異世界宿屋の住み込み従業員

熊ごろう

205話 「夏の過ごし方3」

宿の食堂で髭面のずんぐりむっくりとしたおっさんと加賀とアイネが向き合っている。
映像を映す魔道具だと説明しPCの画面を見せつつ映像に映った道具の作成を依頼しているようだ。


「おう、ええぞい」

肉を焼きまくってる映像を真剣に見ていたゴートンの口から答えが返ってくる。
どう説得しようかと作戦を練っていた加賀であったがゴートンの返事は実にあっさりしたものであった。
少し肩透かしをくらった様子の加賀にゴートンはにやりと笑みを浮かべるとただしと付け加える。

「どうせ事前に試しに作って見るんじゃろ? その時にこの骨付きの肉は絶対用意すること。わしをかならず呼ぶこと。以上じゃ」

それぐらいなら問題は無いと笑顔を浮かべる加賀。元より試作する際にゴートンは呼ぶ予定であったし、骨付きの肉も可能であれば作るつもりだったのである。

「急ぎの仕事も終わったところでな。息抜きにも丁度ええわい……一応図面引くところからやるでな、全部作るにはちっと時間が掛かりそうじゃの。手直し含めて5日……も掛からんと思うが、このからくりの所で手間取るかも知れん、それぐらい見といてくれ」

そう言って立ち上がると鍛冶小屋へと戻るゴートン。
早速作業を開始するつもりらしい。


「ってわけでBBQ大会は1週間後になりそうだよー、プールもそのぐらい目処でよっろしくぅ」

ゴートンへの依頼を終えた加賀は冷風を出す魔道具を持って八木の様子を見に来ていた。
八木はまずは穴の大きさと、周辺の固められた土の範囲を確認している様であった。巨大な巻き尺を持って穴の周辺をうろうろしている。

「なんかテンションたけーなおい。1週間ね了解了解。そんだけありゃすべり台ぐらい追加でつけてやんよ」

「久しぶりのBBQでなんか嬉しくなってきちゃってさー。すべり台もいいねーあ、そだどうせならウォータースライダーにしてよー」

冷風で涼みながらけらけら笑う加賀。久しぶりのBBQと言うだけでもテンションが上がるのに今回はプールの側というおまけと言うには些か豪華すぎるものまでついてくるのだからテンション上がりまくりである。

「水出す魔道具あったっけか……まあ、確認してあるならそうするよ……んで加賀よ」

「おー?」

「あれ忘れてないだろうな」

「あれ?」

妙に真面目な顔で加賀へ念を押すように問いかける八木であるが、加賀は一体何のことかさっぱりであるようだ。
首を捻りしばらくうーんと悩んでいたがやがて自信なさげにポツリと呟く。

「蚊取り線香?」

「なんでっ!? いや、大事かも知れないけどさっ」

夏と言えば蚊が鬱陶しくなる時期でもある。刺されない為にも蚊取り線香は重要ではあるかも知れないが、八木はそんな事を聞きたかったわけではないようだ。
自らの足をばしばしと叩きながら加賀に訴える。

「水着だよ、水着! 下手すっと皆普段着と変わらん格好で泳ぐことなるぞ」

「え、まじ」

「まじだよ」

真顔で返す加賀にこれまた真顔で返す八木。
恐らく八木は事前に調べていたのだろう。どうもこの世界の水着事情は大分現代日本と異なるようだ。
せっかくのプールなのに普段着で……と言うのはさすがに悲しい物がある。

「それはちょっと……しゃーない、母ちゃんに頼んでみる」

ものすごく嫌そーな顔をして咲耶に頼むと言う加賀。
母親に水着を大量発注するのだ、色々と頭の中で葛藤があるに違いない。

「おっしゃ、頼んだぞ加賀!」

「……へーい」

途端にテンションの上がる八木に反してがっくりと肩を落としてとぼとぼ歩く加賀。少し歩いたところでピタリと足を止めるクルリと八木に振り返る。

「エルザさんのサイズは八木が聞いといてね」

「え、ちょっ……まじ!?」

驚き固まる八木に加賀は頼んだよーと手を振って宿に入ってしまう。
これからしばらくの間、八木はエルザにどうやって話を切り出すかで頭を抱えることになるのであった。


「あらあらまあまあ。水着なのね……あらまあなるほどねえ」

ものすごーく複雑な表情で咲耶に水着の話を打ち明けた加賀。
咲耶の方は我が子から水着の大量発注があったこと自体はあまり気にしてはなさそうだ。むしろ大量に水着を作れるとあって嬉しそうですらある。

「うん、全員のサイズも分かってるし大丈夫。命のもちゃんと用意してあげるから任せておきなさい」

「うん……それじゃあお願いね」

ほんの数分話しただけにも関わらず大分精神がゴリゴリ削られたのだろう。席を立つ加賀はげっそりとした表情を浮かべていた。

「あ、そうそう命」

「うん?」

癒やしを求めうーちゃんの元へ向かおうとした加賀を咲耶が呼び止める。
振り返った加賀に向かい咲耶はニコニコと笑顔を浮かべ口を開いた。

「男の人の水着なんだけどブーメランタイプが良いと――」

「やめてえっ!?」

この咲耶、実にノリノリであった。

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