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君がいたから

橘右近

8(完結)

「ふっ、う……うう」

 急に涙が溢れ出た。次々と零れる涙を、カードを持ったままの手で拭う。むせ返るように溢れる感情をもはや止めることは出来なかった。

 私だけに向けられた優しさも、喜ばせようとしてくれたことも、幸せを願ってくれたことも全部そうなのだ。
 そっと父に肩を抱かれ、耐え切れずに私は声を上げて泣いた。

「これ、小学生の時に約束したの。真己が幸福のクローバー潰しちゃったからって。真己のせいじゃないのに、先に見つけたこと悪いと思って、それで……」

 後は何を言っているのか自分でもわからなかった。子供のように泣きじゃくる私の背中を、父は何も言わず優しく撫でてくれた。

 私は真己に愛されていた。こんなにも、愛されていたんだ。
 気が付かなくてごめんなさい。もっと愛せば良かった。もっと早くに気付けばよかった。
 今じゃ遅い。今じゃもう――真己はいないんだから。


 ――…
 突然目眩と共にどこかへ堕ちていく感覚がした。自分だけ空間が切り離されたような孤独と恐怖。真っ暗闇に裸同然で放り投げられ、ただただ不安を抱くだけの、そんな感覚。
 この感覚は…あの時と同じだ。お骨を納めようとした、あの時と。
 真己は背が高い方だったから、あんな壷に納まるわけない。
 きっとあの骨は真己じゃないんだ。
 そんなことを思ったあの時と。

 だとしたら一体誰のなんだとか、一緒に見届けた棺は何だったのかとか、色んな矛盾を無視して出てきた考えに自分を納得させ、いざ箸を持った時だった。
 カタカタと端からも見てわかるように、私は震えていた。
 うっすらと笑みを浮かべながら…。

 頭では真己じゃないと信じ込んでいるのに、骨を納めるという行動が死を認識させる。
 やりたくない。
 大丈夫、真己じゃない。
 そんな葛藤が震えとなって表れたのだ。

 カタカタカタカタ…。
 震えが止まらない。

 真己がいないなんて実感は、これっぽっちもわかないのに。
 ううん。これからもわかなくてもいい。そう思ってるのに。

 怖かった。
 怖くてたまらなかった。

 またもゾクッと、強く体が震える。決して河原から吹く風の冷たさのせいではない。
 私は誘われるように家を出て、思い出の河原にやってきていた。今はすっかり辺りが闇に包まれている。

「あ…」

シャララと音を立ててネックレスが手の中から零れ落ちた。慌ててしゃがみ込み、落ちた辺りを手探りする。

「菜々子、何してるんだ?」

頭の中で真己の声がこだまする。

「う…ぅ」

嗚咽が零れる。

「お、あったぞ」

固い四つ葉のクローバーが指先に触れた。
それをぎゅっと握りしめる。

「俺の幸せを半分分けるってことでいいだろ」

 全然よくない。
 半分くれるんでしょ?だったら、いなくならないでよ。
 側にいてよ。
 幸せにしてよ。

 また菜々子って呼んでよ――


 何かに祈るように、何かにすがるように、私はネックレスを握りしめていた。
 爪が手のひらに突き刺さり、じんじんとする。
 その痛みが妙に堪えて、真己を呼んだ。


 返事は、ない。

 これからも、私が真己を呼んで返事がくることは、ない。


「ごめんね、真己」


 そして、きっと名前を呼ばれて幸せを感じることも、ない。


 だって、もう恋はしない。




 漠然と、そう思った――





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