天使に紛れた悲哀の悪魔

堕天使ラビッツ

第4章 最悪の答え合わせ

「とりあえずもうここには用はねぇ、次いくぞ!」
 そんなわたしの感情をよそに、ゼルはこの場を立ち去った。わたしはもう一度口を開いた。
「我の魔力に値する精霊……汝、我の元に姿を現せ!」
 結果は変わらず、精霊が出てくることはない。どうしてわたしには魔法が使えないのだろう。そんな絶望に打ちひしがれていた。適性がない? ううん、だってちゃんと声が聞こえた。あの声の主は一体……

 ハッと我に返って辺りを見渡す、そこにはわたし一人。
 「ゼル……?」
 倒れた男達を踏まないように、慎重に建物の外へ出る。だが、もうそこにゼルの姿はなかった。建物に戻ってゼルを待とう。そう思って振り返った瞬間……
「さっきの国王陛下?」
 さっきまでわたしが居た建物の隣の建物の中に入っていく国王陛下。……と一人の男。
 もしかして殺害されしまうのでは? 自分の直感を信じてばれない様に隠れて様子を見る事にした。魔法も武器も使えないのに。


 ………………


 ――国王陛下暗殺の為の核兵器生産。この国が寂れた原因はそうだと確信していた。でも何時間探しても一つの情報にも出会えない。国民は相当内部から秘密を固めているのか……それとも俺の推理がどこかで間違えているのか……。

「どれだけ探しても何の情報も得られぬとはな、予想外じゃの」
「ああ、でも俺の推理が正しければ……国民はどこかでボロを出す」
 そろそろ別の意図も考え始めなくては……もし俺の推理が間違えていた場合、すべてが無駄になってしまう……
 そんな事を考え始めた時、思いもよらない事が起こった。
『イオ! サリーと逸れちまった。ずっと後ろを付いて来てると思ってたら……』
『何だと?! サリー、聞こえるか?』
『それが、さっきから全く返答がないんだ』
 サリーの心に直接アクションを取ろうとする。だが何かがおかしい……。
 ――誰かが遠隔魔法を遮断している。その証拠に、通信が切れていて、サリーと連絡が取れない。
ゼルがサリーと逸れるなんて、遠隔魔法が遮断されるなんて。こんなケースは考えもしなかった。一体どうすれば……?

「イオ、どうするのじゃ? あの娘は魔法は使えぬのだろう?」
「探さなくては……誰か、強い魔力の持ち主がサリーの近くにいる」
 そう言い放ってハッとした。次第に浮かび上がる顔、凶悪な男ネビアル。理由は分からないが、サリーを狙っているあの男。もしサリーが捕まったら……。
額から滴り落ちてくる冷や汗も拭わず、無我夢中に走り出した。
「おい! 待つのじゃ!」
 白露はそんな俺に駆け寄り、腕をがっしりと強く掴んだ。
 俺としたことが、一瞬でも冷静さを欠くなんて……。
「サリーはどこにいるのかも分からぬ。対してこの国は広い。宛もなく探すのは無謀じゃ」
「すまない……頭に血が上っていたみたいだ」
「ゼルと逸れてから、そう時間は経っておらぬだろう。そしてあやつもサリーを探しておる。今はあやつに託すのだ」
 そうだ、今はサリーとゼルを信じるしかない。

「ゼルの両親に話を聞くことは出来るだろうか? 親族であればもしかしたら……」
「それは私の父に聞きに行く以上に不可能じゃ。ゼルは私の父以上に両親に嫌われておる……もしかしたら、その嫌悪は恨みさえも越しておるかもしれぬな……」
「お前との縁談を断っただけでそんな……」
「それ程金が欲しいのじゃろう。あやつの父と私の父は昔馴染みでな、青年時代に交わした『将来お互いに生まれた子が異性だった場合婚約させる』という約束をあやつの両親は絶対に叶えるつもりらしい」
「金の為に子供を……。それに国王陛下にも嫌われているとなると、ゼルの奴……相当肩身が狭かっただろう」
 そんな事で実の親に縁を切られるとは……さらに憎まれているとは……
「――……っ!」
 不覚、今日の俺はやはり頭が冴えていない。最悪の事態を考えていなかった。

 もしこの兵器がゼルを殺すための物だったら?それなら国民が黙り込むのも無理はない、だって本当に何も知らないのだから。その過程が正しかったら……
「ゼルが危ないかもしれない。今すぐ探そう!」
「どういう事じゃ?! サリーではなくゼルが?」

 白露は当然のようにこの状況を理解していない。ゼルが狙われているかもしれないという最悪のケース。俺の見当違いであって欲しい、今は必死に願う事しかできない。
 その近くにサリーがいたら? 一刻も早く探し出さなくては……
「こうしてはいられない、事情は後で話す。まずは二人を……!」

 ………………

 国王陛下の様子を見続けて三十分ほどが経過した。どうやら誰かの話をしているらしい。分かるのはそれだけで全く話の流れが掴めない。
「一早く排除せねばならぬ、それはお主も思っておるじゃろう?」
「はい、国王陛下……私達にとっても“あれ”は一刻も早く排除してしまいたい」

 もしかしてこの二人、自分の身の危険に気付いて? 排除って核兵器の事なんじゃ……
 わたしは自分の足りない知識を絞りながら話を理解しようと頑張っていた。今ここにイオが居たら……。どうして遠隔魔法が使えなくなってるの?

「よし、あいつを消す、今夜にも実行しようぞ。お主は心が痛まぬのか? 自分の子供じゃろ」
「もうあんな奴……子供ではない」

 男は冷たく言い放った。ここでようやく気付く。
 ――ゼルが言っていた言葉、“親から縁を切られた”事。嫌な心当たり……

「……ゼルだけでは無く、アンジュごと潰そうぞ」
「――……っ!」

 あまりの驚きに肩が震える。わたしの予想をはるかに超えていた。このままではゼルが潰されてしまう、それにアンジュまで。
 そして最悪の事態が起こる。立て掛けてあった木材にわたしの肩が軽くぶつかった。辺りに響く落下した木材と床との衝突音。

「……何者だ」
 途端に背筋に恐ろしい戦慄が走る。いつの間にわたしの背後に……。逃げ出したいほどの恐怖で何も考えられない。
「こやつは、アンジュの……」
 わたしはじりじりと後ずさりする。その分だけ相手も前に進む。
 ――もう、終わりだ。どれだけ叫んでもこんな人気のない場所に助け何て来るはずもない。最悪な事に遠隔魔法も遮断されている。今になって分かる。この機密が漏れることを防ぐために、この二人が遮断しているんだと。

「貴様……殺されたいのか」
 国王陛下が放った、その静かな一言で、さらに両足が震え始めた。このままだとこの場で殺されてしまう……。ゼルの父となれば魔法も強大に決まってる。

「どうしてゼルを……?! 自分の子供なのに、酷すぎます!」

 わたしは涙を浮かべて必死に訴える。少しでも二人に慈悲の心があれば……親としての愛が残っていたら。そんな希望を信じていた。でも、もしかしたらゼルはわたしと似ているのかもしれない、親に愛されずに捨てられたところ、それでも親を憎みきれないでいるところ。
 でもそんなわたしの必死な訴えは二人の嘲笑によって無残に散る。この状況で、何がそんなにおかしいの?変なのはそっちだよ。自分の息子を何の躊躇いもなく殺そうとするなんて。

「貴様は相当な馬鹿だな。女房があいつを産んだのが運の尽き、生まれたその瞬間から殺しておくべきだったんだ……」
「そんな……」
「――貴様はこれから死ぬのだ。最後に忠告をしてやろう。……殺し合いながらな!」

 ゼルの父はそう言って剣を出した。もしかして……ゼルと同じ魔法?! こんな魔法に勝てるわけない。ましてや魔法もまだ使えないのに……

「この核兵器で俺はゼルを殺す。そのついでにアンジュも潰す」
 あまりの驚きに体が竦む。頭を鈍器で殴られているようだ。
 どうしてアンジュまで? 目的は何?
「どうして……っ!」
 ゼルの父が振りかざした剣が頬を掠める。どうやら本当にわたしを殺すつもりらしい。頬から流れてきたであろう血の味に目まいがしながらも、わたしは次の攻撃に備えた。

「理由なんぞねぇよ、俺はただ、金が欲しいんだ!よっ!!!!」
 また大きく剣を振りかざす。今度はわたしの首をしっかり狙ってきた。わたしは間一髪でその攻撃をかわした。
「お金の為に国を滅ぼしたり自分の子を殺そうとしたり……そんなの間違ってる!」
「綺麗ごとだけで出来たようなお嬢ちゃんにはわかんねーだろうなァ!」

 綺麗ごとだけで出来た?そんな訳ないじゃない。今まで冷たい世界にいたわたしだからこそ、なんだよ?
 だけど何も言い返せず、しばらく沈黙が続いた。そんな中、今まで口を開かなかった国王陛下が静かに言葉を放った。


「――ここに奴を呼べ。そしたら貴様を助けてやろう」


 何とも残酷すぎる命令。わたしはそんな取引に絶対に乗らない。何かを察したゼルの父は小声で詠唱を始めた。途端に光り出すわたしの体。

「遠隔魔法の遮断を解除した。これであいつをここに呼ぶんだ」
「そんな事絶対にしない!」
「じゃあここで死ね、どうする?」

『サリー! 今どこにいるんだ?! どうして今になって遠隔魔法が使えるように……』

 突如イオの声が聞こえた。わたしの異変に気付いて探し回ってくれていたのか、息が切れている。申し訳ない気持ちと、巻き込んではいけないような気がして、わたしはその問いかけを無視した。
 ……ごめんなさいイオ、わたしにゼルを売る事なんてできない。

『おい! 今から行くから! どこにいるんだよ……!』
 ゼルも同じように息が切れている。罪悪感に心がチクリと痛む。


『来ないで……お願い! 来ちゃ駄目なの……お願い』


 わたしはそれだけ言い残した。これ以上みんなの声を聞いては駄目、意思が揺らぎそうで……。
 そう思うと同時に、不思議と体が再び光った。

「貴様、遠隔魔法を切断したな? それにさっきから物理でかわすだけ。もしかして魔法使えないのか?」
 遠隔魔法を切断できた。これで皆を巻き込まなくて済む。あとはどうにかしてゼルや皆を守る。
「……そうよ、だからわたしを殺すのなんて簡単でしょ?」
「だが目的は貴様じゃねーんだよ、貴様の命に価値なんざ微塵もない」

 冷たく放たれた言葉はわたしの心をも突き刺す。そんな事はずっと前から分かってる。
 わたしなんて……わたしなんて……。

「う……っ!!」

 まただ。またいつもの酷い頭痛。こういう風に自負する度に現れる謎の頭痛。それに、心の奥から溢れてくる得体のしれない感情。

「な……っ! 何だこいつ?!」

 ゼルの父は額から汗をだらだらと流しながら後ずさりした。それもその筈、今まで魔法も使わず怯えて逃げ惑っていたはずなのに突然唸り始めたのだから。
 それに比べて国王陛下は、相変わらずわたしを睨みつけたままだ。ここでかっこよく魔法でも使えたらいいのだけど、わたしには魔法は使えない。さて、どうしましょうか……。

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