心装人機使いのあべこべ世界旅行

えいせす

20.快晴の空

 目が覚めると、やけに着飾った獣人達がワイングラスを持ちながら話をしている光景が目に入った。

 周りを見てみると、先程までいた試着室でもないことがよく分かる。

 現在の状況に詳しいであろうレストに話を聞いてみようかな。
 相変わらず俺の手を握るレストは、意識を失う前に見ていたドレスを着ていた。

「レスト、これはどういうことだ?」

 声をかけるとレストの肩がビクッと跳ねる。
 別に驚かした訳では無いんだけどな……

「あ、あはは……おはようお兄ちゃん……見ての通りに魔法かけたまま会場まで来ちゃったっ」

「テヘッ」まで付けていたら軽くチョップでもしてやろうかとも思っていたが、まあ来てしまったものは仕方が無い。

「はぁ……まあそれは構わないが、なんで俺までドレスなんだ?」
「だってお兄ちゃん……意識がない状態だったら構わないって言ってたから……会場がちょっとうるさくて目を覚ましちゃったけど、踊り始めてさえしまえば大丈夫だから……そのぉ、やっぱり怒ってる?」

 背の関係上見上げるような目線で首をかしげられると、とてもクルものがある。
 この可愛さに免じて許しちゃおうかな〜。

「いや、ここまで来てしまったならもうしょうがないだろう……ただ踊りが始まったらちゃんと魔法をかけてくれよ」
「う、うん! 任せてっ」

 予想外の事態ではあったが、そこまで俺たちを見ている目線も少なかったので、耐えられないこともないだろう。

 そこへ、街であった少年少女たちが正装に身を包み俺たちに近づいてくる。

「おやぁ、どうやら来たようだねぇ。まさか、本当に人族と一緒に来るとは思ってなかったよぉ」
「まあ、その方が私達にとっても都合がいいのでいいんですけどねぇ」

(都合がいい……?どういう事だろうか……)

 すると、この前街であった時は俺の後ろに隠れてしまっていたレストが、今回は隠れずに堂々とした態度で接していた。

「わたしは……この舞踏会が終わったら街を出ますから、お好きにどうぞ。あの二人にも言っておいても下さい。それではっ……この素敵な夜にあなた達へ幸せが訪れんことを」

 そういうと優雅な礼をしてから、俺の手を引き、人が大勢いる方に入っていく。
 少年少女達は言われたことの意味がよく分からなかったのか、皆で首をかしげていた。

 大勢いると言っても、間を歩けないほどでは無かったので難なく壁際まで辿り着くことが出来た。

「はうぅ……大丈夫だったかな。お兄ちゃん、わたしおかしくなかった?」
「いやっ、なんかいつもと違って凛々しかったと思うぞ〜」

 そう言いながら頭を優しく撫でると、頭を手に押し付けてくる。

「あんまり押し付けると綺麗な毛並みが崩れてしまうぞ」
「いいの、毛はまた整えればいいから」

 それを言うならば、いつでも撫でることは出来るから、正装してる今は止めておけと言いたくなるんだが……まあ、本人がいいならいいか。

 と、しばらく撫で続けている間に会場にいる参加者が、かなりの大人数になっていた。
 しかし、それでも会場に余裕があることから、凄まじい大きさだということがわかる。

 会場の大きさに関心が言っている間に、司会者らしき羊の獣人が現れた。

「お集まりいただいた紳士淑女の方々、並びにそのご子息。今夜、この会場において、そう多くを語る必要はございません。耳に心地よい曲を聴き、その音色に心と体を踊らせ、素敵な夜にして下さいませ」

 このパーティーで何が大切なのかを最低限に話す羊。是非とも前世の校長先生とかには見習ってもらいたいものだ。
 まあ、校長にも事情とかがあるのかもしれないけど…

 くだらないことを考えていると、会場の全方位から音が降ってきた。
 壁際に寄っていた俺達の耳に、一つの楽器が爆音のように聞こえるわけではなく、全ての音が均一に交わり聞こえてくる。

「な、なぁレスト、これっ……むぐぅ……」
「しぃ……ここからは言葉はいらないんだよ……セス────わたしに全部任せて」

 あぁ、もう始まってたのか。
 これだけ素敵な音楽に包まれて踊るのは、楽しそうだよなぁ……また機会があったら、その時は自分の意思で踊りたいな。

 そして、レストが踊り始める。



────その時、音の波が……崩れた。

 そして、崩した元凶はレストの上から、既に攻撃の体制で落下してきていた。

(その距離なら間に合うッ!)

「リリースッ!!」

 俺の声は、突然の侵入者への驚きの声で掻き消えていた。

 魔法の発動を終えると、俺はレストを抱きかかえて、横に転がった。
 残念だが、着替えをした時に棍棒は置いてきてしまっているから、接近戦はできない。

 今回選んだ魔法は圧縮水の糸。
 音がしないこと、見えづらいことなど、こういう場面には使いやすい。

 弱点は手加減が出来ないことだが、横だけでなく縦にも広いこの空間で、いきなり上から降ってくるやつのことだ、これくらい避けるだろう。

《ラティス! いけるかッ!?》
《うんっ! いつでもいけるよ〜! 久し振りに活躍しちゃうからね〜》

 ドレスにモノクルって合わなそうだけど、そんなこと言ってられないしな…

「正の心装じ……って、負の方はミハク呼ぶだけになったから分ける必要は無いか……よしっ、ラティスッ! 行くぞ!!」
「ハーイッ! 一緒に頑張ろうね〜」

 もう少し緊張感というものが欲しかったが、これはこれでいいのかもしれないな。

「……!? ……ッッッ!!」

 相手も魔法に気づき、空中で一回転することで糸を避けていた。
 正しく忍者のような動きだった。

 相手の着地と同時に、俺も装着を終え、お互いが睨み合う状態になった。

《ラティス、アイツって強い?》
《うーん、まだあの動きしか見てないからなんとも言えな〜い。魔力は並くらいだから魔法を使わせていくのもありかも〜》

 なるほど、枯渇するまで持久戦か…相手が魔法を使ってくればそれもできるが……


「…………」

(コイツ、動かない…)

 考えられるのは増援のヤツらがレスト、もしくはおばあちゃん、その他の偉い人を連れ去るか殺す間の時間稼ぎをしているということ。

「皆様落ち着いて下さい! こ……これは余興なのです! ……そ、そう!! 余興でございますので、少々離れて固まっておいてください……出口の辺りに……」

 羊の司会者がそういうと、会場にいた人達が出口付近に固まってこちらを観戦していた。

(出口が一箇所しかないからパニックにならなくて良かったけど……ここに留まられるのも困るな)

「守護魔法……一部から二部……完結」

 とりあえず見える範囲に残っていたレストと、羊の司会者の近くにいたおばあちゃんに、無属性で頑丈な全方位バリアを張っておく。

 魔法の発動を確認した瞬間に敵はこちらへと走り出す。
 ギリギリ見えなくもない速度だったので、一度後ろにジャンプして距離を取り、次の魔法を使う。

「限定連結魔法『ミホラ』」

 この魔法は、一文字にそれぞれの魔法が込められている。
 前に使った限定術式は分割して使っていたが、こちらはその全ての魔法を一括で行う。

 つまり「限定術式一から十」と「限定連結魔法十文字」はほぼ同じだという事だ。

「……シィッ!!」
 放った魔法は三つ、前方から特大の水固弾……これは敵の拳で壊されてしまったが、しっかりと敵の全身を濡らしてくれた。

 残る二つは、上からの火炎弾と地面への雷撃。
 軽い時間差を挟んだお陰で、敵は目立つ火炎弾へと目を配る。
 その瞬間、雷撃が全身の水に走り、動きを止めた所に火炎弾が直撃する。

 ちなみにだが、使い勝手はこっちの魔法の方がいい。
 限定術式は、イメージでセットした場所でしか発動せず、一度セットしてしまうと術式の移動が出来ないから、相手がのんびりしてたり、油断でもしてないと当たらないのだ。

 例外として────

「読み通りだ……限定術式第一部……解放」

────こちらの読みが当たっていた場合は、絶大な効果を発揮する。

 若干焦げ臭くなった敵が、後ろに回り込んできた瞬間、強風が吹き付けられる。
 突然の強風によってバランスを崩し、敵が吹き飛ばされてしまう。

《アタシの『読み』が当たったみたいだね〜。普通くらいの敵でよかったよ〜》
《ラティスは物知りだな、全部イメージ通りだよ》
《当たり前でしょ〜、早く最後までやっちゃえ〜!》

「第二部から五部……完結」

 飛んでいった先に小さい岩盤を用意し、転がってぶつかった敵を蔦で固定していく。
 岩盤に弱い電流を流し、水をもう一度かけておく。

「……ふぅ、終わったな。結局他の奴は来なかったな」

 敵の方へ勢いよく振り返り、モノクルを少し上にずらす。
……ちょっとやってみたかっただけで、特に意味は無い。

 今回使った魔法に関してまとめると、

術式は
・セットしておくことでイメージしなくても発動できること
・セットすると、その魔法の位置から移動できない
・順番の入れ替えは出来ない

 連結魔法は
・一度にたくさんの魔法が使える
・魔力消費が激しい

 もちろん、ラティスの人機を付けていないとそもそも発動ができない……ということも付け加えておこう。

(さてっ、どうしようかな〜)

 会場の雰囲気を見てみると、コチラをじーっと見たまま固まってしまっていた。

 羊に目をやると「お願いしますから綺麗に締めてください」と言わんばかりの視線が向けられていた。
 ……自業自得だろ。

 だけど、今回はその願いを聞き届けようかな。

《ラティス、このイメージっていけそう?》
《うわぁ〜!! セスの魔力総量ギリギリだよ》
《えっ!? ちなみにこれを再現するなら何文字?》
《六文字だね……これでも十分凄いほうなんだよ〜。一般人だと三文字くらいが平均で、六文字超えるのは人外系しかいないね〜》

 どうやら俺の魔力総量は人外レベルのようだ……もちろん、魔力がこれなら『アレ』の方も人外レベルの量があるんだろう……しかも回復するし……

《ギリギリ残るってことは、意識失ったりとか死んだりとかはしないんだよな?》
《アハハッ! 魔力がなくなって死ぬわけないよ〜。激痛が全身に来るらしいから、耐えられれば気絶もしないし〜》

 おぉ……魔力使い切ると激痛かよ……恐ろしいな。

 とりあえず危険がなく使えることが分かったので、見ている人達が変に思わないうちに片付けてしまおう。

「限定連結魔法『ミホラメトス』」

 発動と同時に捕まえた敵から強烈な光が発せられる。

 事前に余興と聞いていたからか、誰ひとりとして驚くことは無かった。

 皆が目を閉じている間に発光した敵を俺の収納空間に転移させ、代わりに火と水で水蒸気を作り視界を隠す。

 観客たちの視界が全員回復したであろう頃に視界を覆う水蒸気を払うように、風属性の竜が会場内を飛び回った。

 充分に観客達の目を釘付けにした所で、会場の中心で竜が「ポンッ」と弾けて小さなデフォルメ竜に分裂する。

 分裂した竜たちはそれぞれ観客たちの方へ向かい、それぞれアピールをした後で、また「ポンッ」と弾けて消えていった。

 しばらく喜びの声と拍手で会場がざわつき、落ち着いてきた頃に、羊が前に出てくる。

「皆様、今回の余興は楽しんでいただけましたでしょうか。それでは、今度こそ本当に舞踏会の始まりでございます」

 羊がなんとか場を繋ぎ、無理やり舞踏会を再開させることが出来た。
 皆がある程度位置についたのを見計らい、曲が再開される。

 俺の所にもレストが歩いてくる。
 なんとか、守り抜くことができて良かった。

「お兄ちゃん、助けてくれてありがとう。お礼は、舞踏会の後でいっぱいするから、楽しみにしててねっ」
「ははっ、お礼…楽しみにしておくよ。それじゃレスト…」
「うん、今度こそわたしに全部任せて」

 曲に合わせてレストが舞う。
 踊り自体は既に店の中で見ていたが、曲や衣装が変わるだけで世界が違って見えた。

 しばらく眺めていると思考がふわふわとしてきたので、前と同じく体を預けることにした。

────────

「……いちゃん……お兄ちゃん! ……起きてぇ〜」

 ペタペタと肉球が頬に当たる感触がする。
 どうやらレストが俺を起こしているようだ。

(どうやら精霊の部屋には行けなかったようだな……まあ、まだ名前も決まってなかったから助かるけど)

「おぅ、おはよう…舞踏会は終わったようだな」
「おはよう! しっかりと終わったよ〜。これでもう、この街に思い残すことはないよ!」
「ん〜、親とかあの子供達には何か言わなくていいのか?」
「へ? あぁ、お兄ちゃん意識なかったから分かんないかもだけど、昨日の終わりにキッパリと全部話してきたの」

 その後、俺の意識が無くなったあとの出来事を色々聞かせてもらった。

 責任者を継がないと宣言した後の反応が様々で、両親は喜んでいたらしいが、その後、おばあちゃんに「息子の育児の責任すら持てなくて、その他の責任者になれるわけがなかろうッ!!」と一喝を受けており、会場からブーイングを受けながら会場から立ち去ったらしい。

 逆に意外な反応だったのが子供達の方らしい。
 どうやら、舞踏会が終わり帰る途中、いつも通りに話しかけてきたかと思うと、全員が頭を下げたそうだ。

「今まで嫌な思いをさせてきてゴメンなさい……実力がある癖に、いつも自信なさげにしている態度が、まるで私達を見下しているように思えてしまって……でも本当は違うんだってこと、今日しっかりと分かりました。行ってらっしゃい、またここに来た時は……その時は一緒に踊りましょう!」

 レスト自身も、この言葉で何かが変わったらしく、前みたいなオドオドしたような態度ではなくなっていた。

 なるほどなぁ…確かに実力がある奴が「いえいえっ自分なんかっ」って何回も言ってると嫌味に聞こえる時もあるかもしれないな。
 特に子供のうちなんかはそうなのかもしれない。

「────だから後は、おばあちゃんにお話をしたら一緒に行くだけなんだよ」
「分かった、それじゃあ準備をしてしまうから少し待っててくれ」

 ベッドから起き上がり、収納空間から下着類を取り出し着ていく。
 最後に部屋に立て掛けてある棍棒を背中に括りつけてレストと部屋を出る。

「お兄ちゃん、荷物ってこれだけ?」
「ああ、その他のものは魔法でしまってあるから、大丈夫だよ」

 収納空間に関してはあまり詳しく話さず、魔法だということにしておいた。
 しばらく歩くと、服が沢山飾ってある部屋に着く。

「ふむぅ、ようやく来たか……そこまで話すことはないが、礼だけは言っておくかのぉ……孫を守ってもらって、本当にありがとう。正直、孫のことを守れるのかを疑っておったが、あの腕前なら相当なことが起きない限りは問題ないじゃろう」

 今回の戦いで、おばあちゃんも安心できたようで良かった。
 大切な孫を、強さもわからない冒険者に預けるのは、なんだかんだ言って嫌だったに違いないだろう。

 それを払拭出来たことに関してだけは、襲撃してきたやつに感謝しないとな。

「任せてくれとか強気には言えないけど、俺の命がある限り守ってみせます!」
「わたしも、一人で危険な場所に行ったりとかしないで、ちゃんとお兄ちゃんのいうこと聞くから、あんまり心配しすぎないでね」

 各々の言葉を口にすると、おばあちゃんは少し顔を震わせながら、こっちをしっかりと向く。

「孫を心配しないばあちゃんがいるもんかっ! さっさと行って元気な顔を見せにまたおいで……」
「ぅん……うんっ!! 行ってきます!! 絶対にまた来るからねッ!」

 レストは先に出口から走って出ていってしまった。
 おそらく、涙をこらえきれなかったのだろう……正直俺も泣いてしまいそうだ。

「若造ッ……孫を……頼んだぞ」
「はいっ……頼まれました…」

 おばあちゃんは後ろを向いていたが、しっかりとお辞儀をして、出口へと向かう。

「ゼズッ!! おぞいよッ!」
「おいおいっ、鼻水と涙で顔がグチャグチャだぞ〜……ほれ、布をあげるから拭いてこい」

 収納空間に入れておいた、服を作る際に余った布をレストに渡すと、少し離れたところで鼻水などの処理をしていた。

「俺にもああいう頃があったなぁ」

 ふと、田舎から都会に移る時の母親とのやり取りを思い出す。

 ブンブンッ!!

 頭を横に振り、いらない思考を消し去る。
 俺はもう……こっちで生きている。
 俺は……セスなんだ。

 家族も友人も恋人も元からいない……ただの天使の下働きなんだ。

「ふぅ……」

 空を見上げると雲一つない快晴で、絶好の旅日和だ。
 鼻水処理の音も無くなり、小柄な足音が近づいて来る。

「よしっ! んじゃあ行くかッ!」
「うんっ!」

 少し寂しい空気を吹き飛ばすため、わざと大きい声を出すと、向こうもそれに合わせて返事を返した。


 こうして、俺の旅に一人仲間が加わった。

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