童貞アニメオタクの俺が異世界に転生して大魔導士を名乗るまで。

酒田唯尊

第1話『世界は誰のためにある?』

ばぶー、という赤ん坊ことばくらいしかまだ覚えていないような本当に小さい時から、俺はしっかりとした意識を持っていた。現在5歳。名前はアモン。ただのアモン。家名はなく、アモンの後に何かつけるとしたら、住んでる村の名前がベルナウッドだから、それをそのままつけて呼ぶ。アモン・ベルナウッド。それが俺のこの世界での名前。

ベルナウッドは、ジエリ王国という国の北限の森林地帯の南端に位置する小さな村だ。産業は果樹栽培と酪農。林檎にそっくりな赤い果実、ルビアの実はさっぱりとした甘味で実に俺好み。牛みたいな獣から取れる牛乳みたいな飲み物も、美味しい。俺の家でも牛を飼ってる。このままいけば、いずれ牛飼いの仕事を引き継いで、それなりの人生を送るんだろうな、と思った。

しかし、別に牛飼いにこだわらなくてもいいらしい。ある日母さんと一緒にお風呂に入った。トイレとかお風呂とか、異世界だからあんまり期待していなかったけれど、魔法があるから思ったよりそういうところしっかりしていた。俺の家は母さんが火の魔法使いで、父さんが水の魔法使いだった。だから風呂を沸かしたりトイレまわりを綺麗にしたりは、普通に魔法で出来ていた。うちは自前でそういうことができたが、当然そういう魔法が使えない家もある。しかし、そういう家のために、村人共用の大浴場や便所を管理運営する家もある。みんな自分達の魔法をうまく生活に活かして、助け合って生きている。魔法の才能にあわせて、自由に仕事をすればいいのよ、と母は言った。才能なんてなくても、やりたいことをやればいいと、父は言った。事実、父さんは牛が好きだから、というただそれだけの理由で牛飼いになったらしい。

「アモンは、大きくなったら何になりたい?」

母さんが俺に問う。はて、なりたいものか。特にないな。だいたい、まだ幼くて村の外にどんな世界が広がっているかもろくに知らないのだ。なりたいものとか、目標なんてなくて当たり前じゃないのか?

いやまてよ。ああ、そういえば、やりたいことなら、あったか。『天星ジングル』の特装版Blu-rayボックスを手に入れたい。

という目標は、果たして達成可能な目標なのだろうか?異世界へ転移する魔法が果たして存在するのか。そもそも「前いた世界」なんてものが本当に存在するのかどうか。俺は唐突に異世界に転生した。神様のような存在にあらかじめチュートリアルを受けただとか、転生後それらしい存在からコンタクトがあったとか、そういう特別な出来事があった訳ではない。残念ながら、すべて俺ひとりの頭の中で繰り広げられている妄想であるという可能性を否定する客観的事実にかける。

まあどちらにせよ、現時点ではわからないことが多すぎて前述の疑問に判断を下すことは不可能だ。ならば当面の目標は、情報を得ること。それら情報を得ることができる地位の人間になることだ。世界そのものを相手取るくらい大きな知識と力を持った人間に。だから俺は母さんに対してこういった。


「世界一の魔法使いになりたいな」

世界は誰のためにある?
そんなとりとめのない疑問が、俺の脳裏に静かに浮かんで、ゆっくり消えた。

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