異世界宿屋の住み込み従業員

熊ごろう

163話 「はじめて?のお客さん」

男の瞳を覗き込むように赤い瞳を近づけるアイネ、目があったところで口を開く。

「加賀に近づいた目的は?」

端的に要件のみを伝えるアイネ。
だが、男はそれに答えようとするが口をしっかりと押さえられている為喋る事が出来ないでいた。

「む、むぐぅぅうっ!?」

男が答えないのを見てすっと目を細めるアイネ。

「……いう気は無いと」

「むっ!? むぅっ! むぐぅうううううんっ」

必死にもがく男の瞳にすっとアイネがその手を近づけていく。
男はなすすべもなく絶望に打ちひしがれがっくりと項垂れてしまう。


「ふーん、お祭りでこの街に来たからついでによってみたと」

「え。ええ……自由に出来るのも残り少ない、だから今の内食べておくんだと……」

「ふーん……そう、ありがとう」

そう言ってデーモンに合図を送り拘束を解かせるアイネ。

「えぇと……誰か知らんがありがとう?」

拘束を解いたデーモンに礼を言う男。先ほどうっかりアイネが実力行使しようとした際、片付けが終わってアイネの元に合流したデーモンが口押さえたままですよと言って窮地を救ったのだ。

「宿はまだ空きがあるよ、一応取っておこうか?」

「あ、ああ……お願いしても良いか? もしかすると許可がでないかもしれないが……」

「別に構わないよ。それじゃ」

そう言って路地裏から出て行くアイネ。
加賀達と別れて10分近くたつ。早めに合流しようとその歩みはいつもより早いものであった。


「あ、きたきた。アイネさんこっちー」

近寄ってきたアイネに近づき、テーブルを囲んでいた加賀が手を振りアイネに呼びかける。

「おまたせ、先に食べてもよかったのに……ありがと」

にっこり笑って食べ物の乗った皿をアイネに手渡す加賀。
元は串焼きだったようだが、串から取り外されアイネが食べても問題ないようになっている。

「うん、おいしいね。何か果物使ってるのかな? さっぱりしてるね」

「うん、結構いけるね‥…ちょっとかたいけど」

お肉を頬張り噛みにくそうに口をもごもごさせる加賀。
一方アイネやうーちゃんは少し硬いぐらいでは問題ないらしく、平気そうにお肉を平らげていく。

「ごちそうさま」

「次はー……あの屋台かな。スープ系ぽい」

う(はよいくべさ)

その後、腹が満ちるまで屋台を巡り十分祭りを堪能した3人は家路へとつく。
宿に戻ると祭りで酒を飲みすっかり出来上がった探索者が酒盛りをしており、そのままばれないようこっそり部屋と戻るとその日はそのまま寝る事にしたようだ。


「あ、そうそう。今日は宿泊するお客さんがくるかも知れないよ」

翌日のお昼を大分すぎた頃、先日の出来事を話すのを忘れていたアイネが思い出したように店番をしていたバクスへ話しかける。

「……そうか、出来れば来る前にいって欲しかったが……まあいい部屋は空いているんだ。咲耶さん、案内お願いしてもいいか?」

そして渋い顔をするバクスの目の前には先日の女性が立っていたりする。
部屋は空いているため問題ないと気を取り直したバクスは咲耶へ部屋の案内を依頼する。

「はいな、それじゃお嬢さん部屋までご案内しますね」

バクスの言葉に答え、部屋へと向かい歩いて行く咲耶。
その後ろを女性がにこにこしながらついていく。

「……そういや探索者以外だと初めての客か……? ドラゴンは……あれ客か分からんし」

その後ろ姿を見送ってバクスがぽつりとつぶやく。
宿屋を開始してから暫く立つが探索者以外の宿泊客がくるのは初めてである。
時が過ぎるのはすぐだなと感慨深げに目を閉じるバクスであった。

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