拳の剣聖

ノベルバユーザー25697

一章 3話

 「…………は?」

 意味が分からない。え、ナニコレ? なんでみんな止まってんの? 狼はなんで空中で静止できてるの? 的外れな疑問が湧き上がる。まぁ、もうコレが一体何なのかもう分かっているのだが。

 「時間停止、かぁ。助かったっちゃ助かったのかな?」

 もう一度狼を見る。狼の牙はすんでのところで少女の手前で止まっていた。

 「しっかしほんとどういう原理で止まっているんだろうな、これ」

 繁々と狼の足や口、毛並みなどを見てから少女を見る。頭、顔、腕、むnッゲフンゲフン、えー、それと足、っとおや? スカートが少しめくり上がって——

 「いかんいかんいかん! 一体何をやっているんだ俺は!」

 慌てて楽園へと飛び立ちそうな意識を押しとどめ、思考を切り替える。

 「ところで俺は一体どうすればいいんだ? というかこの時間停止は俺の能力とかそういう感じか? それならかなりチートなスキルなんだけどなぁ」

 俺はまた狼を見る。

 「もしコイツを引っ張るなり何なりして動かせたら俺の能力ってことになるんかな?」

 まぁ、物は試しだ。正直このヒヤヒヤする光景は見ていて楽しいものではない。そう思い俺は狼を動かそうと試みる。だが。

 「〜〜〜〜ッダメだ動かない……。となるとこれは誰かがこの能力を使ったっていうことか?」

 簡単に辺りを見回して見るが、辺り一面俺たち以外の人影も生物の影はなかった。

 「一体どういうことなんだ……? 普通このタイミングなら俺の能力が覚醒したとかそういう流れだろう?」

 そんな考察が愚痴へと変わっていこうとしていたとき。

 『汝ハ選バレタ』

 「ん? うおわぁっ!?」

 突如眼前にボロ布を纏う白面を被った人の形をした何かが現れた。
 白面は続ける。

 『我ハ白面。数多ノ世界ヲ統ベル者ナリ』

 『汝ハ我ガ神徒ニ選バレタ』

  「え? は? しんと? どういうこと?」

 白面の言葉の意味が全く分からない。何かに選ばれたのは分かる。だが、しんと? 使徒じゃなくて? 一体全体何なんだ。
 だが、白面はそんな俺の疑問を解消することなく言葉を続ける。

 『汝、我ニ証ヲ示セ。デナクバ死、アルノミ』

 「は? 死? 死ぬってことかよ!?」

 理不尽の応酬に頭が混乱する。落ち着け、一旦情報を整理しろ。俺がしんとってやつに選ばれて? 証を示さなければ死ぬ? 

 「意味わかんねぇ! 何で死ななきゃなんねぇんだ! 理不尽すぎるだろ!」

 俺は言葉を白面に叩きつけるが、白面はそれを意に介した様子もなかった。

 『汝、深山燐の身体を我ニ捧ゲヨ』

 「ハァ!?」

 今コイツなんて言った? 深山燐の身体、つまり俺の身体を捧げろって? つまり自分自身を生贄にしろってことか?

 「ふざけんな! どっち選んでも俺生きてねえじゃねぇか!」

 いい加減に怒りの堪忍袋がビリビリと音を立てて引き裂かれた気がした。
 こんな理不尽付き合う必要はねぇ! 話を聞いてもなんの役にもたたねぇし!
 そう思い、一刻も早くこの場から離れようとする。

 (あ、忘れてた、あの女の子を何とかしないと……! ああクソッ!)

 慌てて草の擦れる音ひとつ立てない草原を引き返す。その時に嫌でも白面が視界に映るが、気にしないようにした。
 女の子のそばまで来ると、先ほどと同じように何とか動かそうと押したり引いたりしてみた。しかし、やはりというか何というか動かない。微動だにしなかった。

 『……あれ、ここは?』
 『うう、ん……』
 『え? あれ?』
 『あ? 何だここ』

 (!? 人の声? 一体どこから……ッ!?)

 声のした方へと目を向ける。それは白面のいる方向から聞こえてきていた。チラリと目を向けると。

 「なんだ、これ」
 
 俺の見た先には人はいなかった。しかしその代わりに宙に浮くホログラムのような映像が流れていた。そこは城のような何処かで、見知ったクラスメイト達が困惑する姿が映し出されていた。

 『勇者の諸君! よくぞ来てくれた! 心より感謝を申し上げる!』

 王冠を被った豪奢な衣服に身を包んだ人がそう言った。

 「は? 勇者? え、なんで?」

 『さて、今我々オースティン王国は滅亡の危機に瀕しておる! 我等をここまでの状況へと追い込んだのは人類の敵魔族である! 我等には狡猾な魔族と対等に渡り合える人材は少ない。 しかし勇者殿達には互角どころか圧倒することができる力がある! だから頼む! 勇者達よ、どうかこの国を、いや世界を守るために力を貸して欲しいッ!!』

 「…………」

 唖然とした。目の前で繰り広げられる漫画やアニメの中でしかお目にかかることのなかった光景が、今まさに眼前で、俺抜きで行われている。そのことがたまらなくショックだった。

 『あの、事情はよくわかりました。僕たちの力がどれほどお役に立てるかは分かりませんが、是非協力させていただきたいと思います! みんなもそれで良いよな?』

 『勿論だぜ!』
 『まさかこんな日が来るなんて……!』
 『勇者だってよ! やるしかねぇだろ!』
 『うあー、燃えてきたぁ!』

 (……良いなぁ)

 一致団結し、悪に立ち向かっていく。一度は誰もが夢見たこと。それが今クラスメイトという括りで実現している。そこに俺はいないというのに。

 『よぉ〜し、やってやるかぁ!』

 「なっ……!?」

 ありえない。あり得るはずはない。そこにお前はいないはず。なんでいる? そこにいるわけないのに。

 『よっしゃ、頑張ろうな!』
 『ああ!』

 にいるはずの深山燐が、クラスメイトと一緒に笑っていた。

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