卓に立っている先生の方に目を向けると、いつもと同じ苦手な笑顔がそこにあった。
「リクノエ君は、ひとみの次の番号でしょ?」
首をかしげるひとみちゃんの可愛らしく、女子らしい姿にクラスの男子たちは恋に落ちるのだという。
そんなことに疎い僕は理解できない。
「え、うん」
この小学校では番号が男女混合だ。何故かと言うと、この美馬(ミマ)小学校では各学年一クラスおよそ、三十人程度で少ない方だ。けれど中学校からは地区の小学生が二つの場所に集まり何十人にも人が増える。
それを考えるだけで嫌だ。人が多いのはあまり向かない。かと言って家にも居たくない。
「はぁ……」
こんな事考えるんじゃなかった。変な思考に至るたびにダルくなってしまう。
そして、ふと思い出す。
誰かからこう言う言葉を聞いた。

"憂鬱"

考えたくもない。思い出したくもない言葉だ。
「リクノエ君」
今度は先生の僕の名前を呼ぶ声がちゃんと聞こえた。
「はい」
重々しい音を立てながら席を立った。
体が重い。拒否反応だろう。
ざわざわとした教室に、自分の声が響いたのかさえわからない。そんな中で先生の方におずおずと出て行った。
教卓の横に出ると座っている時と同じ、苦手な笑顔が窓越しに見えている気がした。
「今学期もお疲れ様」
先生の顔はさらにレベルアップしている。
だが今、そんなことはどうでもいいのだ。
あの、先生の手にある紙袋が今は一番見たくない。
「来学期も頑張ってね」
そっと先生は両手を前に伸ばし、僕の方に差し出した。その両手にはしっかりと呪わしい紙袋がある。
「はい」
震える手で先生から紙袋をもらった。
「リクノエ君。極夜くんは来学期くるの?」
その話か。
「わかりません。でも、多分来るかもしれません」
「あらぁ!!そうなの?先生、極夜くんが来てくれたらとっーーても、嬉しいわぁ!!極夜くんによろしく伝えておいてね!」
さりげない、女性のウィンクだ。
「はい」
早く席につこう。弟の話も、人と目を合わせることも苦手なのだ。
「あっ、リクノエ君。まだ紙袋、開けないでね!」 
再びウィンク。
「はい……」
こんな紙袋いらない。
なんだか、とても疲れて来た。 
「はぁ……」
ざわざわとした教室で、この紙袋を開封している子や紙袋と真剣ににらめっこしている子、まだ紙袋を貰っていない子など、今年で三年と九回目だが今だにこの雰囲気にはなれない。
結果は分かっているのに、心が踊るのだ。
机と机の狭い道を誰にも声を掛けられずに席に着く。 窓から入ってくる柔らかい風がいつもと同じで心地良かった。
早く終わらないかなー
退屈だけど、家にいるよりは良い。
朝に通る通学路、夕方に帰る帰り道。自分が一番好きな時間。1人で自由にいられる時間。
安心する。
さっと、吹く風に飛ばされて行く落ち葉。その光景を見ながら良いな、と思うのは自分だけなのだろう。
だって、学校もあんまり好きじゃない。友達もいないし、授業も面白くない。ただ、母さんが行ってと言うからこうして毎日毎日通っているだけ。でも、家にいるのも嫌だ。あの家も退屈で仕方がない。自分の部屋からはあまり出るなと言われている。けれどまぁ、その理由は知っている。
僕には『双子の弟』がいる。
他の人から見たら、みんなは弟ばかりかまうと言えるだろう。だが、もう慣れた話で別にどうでもいいことなんだけど。
まぁ、ただ……弟と同じ存在だったなら話は別だったと思うんだ。
僕の家は『由緒正しい妖の一族』の家。
『全ての妖の元』、『全ての始まり』とも、言われている。そんな中、なぜ僕はこの人の子の学校に三年間も通っているのか。
家にいるみんなが考える『最も大きい悩みの種』
それが、僕の存在。僕が『人の子』だからだと言うこと。
僕には、妖の血が一滴も入っていない。
あの屋敷には由緒正しき妖一族と言うだけあって、何十人何百人にも及ぶ仕えている者がいる。何代も何代もその前の代からもずっとそんな形だって、おじいちゃんから教えて貰った。
そして僕が生まれた時みんなはどう言うことか、一時だけ喜んでくれたらしい。
それから数日後、行事として子供が生まれた時、占いをする決まりがあった。家に代々仕えている占い師のマガギが僕を占ってくれる。
その時の判定が、まさしく……











ただ、それだけだった。
父さんたちは、まさかと思ってマガギにもう一度占いをし直してもらった。他の占い師達にも頼んだそう。
でも、それでも、同じだった。
多分、それからだったのかな。
僕は『除け者』と誰かは、みんなは、思い始めた。もちろん、父さんも……
だけど、僕より形見が狭いのは母さんだった。
父の勝手な都合でお嫁入りさせられたのに、偏見の目で見られている。
母さんは、人。
だから、僕は人の子。
それは、理解できる。だけど、弟は違った。
父の遺伝子が濃かったのか、それとも何かの奇跡なのか。人の血を持たない、立派な妖の子として生まれてきた。
名付けられた名は……


極夜(キョクヤ)


長い夜、妖の世界がその繁栄が続くようにと願いが込められた。
父が力強く名付けた名だ。
僕と同じく、弟もマガギに占って貰ったそうだ。
その判定は、まさしく……










父さんは最初この子もまた人の子かと思ったらしいが、その判定が出た時に物凄く喜んで、宣言したんだそうだ。


「この子は、極夜。次の当主だ!!!」


この時、長年その家で待ち望んだ後継が決まった、と誰もが思った。
母さんが一度聞いてきたことがある。
「極夜のことは、好き?」
僕は、幼い頭で考えて即答した。
「うん!!弟だもん」
その時、母さんは満面の笑みで笑っていた。今までで一番綺麗な笑顔だったと思う。
それに、僕は弟の事を羨ましいとは思わない。
僕は、母さんに名付けてもらった。逆に母さんに付けてもらった事に誇りを感じている。
僕は、リクノエ。
どんな意味でどんな状況で名付けて貰ったのかは知らない。
「みなさん、今学期もお疲れ様でした。」
ざわざわとした教室が急に静かになる。
「冬休みは、ちゃんとお母さんやお父さんのお手伝いを積極的にしましょう」
毎年恒例のお言葉。
「交通事故や風邪に気を付けてくださいね。」
はぁ……いつも同じで下らない。
「それでは、良い冬休みを!」
……あれ?
今日はいつもよりなんだか、早い。いや、早く感じてるのかな?
顔が一気に火照る。クラスメイトの目が顔が心がどんどん明るくなっていく。
それを見ているだけで僕も嬉しくて、楽しくなった。
「「「やったーーーー!!!」」」
先生が教室を出て行った、途端クラスの盛り上げ役の男子、松谷くんが叫んだ。
そう、今日はみんなの喜びの日。終業式である。
いつもなら、僕も『1日が終わった』なんて、思うけど今日だけは違う。
あの子と会うんだ。
一週間前に会った。
あまり人が来ないような原っぱで会ったけど、今までで出会った人の中で母さん以外にあんなに落ち着ける人に僕は会ったことがない。
綺麗な黒髪で、風が吹くたびにさらさら太陽に輝いて、それに笑顔はとびきりで物凄い面白い話を沢山してくれる。
そしていつも「明日も一緒に遊ぼう!」そう言ってくれる。
今日も楽しみだ。これからは、冬休みだし。家から抜け出して、自分の好きな所へ行ける。
今日もあそこで待ち合わせだ。
僕も、早く行こう。
後ろのロッカーに急いで駆け寄ってランドセルを背負う。もう、クラスメイトの半数はグラウンドにいた。
早く早く、物凄い楽しみだ。今日は何の話をしてくれるんだろう。
いつも短いと思う廊下が長く感じる。廊下には、冬休みに入ると言うのに絵が何枚も掛けてある。
持って帰るの忘れてるのかな。
図工の時間で描いた絵。僕の絵は、壊滅的でグチャグチャだ。絵のセンスはまるでない。それと同じで歌も音痴、これもまた壊滅的だ。芸術系のセンスは終わったと言っても良いくらいに。だからだろうか、作品の前を通るのは好きじゃない。
下駄箱に着くと掃除用具のドアが開いていた。
五、六年生がほうきを何個か取りに来ている。
大変だなぁ。
キーンコーンカーンコーン
チャイムの音が響いた。
だいたい、11時過ぎくらいだろう。こう見えて、勘とかそういう系は得意だ。
早く、早く!!
11時後半に待ち合わせなのだ。
今日は、終業式だったけどお母さんに頼んでこっそりとおむすびを作って貰った。
父さん達にバレたら、何処に行くのかと問いただされて叱られる。
まぁ、おじいちゃんには多分バレてるけど、それぐらいでおじいちゃんは僕を怒らない。逆に、弟の方がよく怒られているのだ。
自分の番号は、真ん中らへんの後ろ。曖昧な番号だ。そして、下駄箱の場所も一番下で靴を取りにくい。
靴を履き替えるついでに、先生から貰ったら絶対にいらない紙袋を黒いランドセルに入れる。
本当にいらないよ、コレ。
でも、今日はいいか。
なんだか、不思議な気分だ。
自然と顔がにやけてくる。
「今日は、良いんだよ!!」
あの子の自慢の言葉。
心がポカポカする。
校舎玄関を出ると、砂埃があまりにも酷かった。
今日は、風が強い日だっけ?
朝、登校途中に通り過ぎの人が言っていた。
うーん。
でも、今は走りたい。
だから、勢いよく大地を蹴る。
走るのは好きだ。汗をかいたりするけど、楽しい。
もう一度風が吹いた時、僕は思い切り走り出した。
ランドセルの中でお弁当と筆箱がガチャガチャと音を立てている。まるで、お喋りしているみたい。
でも今日の僕はそんな事にはお構いなしだ。
楽しみだ。
楽しみが止まらない。
今も顔に向かい風を受けながら、喉を枯らしながら走った。
さぁ、もっと早く。



あの子の所へ……




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