天使に紛れた悲哀の悪魔

堕天使ラビッツ

第2章 炎と影

「きっと君は人の魔力を取り込むのが早いようだ。あの男が邪悪な存在でなければ……」

 ――何だろう……嫌な予感がする。
 この感じ、昨日の……!

「こんな所で俺の陰口とは呑気なものだな」

 気付いた時にはもう遅かった。わたしの背後には紛れもなく昨日の男。

「ほう、そちらから来てくれるとは。わざわざ探さなくて済んだな」
「お前、俺に勝てるとでも思っているのか?」
「ただお話がしたいだけさ。どうしてサリーを狙う?」

 二人は淡々と会話を交わす。わたしだけが付いていけず蚊帳の外。

「こいつは近い未来使える。ただそれだけだ」
「悪魔に魂を売ったようなならず者に渡す気はさらさら無いが?」
「貴様を殺してでも利用させてもらう」

 この人も結局あの親と同じ。そんな人の元になんて……

「わたしは貴方の元になんて行かない。ずっとここにいたいの」
「必ずお前は俺を求める。昨日言った事を忘れたか?」
「そんな事、絶対ない」
「見たところもう魔法を使える頃だというのに、分からないか?」

 この人もイオと同じ事を……

「それ以上は……! 「お前が例の悪党だな?!」

 ……イオに知られたら
 それを遮って出てきたのはゼル。

 こんな怒りに満ちた表情……見た事ない。昨日のゼルからは全く想像できない程魔力が漲っている。
 わたしにでも分かるくらいに。

「誰だ貴様」
「俺はゼル、王子の右翼だ。王子の敷地で良くも好き勝手してくれたな?」
「笑わせるな。あの気弱病弱の使いだと? よく俺に噛み付く気になれたもんだな」
「んだと……? テメェ!!!!」

 頭に血が上ったのか、ゼルはかまえた。
 するとどこからともなく二本の剣が浮かび上がってきた。

「まったく、昨日あれほど戦闘は避けろと言ったのにな……」
「イオ、あれが魔法剣?」
「いや、あれはただ剣を召喚しただけだ。あいつの魔法はまだまだここからだ」

『剣よ……舞え! 豪乱焔陣ごうらんえんじん

 ゼルの詠唱が終わった瞬間その剣は赤く燃え盛る焔を纏い、男に襲いかかった。
 さっきまでただの剣だったとは思えないほど燃え盛っている。

「フッ、ただの脳筋か」
「なんだと?! 燃えろ!!!」

 ゼルの焔は男を捕えようとした。
 ……その時

『打ち消せ、幻影縛鎖げんえいばくさ

 その呪文と同時にゼルの纏っていた焔は消えてしまった。
「な……っ!」

 ゼルは明らかに動揺している。
「出過ぎた真似をしたのが運の尽きだ。おとなしく死ね」
「くっ! もう一度……!! 豪乱焔陣!!!!」

 ゼルの剣は再び焔を纏った。
 ――だがネビアルはそんなゼルを嘲笑する。

「学ばない奴め……幻影縛鎖」
「もう一度……!! 燃え盛れ!!!!!!」

 叫びは空しく、剣は静まったまま。

「無駄だ。俺が魔法を使っている間は絶対に無効化される」
「くっそ!!!!!! もう一本!!!! 召喚!!!!」
「何をっ!!!」

 ゼノの元にまた一本の剣が現れた。
 最初に現れた剣とは違って何故か既に焔を纏っている。

「灰になれ!!! この極悪党がッッ!!!!」

 ゼルはその剣を大きく振り上げる。

「……チッ。仕方ない。……っ?! こんな時に」

 男は一瞬迷い、魔法を使うのをやめた。もう遅いと観念したのだろう。

 大きな爆音とともに広がる焔。
 ――きっと男はもう。

「……消えている」

 その事実に真っ先に気付いたのはイオだった。本当に跡形もなく、男は消えていた。

「そんな! 俺の魔法はそんな魔法じゃねぇ!!!」
「落ち着け、きっとなにか魔法を使って逃げただけだ」


「クソッ! よりによってアイツを逃がすなんて……」

 ゼルは宛もなく探しに行こうと走り出した。

「よせ! あのまま真っ向から戦っていても負けていただけだ」
「あ? 俺が負けるって言ってんのか?!」
「落ち着け、力任せになるな。戦略を練るんだ。あの男、意外と頭が回るようだ。お前が予想外の動きをしなければ殺られていたぞ」
「……戦略は視えてんだろうな?」

「あぁ、大よそな」

 あんな数分の戦いの間でもう戦略を編み出すなんて、イオは一体どれだけ集中していたのだろう。

「まずは男は同時に魔法を使うことが出来ない。これは二人にも何となく理解できただろうが、恐らく暗黒魔法の欠点だろう。それともう一つ……奴は何者かに操られているのだろう」
「そいつが黒幕か?」
「多分そうだ。奴はお前の立場を馬鹿にしていたが……同じ位の身分だろう」
「で? どうすんだ?」

「かなり無茶な話になるが……サリーが魔法を使えるようにならなくては奴の弱点に付け込めない」

 わたし……?!
 わたしにはゼルを超える魔法を使えるようになる自信なんてない。あんな強力な魔法……

「無理だよ、どうしてわたし……?!」
星天魔法陣せいてんまほうじんという強力な召喚魔法がある」
「おい、イオ。それって……」
「ああ、古代魔法の一つだ。三日分の全魔力と引き換えに、その魔力に比例した強さの精霊が三体召喚される」
「そんな古代魔法、魔法を使えないヤツに使えるわけ!!!」

 悔しいけどゼルの言うとおり。今のわたしにはそんな古代魔法なんて……

「謂わば運だ。一日でこれだけ魔力が上がったんだ。きっとできる」
「この残った魔力……アイツのじゃなくて……」
「ああ、サリーの魔力だ」

「わたしなんかでも誰かの力になれるの?」
「お前が古代魔法を使えるとは到底思えねーけどな?」
「うっ……」
「ゼル、あまり怖がらせるな」

「でも、三日分の魔力を失くすってことは……」
「失敗したら終わりだ。生活に必要な分の魔力は俺が分け与えよう」
「魔力を受け渡すのは禁術の筈だぞ!」
「生活に必要な分だ。それは禁術ではない」

 失敗できない高リスクな古代魔法。わたしに使いこなせるのだろうか……。

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