異世界宿屋の住み込み従業員

熊ごろう

167話 「閑話+ファンタジーな食べ物は好きですか?」

口をぱくぱくとさせ白い女性のようなものを指さす加賀。
加賀の様子がおかしい事に気が付いたアイネもひょいと部屋の扉から顔を覗かせそこでぴしりと固まる。

「こ、ここ……これって……」

「加賀、下がって」

そう言ってアイネが加賀をかばう様に前にでた直後、それがぐるんと顔を持ち上げる。

「うわあぁーっ!?」

「きゃっ」

それと目が合ってしまった二人は思わず悲鳴を上げる。
それは腰を抜かしたのか廊下にへたり込む加賀をみると、その奇妙な動きからは想像できない速さで廊下を滑る様に加賀へと迫る。

うー(いたー)

「わあああぁぁっ!?」

聞き慣れた声がそれの口から流れるが加賀はパニックになっておりそれどころではない。

うっ?(にあうー?)

「うわあぁぁあんっ」

が、たとえ気が付いたとしても女性の体に顔の面だけ兎というものが奇妙な動きをしながら迫ってくるのだ、パニックは避けられないだろう。


「……で、だ。一体全体何がどうしてそうなったんだ?」

ガチ泣きする加賀が落ち着くのを待ち、一同は食堂へと集まっていた。
食堂の中心には加賀とアイネにバクス。それに例の白い頭髪の女性……うーちゃんが居る。
探索者達も様子を見に集まっているが若干距離を取って引き気味である。

「うーちゃんのばかぁ……もう知らない」

うー(ごめんてー)

落ち着いてきてはいるが未だに泣き止まない加賀に代わり咲耶がうーちゃんの言葉を皆に伝えていく。

「つまり仮装パーティーと聞いてドラゴンの腕輪を取りに行ったと、で使ってみたはいいが上手く動けず結果として皆を驚かせる事になった……で、なんで顔だけ兎なのかは分からないと」

バクスの言葉にこくこくと頷くうーちゃん。
何時もなら可愛いと思う仕草ではあるが、いまの状態でやるとかなり怖い。探索者達の間からざわりとした声が上がり先ほどよりも距離を取りだす。

「……あのドラゴンあとでぼこって……それは止めなさい」

決してドラゴンのせいではないが、こぶしを握るうーちゃん。

「まあ、事情は分かった。……という訳で皆解散だ、部屋に戻って朝まで大人しくしてろ」

その言葉をきっかけにぞろぞろと食堂を出て部屋へ戻る探索者達。
あとにはぽつんと取り残された3人がいた。

うー(かがー……)

「ん……もうへいき。……仮想パーティーしたかったんだもんね、ならしょうがないよ……ちょっと怖かったけど」

そういって頭を撫でる加賀、視点を顔に集中し他は見ないように注力する。

「……ところでそれっていつ戻るの?」

うー(しらーん)

きゅっと眉を潜ませる加賀、朝になれば元に戻っている事を祈り部屋へと3人で戻る。
ドラゴンが泊まったときの事を考えると少なくとも明日の朝まではこのままだろう。


なお、翌朝玄関で力尽き床に突っ伏したまま眠る八木が発見されたりする。
本人曰くマッチョな幽霊に一晩中追われていた、との事。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


ハロウィンの出来事から暫く立った頃、食堂のソファーに座りうーちゃんの毛づくろいをする加賀へ八木が話しかける。

「なあなあ、加賀よー」

「うーん?」

毛づくろいに夢中で適当に返事を返す加賀。
八木はそれにめげずに言葉を続けた。

「なんかさー……こう、ファンタジーなものが食べたいんだけど」

八木の言葉に毛づくろいの手を止め顔を上げる加賀。
その顔には何いってんだこいつ? といった表情がありありと浮かんでいた。

「食べてるじゃん、いつも」

「へ?」

いつも食べてると言われぽかんと口をあけ固まる八木。
八木をじと目で見つめる加賀。八木は何のことか分からないといった表情をしているのを見てしょうがないなあといった感じで言葉を続ける。

「ウォーボアとか明らかにファンタジーな生き物じゃーん」

「えぇぇ……いや、そうなんだけどさあ……もっと、こう何かあるじゃん?」

納得してない様子をの八木をみてはーと息を吐く加賀。

「モンスターのお肉とかさ、見たことない食べ物って売ってないんだよね。モンスターのお肉が美味しくないのか分からないけど、ここまで売ってないって事は……たぶんウォーボアが特別なんだと思うよ」

「むう……」

口をとがらせすねた様子を見せる八木。
ここにきて2年近くなるが、慣れてきたせいもあってかそう言ったものに興味が出てきてしまったのだろうか。

「……探索者の皆に聞いてみたらー? 何か知ってるかもよ」

「おぉ、その手があった。うっしゃちょっと待ってろ!」

加賀としてもその気持ちは分からない訳ではない、さすがに少し可哀想に思えてきたのか探索者達に聞いてみる事を提案する。二人が行かない所を旅し、ダンジョンにも潜っている彼らの事だから何かしら情報があるのでは、と思ったのだ。
そしてその提案の効果は抜群だったようで八木はぱっと表情を明るくすると食堂をすさまじい勢いで飛び出していく。


「連れて来たぞ!」

「抱えんなし」

廊下で不運にも八木と出会ってしまったのだろうか、食堂に戻ってきた八木の脇にはヒューゴが抱きかかえられていた。

「野郎に抱きかかえられてもうれしくねーんですけど」

「っと、すんません」

八木から解放されたヒューゴは椅子にどさりと腰かけで、何の用? と二人にたずねる。

「えーとですねえ――」

色々とテンションのおかしい八木に代わり加賀はヒューゴに説明を進めていく。
ふんふんと頷きながら話を加賀の話を聞いていたヒューゴであるが、記憶を思い起こすように腕を組みうなりはじめる。

「んー……変わったもんならいくつか食ってはいるけどさあ……虫が結構いけるんだよな。ダンジョンでこんぐらいの大きさのが壁一面に――」

「それ以上言ったらピーマン埋め込む」

冷たい口調で言い放たれた加賀の言葉にぴたりと動きを止めるヒューゴ。
顔も無表情な上に目が一切笑っていないあたり本気なのだろうと察し、慌てて話題を変える。

「何それ怖い……まあ虫はなしとして。他はたいしてうまくないんだよなー、下手すっと毒あるし……あ!」

何か思い出したのか手を勢いよく叩くヒューゴ。

「そうだあれがあった。ドラゴン! それも上位のやつな、あれはうまいぞ? 下位は硬すぎな上臭くて食えたもんじゃねーけど」

「っへー……一気にファンタジーな食材がでたね。でも上位って……まず食えないよね」

ドラゴンと聞いてテンション爆上げし踊り出した八木を横目にぽつりとつぶやく加賀。
それに同調するようにヒューゴも静かに頷く。

「だーよねー……どうしよ」

テーブルの上においた手にあごを乗せ悩む加賀。
だが悩んだところでドラゴン、それも上位の肉など用意できるはずもない。

「命、お客さんよー」

「おー?」

そんな頭を悩ます加賀の元にお客さんが来たらしく咲耶が食堂まで顔を出す。
一体だれが来たのかと顔を上げた加賀の視線が食堂の扉から顔を覗かせ嬉しそうに手を振るドラゴンの姿を捉えた。

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