異世界宿屋の住み込み従業員

熊ごろう

109話 「到着したようで」

翌朝、車内で簡易の寝床で寝ていた加賀が目を覚ます。
まだ日が昇ってからそこまで時間はたっておらずまだ早朝といった時間帯だ。普段から早起きの加賀はどうしても早く目が覚めてしまうのだ。
少しぼーっとしていた加賀だが猫のように大きくあくびをするともぞもぞと布団から這い出て車外へと向かう。

「アイネさんおはよー……早いですね」

外では簡易の竈の側でアイネが何やら作業をしていた。
加賀と同時に就寝したアイネは加賀よりも早く目を覚まし……と言うよりは寝る必要があまりないのだろう、日が昇ると同時に寝床から出て火を起こし朝食の用意をしていたようだ。

「ん、加賀はまだ眠そうだね。はい」

「ありがとー」

アイネから湯気を立てたカップを受け取った加賀。息を吹きかけ冷ましコップを傾ける。
中身は砂糖多めの御茶である、香り付けに果物の果汁を入れたのかさわやかな香りと僅かな酸味がアクセントになっている。

「美味しいね、すごいあったまる」

「海岸沿いだから気温低めみたい。体調崩さないよう気をつけて」

お茶を飲んでほっと一息つく加賀。南に向かっているのにも関わらず海風が冷たく今朝はかなり冷え込んでいたのだ。コップを手で包み込むように持ち手を温めているとそっと皿が差し出される。
程よい火の通り具合のスクランブルエッグにベーコン、仕込んでおいた野菜の酢漬け、それに熱々のスープ。何よりうれしいのが焼きたてのパンがつく事だ。
宿では割とよくある食事であるがここは宿でもない、野外である。

「ありがとー。 パン焼きたて……うまうま。これどうやって作ったんです?」

「ん……この鉄製のオーブンで焼いたの。オージアスさんに教わったんだけど……うまくいって良かった」

アイネが加賀に見せたのはいわゆるダッチオーブンと呼ばれる類のものだ。
これをどうにか利用してパンを焼き上げたようだ。自分もパンを食べて満足そうな顔をしている事からその出来栄えは悪くなかったらしい。

パンの具材は加賀が作ったドライフルーツのシロップ漬けと、バクス特製ノベーコンの細切れだ。
朝食にするならシンプルなものと当初は考えたアイネだが、加賀が手を加えたものでなければ自分は食べれない事を思い出し、具材いりのパンとした。


「ごちそうさまー」

「お粗末様」

朝食を終え片づけを始めた二人。
二人分+αの食器類だけなのでさほど時間は掛からず片づけを終え、陸船へと乗り込み先へと進む。
二人とも起きるのが早いので一日に陸船に乗っていられる時間はおおよそ10時間といった所である、このペースで行けば明日の昼には着くだろうというアイネの話を聞いて到着するのを心待ちにする加賀。
ここに来るまで目指す街の概要はアイネから聞いており、トゥラウニと同じ港町であること、ただその規模は段違いで海を渡り色んな国の商品が集まり、年中バザーのようなものが開かれている、もちろんその中には食品を扱う店もあり、今回の目的であるカカオを扱っている店もそこにある。
加賀の期待が高まるのも当然だろう。そして翌日加賀はアイネの言葉がいくぶん控え目な表現であったことを見て理解する。


「向こうにみえるの街ですか?」

「そうね、やっと着いたみたい」

地平線の先にうっすらと見えてきた人工物に目を凝らす加賀。
建物の規模までは分からないが、少なくともかなりの面積にわたり人工物がある事がわかる。

「うわー……これむっちゃでかいんじゃ」

「首都だもの。規模でいえばトゥラウニの10倍以上あるはずよ」

近づくにつれ街の規模が鮮明になってくる。
遠くにうっすら見える外壁、そのはるか手前から街が続いているのだ。
アイネ曰く当初はあの壁の中に納まる人工だったが、次第に人が増えここまで街が出来てしまったのだと言う話だ。

「うひゃー」

街の中心部に近づくにつれ次第に建物の密度が高くなってくる、道端ではいくつも店が開いており客で混雑している様子が目に見える。
そして前方には陸にも海にも大量の船がとまっているのが見えてきた。そのあまりの数に思わず声を上げる加賀。
加賀のはしゃぐ様子をみて嬉しそうに笑うアイネ。

「楽しんでもらえたみたいで嬉しいね、でも本番は門をくぐってからだよ」

今からそんなにはしゃいでると疲れちゃうよと言うアイネの言葉に少し大人しくなる加賀。
視線だけをあちこちに向けながら門に着くのを今か今かと待ちわびる。


「はい」

「アイネ・クライ……ネ?」

門へと到着し門番に身分証を求められ何かしらのカードを提示するアイネ。
門番はそこに書かれた名前を見て怪訝な顔をしながら何度もカードとアイネの顔を見直している。

「あの……ご本人か確認を──」

「これでいいかしら」

本人か確認しようと声をかけそのままビシリと固まる門番。
少し間をおいて再起動したかと思うと真っ青をな顔で頭を必死に下げだす。
何か怖いものでもみたのだろうか。

「私の顔が分からないなんてね……」

「え、そりゃそうなんじゃ……」

「…………そっか、そうだったね。うっかりしてた」

ついちょっと前まで見た目骸骨だったアイネ。
門番が本人かどうか疑うのも当然だろう、何せ今の見た目は人間と変わらないのだから。
うっかりしてたと話すアイネを見て門番に少し同情する加賀であった。

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