新米オッサン冒険者、最強パーティで死ぬほど鍛えられて無敵になる。

岸馬蔵之介

第22話 とある新人冒険者の一日 3

「……れ、レッド・ワイバーンがいるなんて」

 ワイバーンの上位種であるレッド・ワイバーンは、通常の個体と比べて倍のサイズを誇り、単純な戦闘能力では最強種であるドラゴンに匹敵すると言われている。

 滅多に存在しない希少種であるが、よりにもよってこのタイミングで出会うことになるとは思わなかった。

「こ、こんなの、危険度7どころじゃない……8か9、ギルド総出で挑むような超難関クエストだぞ……」

 逃げなくちゃ!!

 そう考えても恐怖で全身がガタガタと震えて、上手く動くことができない。

 何とか立ち上がったルークは、よろよろとその場を離れようとする。

 しかし。

「―――――――――――――――!!!!!」

 レッド・ワイバーンが咆哮し、一歩踏み出した。

 それだけで大地が揺れ、ルークはバランスを崩して地に膝をつく。

 そうしている間に迫りくる巨大なシルエット。

 もう駄目だ!!

 その時だった。

「ルーク君。そのまま全力で逃げろ」

 レッド・ワイバーンの前に立ちはだかったのは、普通っぽいオッサン、Eランク冒険者のリックだった。

「ちょ、リックさん何をする気ですか!!」

 ルークは声の限りに叫んだ。

「確かにあなたの仲間は強いです。でも、あなたは違うでしょ!? 十年二十年かかってようやくEランクにあがったような人じゃないですか!!」

「まあな。俺の力なんて先輩たちに比べたら貧弱もいいところだしなあ」

「敵は、Aランク冒険者が5人がかりでようやく倒せるような強力なモンスターですよ!! 一緒に逃げないと」

「んー、でも、逃がしてくれそうな雰囲気じゃないだろ」

 リックの言葉通り、レッド・ワイバーンはその鋭い双眸をルークたちに向け、今にも飛びかからんと殺気を放っていた。

「そ、それなら」

 ルークは膝に手をついて何とか起き上がると、リックの隣に立った。

「ぼ、僕も戦います」

「お、おいおい。無茶するなよ。思いっきり震えてるじゃねえか」

「リックさんもね」

 ルークが下に目をやると、リックの足がガタガタと釣り上げられたばかりの魚のように震えていた。

 リックは目をそらして「……いやー、やっぱり慣れないんだよねー、殺気向けられるのってー」などと呟く。

 ルークは正面に向き直って言う。

「……無茶でも、無謀でも何でもかまいません。リックさんを見捨てる気はないですからね」

「ルーク君どうしてそこまで」

「『英雄ヤマトの伝説』……」

 ルークはそう呟いた。

「『英雄ヤマトの伝説』で、ヤマトは一度もパーティの仲間を見捨てたことはなかった……僕は、ヤマトに憧れて冒険者になったから、臨時とはいえ絶対にパーティの仲間を見捨てるわけにはいかないんです」

 リックは驚いたようにルークの顔をじっと見る。

「……ルーク君。君ちょっと俺に似てるかもな」

「僕は、今年でEランク上がるつもりですよ」

「ははは、そうだな。それがいい」

 リックがそう言い終わると同時に、レッド・ワイバーンが動いた。

 狙いはいたって単純明快。足元で鬱陶しくもこちらに戦意を向けてきている小さな生き物を踏みつぶすつもりである。

 迫り来るレッド・ワイバーンの足。恐ろしいほどの質量が頭上からルークたちに向けて迫ってくる。

 しかし。

 レッド・ワイバーンの足が、ルークを踏みつける直前で止まっていた。

「え?」

「相変わらず人を踏みつけるのが好きだなトカゲ野郎め」

 ルークは隣を見て、そして、今日一番の衝撃を受けることになる。

 リックが、普通の冴えないオッサンにしか見えないリックが、1トン近い重さはあろうかと言うレッド・ワイバーンの足を片手で止めているのである。

「…………………」

 ルークはパチパチと何度も瞬きをし、何とか目の前の光景を脳で処理しようとするが、その試みはなかなか上手くいかなかった。

「よっと!!」

 リックが腕に力を込めてレッド・ワイバーンの足を押し返すと、その巨体がまるで綿でも詰まっているかのように軽々と宙に浮く。

 続けて、リックは地面を蹴って跳躍した。

 もはやジャンプと言うより、射出と言った方がしっくりくるほどの勢いでレッド・ワイバーンの巨体に向けて空中を移動するリックは、そのまま体を半回転させる。

 リックの強烈な回し蹴りが炸裂した。

 その威力は受けたレッドワイバーンを吹っ飛ばすのではなく、胴体を二つに引きちぎるほどであった。

「うわぁ!!!」

 風圧に吹き飛ばされ地面を転がるルーク。

 リックが着地したのと、半分になったらレッド・ワイバーンが地面に墜落したのは同時だった。

「うん、強いな俺。ちゃんと強いぞ。うんうん」

 なぜか確認するように何度も頷くリック。

 ルークは震える声でリックにたずねる。

「あ、アンタ本当にEランク冒険者なんですか!?」

「え、そうだけど?」

 さも、当然のように答えるリックだが、全く持っておかしい話である。

「いやいや、それだけ強いのに何年もFランクなんておかしいでしょ!?」

「あー、それなんだけど、俺冒険者になったの二年前なんだよね」

「……」

 ルークは自分の耳をトントンと叩いた。故障を疑ったが、どうやらちゃんと機能しているようである。

 なんだそれは。

 自分のたった一つ上のランクで、それも30歳から冒険者を始めて、そんな人間がレッド・ワイバーンを瞬殺……まるで意味が分からない。

「あ、ブロストンさんたちだ。おーい」

 リックが手を振った方を見ると、ブロストンとアリスレートがこちらに向けて歩いてきていた。

「リックよ。『例のもの』やはり巣の中にあったぞ」

「おーい、リッくんも干し肉食べるー?」

 しかも、無傷で。あれだけのワイバーンを相手にしてである。

「………………」

 世の中には自分の理解が到底及ばぬ世界があるのだということを、思い知らされたルーク・ルーカス15歳の夏であった。

   □□□

 翌日。

「おーい、ルーク」

 今日もクエストを受けにギルドに顔を出したルークを、ギルドマスターが呼んだ。 

「昨日はホントに助かったよ。ホントはお前にも普段からレベルの高いクエストをやらしたやりたいんだけどな。これもギルドの規定でよお」

「……」

「ん? おーい、どうしたルーク。ボケーっとして」

「あ、いや、すいません。ちょっと昨日のこと思い出しちゃって。凄い人たちですねあの人たち」

「ああ、ありゃな、大陸最強って言わるパーティの連中さ。全員化け物だよ化け物」

「大陸最強……僕も冒険者を続けてればあんな風になれるのかなあ」

「おいおい、怖いこと言うなよ。お前まであんな風になったら俺はギルドマスター引退するぞ」

 ギルドマスターは冷や汗を流しながらそう言った。 

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