異世界宿屋の住み込み従業員

熊ごろう

78話 「八木春」

厳しい暑さも和らぎ夏の終わりと秋の気配が感じられる今日この頃。
宿の敷地内にある事務所にて、何時ものように4人の男がひたすら机に向かい図面を書いていた。

「…………」

ふと作業の手を止め顔を上げる者が居る、八木である。
先ほどから視界にちらちらと映るものに気を取られ集中力が切れてしまったのだ。
八木の視線の先にあるのは先ほどからゆらゆらと揺れている一房のモヒカン。
それはまるで秋が近くなり収穫間近となった小麦が風に揺られる様子に見える……訳もなく。何時もより激しく揺らめくモヒカンにただただ八木は胡乱な視線を向けるのであった。

「……なあ、さっきから機嫌良さそうだけど何かあったんか?」

集中力は完璧に切れてしまい、モヒカンの揺れが収まるまで図面作業に戻れそうにない。ならばとなぜそんなにモヒカンを揺らすのかその土台となる人物に話しかける事にしたのだ。

「あっ、やっぱ分かりますう?」

土台となる人物は線の細いなモヒカンことオルソンであった。
オルソンは話しかけられるのを待っていたのか、八木が話しかけたとたん満面の笑みを浮かべ語り出す。


「うっそだあ~」

「いやいやいや、本当ですって!」

オルソンが語った内容、それはオルソンに彼女が出来たと言う話であった。
それを聞いて思わずうそだと言ってしまう八木、線が細いと言ってもモヒカンである。とても信じられなかったのだ。

「オルソンさん、おめでとう御座います」

「ついにオルソンさんにも春が来ましたか、いやおめでたい」

祝福するニコルとチャールの二人を見て、どうやら嘘ではないと悟る八木、驚愕と落胆が混ざった複雑表情を浮かべる。

「えぇー……まじかあ、まじでかあモヒカンなのに」

「……まあ確かに変わった髪型だとは思いますけどね、でのこの街では大工のシンボルみたいなもんですし……結構人気あるんですよ? 女性に」

「うそやん……まさか二人もいるのか?」

話題を振られ互いに目を合わせるニコルとチャール。
そしれて照れくさそうに指につけた指輪を八木に見せるのであった。

「じつは俺ら二人とも妻がいまして……」

「まじかよお……」

「そんな落ちこまなくても……八木さんだって彼女いるじゃないっすか。ほら何時も食事用意してくれてる」

その言葉を聞いて思いっきり顔をしかめる八木。
思い当たるのは一人しかいない。

「あいつ男だぞ…………まさか彼女とかいないの俺だけ? 親方連中も既婚者!?」

それを聞いてお互いの顔をちらちら見る3人。
そして意を決したようにニコルが口を開いた。

「みんなそうですね」

その言葉に力尽きたように膝をつく八木、力なく立ち上がるとふらふらと外に向かうのであった。


日が暮れだした頃、宿の呼び鈴を鳴らす音が宿に響いた。
だがバクスは燻製小屋に、咲耶は風呂掃除中である。
厨房にこもっていた加賀は他に出る者が居ないと分かるとしょうがないなあと呟き玄関へと向かうのであった。

「はいはーい、今開けますよー。……あれ、オージアスさん? どしたんですか」

「よー加賀ちゃん」

玄関の外にいたのは近所のパン屋の店主であるオージアスだった。
どうしたのかと尋ねる加賀に向け言葉を続ける。

「おたくの筋肉ダルマが家の軒先にうずくまって動かないんですけど、何とかしてくれないすかねえ」

「うちにはそんな子いません」

オージアスの言葉にしれっと答える加賀。

「うそつけっ筋肉ダルマだらけやないかっ……てかほんとどうにかして欲しいんだけど、客があれ見て帰っちまうよ……」

「えぇー……しょうがないなあ、うーちゃん行くよー」

なんかもう面倒くさそうな予感しかしないが、オージアスに泣きつかれ渋々と言った様子でオージアスの店へと向かう加賀であった。


「ほんとにうちの筋肉ダルマだった」

「だからいったじゃんっ」

パン屋の軒先にうずくまっていたのは八木であった。
涙目で膝を抱えてうずくまる大男、客避けの効果は抜群だ。

「もー、八木ってばそこに居たら迷惑でしょーに、ほれ帰るよ?」

「……うぅ」

加賀がそう言うも動く様子を見せない八木。
オージアスはため息をつくと手に持ったパンを八木にさしだす。

「ほれ、何あったか知らんがこれでも食って元気出せ、な?」

差し出されたパンを受け取りもしゃもしゃと食べ美味しいとつぶやく八木。

「パンはいいよな皆に愛されて……俺もパンになりたい」

「パン食いながら言うなし、共食いじゃん」

パンを食べたまま動き出す様子がない八木を呆れた様子で見る加賀。
うーちゃんへと顔を向け口を開く。

「うーちゃん悪いけどこれ宿まで運んでくれる? オージアスさん迷惑掛けてすみません、責任持って引き取りますので……」

そう言いながらうーちゃんと共に八木を引きずっていく。


「それでー」

「なんだってあんなことしたのさー? 迷惑でしょーに」

宿に戻り少し時間がたつと八木も落ち着いてきたようだ。
加賀に促されぽつぽつと先ほど事務所であった事を話していく八木。
聞き終わった加賀は呆れたようななんとも言えない表情となっていた。

「えーと同僚のモヒカンに彼女ができてー、よくよく聞いてみたらギルドのモヒカン全員彼女持ちか既婚者だったと?」

加賀の言葉を聞いてうんうんと頷く八木。

「……なのに俺ときたらこっちに来て1年浮ついた話し一つもないときた」

顔をあげごしごしと目元を裾で拭う八木。
本格的に落ちこんでいたらしい。

「何よりモヒカンに負けたのが地味にきつい……」

「それはまあ国どころか世界が違うんだもん、好みの差はどうしようもないよ……」

そう言って気遣わしげ八木の肩に手を置く加賀。
そっと八木に近づき言葉を続ける。

「……ナイフでいい?」

「剃らねーよ!!」

冗談よ冗談、と笑いながら離れる加賀。

「一体何のお話かしら?」

そう言って厨房の奥からお盆を持ち現れる咲耶。
二人の前に御茶を置くと自分も席につき、御茶を一口すする。

「えーっとねえ……」

御茶を飲みながら加賀から簡単な説明を聞くさきや。
全てを聞き終えると痛ましそうな視線を八木に向ける。

「国どころか世界が違うのですもの、好みの差はどうしても出てしまうわ……」

先ほど聞いたことがあるような言葉を八木に投げかけ痛ましそうにそっと肩に手をおく咲耶。

「……バリカンでいい?」

「刈らなねーから!! なに、母子そろって何なのっ鬼かあんたら!」

冗談よ冗談、とこちらどこかで見た光景のように笑いながら八木から離れる咲耶。
やはり親子、変なところで似てるようである。

「お前ら楽しそうだな、おい」

「バクスさんお疲れーさま」

燻製小屋での作業が終わったのだろう、会話に入ってきたのはバクスであった。
空いている席に座ると昨夜からお茶を受け取り礼を言いつつ茶を口に含む。
ゆっくり味合うように飲み干すとそれで何の話しだ、と口を開く。


「なるほどギルドの連中が全員ねえ……なのに自分にはそんな話しが一切無いと」

八木の説明を受けなるほどねえと呟くバクス。

「そりゃしゃーないんじゃないか?」

その言葉にえっと顔を上げる八木。バクスは茶を飲み干すと言葉を続けた。

「だってお前の職場そこの事務所だろ? 朝いって夜帰ってきて飯も宿で済ませてるんだ、出合いなんぞあるわけなかろう」

「あっ」

翌朝、いつにもまして張り切り宿をでる八木の姿があった。

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