異世界宿屋の住み込み従業員

熊ごろう

104話 「あっさり終わる」

「酒くさっ」

「夜中までってか、朝方まで飲んでたからねこの人ら」

食堂に足を踏み入れ思わず顔をしかめるシェイラとソシエ。
宴会から早々に退散した彼女らは朝になっても戻らない皆を心配し食堂へと向かう。
いざ食堂の扉開き中へと足を踏み入れるとそこには酒瓶を抱えたまま床で眠りこける男どもの姿があった。
昨夜の宴会はかなりの盛り上がりを見せ、探索者はもとより城のメンバーも普段節制していた分取り戻すように飲んで食って飲みまくった。
その結果として部屋に戻る事も出来ず床でぶっ倒れ、そのまま朝を迎えると言う惨事に至ったのである。

「今日も交渉するんでしょ、だいじょぶなのこれ……」

「さー……あ、八木ちゃん発見。おっきろー」

他の皆と同じように床で眠りこける八木を発見し、可愛い声でえげつない蹴りを叩き込むソシエ。
蛙が潰れたような声を上げ八木が身を……起こせずその場で悶える。

「ありゃ?」

「みぞおち入ってたよー」


ソシエの蹴りで目を覚ました八木であるが、二日酔いで吐きそうなのか青い顔で口とお腹を押さえている。

「今日これから交渉なんでしょー? 起こしにきたけど‥‥…肝心な他の人が目さまさないね」

「え、起こす?」

「……やめたげて、てかさすがに城の人にあんなことしたら捕まるって……うっぷ」

とりあえず酒臭い食堂から出て外へと向かう3人。
外は既に日が昇ってから時間が立っており、城下街では人々が活動し始めているのが見える。

「あー……空気がおいしい」

新鮮な空気を肺一杯に吸い込む八木。その顔色はさきほどよりも良くなっているように見える。

「そんでーどうするの?」

「ん、とりあえず起こすしかないと思う……お手伝いさんに声かけて起こしてもらおう」

またあの酒臭い食堂に戻るのは嫌だったのだろう、八木そう言って手近な人に声をかけるのであった。


「……なにやら顔色が優れないが、大丈夫か?」

「ええ、まあ大丈夫だと思いますよ」

数時間後、二日酔いで苦しむメンバーを何とか連れ出し交渉の場へと向かう八木。
まだ何人か顔色が悪いままだが、交渉できないほどではないだろう。

「そうか、ならいいが……それでまずそちらの要求である、黒鉄の伐採する数を増やす件についてこちらの考えを伝えよう」

八木の通訳を通して交渉が始まる。
さすがに交渉が始めると皆調子悪い様子などは見せず、真摯な目で相手を見つめる。

「条件付きだが伐採する本数の増加を認めよう」

「おお」

伐採する本数を増やせると聞いて参加したリッカルド側のメンバーからざわつきが起きる。

「それで条件とはなんでしょう?」

「うむ、一つは伐採する木はこちらが指定すること。そしてもう一つは……境界線を少し広げたい、こちらは可能であればで良い」

エルフ側の条件を吟味するように言葉を交わす王とその側近たち。
話がまとまったのかその内の一人が手を上げ発言の許可を求める。

「木を指定するのは良いのですが、その場合何時もの場所へ木を持ってきてくれると言う事ですか? それとも指定した木まで我々が出向いて伐採すると言う事でしょうか? 後者である場合、森から木を運ぶのに細かく分解する必要があります、かなり大がかりな設備を現場に持ち運ぶ必要があるので難しいかと思われます……」

リッカルド側の話を受け、今度はエルフ側で相談事がはじまる。
やがて話がまとまったのかお互い頷きあうと先ほどから交渉を進めていたエルフが再び口を開く。

「それは木が入り組んでいる為だろうか、木をどかし運び出せるだけのスペースがあれば解決する問題か?」

「ええ、運び出すスペースがあるのならば解決します。ああ、もちろん枝を事前に落とすなどの作業は発生しますが細かく分解するような事はありません」

リッカルド側の言葉を聞いて満足げに頷くエルフたち。

「ならば指定した木を運び出す道についてはこちらが準備しよう、それならば問題ないな」

「ええ、問題はありません」

運び出せる道があるのならばリッカルド側としても問題はない。黒鉄が自ら動ける事を知っているのでそれを利用すれば道を準備することは可能だろうと、異議を挟むこともない。
この件については双方合意がとれ、議題は次の条件にうつる。


「──では、この条件でよろしいですかな」

「ああ、問題はない」

結果としては二つ目の条件である境界線の拡大についても、リッカルド側が使用しちえる土地の方向に広げなければ問題なしとして合意する事となる。
今回エルフ側がこのような条件を出した理由として前回約定を結んだ際に、伐採数を制限しすぎたのと境界線を狭くしすぎた事により黒鉄の森は手狭になってきたのがある。
黒鉄はエルフも利用するがその本数はあまり多くはない、初めの内は人間に伐採されすぎて減った本数が元に戻って行き喜んでいたエルフであるが。次第に増える数に対して消費する量が合わなってしまったのである。
エルフ側としても今回の交渉は渡りに船であり、交渉は滞りなく進んだ。

「なんか思ってたよりもあっさり終わったなあ……」

「もめるよりは良いでしょう?」

たしかに揉めるよりはずっと良い。
だがこうあっさりと交渉が終わるとその分帰るのも早くなる。
八木としてはせっかく出会えたエルフ達ともう少し親族を深めたいところであった。

「ま、すぐ帰りたいだろうけど俺らの用事終わるまでもう少しかかるからよー。もうちっと待っててくれや」

「あ、そうなんです?」

その会話が聞こえたのか聞いていたのか、リッカルドのメンバーが一人八木へと声をかける。

「なるほどそうでしたか、今回の交渉のお礼とは言ってはなんですがお連れの方々の用事が終わるまで引き続き用意したお部屋をご利用ください。あ、もちろん食事も用意しますぞ……それでもし八木様が良ければうが、空いた時間の間にフォルセイリアのように街の計画図を、勿論ラフなもので結構ですので書いて頂く事は可能でしょうか? その分料金も支払いますので……」

「えっと……あ、大丈夫ですよ。……ああ、そうだ街の計画図の参考になるかも知れないので、出来れば……エルフの方がの住処を見てみたいのですが」

ちらりと探索者達の方をみて頷いたのを確認し、リッカルド側の依頼を承諾する八木。
そしてさも今思いついたとばかりにエルフの住処を見たいと口にする。
おそらくそっちが本命な気がしなくもない。

「私達のですか……構いませんが見ても参考になるとは……いえ、そうでも無いかもしれませんね、人の住む家とは大分趣が違いますし」

「ぜひお願いします……それで日程についてなんですが」

内心ガッツポーズしつつ努めて表情に出さないようにする八木。
うっきうきしながら今後の日程について話を進めるのであった。

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