心装人機使いのあべこべ世界旅行

えいせす

9.初めての街【闘】

 立ち込めるひどい臭気、人肌並みのぬるい温度。

(長くここに留まることはしたくないな……)

 冒険者組合の中に入り、クオンの誘導に従いカウンターに向かう。

 受付嬢は……あまり綺麗な方ではない。だが、人が本当にブスになるのは、心まで汚くなった時だと俺は思っている。
 エルフの村に来た襲撃者達……あれこそがまさに『ブス』である。

 俺が心の中でブスとは何かを考えている間に、クオンは受付嬢と会話をしている。

 話が終わったのか、何か鉄の板みたいなものを取り出すと、俺に向かい小さく手招きをする。

「こんにちは、あなたが新規で冒険者に登録したいと聞きました。相違はありませんね?」
「ハイッ!!……ないです」

 緊張していたのか返事が大きくなってしまい、注目を集めたため、少し声を抑えた……注目されるのは恥ずかしいからな。

「フフッ……緊張することはありませんよ、すぐ終わりますからね。では本人の意思が確認できましたので、血を一滴頂きますね」
「セス、痛くしないから……指を出して」

 ちょっとエロく聞こえた俺を殴ってやりたい。
 プツッと音がした方を向くと、俺の指から血が出ていた。

「すまない、でも、違うことを考えている間の方が痛くなく済むから」
「あ……ああ、うん、ありがとう。確かに痛くなかったよ」
「それでは、板のくぼみに血を垂らしてください」

 見ると、鉄の板の中心に小さいくぼみがある。
 小さい切り傷が出来ている指を乗せ、血を垂らすと、鉄の板に自動で文字が記入されていった。

「これは魔術式を内部に刻んであり、本人の魔力でのみ起動します。セス様は魔力の扱いができるようなので、こちらの板をご使用ください」

 あらかじめクオンが話をしていたのは、このカードの種類に関してだったのかな、魔法を使えるのが相手に知られてたし。

「板がどのような事に使えるのかに関しては、パーティのクオン様にお聞き下さい。それでは、またお会いしましょう」

 そう言うと用事は済んだとばかりに、直立不動で動かなくなってしまった。
 このオン、オフの切り替え方……実は、人型のゴーレムでしたって言われても驚けないな。

 心の中で苦笑しつつ、クオンと一緒に出口へと歩いていく。
 今日は宿のベッドで眠れるのかな〜。などと呑気に考えていたら、出口が大きな音を立てて開いた。

 クオンが、俺と出口の直線に立ちふさがるように立ち位置を変えていた。

「アーハッハッ!! 相変わらずの顔の整い具合だな〜クオン!!」
「君だって、綺麗な体の線を維持しているみたいじゃないか、ヘレナ」
「チッ!! 馬鹿にすんじゃねぇ!! 仕方ねぇだろ……どんだけ食っても、太れねぇんだよ!!」

 前世の女たちが聞いたらブチ切れそうな内容だな。というか、煽ってきた側の方が煽り耐性低いってどうなんだよ……
 内心呆れていると、どうやら部下のようなやつが近くにいたようで。

「姉御! 後ろに上玉の男がいますぜ!」
「うちらのパーティに入れましょうよ〜。毎日元気にしてもらいましょうよ〜!」
「バーカ、毎日なんて男の方がもたないってーの!」

 ……随分失礼なヤツ等だな、リーダーはクオンと顔見知り(?)みたいだし、まだマシだと思いたいのだが。
 俺が見つかった時の、苦虫を潰したような顔をしたクオンから、面倒事になる可能性が高いことが、ヒシヒシと感じられる。

「……おい、クオン! その男どこで拾ったんだ」
「君みたいな、顔面美人には教えたくないね」

 さっきから、褒めてるのか貶しているのかわからなくなるな。
 情報を整理してみると────相手のリーダーは、俺基準で言うと、顔がブスだけど、体はスッキリしているようだ……ちょっと見てみたいな。

(どうせバレてるなら、前に出てもいいかな)

「……!! セス、なんで前に出てきたの!」
「いや、どうせバレてたし、興味があったから」
「きょ……興味……!?やっぱりセスも、私みたいなブスは嫌いだったのかな……」
「違う違う!! 顔も見ずに情報だけ与えられてるから、本当にただの興味本位なんだって」

「テメェら、俺のこと忘れてねぇかッ!」

(そうだそうだ、この人を見に来たんだった)
 そう思いクオンから、声のした方へ顔を向けると────顔面のパーツがパッと見、わからなかった。

 体のつくりはスレンダーで、胸は少しあるくらいで、モデルみたいに脚も長くとても綺麗だった。戦ってきた後なのか土などがついていたが、逆にワイルドな雰囲気を出していて、とてもエロかった。

 だが、先程も言った通り、目や口がどこにあるのかが分からない。

 傷が多すぎるのだ。古傷のようなものから、先程切られたのか生傷までもが顔にたくさん存在している。

 どうやらこの世界では、ただ単に顔のつくりだけでなく、顔と体のバランスや、顔や体についた傷なども含めて評価しているようだ。

(確かに顔に傷がある大男は、歴戦の強者っぽく見えるからな)

 と、こんなことを考えているうちに、目の前にリーダーが立っていた。

「テメェ! まだ、俺のことを無視すんのか! いい加減に……しやがれぇ!!」

 ブォンッ!!

 いつしか見た、エルフ襲撃者の棍棒使いを思い出す。
 あんなものよりも、目の前の拳の方が何倍も重そうで、何倍も早かった。

────だけど……避けられる。

 見えるし、体が動くのだから、必然的に避けることができる。
 おそらく、心装人機使用時のスピードを体感しているからなのではないかと予想している。夜にでもラティスに聞いてみよう。

「チッ! 男の癖に今のを避けるのか。だが、これならどう────」

「ヘレナ様、これ以上組合内部で暴れるのなら、組合から脱退していただきますが……いかがなさいますか」

 先ほどのカウンターから、受付嬢の声が静かに響く。
 それと同時に、リーダーの体が「ブルルッ」と震える。

「きょ……今日はここまでにしてお────」
「何も!! ────喧嘩自体を止めろとは言っておりません。新人の力量把握も含め、訓練場でやる分には、むしろ推奨させて頂きます」

 えぇッ!! 助けてくれると思ってたのに、わざわざ場所設けちゃうのかよ……
 受付嬢の言葉を聞いたリーダーの表情が動く────あれはおそらくだが、にやけている気がする。

「ギャハハ!! 聞いたか、クオン! 力量把握なら、お前は手を出せないぞ。お前も! さっき俺の拳を避けたからって調子に乗るんじゃねぇぞ〜」
「ゲラハハハッ! 姉御が今まで力量把握中に装備を剥いた数、49人! お前が記念すべき50人目になりそうだな〜」
「しかも、顔と体のバランスがスゲェいいじゃねぇですか! しっかり皆に見せて下さいね姉御!」
「姉御! 独り占めだけはしないで下さいよ!」

 コイツら、人のことをなんだと思ってやがるんだ……
 コイツらの話を聞いていても、きっと下ネタしか言わないだろうから、さっさと済ませてクオンと一緒に休みたいな。

「クオン、さっさと済ませてくるよ」
「セスなら勝てるよ、ちゃんと見てるから安心して戦ってきなよ」

 クオンからのお墨付きももらったことだし、張り切っていこう!

────────

「それでは、審判は私が務めさせていただきます。ルールは殺さなければ何をしてもありです。勝利条件は、相手に降参をさせることとなっております」

 訓練場に案内され、配置につくと目の前にリーダーがいる。名前は……確か、ヘレナだったかな。

 訓練場の周りは少し高い壁がありその上に座席がある。前世で言うところの野球のスタジアムをかなり狭くした感じである。

 座席には、先ほどの一部始終を見ていた人達や、俺とヘレナを見てから、目を輝かせて来る人たちなどで全体の6割が座っていた。

「ギャハハ!! これから降参も言えないまま、装備を剥かれ、犯され、観客達に見られる覚悟はできたか?」

 ヘレナさんの煽り文句に観客の9割が歓声を上げる。

 クオンに勝てるって言われたから負ける気がしない。逆に、どういう風に勝つのが理想的なのかを考えてみるが、いいアイディアが思い浮かばない。

《ラティスはなんかいいアイディアある?》
《うーん、アタシとしては人機着けて圧倒的に勝ってくれる方が、嬉しいんだよね〜》
《なんで?》
《……自信がつくから、それと、周りからの、セスの妖精────つまりアタシの評価が上がるからかな》

確かに、俺はまだアレクターしか使ったことがない。しかも、クオンに壊されてるしな…ラティスだけじゃなく、俺の自信にも繋がりそうだな。

《でも、人機使うと感情がな〜》
《アレクターは特殊!! アイツは美味しそうな怒気は全部食べちゃうの、時間が経てば戻るけど……そもそも、怒気が多くなければ出てこないから……お願い! 使ってよ!!》

 最初は人機出すの渋っていた癖に……まあ、ラティスが使っていいと言ってくれるなら使おうかな。

《本当に消費するのは魔力だけなのか?》
《安心して、魔力だけ。そのかわり、アレクターよりは出力が落ちちゃうけど……》

 逆にあんな出力出されたら、相手を殺してしまうから、別に出なくても構わない……むしろ、出すなよ。

「それでは両者、準備はよろしいでしょうか。────それでは、始め!!」

 開始の合図とともにヘレナさんがこちらに突撃してくるので、牽制で炎の槍を5本程度出しておこうかな。

「リリース!!」

 俺の前に現れた5本の槍に警戒をし、足を止める。

「テメェよ! 俺のことを無視ばっかりしやがって! 俺はッ! そういうクールぶってる奴が、大嫌いなんだよ!! ────砕けろ」

 言葉と同時に彼女の全身が炎に包まれ、突撃を再開して来る。しかも、初めよりも断然速くなっている。

(嘘だろっ! 炎対策には水だせよッ! あんなの、体当たりくらうだけで俺の負けが確定してしまうぞ……)

《セス! 早く唱えて!!》
《ゲッ!! 詠唱の省略とかできないのかよ!》
《初期装着には認証が必要なの!! いいから早く!》

 アレクターを着けた時のことを思い出す。
 あの時は、勝手に口が動いていたからどうってことは無かったが、今回は自分の意思で言わなければならない。

 いつだったか「呪文唱えてみたい」なんて言った罰なのだろうか……観客の前で詠唱は、正直恥ずかしいな……

「またボーッとして! 俺のことは無視かッ!! そらそらッ!!」

 炎の槍を無視して更に加速した彼女の突撃を避けるのは、このままでは絶対にできない。
────覚悟を決めろ!! 俺!!


──────我が心に宿るは《欲望》

────己が解せぬものを呑み、悦に浸る

───智を我が糧とし、我が仇なす敵を討つ

────来れ、知欲の機人 《ラスティール》


 試合開始時に炎の槍を出してから全く動かない俺に、会場中からブーイングがとんできていたが、俺の詠唱が終わると一瞬の静寂の後、大爆笑に包まれた。

 理由は簡単、俺の呼び出した心装人機が────緑縁のモノクルだけだったからだ。

「ヒーハッハ!! あのガキ人機出したかと思ったら、あんな小さい片眼鏡かよ! 笑わせすぎて殺す気かよっ」

 観客の声を聞いてみるが、大体皆同じことを言ってるようだ。
 どうやら詠唱に関しては何も言われていないみたいで安心した。

《セス》
《────判っているよ、ラティス》

 詠唱をしている間に、体中から炎を噴き出した彼女が、俺のすぐ目の前まで来ていた。

 勢いを止めずにそのままぶつかり、俺は呆気なく会場を囲っている壁まで吹き飛ばされる。
 ぶつかった衝撃で壁が砕け、周りに砂煙が広がる。

「おいおい、ヘレナ! 脱がす前に、殺してしまったんじゃないか?」
「馬鹿言うんじゃねぇよ! ちゃんと加減してる!」

……なんか、俺の心配をしているようだが、攻撃が当たる前に、しっかりと体全体に密度の濃い水の膜を張っていたため、ダメージはゼロだ。

《やっぱり、セスとアタシは相性がイイね〜────もう決まったんでしょ》
《ああ、もう勝負はついた》

 視界を塞いでいた砂煙が消え、俺と彼女が向かい合う。

「へへっ、思ったより頑丈じゃないか。次はもう少し強めに行くから覚悟しろよ!! ────砕けろ!!」
「悪いけど────」

 彼女は先ほどと同じように、炎を全身から吹き出し、こちらに向かってくる。

「────次なんてないから。限定術式、第一部解放……完了」
「何をブツブツ言ってんだ!! いいからそこ動く……なよ……?!」

 詠唱の第一段階が済んだ頃、彼女は全方位を土の壁に覆われていた。

「なんだよこれ!! クソッ! ブッ壊してやる!!」
「第二部から三部解放……完了」

 内側から「ザクッザクッ」と土を殴るような音が聞こえる間に、詠唱をさらに続けると、壁がどんどん狭まり人型になる。

 それと同時に、蔦が足を縫い止めるかの様に地面から生えてくる。

「ムグォ!! ムゴォッ!!」
「第四部から九部解放……完了」

 土壁のせいで何を言っているのかが分からないが、足元の蔦は機能を発揮しているようで、その場から動けていない。

 そこに、それぞれ色違いの剣が向かう。赤、青、緑、茶、黄、紫、白。それぞれ色に対応した属性を付加してるので、防がれるということはないだろう。

 人型の土壁の周りに、六本の剣が突きつけられる光景を見て、観客が誰ひとり何も言わなくなってしまった。

「審判、これって俺の勝ちじゃダメなんですか?」
「残念ですが、相手の敗北宣言を聞いておりませんので────」
「ムググッ!! グゴォッ!」

「なら仕方ないですね────第十部……完結」



「……ハァ……ハァ、俺の…負けだ」

 最後の詠唱が終わると、顔の土壁だけが剥がれ落ち、汗まみれの彼女が敗北宣言をした。

……表情がよく分からないが、多分悔しがっているんだと思う。────あの顔、どこがどの部分なのか、ちゃんと調べてみたいな。

「ヘレナ様の敗北宣言を受けましたので、勝者はセス様です」

「「「ウオオアアアアアーッッッッ!!」」」

 まさか、歓声があがるとは思ってもなかったので、驚いて数センチ飛び上がってしまった。

(お前ら、皆してヘレナの味方だったくせに)
 ただ、なんだかんだ言って歓声を受けることは、悪い気はしない。

 俺は会場を見回し、勝利の余韻をしばらくの間噛み締めているのであった。


……あっ、ヘレナの拘束解除してなかった。

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