異世界宿屋の住み込み従業員

熊ごろう

142話 「イメージが大事」

「だめでしょうか……?」

不安そうな表情を浮かべ顔を上げるカルロ、反射した光に目を細ませながらも加賀は慌てて否定する。

「いえいえ、だめじゃないですよ! ただ効果がどれだけあるか分からないものでして……それでも構いませんか?」

「もちろんです、どうかお願い親します」

八木以上に深刻な悩みを持つ人物の登場に内心プレッシャーから汗だらだらの加賀。
ひとまずどのような料理を作るかを話していると食堂に咲耶が人を連れ入ってきた。

「八木ちゃん、お客さんよ」

「え、俺?」

八木にお客さんと伝える咲耶の後ろからすっと現れたのはオルソンであった。
仕事に行くのを忘れていた八木は思わずやべっと口にする。オルソンは八木がこないのを心配して様子を見に来たのだ。

「……随分さっぱりしましたね。もう仕事はじまってますよ?」

「お、おお……すまん、今行く」

八木の坊主頭を見ても反応の薄いオルソン。
自らも変わった髪形をしてるだけに少し感性がずれているのか、それとも性格か。
ちなみにカルロは咲耶が食堂にはいった時には既に帽子を深く被っていたりする。おそろしく早い動きであった。

「それじゃ何とか作ってみますね……カルロさん?」

八木が食堂から出て行ったの見て、調理に入ろうとカルロに声をかける加賀であるが、カルロはじっと無言で八木達が出て行った扉を見つめていた。その顔が少し羨ましそうにしているように見えるのはもしかするとオルソンの髪をみたためかも知れない。

「っ……はい、お願いします。私は今日は自室におりますので……」

「はい、たぶんお昼には出来ると思うので。お昼に八木と一緒に食べてみてください」

カルロを見送り厨房に戻る加賀。まず髪の毛に効果のありそうな食材で料理を作りそこに髪の毛が生える薬をイメージしつつ魔力を込める。これで恐らくは薬の効果がある料理が出来るはず。
髪の毛に効果のありそうとはいっても海藻類はあいにくと手元にない、なので作るのは卵などたんぱく質を多めに使った料理がメインとなる。

そして問題なく昼食の準備が終わった頃、となりの事務所からは八木が、カルロは自室から食堂へと集まってくる。

「どうぞ、一応効果はあると思いますけど……」

テーブルに湯気を立て並ぶ料理、いずれも食欲を刺激する匂いがし大変美味しそうではある。

「……見た目は普通なのですね」

加賀の用意した料理は普段とそう変わるものではない、若干卵や肉が多くが脂っこい調理法はさけている感じではあるが。

「主体はこめた魔力になので……」

「なるほど、では頂きます」

「んじゃ、俺も一応……」

期待をこめた眼差しで料理を見て、口に運ぶカルロ。
それに対し八木は今朝ほどの必死さはなさそうである、どうも職場での評判がそこまで悪くなかったようだ。次にエルザと食べに行く前に伸びれば……といったところだろうか。

「……生えませんね」

「さすがにすぐには生えないと思いますよ……明日になれば変化が分かるかもですね」

昼食をぺろりと平らげ恐る恐るといった様子で頭を撫で、生えて無いと悟り目に見えて織り込むカルロ。
さすがに食べてすぐ生えるものではないだろうと加賀に明日まで待つよう促され、彼はそのまま部屋へと戻って行く。


そして翌朝、宿にいくつかある一人部屋の内の一つ、カルロの部屋にて男がベッドから身を起こす。
寝間着を脱ぎ、着替え靴を履いて扉の前に立つ。

「…………っ」

そして恐る恐ると頭頂部へと手を伸ばした瞬間、彼の心は喜びに満ち溢れる。
昨日までは皮膚しかなかったそこに明らかに大量の髪の毛が存在していたのだ。

「おぉっ、おぉぉ……おぉぉおっ」

手に触れる懐かしい感触に涙を流すカルロ。記憶にあるよりも大分硬い印象をうけるが、だがそれも生え立ての故の事だろうそう考えたカルロは酷く浮かれた気分のまま食堂へと向かうのであった。


「おはよう!」

急に大きな声を出し、食堂の扉へを開けたカルロへと先客たちのぎょっとした視線があつまる。
そして皆の視線は一様に彼の頭へと注がれていた。
今カルロは帽子を被っていない、普段であればその状態で皆の視線が集まるなどとても耐えられるものではない、だが今日の彼は違った。
むしろその視線が心地よいとばかりに上機嫌で席へとつく、そして何事かと様子を見に来た加賀を視線にとらえると彼は加賀に向けて口を開く。

「おお、加賀殿! いやあ、いい朝ですな。朝食を一人前……いや、3人前いただけますかな?」

「…………」

「おや? どうかしたのですかな? ……そうか、こうも髪形が変われば驚きもしますか、はははっ……加賀殿?」

カルロがそう加賀に話かけるが一向に反応を返さない加賀。
その様子に次第にカルロの顔が不思議そうなものへと変わっていく、その様子を加賀はただ真顔で見ているのであった。



「ごめんなさい!」

いつぞやの八木の様にテーブルに突っ伏してガチ泣きするカルロに深々と頭を下げ謝罪する加賀。
カルロの髪の毛は確かに生えた、だがそれは頭頂部のみであり他の部分はむしろ無くなってしまったのである。
彼の現在の髪形を一言で表すならそれはモヒカンと呼ばれるものであった。

「…………どうしたこうなった」

そしてモヒカンになってしまったのはカルロのみではない、カルロから送れること数分、食堂に入ってきた八木もまたモヒカンとなっていたのである。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品