新米オッサン冒険者、最強パーティで死ぬほど鍛えられて無敵になる。

岸馬蔵之介

第4話 エリート騎士衝撃を受ける

「なんじゃこりゃ……」

 リックが去った後の試験場では、数人の試験官たちがしかめっ面をして天井に空いた大穴を眺めていた。

「おや? 皆さん揃って何をしているのですか?」

 そこに現れたのは、豪奢な白銀色の鎧に身を包んだ青年だった。

「おお、これは。シルヴィスター殿」

 一等騎士、シルヴィスター・エルセルニア。柔和な甘いマスクでありながらその表情は自信に満ち溢れ、ピンと伸びた背筋は190cm以上ある長身かつ均整のとれた体つきをさらに大きく見せていた。

 強さと端正さと爽やかさを擬人化したような男である。

 彼の所属する『王国騎士団』とは『魔導士教会』と並ぶ大陸国王が所有する戦闘集団である。普段は王都や各地の警察、警備、護衛などにあたり有事に至っては最高の戦力となる。

 『王国騎士団』には四等から一等、そして最高位である特等の五つの等級が存在し、シルヴィスターは僅か19歳にして上から二つ目の一等騎士に昇進したエリート中のエリートである。今回のEランク試験にあたり、王都側から警備分隊長として派遣されていた。

 試験官がシルヴィスターに事情を説明する。

「……というわけでして」

「……ふむ。Fランク冒険者がキック一発でスライムバックごと、この天井と結界を突き破ったと」

 シルヴィスターはうんうん、と頷いた後。

「それ、ギルドで流行りのジョークかい?」

 冷や汗を流しながらそう言った。

「あ、いえ、事実です」

「おいおいおい、ちょっと待ってくれよ。冒険者のレベルはいつの間にそこまで上がったんだ?」

 こんなことができるやつ最下級ランクにゴロゴロしてるのでは『王国騎士団』は完全にお払い箱である。ギルドに警備任務や傭兵を依頼したほうがよっぽど安く強い人材を雇える。という話になってしまう。

 シルヴィスターは床に落ちた緑色の液体、スライムバックの残骸を見ながら言う。

「僕にこれと同じことをできるかと言われれば……恐らくだけど出来なくはないだろうね。ただし、今身に着けているような普通の剣じゃなくて、戦場戦闘用の祝福儀礼を付与された聖剣を使って、たっぷり10秒かけて魔力を練り上げた必殺剣でだ。その一撃はこのグリーンスライム製のバックごと結界と壁を両断するだろう。だが、いくら何でも無造作に蹴り上げただけでは……その受験生は本当に祝福儀礼が施された武器を身に着けていなかったのかい? 例えば靴に儀礼加工を施しているとか」

「ええ、はい。どこにでも売っているような安っぽい皮の靴で……」

「はあ、これでも僕……天才なんて呼ばれて、自分では強いつもりだったんだけど自信なくなるなあ」

「いえ、シルヴィスター様も十分にすごいかと、そのレベルの一撃ならワイバーンの上位種を瞬殺できるわけですし……ただ、一つ勘違いをされているみたいなのですが」

 先ほどリック・グラディアートルの試験を見ていた試験官は、やや申し訳なさそうな口調で言う。

「そのスライムバックは最下級のグリーンスライム製ではなく、ブルースライムとイエロースライムの素材を組み合わせたものです」

「はあっ!?」

 シルヴィスターは爽やかさとは程遠い、アクセントのたっぷり効いた声でそう言った。

 まあ、仕方のないことである。シルヴィスターはついさっきまで最も柔らかいグリーンスライム製のバックを前提に話を進めていたのである。

「ブルースライムやイエロースライムって、試験のためにそんな上級モンスターの素材使ってるのかい? それで受験生たちはまともに自分の攻撃をアピールできるのか?」

「あー、いえ、実はグリーンスライムのバックが手違いで一つ足りなくなってしまって。明日行われるAランク昇格試験で使われるはずだったものを持ってきたのです。ここで試験を行った受験生はほとんどが僅かにバックを揺らすかどうかと言ったところでしたな。魔法で20度ほど弾き飛ばしたものもはいましたが、壊すまでには至りませんでしたな」

「そりゃそうだろう。僕だって上級スライムの複合バックなんか壊せるものか。まともに弾き飛ばすことができるだけで、ウチなら即刻二等騎士に引き上げられるよ。いったい何者なんだ、その4242番と言うのは」

 シルヴィスターは机の上に置いてあるリックの参加登録用紙を手に取り、プロフィールに目を通した。

「32歳? この年でEランクでこれほどの実力者がいるなんて。いったいどんな経歴の持ち主なん」

 シルヴィスターは職歴欄に目を移した。

・16~30歳 ギルド『タイガー・ロード』、シンクアット支部。受付。

「……いやいやいや」

 シルヴィスターは自分の目を擦った。

 これでもかと念入りに擦った。

 そして再び、職歴欄を見る。

・16~30歳 ギルド『タイガー・ロード』、シンクアット支部、受付。

「……」

 やっぱり、何度見ても受付事務員だった。伝説の剣士だとか、神からの祝福を与えられた魔道士だとか、そういう事もなく。ただただ『受付』の文字がそこに鎮座していたのである。

「そのプロフィール不思議でしょう? どんな角度から何度見てもおかしな幻覚を見せてくるんですよ」

 試験官がシルヴィスターの肩をポンと叩いてそう言った。

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