天使に紛れた悲哀の悪魔

堕天使ラビッツ

第3章 ガールズトーク・ボーイズトーク

「とりあえずその格好じゃ目立ちすぎる。家来に着替えを渡してあるから着替えて来い。サリーといったな、お前は私について来い、着付けをしてやろう」
「わたしも……?! あ、ありがとうございます!」

 わたしが白露さんと同じような服を着るの……? そんなのいい見世物だ。美人過ぎる彼女の隣にわたし。
 そんなことは言えるはずもなく嫌々彼女の後ろを歩く。

「さっきは……すまなかった」
「えっ? どうしてですか……?」
「あの男はお前の……その……恋人、なのじゃろう?」
「ええぇ?! そ、そんなわけないです!!! 違いますよー……」

 恋人……イオがわたしの? そんなことあるはずがない。
 想像しただけで顔が真っ赤になった。確かに彼は優しくてよくわたしの事を気遣ってくれて、それに美形で……。だけど今まで一度も彼をそういう目で見た事はなかった。そういう風に意識していなかったんだ。

「そうなのか……それにしてはあの男、お前のことを守っているではないか」
「イオがわたしを……? そんなまさか」
「この国に入る際も、私の父との謁見でも。あの男はずっとお前の前に構えておったな。いつ攻撃されても一番に守れるようにじゃろう」


 知らなかった、イオがそこまで考えてくれていたこと、わたしの為に自分を盾にしていてくれたこと。こんな素敵な人と出会えて本当に良かった。あの時国を抜け出していなかったら、こんな温かい気持ちは知らなかっただろう。こんな素敵な出会いはなかっただろう。

「ほう……相思相愛というわけか」
「そ、そういう白露さんこそ、ゼルとはどうなんですか?!」

「あやつは幼い頃から将来を誓い合った仲だ。じゃが、見ての通り複雑なのでな、あやつの親は私と結婚しないと縁を切る、こちらは結婚したら縁を切る。昔から優しい性格の持ち主じゃから……私を守ってくれたのであろう」

 ゼルは全部自分が抱え込んでたんだ……。白露さんが親から縁を切られないように、自分の恋心に蓋をして、さらには今まで大切に育ててくれた親とも縁を切って……。どれだけ辛い思いだったかなんて、わたしなんかでは想像できない。

「ゼルがそこまで考えていたなんて知らなかったわ」
「じゃがな、私はお互い身分など捨てて一緒に逃げようって、俺がいれば大丈夫だって言ってほしかったのだ。私だけが無事なんて……そんなの嫌じゃ」

 必死にわたし訴えかけてくる白露さんの目には涙が。
 身分なんて捨てて一緒に、か。わたしもこんな身分捨ててしまいたい。ボロボロで行く当てのない死ぬ直前だったわたしを救ってくれたのはイオ。そんな状況だったら女の子は恋に落ちるものなのかな? 恋とは縁もゆかりもないわたしからしたらまだまだ早いお話しかもしれないけれど、二人の話を聞いているとドキドキして……恋っていいなって思うの。


「二人の話を聞いてると恋がしたくなるね。……まだわたしには早いけど」
「冗談はよせ、私と歳もそうは変わらんじゃろう?」
「そうじゃなくて! わたし、小さい頃から捕えられていて……まだ恋がどんなものなのか分かっていないのよ……」
「そうじゃったのか……。近いうち分かるであろう。急がんでもな。もう少しで着付けも終わる、この話は私達だけの秘密じゃぞ?」

 近いうち……か。まだまだ先に感じるけども。


 ………………


 その頃、俺らは更衣室にいた。どうしても胸に引っかかる事が沢山ある。

「ゼル、本当にいいのか?」
「あ? 何がだよ」
「まだ忘れてないのだろう? 彼女の事だ」

 そう問いかけると明らかにゼルは動揺しだした。……分かりやすいやつめ。桜雲の話を出した時から分かりやすく焦っていたから何だと思えば、やっぱりか。

「あのなぁ? んなガキの頃の事なんてもう忘れてるに決まってんだろ?」
「ほう、ところで俺もそろそろ婚約をしなくては、と思っていたんだが……あの白露という奴は見たところいい女だったな」
「お前……っ!」

 その眼。今にも剣を出して飛び掛かって来そうなほどの嫉妬心剥き出しの眼。馬鹿だな、好きなら好きと言えばいいのに。――まあ、簡単に言えないからああなっているのだろう。
 お互い想い合っているのに一緒になれない関係……か。この任務が終わったらこっちもどうにかしてあげなくては。

「くれぐれもあの王を殺すなよ?」
「あー保証はできねぇけどな」

 そうは言ってもこいつならやりかねんな……。何せこれほど彼女の事を思っているのだから、あの猿陛下を何の躊躇いもなく殺りかねない。


「ゼル、お前は何としてでも彼女を守れ。だが、くれぐれも陛下に手出しはするな? アンジュの外交に傷がついては困る」
「いや、俺はそんな冷静になれない。だから……イオ、白露を頼んだ。その代りちゃんとサリーは守るから」
「……何を企んでる?」
「別に……何も企んじゃいねーよ」

 明らかに怪しい目線の動き。妙な間。誤魔化す時によく使う鼻の頭を掻く仕草。嘘をついているのは目に見えて分かる。きっとこいつの事だから何か余計な事を考えているのだろう。
 ――まさか俺が本気で彼女の事が気になっているとでも思ったのか? ……いや、こいつは彼女の事を馬鹿みたいに好いている。今更遠慮して俺に譲ろうとする訳がないか。

「まあ、よかろう。サリーには指一本触れさすな?」
「……お前ってわっかんねーな」

 ゼルはわざとらしく大きなため息をついて呟いた。
 サリーはまだ外の世界に出て来て日が浅い。あんな野蛮な猿に指一本でも触れられたら心に大きな傷跡が残るに違いない。無計画に連れ出して来た俺がちゃんと責任を持って自立できるまで面倒を見なくては……。

「おい! 早く着替えろ、私達は待ちくたびれておるのじゃぞ!」

 更衣室の扉の向こうから白露の声が聞こえた。うんざりしたような、少し怒りを帯びたような声。

「やべっ、あいつが怒ったらこえーよ! 鬼だからな、鬼!」

 ゼルはわざとらしく大きな声で返し、手を早めた。

「……っ! 何じゃと?! 聞こえておるぞ!」
「ひぇー! おっかねーぜ!」
「このっ……後で覚えておれ……」
「あっ、白露さん、落ち着いて……」
「お前は男どもに甘過ぎなのじゃ! もう少し厳しくせねば」
「うぅ……ごめんなさいー……!」

 サリーが悪影響を受けている……。もし白露の影響を受けてサリーが厳しく毒のある性格になってしまったら……
 ――考えたくもない。


 ………………


 そしてしばらくの間、ゼルは白露さんに悪魔の鬼ごっこ……という名の拷問を受けていた。そんな二人をイオとわたしは笑って見ていた。

「そうだ、サリー。今回俺は白露と行動する。だからゼルに守ってもらうんだ。いいな?」
「イオが白露さんと?」
「ああ、彼女に何かあった時、ゼルならあの陛下を殺しかねない」

 イオは心配そうに語った。きっとゼルの未練にイオも気付いている。でも、ゼルはそれでいいの?

「二人とも、そろそろ行動をしなくては日が暮れ始めてしまうぞ」
「……こいつが!」
「一時休戦だな! 白露、お前はイオと行動してくれ」
「……っ! 分かった。じゃが、何故二手に分かれる必要が?」

 白露さん……。やっぱりゼルと一緒に居たいんだよ。顔を見ただけで伝わってくる。

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