心装人機使いのあべこべ世界旅行

えいせす

25.負魂機

「はぁ……はぁ……はぁ……すうぅぅぅ、ああああぁぁぁぁッッッッッッ!!!!」

 ガッ!! ガッ!! ガッ!!

 どこかも分からない砂地、風すら吹かない無音の場所に男の声と砂地を叩く乾いた音が響く。

「また……逃げた」
「受け止められないんだ」

 うるさい……

「次はどこに逃げるの?」
「ギャンブルがないなら……女? でも、その女も死んじゃったみたいだけどね」

 消えない、声が消えない。

「クッッソォォォォ!!」

 立ち上がり、走る。

 下ばかり見て進んでいたからなのか、目の前に底が見えないほどの大穴があることに気が付かなかった。

「電車の次は大穴?」
「また別の世界でやり直す?」

 違う……俺はまたクオンと……

「イレーンの街は滅んだわ」
「街人の八割は……死んだ事が確認されているわ」

 一緒に、旅がしたかったんだ……

 最初は殺されるかと思った。
 次は見た目が好みだったからってだけの、失礼な思いだった。

 でもクオンは……俺がどんな奴なのかずっと見抜いてた。

 何かあれば心の中ですぐ逃げ出そうとしていた俺のことも、魔法を使って安全に眠れることがわかっていても怖くてしっかり眠れなかったことも。

 クオンは全部分かってて俺と来ていたんだ!
 俺が安心できるようにずっと手を握ってくれていたんだ!!

 どこまで行ったって成長しない……こんなガキみたいな俺を見限らないでいてくれたんだ。

「まだだ、まだ諦められない……クオンが死んだなんて、俺はまだ信じちゃいけないんだッッッ!!」

 飛べ……超えろ……この大穴は、前世で俺が超えられなかったものだッ……!!

「リリースッ!!」

 大穴も何かも超えろ……初めからこうやって帰っていればよかったんだ。

 魔法の影響で俺の靴を風が包む。そして、俺自身の足に魔力を纏わせる。

 くすぐったくても、クオンに迷惑をかけたくなくて足に魔力を纏わせたことを思い出す。
 あの頃を……取り返してみせる。

 風を切る音で耳がおかしくなりそうだ。
 でも、今はその方が都合がいい。
 気づけばさっきまで聞こえていた声が聞こえなくなっていた。

 一体どれだけの時間を走り続けていたのか……朝と夜を繰り返すのを何回見たのかも分からない。

 そしてついに見つける。

「あ……あぁ……」

 そこには視界の全てを染め上げるかのような『赤』があった。
 初めて異世界に来て見た建物もお城も組合も、全てが赤くなっていた。
 一目見て、人が生きていることなど絶望するレベルだ。

「……す、せす!セスッ!!聞いて!」
「……なんだラティス」
「今回は本当に危ないよ……この街全てに状態保存の魔法がかかってる」
「なんだよそれっ」
「この街には何も入れないし、この街からは何も出せない。そしてこの中のモノは動かない……そういう魔法」
「なら、この中は調べられないって言うのかよ!」
「術者を倒せば魔法も消えるけど、こんな魔法を広範囲に使える敵って……」

 術者ってのはもう決まっている。
 報告に上がっていた負魂機って奴だろう。

 クオンが生きているか死んでいるかは分からない……それを確かめるためにも、どれだけ時間がかかってもソイツは俺が探し出して殺す!!


 決意をしたその時、背後から静かな風の音がした。


 魔界で感じた独特な雰囲気、心を闇に叩き落とされそうなこの感覚は……
 後ろを振り返ることもなく下へと逃げる。

 しっかりと地面に着地し上を見上げると、そこには全ての光を吸収するかのような深い紫の全身鎧が立っていた。
 奴は俺を上から見下ろし、そして拳を振り上げながら急降下してきた。

「セスッ!! 負だと引っ張られ「黙れラティス!! コイツは俺が殺すんだァァァ!!」」

 直感でわかる、コイツが負魂機だ。
 この負の感情の塊、負の人機を知らなかったら恐らく呑まれてた。
 だけど、相手から来てくれたなら好都合だ。

 「こいッ! ミハク!!」
 「…………」

 返事はなかったが、連結された分の心装人機が全て装備された、これならッ!!

 降りてくる相手に合わせてカウンターを合わせる。
 下からのアッパーと上からの速度が乗った拳では本来ではこちらが押し負ける。
 しかし、アレクターの出力ならそれを超えることが出来る。

 「まずは一発ゥゥゥッッッ!!」

 拳と拳がぶつかる瞬間、敵は拳を引き俺の拳を受け流す。
 力の行き場をなくした俺のガラ空きの脇へ、敵の思いっきり振りかぶった足が叩き込まれる。

 バスティーカの鎖が防いでくれるが、それでも勢いまでは消せない。

「ゴハッッ!!」
「セス……ラティスちゃんのいうことは聞いておいた方が良かったと思いますよ……」

 吹き飛ばされながら絶望の精霊が話しかける。

「負魂機に負の心装人機はほとんど通じな────」

 その時、背中から黒い粒子が舞い上がる。
 それと同時に胸元にある鎖が消え、守っていた球が青みがかった灰色から少し明るい青色へと変わる。

「ッッ……くぅぅ!」

 吹き飛ばされたまま足を伸ばし、地面に押し込めることでなんとか勢いを止める。

 敵がいたはずの場所へ目をやると、敵はもういなかった。

────コレは……!?

 ドゴォッッッ!

 金属の奥に響く重い一撃が俺の右腕に響く。
 見たことのある動きのお陰で右腕で防ぐことが出来た。

 今回は鎖のように壊れなかったので、消失することはなか────シュゥゥゥゥ……

 蒸発するかのような音をあげ、右腕のアレクターから粒子が上がり始める。

「俺の怒りが足りないってのかよッ!! アレクターッ! 喰えッ、喰えよ!!」
「オイオイ、今のお前が抱いてる感情……そんなんじゃあ不味すぎて喰えねぇよ」

 何言ってんだよコイツ……クソッ!
 残るは左腕とゴーグル……ゴーグルに関しては全く機能していないから残るは左腕のみ。

「どうしても当ててぇか?」
「当てられるのか?」
「絶対当てられるが……下手すれば一撃も与えられないままお前が死ぬぞ」

『死ぬ』……か。

 前までの俺にとって死とは最高の逃げ道であり、救いだった。
 でも、今ここで死ねば、クオンと会える可能性がゼロになる。

 それだけは絶対に嫌だ……
 初めて死に対する恐怖が込み上げてくる。

「…………」

 敵は俺の動きを見て諦めたと思ったのか、ゆっくりと近づいてくる。

『私はね、セスが作ったものが食べたいって言ったんだよ』
『構わないよ、男を背負うのは女の役目だからね。むしろ、もっと頼ってくれると私は嬉しいけどね』

 俺だけが生き残っても意味が無い。
 だから、俺に逃走の選択はないッ!!

「教えろアレクター……!! アイツをぶん殴る方法を」
「ハッ!! 上等だ……殴る前に死ぬなよ!!」

 頭にイメージが流れてくる。
 確かにこの方法なら……一発は殴れる!
 だから、一発で決める!!


 目の前に負魂機が立っているのがわかる。

 俺の左腕には全神経を使って魔力を集中してある。
 呼応しているかのようにアレクターの赤黒い装甲も鈍く輝く。


 負魂機が俺の顔面を殴る。
 だが俺は浮きそうになる足を地面につけ踏ん張る。
 負魂機が俺の腹部を殴る。
 だが俺は吐きそうになるのを歯を食いしばり耐える。

 魔法で守ることもなく、ただただ左腕に魔力を注いでいく。
 まだだ……まだその時じゃない。

 ────────

 ドゴォッッッ! バキィィィッ!! ドシャァァァァ……

 顔面が殴られた時にゴーグルが消失し、残るは左のアレクターのみとなっていた。
 胸の球が、また少しだけ青に近づいていく。

 ついに俺の踏ん張りがつかなくなり、地面へと転がる。

 ガシッ

 髪の毛を捕まれ持ち上げられる……
 あぁ……もう少しだよクオン……待っててくれ。

 手を離され、自由落下の浮遊感を味わう。
 そして、俺はそこで力を入れるッッッ!!

 グシャァァァァァッッッッッッ!!!!

 俺の腹部のど真ん中に負魂機の腕が貫通している。
 最悪な痛みが俺を襲う。

「ゲホォアアァッ……!! 今だッッッ! リリース!!」

 貫通している腕と俺の腹を凍らせることで抜け出せなくすることに成功する。

「お前の覚悟は見届けたぜ……セス!!」
「ウオォォォォォッッッッッッ!!!!」

 ガッ────!!!!

 敵の顔面を完全に捉えた一撃は、空間を揺らす。
 俺達の足場以外の地面はへこんでいることからも、相当でかい一撃なことは間違いないだろう。
 殴り終えた左腕のアレクターも、蒸発するかのような音と共に粒子となった。

「グホォォァァ……ゲボッグボォォォ」

 口から血が止まらない……間違いなく俺はこのまま死ぬだろう。
 だが、俺は最後の最後で本当に生きる意味を見つけることが出来たと思う。

 「ぎっど俺はぁ……ぐおんとぉ……ハァ、ハァ、いっじょにいれだだけでぇ……グホォォォアア」

 大切な人と過ごす時間の素晴らしさ、全てを犠牲にしてでもそれを取り戻そうと思える意志の強さ。
 これが、俺に足りなかった『生きるための幸せ』。

 バキッ!!────ピキピキピキ……

 俺がさっき殴った場所にヒビが入り始める。
 たったこれだけのダメージしか与えられないことに、絶望よりも呆れる気持ちが湧いてくる。

(強すぎんだろ、お前。あぁ……最後にテメェの顔だけでも見てから死んでやるよぉ)

 ピキ……シュァァァァァ

 蒸発する音と共に敵の顔を覆っていた心装人機が消失する。
 それと同時に目に飛び込んできたのは懐かしい緑色の髪だった。

「…………ッッッ???!!!」

 あぁ、そうか……生きててくれたんだね……


『クオン』



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