高月と名のつく者たち

渚周

1話

高月家は、あらゆる面で所謂平均的な家庭だった。
特に金持ちでもなく、かといって貧乏でもない。特殊能力なんかはなくて、医者の家系で頭がいいとかいうこともない。学校に通っている3人の兄弟は、必ずクラスの平均点をとる。
家族仲も普通。最近どの家庭も、朝起きて挨拶もせず出かけるときにも声をかけず、帰ってきても話さない。だからといってお互いにいがみ合ってはいないから普通。
機械化が進み、生活のいたるところにAIが入りこんでいる。
目覚ましは、けたたましい音を鳴り響かせるのではなく所有者の選択した声で延々と所有者の名前を呼び、部屋を明るくしていく。
目覚めて起き上がれば、その日に適切な服をクローゼットがチョイス。鏡の前に立っていれば着させてくれる。
朝食は、冷蔵庫が選択。経済的に上のほうのご家庭は勝手に調理してくれるが、高月家はそこまで金持ちではないので、母の蒼子が調理する。きちんと栄養管理がされた食事。
学校までは無人のバスが送ってくれる。会社も同じ。決められたバス停までは、だいたい20分。運動不足にならないよう歩いて行く決まりだ。緊急時はまた別の乗り物がある。
キャリーと名ずけられたそれは、その名の通り人を運ぶ。これは、経済状況によって道が優先されるので、中流くらいの家庭では、公共の交通機関を利用したほうが若干速くてお得。場所を指定すれば自動運転で運んでくれる。
学校に行っても教師はいなくて、授業は全部ロボット。一応人型のものが教えたほうがいいだろう、ということでそうなっているが、授業以外のお喋りは苦手なようで、授業を受けたくない子たちが、禅問答に出てきそうな難しい質問をぶつけて固まらせてる。復旧には対して時間がかからないから、あまり効果はない。
会社も上司はロボットらしい。社長は人間だけど、だいたい難しい決めごとは機械に任せといて、人間は単純作業。機械のほうが正確で速いけど、人間に仕事を残すためにこうなっている。
金持ちとか、能力の高い人、だいたいそれはイコールだけど、その人たちは、自分の考えで仕事に取り組んでいる。
父は、名を良太といって職業はエンジニアをしているが、会社勤めはしていなくていつも家にいる。ここは、高月家のちょっと不思議なところ。
良太はエンジニアなのに、この機械化をよく思っていなくて、今でも人間だけで細々とやっている会社の人たちと一緒に仕事をしている。一緒に仕事はしてるけど、社員になる気はないらしい。
正社員になったほうが給料がいいと思うけれど、良太にそうする気は微塵もない。
でも、腕は確かなようで、なんとか普通に暮らせるお金を儲けてる。
母、蒼子は手先が器用だ。家で過ごす時間が長く、大抵の家庭の母たちは、機械のおかげで家事から解放されて余った時間をダラダラと垂れ流すだけだが、蒼子は違った。
手先の器用さを生かして編み物や縫い物をして、SADで売っている。
SADというのは、supply and demandの略で、需要と供給という意味。ネットを使ってものを売り買いできるシステムだ。
機械化が進んでも、人が作ったものを使いたいという人は、まだ残っているらしく売れ行きは好調。これも、高月家の家計を支えている。
兄の雄飛は、心優しいといえば聞こえはいいが、早い話が腰抜けだ。喧嘩したって勝ったことがない。というか、殴り返したことさえない。AIに命令するときも、人間にするように丁寧に頼む。どんないい方したって相手のやることは変わらないのに。
雄飛を心配した蒼子は、フレッドという名のロボットをつけた。もとは、フレンドという名前の製品で、より人間に似せて作られているので失敗もするし、ジョークもいえる。雄飛を傷つけず守ってくれる唯一の友達だ。これが良くなかった。
雄飛は、フレッドを学校に連れて行く。小学生のころは、他にもロボットを連れてきている子たちがいたのであまり目立たなかったが、中学生になるとほとんどの子は1人で来るようになり、高校でロボットを連れているのは雄飛だけだった。
それで、大学はさすがに1人で行くかと思ったら、全然そんなことはなくて2年生になった今でも、フレッドと通っている。
こういう人たちは、ロボットに散歩させられる人たち、ロボットみたいな人間、通称ロビット。もちろん、褒め言葉ではない。
3人兄弟の末っ子は、佑。残念ながら名前に込められた思いを受け取った人物には育っていない。気が強くて自分1番な奴だ。
そもそも名前が間違っているといったほうが正しい。
人を助けるような名前にしようと、蒼子が提案。ロボットが出した答えが、佑。『たすく』という音的には間違いがなさそうだが、これは、天や神が人を助けるという意味なので、この佑なる人物が人を助けるということではない。
そもそも、今の時代に人間が人間を助けるなんてことはあまりない。
澪は、そんな男兄弟の真ん中に生まれた。ちょうど、兄と弟の性質がバランスよく混ざっていて、1番安定した存在といえる。
澪が家で1番仲がいいのは、兎のクロ。毛の色が黒いので、クロ。ミニウサギで、家に来たときは本当に小さくて、可愛かった。それがだんだん大きくなって、今じゃとてもミニとはいえない。
それでも澪は、クロと過ごす時間が大好きで、その時間を大切にしている。
母親譲りの手先の器用さで、友達の結奈と花音に作ったミサンガが、学校中で話題になり、それを利用して親には内緒で小遣い稼ぎをしている。糸代にちょっとお釣りがあるくらいの稼ぎにしかなっていないが、少しずつお金を増やしている。

澪の日常は、好きな俳優の声で始まる。
「澪ちゃん、起きて。澪ちゃん、起きて。澪ちゃっ……」
起き上がるまで、いい続けるので、目をつぶったままベッドのふちに座る。
もう少しだけ、と思っている澪の瞼を容赦なく光が照らし、奪われた暗闇にため息をつきながら重い瞼をあげる。
立ち上がると目の前に鏡がきて、制服に着替えさせられる。髪も整えられて、口の中にいる小さなロボットが、本日1回目の歯磨きをした。
2階の部屋から下りると、蒼子はすでに朝食の用意を済ませて、編み物の続きを、雄飛と佑は食べ始めたところだった。スクランブルエッグにベーコン、サラダ、コーンスープ、雄飛はパン、佑はご飯を頬張っている。
良太は夜遅くまで仕事をしていて、起きてくるのは昼ごろ。目覚ましじゃなくて自力で起きている。
3輪、前が2個で後ろが1個の足をコロコロさせながら給仕用ロボットがくる。指は5本あるけど、うまく使えているとはいいがたい。だから、料理はできない。簡単な盛り付けと、病気のときの看病、あとはちょっと重いものを運ぶので限界だ。
「おはようございます。澪様、本日は……」
「パン、1分」
「かしこまりました」
1分というのは、1分トーストしてということ。
無言のまま席につく。
「ん!」
佑はお茶碗を持ち上げて、おかわりの催促。
「申し訳ございません。佑様の体重を維持するための本日の朝食のカロリー……」
「チッ!」
佑は盛大に舌を打ち鳴らすと残りのベーコンを食べて玄関へ向かった。
「行ってらっしゃいませ」
返事はなく、ただ乱暴に戸が閉められた。中学1年の佑は絶賛思春期で、そのモヤモヤをロボットたちにぶつけている。
この前は、フレッドの電源を落として雄飛をパニックにして楽しんでいた。
「元気出せよ!」
いつも元気なフレッドは、ちょびちょびと朝食を食べる雄飛の肩を軽く叩きながらいった。
雄飛の元気がないのは、いつものことで、朝は特に酷い。
大学に行きたくないからだろうということはわかっている。
「おまたせいたしました」
パンが運ばれてきて、澪は手を合わして軽く礼をして食べ始めた。
蒼子は、ただ献立通りに作るのではなくてちょっと手を加える。
今日のコーンスープは、多分缶詰のコーンじゃなくて、丸々一個使って、まず茎で出汁をとってからつくっている。流しの三角コーナーがそう告げている。
「雄飛様、澪様、家を出る時間が迫っています。まもなく7時30分です。いつも通りですと、良太様がお手洗いに10分ほどかかりますので、先に済まされたほうが良いかと……」
「おい、今飯食ってるぞ!」
雄飛の代わりにフレッドがいう。それに対して雄飛が答える。
「いいんだよ。フレッド」
「よくないよ! 食事中だろ、ポンコツ」
「あなたにポンコツと呼ばれる覚えはありません。あなたに食事をする機能はありませんので、あなたは食事中ではありません。あなたは……」
ロボット同士の罵り合いなんか聞きたくない。
確かにフレッドは二足歩行で、肌があって髪があって服も着てて、ロボットであることを表すブレスレットがなければ人間とほとんど区別がつかない。
それに対して、給仕用ロボットは見るからにロボットという感じのつるんとした硬い素材で外見は人間というには程遠い。
どちらも古い型で、分野の違うロボットなので優劣はつけられないけど、確かなことは、この2体は仲が悪いということ。
ロボットに仲が悪いも、良いもないというかもしれないけど、人間の意思を読み取りやすくするために少しだけ感情を持つように設計されたロボットたちは、ときに互いの感情をぶつけるようだ。
ロボットのほうが、よっぽど人間らしいかもしれない。
戸の開く音がして良太が起きてきた。
給仕用ロボットの予言通り、良太はトイレに行き、そこから10分間動かず、澪はトイレに行きそこねた。
雄飛はフレッドを連れて、澪は教科書用のタブレットとノート用のタブレットを持って家を出る。
後ろから、見送りの声が聞こえるが、無情にドアを閉めバス停までの道を急ぐ。
雄飛との分かれ道、少し先を行く澪の背中に、澪ちゃん学校頑張ってね、とフレッドの声が聞こえたが、澪は振り返らず、ただ真っ直ぐに、バス停に向かって歩き続けた。


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