導く音《みちびくねいろ》

水島コウヤ

音(ねいろ)とアルノア

人が死んだその先。
きっと来世にはもっと時代が進んでいる。
今自分がいるこの場所なんて無くなってて通っている学校も変わっててお母さんもお父さんもいなくなってて、そして私の好きなあの人もきっと…
いやここからはもう考えないでおこう。
私はもうすぐ『また』この世からいなくなるのだから…

病院のベットに横になって目を閉じている少女がいる。
たくさんの点滴に繋がれたくさんの機会に囲まれ、多くの人に囲まれ、男性と女性がハンカチで抑えきれなくなった涙を拭っている。
そして隣にあるひとつの機械の画面に映っている線がピーピーと音を出しながら表している数字は60を表している
その中心に少女がいる。
そして次の瞬間、『ピーーーーー』そんな悲しみの音が小さな個室に鳴り響いた。

「私、死んだんだ。あ〜17年も生きれた楽しかった」

少女の儚げな思いはその音とともに消えていく。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

目を開けると真っ白な世界、眩い光が目に差し込んでくる。
そこはまるで天国、広い広いただ広すぎる空間に俯いた15歳くらいの少年が立っている。
どうしようもできない、それはもう分かっている。
なぜその少年に違和感を感じないかは分からない。
すると、静かにゆっくり顔を上げる、それはまるで天使のように綺麗だ、白い羽が背についていて手足はすらりとしなやかに1枚の白いシャツを着けていた。

「き、綺麗っ」

だから17年間ずっとベットに寝たきりで人との交流が少なかった人間にしればそのような言葉がとっさに出てきてしまうのはおかしいことではない。
そしてその少年は表情を作らずにこう言う。

「僕はアルノア、君の第2の人生を担当するいわば天使さ」

それはどちらかといえば高いそして透き通った綺麗な声だった。
そしてその一言に聞き入ってしまっていた少女は慌てて答える。

「わ、私は朱ノ宮音しのみやねいろよろしくアルノアくん」

でも何故か落ち着いている。
アルノアは小さく頷くと、付いてこいというように振り返りそして歩き出す、何も無い真っ白な世界を。
でもやはり音は落ち着いている、その理由はのちのち知ることとなる。

「入って」

いきなり何も無いところで止まったアルノアは白い世界に手を伸ばすと見えない扉でも開いたのか次は真っ暗な闇の世界が現れる。
そして音は言われるがままに何の躊躇いもなく闇の世界に一歩踏み出す。
中は真っ暗、でも不思議とアルノアと音の顔ははっきりと映っている。

「久しぶりだな〜」

そんな事を言う音の言うことを聞きつつ、アルノアは両手を胸の近くで小さく広げる。
すると少しひかり次の瞬間出てきたのは手帳、そんなものが出てきた。
そしてそれを開き少ししたあとまた顔を上げ音を見る。

「あなたはここに来るのは2度目ですね朱ノ宮音さん」

その驚きもない顔で音に問う。
そして少し悲しげな寂しげな顔で笑いアルノアを見て答える。

「うん、そうだよ私は18年前にも一度ここに来ている。そして生まれ変わりまた死んだ」
「そうみたいですね」

そんな事を言いながら無表情でまた手帳に目を移し、それから今度はそのまま話し出す。

「前世は父親の虐待が悪化での撲殺、8歳の時に亡くなられていて、今回は生まれながらの持病で亡くなっていますね」
「そう、だからこうしてまたここにいる」
「さぞ大変な人生だったでしょう」
「うん、でも楽しかったよ。しかも前世より9年も長生きできたしね」
「ええ」

悲しい悲しい思い出、それは時として人を強くする。
そんな事があっただろう。
普通に生きている人より人生の大変さ生きている事の幸せさそして死ぬ事の苦しさを知っている音には一つ一つの出来事が鮮明に記憶に残る。
アルノアは手帳を閉じ今度は手帳が暗闇に消えていくかのように無くなっていく。
そしてゆっくりと語り出す。

「あなたには2つの選択肢が与えられる、ひとつは前世と同じように生まれ変わり、本当は記憶を消す必要があるが君にはそれは必要ないと判断された。
そしてふたつ目は人生の巻き戻し。」

この二つの選択肢を与える。
だがこれには音は流石に驚く、前世ではすぐに生まれ変わりまた新しい人生の始まりだったからだ。
音は驚きながら、でも落ち着きを見せながらアルノアに問う。

「人生の巻き戻し?それって何?」

2つ目の選択肢の意味がよく分からなかった音はまた聞く。

「人生の巻き戻し。
それはあなたが生まれる前に時間を戻しもう1度前世と同じ人生を歩んでもらうことです。」

それはできれば長生きするためにはどちらを選べばいいのかは比べてみればすぐに分かる。
それは一つ目の生まれ変わり…もちろん前世に戻ってもまた8歳でなくなるまで父親に虐待を受けるだけだの選択をする方がそれこそ無意味な事はない、当然のことだ。
でも音は違った、悩んでいた。
それには深いわけがあった。

「本当は一つ目がいいんだろうけど、私は耐えられない。また来世での両親ではなくて記憶を持ったまま新しい両親と出会うのは怖いしそれに悲しい。」
「でしょうね」

音が言うことが分かっていたかのようにアルノアが答える。

「でもまたあの地獄の日々を過ごすのはもっと怖い」

それにアルノアは相変わらずの表情で。

「そしてふたつ目の選択肢には一つ条件がある」
「条件?」
「あなたがもしふたつ目を選ぶようでしたら、あなたの記憶は構わず全て消えてしまいます。」
「えっ何で?」

さっき聞いた話では私なら記憶は残るはず。
こんな身勝手な考えはすぐにアルノアによって覆されることとなった。

「あなたはこのままいけば記憶は残る、でも時間を戻してしまったらどうしようもないただそれだけの事です」

そうだ、当たり前のことだ。
逆に時間を戻して記憶が残るなんてうまい話はない。
なんでも私の思う通りになる訳では無いのだ、今まで一番わかっていたはずの私が…
でもそれを知った上でどちらかを選ぶかは難しくなる一方である。

「私は…」

少し黙り込む。
そして少女は言った。
自分の気持ちを想いを、そして覚悟を…

「私はどちらも選べません」

迷いはなかった、躊躇いも、それどころか自信を持っているだけの澄んだ瞳で、アルノアを見つめた。
するとその答えにアルノアはさっきまでの無表情を崩し目を丸くし口を開け驚いている表情を作っていた。
しかしアルノアはすぐに顔を元に戻す。
そして次はその戻した表情を変え微笑み、音にこう言う。

「あなたには驚きましたね、ではあなたには第3の選択肢を与えるとしましょう」
「第3の…選択肢?」

音は問う。
アルノアの与える第3の選択肢を。
自分の出した決断がどのような結果を生むことになるのか知る由もなしに。
真剣な顔でアルノアの綺麗な瞳を見つめ続けたまま。

「第3の選択肢。
それはいたって簡単、これを選ぶとあなたは記憶を消されずに時間を行き来することができるようになります。」
「それって…」

音は思った。

「その選択肢を選べば辛い思いもせずに昔の家族に会えるってこと?」
「いいえ」
「違うの?」

アルノアはとても深刻そうに語り出す。
その顔は音へではなく自分の事のように。
でもそれが音ではなく自分の事として思っているのは今は何故か分からない。

「それはそんな幸せな事ではない、逆に場合によっては二つの選択肢より悲しい出来事がまっているかもしれない。
特にあなたのような人生のつらさを知った上で人に優しくできる様な人間であれば、それは必ず訪れるだろう」
「私の様な人間」
「ええ、あなたは優しい。
人に同情する事ができるような優しい人だ。
でも僕は違う…」

分かった。
今までの会話だと全く理解出来なかったが、彼のアルノアの最後の言葉を聞いてわかった。
第3の選択肢、それはアルノアと同じ天使になること。
すると続けてアルノアが言う。

「天使と言うのは、悪魔より辛い生き物なんだ。」
「そうなの?」
「天使は現世で亡くなった人の見守りや生まれ変わりの案内そして時にとても辛いものを見なくちゃならない、でも悪魔は現世で悪い行いをした人を地獄に落とすだけ」

聞いていたらすぐにわかる。
どちらが楽でどちらが辛いか、アルノアの顔を見ればすぐに…
それでも疑問はあった。

「でも悪魔も天使みたいに人が死ぬのは見るから同じじゃないの?」

その考えが甘かった。

「それは違うのです、天使は人の気持ちを考えないといけないから感情がありますが、悪魔には
感情そのものが奪われます。
だからあなたのようにどちらかになると言った人は悪魔を怖がりどんなに辛くても天使を選ぶ」
「でも…私……」

それでもやはり難しいものは難しい。
もし第3の選択肢を選び、天使になって辛いことをさせられるか悪魔になって人を地獄に落とすか。
どちらも選べない。
天使を選べば自分が辛い、でも悪魔を選べば自分は楽だが死人は辛い。
まさに究極の選択だった。
すると一つだけ疑問が残る。

「アルノアくんはさ…天使なんだよね」
「はい…」

無表情のまま答える。
思い出したくないというような寂しげな表情で。

「なら…君は……私と…」

そこまで言いかけて。

「はいそうです、僕はあなたと同じ人間でした。」
「でも何で…」
「僕は、人の悲しむ姿は見たくない…だから天使の道を選んだ。ただそれだけです。」
「そう…なん…だ…」

アルノアはすぐに表情を無くし音に言う。

「それでは音さん、あなたは3つの選択肢何を選びますか?」
「私は…」

そして俯き、笑顔でアルノアを見る。

「私は君と同じ天使になる、第3の選択肢を選ぶよ」
「えっでも…」
「私も人の悲しむ姿は見たくないし記憶を消すのも新しい両親になるのも嫌だ、だから…」
「分かりました」

今までとは違って笑顔になるアルノア。
そのアルノアの姿を見て音は少し前世の弟の姿を思い出した。
まぁ音の弟はアルノアとは違い天真爛漫でいつもはしゃいでいるような元気な子だったが。
それでも音は嬉しかった。
何より今まで友達がいなかった音からすればアルノアのような年の近い人と仲良くなれたのはとても嬉しいことだったからだ。

「それではこれからよろしくお願いします音さん」
「うんアルノアくんよろしくね」

するとアルノアは何か思い出したように。

「あぁでは天使になる前に天使としての名前を決めてください」
「天使としての…名前……?」

そう、天使には前世で持った名前は使えない。
天使として新たな名前を決める役割から始まる。
音は考える。
色々とした事を、でも前世での事は考えないことにした。
そして考えた結果たどり着いた名は…。

「メロディかな、ほら名前がねいろだし」

ありがちだが音はこれで良かった。
そもそも音には名前なんてどうでもよかったのだ、ただアルノアのような友達がいててくれさえすればそれで。
そしてアルノアも少し嬉しそうに笑い。

「メロディですか、いい名前ですね。」
「うん」
「では改めてよろしくお願いしますメロディさん」
「うんアルノアくん」

朱ノ宮音しのみやねいろは17歳という若さで死を遂げた。
それは2度目の死。
辛く悲しくそして寂しさを交えた孤独の死。
そして死後の世界でのアルノアとの出会いは音を導き天使になった。
その名はメロディ。
名前の由来は単純な事だがメロディはアルノアという友達が出来て嬉しかった。
これからメロディは天使としてアルノアとともに死人を導く。



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