新米オッサン冒険者、最強パーティで死ぬほど鍛えられて無敵になる。

岸馬蔵之介

第34話 厳しさ

「それでは、両者構えて……始め!!」

 ペディックの言葉と共にヘンリーは剣を相手に向ける。

 その様子を見てワイトはほくそ笑む。

 何ともひどい構えだった。素早く次々の動きに移れない素人丸出しの構えなのはもちろん、凄まじいへっぴり腰だし足がガタガタと震えている。先ほどまでの二人はおそらく喧嘩慣れしていたのか、そのあたりの戦う姿勢はきっちりとできていた。

 ……何とも容易い。本当に。

「さあ、どうしたのですかヘンリー君、でしたっけ? これは訓練なんですから遠慮せずに打ち込んできなさい」

「そ、そんなこと言われても……」

「どうしたヘンリー。ワイト教官が早くしろとおっしゃっているぞ」

 ペディックの怒鳴り声を受けて、ビクリと体を振るわせるヘンリー。

「は、はい、す、すいません」

 そう言って、重そうに訓練用の剣を振り上げてワイトに切りかかるヘンリー。

「遅いですねえ!」

 しかし、ワイトはそれを楽々かわすとヘンリーの横っ腹に刀身を叩きつける。

「ぐっ」

 床を転がりうずくまるヘンリー。

「ま、参りました……」

「おやおや、なにを言っているのですか? これは私がいいと言うまで続く訓練ですよ。さあ、早く立ちなさい」

「そ、そんなぁ」

「さあ、早く立つのです!!」

   □□□

 アレは訓練なんかじゃねえ。

 ガイル・ドルムントは先ほど教官の訓練用の剣で殴られた腹部を押さえて、内心そう思っていた。

(クソッ、まだズキズキ痛みやがる)

 ガイルは正式な戦闘訓練を受けてはないが、喧嘩だけは人並み以上にこなしている人間である。だから分かるのだ。ワイトの打ち込みから伝わる明確な悪意が。相手をいたぶろうとする嗜虐心が。

 そして、実際に目の前でルームメイトがその悪意をモロに受けている。

「ぐうぅ」

 再び床を転がされるヘンリー。

「どうしましたぁ!? さあ、もう一回です」

 ニマニマと嗜虐的な笑みを浮かべるワイト。

 ヘンリーはすでに涙を流しながらワイトのしごきを受けていた。

 ガイルは自分が日頃から言っていた言葉を思い出す。

『がははは、なーに、なんかあったらお前たち舎弟は俺が守ってやるぜ、がはははははは』

 その言葉に嘘はないつもりであった。実際にリーダーを務める地元の不良グループでは、メンバーに何かあれば舎弟達と共にすぐさま駆けつけ、相手を叩きのめすことも何度もあった。

 だが、今の相手は教官である。しかも、主任教官。加えて実力は向こうの方が遙かに上。

「くっ……」

 ドルムント領の番長、ガイルは歯ぎしりをすることしかできなかった。

   □□□

 一方、リックはワイトがヘンリーを痛めつける様を見てうんうんと頷いていた。

(ようやく訓練らしい訓練になってきたなあ。こうやって絶対に勝てない相手にメッタメタに叩きのめされて自分の実力と上のレベルを知るわけだ。もっとも俺の場合は本当に勝てるまで入り口ふさがれてたけど……)

 ようやく今日からが本番と言うことだろう。

「頑張れヘンリー君!!」

   □□□

 そうだ、こうでないといけない。

 ワイトはフラフラになりながら切りかかってきたヘンリーの剣をかわして、足払いをする。

「うぅ……」

「ははは、どうしましたあ!? まだワシクシに一撃も当てられていませんよおぉ?」

 苦しむ訓練相手、それを見て恐怖を覚える周囲の生徒たち。

 これこそが東方騎士団学校の伝統、あるべき姿である。

 教官の言うことは絶対、教官に逆らってはならない、教官を畏怖し敬うそしてその教官たちをまとめる立場にある主任教官の自分は、神に等しい存在なのだ。

 ヘンリーが呻くような声で言う。

「……もう、体が動かな」

「黙りなさい!! このヘタレが。騎士たるもの甘えは許されません、さあ立つのです!!」

 サディスティックな高揚に歯止めが利かなかった。

 □□□

「はあ、はあ、も、もうやめてください……」

 剣を手から落とし、横向けに倒れたヘンリーは涙と鼻水と出血でくしゃくしゃになった顔でそう懇願した。

 かれこれ10分間以上。一方的に剣で打たれ続けている。ヘンリーが情けないのではなく、普通は誰でも根を上げる仕打ちである。

 しかし、その姿は今のワイトにとって嗜虐心を煽る材料に過ぎない。

「ははは」

 ワイトは床に転がるヘンリーの腹を、つま先で蹴り飛ばす。

「うぐぅ」

 そして。

 その様子を見ていたリックがようやく気づく。

「……」

 あれ、なんかおかしくないか?

 リック自身もあれくらい。いや、あれ以上にボロボロになることがあった(むしろそんなことばっかりだった)。

 しかしである。ヘンリーはもう精神うんぬんの前に物理的に動けないほど疲弊しているのだ。そんな状態で一方的に攻撃されていることに意味があるだろうか?

 自分がブロストンにされたように動けなくなった時点でヒーリングをかけるべきなのでは?

 これが騎士団学校の厳しさと言う奴なのだろうか。

 ……いや、違う。

これは厳しさじゃない。        

 ワイトが起きあがれないヘンリーの顔面に向けて、剣を振り下ろそうとする。

「どおしましたああああ、教官が立てと言ったら根性を見せて立つんですよおおおおおおおお!!」

 しかし、その剣は途中でピタリと止まった。なぜなら

「邪魔ですよ、リック・グラディアートル六等騎士」

 ヘンリーとワイトの間にリックが立ちはだかったからである。

 リックはワイトをまっすぐと見据えて言う。

「中断してヒーリングをかけてやってください。これ以上続けても意味がありません」

「黙りなさい。この程度で根を上げるような根性は叩き直さなくてはなりません。なにより教官の言うことは絶対です。生徒は黙って言われたとおりに」

「それは教官の言うことが本人の為になる時に限った話だ。確かにこのくらいの訓練で根を上げるのがよくないと言うのも分かる。俺もこれより遙かにキツいことをやってきた経験があるからな」

 リックはこの2年間を思い出す。辛いことばかりだった、苦しい訓練ばかりだった。パーティーの化け物達に非人道的な地獄を毎日経験させられた。

 だが。

 それでも。

 先輩たちは確実に自分のことを思ってくれていた、と言う確信がある。

 少しでも自分を強くしようと、考えていてくれたと断言できる。

 だから自分は先輩たちを恐れ半分恨みながらも、どうしようもないくらい感謝しているのだ。

 しかし、目の前の教官からはそれを微塵も感じない。

「これ以上ヒーリングをせずに訓練を続けることに何一つ価値はない。俺にはアンタが痛めつけることを楽しんでるだけにしか見えなかったぞ」

「ほう、生意気をぬかしますねえ。では、アナタが代わりに訓練を受けますかぁ?」

「それで、ヘンリー君の訓練を中止してくれるならな」

「ふっ、よろしい。ただ、こんなことをした以上、単なる訓練だけで済むと思わないことですねえ」

 リックの言葉を聞いてワイトはしめたとばかりに、口元を歪める。

「闘技場まで来なさい。東方騎士団学校伝統の決闘方式でアナタに騎士のなんたるかを教育して差し上げます」

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