新米オッサン冒険者、最強パーティで死ぬほど鍛えられて無敵になる。

岸馬蔵之介

第3話 鉄は熱いうちに打て

 さて、いよいよ次は俺の番である。

 名前を呼ばれ前に出た俺だったが。

 んーどうしようか。

 俺は『オリハルコン・フィスト』の仲間から加減をするように言われている。少なくとも俺の持っている固有スキルは危険なので絶対に使用禁止とのことだ。

 問題はどこまで加減するかなんだよなあ。他の受験生たちを見るに相当に加減しなきゃいけないことは分かる。

 ただ、この試験一発勝負なんだよね。加減しすぎて試験に落ちるのは勘弁願いたいところだ。

 俺はこの試験の前日、パーティのメンバーから言われたことを思い出す。

『よいかリックくんや。君はもうワシらと肩を並べて戦えるほどに強い。油断さえしなければ間違いなく合格するじゃろう。もし、落ちたらそうじゃのう……よし、その日から一週間は修行の量を三倍にするかの。ほっほっほっ、そう恐れることもなかろうワシの若い時分はそれくらいやったもんじゃ。厳しい訓練についていけず死んだものなど(そんな多くは)おらんわ』

 死んでるじゃねえか!

 むしろ、普段の修行ですでに死にかけてますからね。アナタみたいな伝説級の化物の基準で物事を考えるのはやめてください、ほんと、お願いします。

 俺が悩んでいると、他の受験生たちがひそひそと話す声が聞こえてくる。

「……ずいぶん年いってるな4242番」

「ずっとEランク試験を突破できないままあの年になったのか?」

「うわ、やべーなそれ。俺もああならないように試験頑張ろ」

「ふっ……世の中には持つものと持たざる者がいるのさ(キリッ)」

 あー、まあ、そう思うよなあ。この年でこの試験受けに来てりゃ。俺だってそう思うもん。まあ、神童くんが持つものだとは思わないけど。

「んー、君。プロフィールについて質問があるんだけどちょっといいかね?」

「はい?」

 試験官が声をかけてきたので俺はそっちの方を向いた。

「今32歳で登録年月日が二年前になっているが、記入ミスではないのかね?」

「え、いや合ってますけど?」

「いや、これだと30歳から冒険者を始めたことになるが本当なのかね?」

「まあ、その通りですけど……」

「……君、冒険者の常識を知らずにこの世界に飛び込んできた口かね?」

 試験官が何やら説教臭い口調になってそう言った。

「冒険者の戦いの基本である『魔力』の量は若いうち、少なくとも20歳までに鍛えておかなければ、その後の成長は望めない。鉄は熱いうちに打て。冒険者ほどこの言葉を教訓としなければならない仕事もない。なのに君が冒険者になったのは30歳だろ。もしかして、冒険者以外の『魔力』を使う仕事をしていたのかね?」

「ギルドの受付でしたね。使える魔法も風系の魔法が二つだけです」

「だろうな。試験を始める前に受けた『魔力』量の測定結果もずいぶん酷いものだ。冒険者としてギルドに登録するための最低基準ギリギリと言ったところか……はあ、悪いことは言わん。早く他の仕事を探したほうがいい。この試験に落ちれば諦めもつくだろう」

 試験官はため息をついてそう言った。

 俺と試験官のやり取りを聞いて他の受験生たちもざわつきだす。

 ああ、知ってるわ。こいつらの目。この哀れなものを見るような目。

 確かに、試験官の言ったことは事実だ。冒険者が戦闘に使う魔力は20歳のうちに鍛えておかなければ、その絶対量には限界が来る。事実、30歳から冒険者を始めた俺の魔力量は少ないとパーティの皆から言われている。

 正論なんだよ。言ってることは。

 でも。

 でもさ。

 別にいいじゃねえかと思うんだよ。何歳から冒険者やったって。何歳から新しいこと始めようとしたって。

 正論だって分かっちゃいるけど、そういうこと言われると、なんつーかヤな気分になるし自信無くなってくるじゃん。そんな事も分かんないのかよ。それとも分かっててやってるのか?

 ……イラっと来た。目にもの見せてやる。

 俺は一つ深呼吸して、スライムバッグの前に立つ。

 って、いやいや、ダメだダメだ。ちゃんと言われた通り手加減しないと。

 でもなあ、ちょっとさっきのは流石に腹立ったしなあ。

 うーん。よし。あの神童くんとやらの魔法が確かCランクだったな。

 アレよりちょっと強めにやって驚かしてやろう。

 しかし俺、グリーンスライムのバッグ叩いたことないからどれくらい衝撃を吸収するのか分からないんだよなあ……

 えーと、まあ、使うのはこれくらいの量でいいかな?

 俺は魔力を体にほんのちょっとだけ循環させる。これは魔法と言うより『身体操作』の一種で、魔力を循環させた部分の力や強度を一時的に向上させる誰でも使える超基礎技術である。もっと特化した硬化や力の上昇を起こすものまで行くと『強化魔法』というカテゴリに入ることになる。

 よし。軽めに、軽めに。

 俺はスライムバッグにもう一歩近づくと……真下から蹴り上げた。

 次の瞬間。

 何かが爆発したような音と衝撃波が部屋中を駆け巡り、スライムバッグが凄まじい勢いで真上に跳ね上がる。その勢いは吊るしていた鎖を一瞬で引きちぎり、屋根をぶち破り、試験場を覆っていた魔法結界を粉砕し、スライムバッグを遥か上空まで吹き飛ばして行った。

「……」
「……」
「……」

 試験官と受験生は皮が引きちぎれるのではないかというくらい目を丸くして黙り込んでしまった。

 上空からバシャバシャと緑色の液体が降ってきた。スライムバッグの中身である。

 俺はその様子を見ながら、心中で呟いた。

(グリーンスライム性のバッグ、全然衝撃吸収しねえじゃん!!)

 いくら一番弱い素材って言ってもこんな軽い蹴り、いつも使ってたスライムバッグなら微動だにしないぞ!?

 てか、他の受験生これ壊せないのかよ!?

 俺は再びパーティの先輩である、やたら教養のある灰色オークの言葉を思い出していた。

『リックよ。戦いにおいて下半身は重要だ。二足歩行動物はその構造上全ての動きは下半身で生み出した力を伝えるものだからな……というわけで、スライムバッグ叩きは今日から蹴りの方も追加だ、ああ安心しろ、蹴りの方はたった四万回でいい。これを続ければお前は最上級モンスターですら鼻歌交じりに素手で倒せるように……おい、こら逃げるな!! ゲオルグ!! リックを捕まえてくれ!』

 ああ、そう言えば俺、この二年間色々教わったけど……手加減の仕方、教わってないわ。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品