絶えなき戦地に終止符を

篝火@カワウソ好き

コンドル=リオール

数ある冒険者ギルドの中でも最前線に位置するフォールン支部にはいつもの光景が広がっていた。

「ここは新人が来るような所じゃないんだよ」
「そうだ、ほら帰った帰った」
「でも、俺は……」

この支部でもトップレベルに位置する冒険者、金髪の妖艶さ溢れる美女【撲滅姫】カーラ=フォーカスと、赤髪の筋肉隆々の美丈夫【破壊王】ドッド=デストロイの二人が他の支部で冒険者になりたての新人に帰路につくように促していた。
ここは最前線。いっぽ間違えれば死神がその身を連れて言ってしまうような場所だ。
だからこそ夢見る新人冒険者が度々このフォールン支部に訪れる。
どの冒険者ギルドであれ、合格基準は違えど冒険者になることは出来る。
その支部間を行き来することも認められているのだが、ここフォールン支部だけは別だ。
ここには、気楽に受けられるクエストなど一つだって存在すらしない。この街フォールンに繋がる道は一つしかない。そこは魔物だって寄りはしない安全な道。結果、この街には誰だって容易く訪れることが出来る。しかし、これには理由があるのだ。場所は最北端に位置するこの場所の意味。それは魔国領との境目、謂わば僅かに街の北を出るだけで、死を彷彿とさせる血流れる戦場なのだ。南に魔物がいない。当たり前ではないか。北の悪魔によるプレッシャーが南部に住まう魔物を脅かしているのだから寄れるわけがない。

そんな地だからこそ、南から訪れる、南部の魔物討伐で自分の力に慢心を抱いた者はすぐに死ぬ。故に二人は邪魔と遠回しに伝えるように言葉を紡ぐのだ。それはたとえ嫌われ者になろうとも。

訪れる者の種類は三通り。
討伐経験を積んで着実に力をつけた強者
討伐経験を積んで慢心しきった弱者
噂、英雄譚に憧れ身の程を弁えない新人
最初の者達は良しとしよう。ここフォールンを拠点とする冒険者は人を見るだけで強さを判断できる。そういう訳で普通にギルドにお通しだ。だが後ろ二つは駄目だ。ここは火葬場では無いのだ。無駄に生産された死に体を燃やす事を良しとはしない。先の会話に戻ろう。

「俺は……何?」
「ぃゆう……俺は、英雄になるんだ!」

こうなると、二人の強者は頭に手を当てるしかないのだ。ギルドに入れる歳は15から、恐らくこの子は学園の卒業生だろう。そういった子達は、学生服のまま冒険者になるものも少なくない。正しく目の前の少年がそれだ。雰囲気だけで見れば確かに魔法の鍛錬はしっかりと積んできたように見える。だが、それだけだ。彼は、二人のオーラに当てられて普通に話すことすら出来ていない。まず、そこからしてこの場には通用などするわけが無い。
だが、憧憬は恐怖に打ち勝つ。そんな光景は今まで何度も見てきた。だからこそ慢心は恐ろしいものだと感じてしまう。戦場は甘くないのだ。身の程を知らぬは恥と知って欲しいものだ。
元々、この二人だって好んで叱責などするキャラではないのだ。だが、わざわざ心を鬼にしてまでこう行動に移している。だが目の前の少年は理解しようとさえしない。状況を把握しきれていない。理性なき本能の赴くままに口を開いているのだ。英雄になりたい……なればいいじゃないか。だが、それは今じゃない。

座っていた椅子を後ろに引き立ち上がる。二人の後ろで私は少年に睨みをきかせいつものようにこういうのだ。

「力不足だ。今は・・去れ」
「──ッ!?」

少年は、驚いたようにこちらを見ると顔を青ざめさせた。私に何か言い返そうとするが、私との力量の差は雰囲気だけでわかったのだろう。口を噤まずにはいられないようで、唇を噛み締め涙を浮かべる。その状態でしばらくした後、彼は一言。

「絶対に戻って来て見返してやる!」

発すると同時に、踵を返し大股で出口へ歩いていきギルドの外へと去っていった。
強くなれ、少年。
私がひと仕事を終えたと、溜息を零すと「コン君」「コンさん」と声が掛かる。

「ん、何だ?」
「プレッシャー消して下さい」
「忘れていた」

どうやら自身のプレッシャーで、ここにいる皆は思うように動けなかったようだ。
謝罪をしながら気を沈めていく。
全く、気は出したら消す手順が必要になって面倒くさいものである。

「はぁ……結局、コン君に任せちゃった」
「全く、コンさん様々だな」

二人も先の私と同じように溜息をついていた。
どうやら、私とは違った理由で自身らで対処しきれなかった事に情けなさを感じているらしい。

「それにしても、今日も来なかったですね」
「いつになったら来るんだか」

そう、私達には待つべき者がいるのだ。
いつまでも死と隣り合わせで敵の数を減らしていく、そんな生活に終止符を打ってくれる特別な力を持つ者。
私が天啓を受けし時から、待ち続けている『神杙しんこう』の力、北の悪魔に終焉をもたらす絶対の力を持つ者を今なお待ち続けている。

「あと少しだ。多分、いや間違いなくその日が近づいているのは確信できる」

コンドル=リオール。黒銀の髪の間から覗かせる蒼眼はいつの日か来るであろう終戦という名の幻想を未来視して目元を震わせていた。
客観的にみれば今の私の姿にそんな事を考えているようには見えず、首を傾げていたかもしれない。何故なら特定せている訳でもない一点を見続けていたのだから。

目を閉じれば、近くでもないのにピリピリと肌を刺激するような悪魔のプレッシャーが感じられる。
その後、間もなく鐘の音が耳に入ってくる。
それによりギルド内にいる者全員の纏う雰囲気が一瞬で変わった。
鐘の音は敵襲を告げる音。

リーダーやらコンドルの愛称やらが自身に指示を仰ぐよう呼ばれている。

フォールン支部は誰一人欠けることない一つの集団。個人の依頼など何一つない。この地における依頼はただ一つ。それは前線に赴くこと、それだけだ。そんな集団の中でリーダーであるのは何故だかこの私だ。この場にいる約三十人は皆、一騎当千の猛者である。それだけの力があるならばリーダーなどという役割そのものが要らぬ筈なのに、全くこの地のギルドマスター及びギルドメンバーは何故に私をリーダーなどしたのだか。確かに私は一番強いであろうと自覚もしている。だが強さだけで上に立てる人間であるとは限らないのに。しかし、なったからにはその役目を全うしなければならない。こうなると皆が当然待っているのはこの言葉。私はゆっくりと目を開け、こう口にするのだ。

「総員、全敵軍を掃討せよ」と。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品