歩くだけでレベルアップ!~駄女神と一緒に異世界旅行~

なつきいろ

第250歩目 りゅっころ団の余波!④


 前回までのあらすじ

 赤ちゃん産まれたのー!?Σ(・ω・*ノ)ノ

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 評価ありがとうございます。
 励みとなります。

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 さて、時尾夫婦がイチャコラしている中、りゅっころ団の余波はまだまだ続いていく。

 ここは王都フランジュよりも更に西の地、かつて都だった場所『旧都トランジュ』。
 そこに、左右それぞれ別々の位置で髪を結った二人の可愛らしい少女の姿があった。

 所謂、サイドテールと呼ばれるこの髪型。
 右の位置にて髪を結っている少女の名は『アメジスト』。
 左の位置にて髪を結っている少女の名を『フローライト』という。

 物語は、この二人の少女を起点にして始まっていくこととなる。


 ※※※※※


「「お兄様、お呼びとのことで参りました」」

 わたくしと妹のライトは両手でドレスの裾をつまみ、それを軽く持ち上げて優雅に一礼しました。

 お兄様は血を分けた実の兄ではありますが、立場は領主様です。
 ですので、例え親しき仲であろうと礼儀を欠くことは許されません。

 それが貴族というものです。

「二人ともよく来てくれた。急な呼び出しで悪かったな」
「いえ、ご用とあればいつでも構いませんわ。それでお話とはなんでしょうか?」

 代表として、わたくしがお兄様とのお話を進めていきます。

 これはいつものことです。
 また、お兄様もそれを分かっていますので特に問題はありません。

 妹は......まぁ、そこに居るだけでも華やぐので、それで良しとしましょう。

「うむ。まずはこれだ。受け取るといい」
「失礼します」

 お兄様より受け取ったのは一枚のお手紙。
 ここ近年よく拝見するようになった、さる高貴なお方からのものです。

 そう、今をときめく竜殺し様からの大切なお手紙なのです。

「本来だったら、このまま下がって良いところなのだが......」
「まだ何かご用事が?」
「うむ。だが、その件を話す前に......済まないが、先にそれを読んでもらってもいいか?」
「このお手紙を......?」

 普段のお兄様とはどこか様子が異なります。
 ピリピリしているというか、いつになく真剣なご様子。

(このお手紙に何かあるというのでしょうか?)

 ともかく、手紙を読めと言われたのですから、読む他はありません。
 わたくしは妹とともに手紙を読み進めることにしました。

 そして、数分後───。

「......どうだ?」
「どう、と言われましても......」
「普通のお手紙だったよね? 面白いことがたくさん書いてあったよ」

 無邪気な妹の返事に、わたくしはコクリと頷きました。
 恐らくは、お兄様が求めておられるものとは全く異なるのでしょうが。

「また、いつものか......」
「「お兄様?」」

 お兄様は「ハァ......」と大きい溜め息を一つ。
 それは誰の目から見ても、落胆している、そうハッキリと分かるものでした。

「いや、済まない。少しは期待していたのだがな」
「それは、竜殺し様がわたくし達をお求めに、ということでしょうか?」
「え!? そうなの!?」
「「......」」
「なーに?」

 全くと言っていいほど気付いていなかった妹に、温かい眼差しを向けるわたくしとお兄様。

 妹はこれで良いのです。
 むしろ、こうでなくてはなりません。

 わたくしは可愛い妹の為、優しく教えてあげることにしました。

「いい? こうも頻繁にお手紙をくださるのよ? 竜殺し様の本心は分からないけど、その可能性があるってこと」
「ふーん。でも、不思議だよね」
「なにが?」
「だって、一度も会ったことがないんだよ? なのに、お手紙をくれるんだもん」
「それは......」

 言葉に詰まりました。妹の言う通りなのです。
 わたくしと妹は、今の今まで竜殺し様との面識が一度もありません。

 そもそもの話。このご時勢に、手紙なんてものはそうそう見掛けません。
 なんたって、プライベートボードという便利な魔道具があるのですから。

 そして、いつの頃からか知らぬ間に握られていた竜殺し様のプライベートキー。

 ですが、領主様であるお兄様はともかく、わたくしと妹は冒険者ギルドには一切縁がありません。
 ですので、こうしてお兄様が、わたくしと妹宛のお手紙を紙という媒体にして、わざわざ持ってきて頂いているのです。

「同じことを何度も尋ねて済まないが、本当に一度も面識がないのか?」
「わたくしは一度も......。ライトはどう?」
「ないかな? 竜殺し様って、このおじさんでしょ?」

 妹が指差したのは、手紙と一緒に同封されていた写真に写る一人の男性です。
 
 黒髪という、この世界では勇者のみがそれを許されたとても珍しい髪色。
 これと言って特徴的な特徴がないのが、逆に特徴的だとも言える平凡なお顔。
 どこか優しそうな雰囲気、言葉を変えれば優柔不断そうな空気を纏ってもいます。

「多分ね」
「じゃー、会ったことはないね」

 正直、妹が指差した男性が竜殺し様かどうか確証はありません。
 ですが、今までにも戴いた数々の写真には、必ずこの男性が写っていたのも事実。

 恐らくは、このお方が竜殺し様。
 そう判断しても間違いはないでしょう。

「本当にないか? よく思い出して欲しい。どこかのパーティーで偶然お会いしたとかはないだろうか?」
「「ありません」」
「......そうか。いや、済まない。見苦しい姿を見せたな」

 無情の鉄槌を下されたお兄様は頭を抱え、再び「ハァ......」と大きい溜め息を一つ。

「......」
「......」
「......」

 なんとも言えない空気が部全体屋を包みます。

 お兄様には申し訳ないですが、本当に記憶にはないのです。
 かと言って、お兄様を励ます為に嘘を言ったところでどうにもならないことですし。

「お、お姉ちゃん......」
「大丈夫よ」

 ちょっと困った表情をしている妹が、わたくしの手をソッと握ってきました。

 きっと、天真爛漫な妹にはこの状況が堪えられないのでしょう。
 そして、わたくしも落胆されているお兄様の姿をいつまでも見ているのは忍びないです。

 ですので、ここは思いきって話題を変えることにしました。

「お兄様。他のご用事とはどのようなものでしょうか?」
「あ、あぁ......そうだな」

 頭を抱えていたお兄様が顔を上げました。
 そのお顔には困惑と疲労の跡が色濃く滲み出ていて......。

「きっと驚くと思う。......どうやら竜殺し様が騎士団を立ち上げたらしい」
「えぇ!?」
「えぇ!? 竜殺し様が王様になっちゃったの!?」
「「......」」
「なーに?」

 妹に再び向けられる、わたくしとお兄様の温かい眼差し。
 そこには「そんなことがあるか」との意味もしっかりと添えて。

 とは言え、今まで数々の武功をあげられた竜殺し様ならば、その可能性も否定できなくはありません。
 ですが、王になるなどそう簡単な話ではないのもこれまた事実。

「王様かどうかは置いといて。お兄様、どういう意味でしょうか?」
「う、うむ。やはりジストは賢いな。いちいち説明しなくて済むから助かる」
「ぶーだ! どうせわたくしはバカですよーだ!」
「む!? そ、そうは言っていないぞ! 断じてな! な、ジスト!?」
「......えぇ、お兄様の言う通りですわ」
「いいもーんだ! お兄様なんて大嫌い!!」
「ラ、ライトォォォォォ......」

 妹に嫌われて、だらしなく崩れ落ちるお兄様。
 そこには領主様としての威厳なんてものはこれっぽっちもありません。
 
 あるのは、ただただシスコンぶりを発揮している兄の姿のみ。

「......お兄様。お話の続きをお願いします」

 そんなお兄様の情けない姿には目もくれず、頬を膨らませて拗ねている妹をあやしながら、わたくしはお兄様に話の先を促しました。

「す、済まない。騎士団というのは、竜殺し様個人が保有する個人騎士団のことらしい」
「個人騎士団......? いくら竜殺し様であろうと、そんなことが許されるのですか?」
「逆に竜殺し様だからこそ許されたのだろうな。勇者姫様直々に許可を出されたらしい」
「あの勇者姫様が!?」

 竜殺し様はともかく、勇者姫様とは面識があります。
 かつて王都で開かれた晩餐会で、光栄にもお話をさせて頂いたことがありますので。
 当時まだ小さい子供に過ぎなかった妹など、直々に遊んでもらったほどです。

「どうやら相当な影響が出ているらしい」
「それは......そうでしょう。個人騎士団など聞いたことがありませんから」
「うむ。既に有名どころの傭兵集団が続々と傘下に収まっているとも聞いた」
「傭兵集団が..................お兄様はそれについてどうお考えなのですか?」
「......ほぅ。そこまで考えが及ぶか。俺もジストと同じ考えだ。これは由々しき事態だろう」

 話題を変えて正解でした。
 先程までとは打って変わって、今は興味深そうにわたくしを見つめるお兄様。

 まるで品定めをされている気分です。

 そうそう。公爵家は、ただ公爵家という地位に甘んじている訳ではありません。
 お父様を始めお兄様もまた、その地位に相応しいだけの才覚を十分に備えています。

「今に世界が混乱することだろう。......いや、違うな。逆に世界が一つになるかもな」
「わたくしもそう思います。後ろ楯がカルディア王国というのも非常によろしいかと」
「どうしてそう思う?」

 目をキラリと妖しく光らせ、為政者の顔で食い付くお兄様。
 まるで今から面白いものでも見れると、そう期待しているかのようでもあります。

「人間族が治める国が後ろ楯では、そう遠くない内に他の人間族が治める国から不満が出てくることでしょう。ですが、他種族にも寛容なドワーフの国が後ろ楯となれば、不満は当然あるでしょうが文句を言ってくる国は限りなく少なくなるかと思います。そうですね、他国を納得させる落とし所としては良く考えられているのではないでしょうか」

「うむうむ。まさにその通りだ」
「うーん?」

 わたくしの答えに、お兄様は顎を撫でながらどこか満足そうな表情。
 一方、横に居る妹は何がなんやらと、頭の上にたくさんの「?」を浮かべています。

 更に、わたくしは意気揚々と持論を展開させていくことにしました。

「確か、竜殺し様は『ときの勇者』様とも親しい間柄だったはずです」
「俺もそう聞いている。それがどうした?」
「でしたら、この機会にどちらかが何らかのアクションを起こされるのではないでしょうか?」
「どうしてそう思う?」
「親しい間柄だからこそ、メリットともなりえそうなことはお互いに提案し合うのではないでしょうか? こういう機会はそうそうないだけに、特に」

 わたくしならそうします。
 借りや恩は幾つ作っても無駄になることはありませんから。

 実際に───。

「ジスト、見事だ」
「と言うことは、既に何らかのアクションがなされているのですか?」
「うむ。先日、刻の勇者様もまた傘下に収まったと、そう聞いている」
「やはり、そうでしたか」

 所詮、わたくしのような小娘が考えることなど、竜殺し様や刻の勇者様ほどのお方ともなれば当然のように考えつくということなのでしょう。

 先程まで自信満々に持論を披露していた自分自身が恥ずかしくなりました。

「それでも、その歳で大したものだ」
「いえ、誉められるようなことではありません。少し考えれば分かることです」
「そんなに謙遜せずとも良い。誇っても良いことだ。俺が思っていた以上だしな。いや、となると、もしかしたらだが......」
「なんでしょうか?」
「竜殺し様は、ジストのその賢さをどこからか耳にしたのかもしれないな」
「えぇ!?」
「そう考えると......今はともかく、これは期待できるかもしれん」
「......」

 これにはさすがのわたくしも寝耳に水でした。
 しかし、お兄様の推測を「そんなバカな......」と一蹴することもできません。

 そもそも、わたくしは竜殺し様とは一度もお会いしたことがないのですから。
 となると、「何らかの要因があって、竜殺し様がわたくしと繋がりを持とうとしている」と考えるのが極自然なことです。

(あ、あの竜殺し様が本気でわたくしをお求めに......?)

 悪い気はしません。
 というか、頬が自然と緩んでしまいます。

 それもまた仕方がないことですよね。
 人類の希望と、そう讃えられているお方に求められているのですから。
 わたくしはまだ小娘と言えど一人の女として、これ程の名誉はありません。

 今までは、お兄様から「竜殺し様は二人に気があるのでは?」と言われても「さすがにそれは......」と、どこか半信半疑めいたものを───いいえ、ほぼそれは無いものだと、どこか諦めにも近い感情を抱いてはいました。

 なんたって、わたくしは竜殺し様とは一度もお会いしたことがないのですから。
 つまり、竜殺し様がわたくしをご所望になる理由そのものが分からなかったのです。

 ですが───。

 こうも頻繁に届く竜殺し様からのお手紙ラブレター
 お兄様から聞かされた、わたくしをご所望になる(可能性のある)具体的な理由。
 目の前で喜ぶお兄様の姿が、決してお世辞とは言えないようなものであることなど。             

 以上のことを目の当たりにしてしまうと───。

 さすがのわたくしも少しばかりその気になってしまいました。
 ときめいたのは言うまでもありませんが、心も満たされた思いです。

「ねーねー」

 そんな有頂天になっているわたくしに話し掛けてくる妹のライト。

「ど、どうしたの?」
「お手紙はわたくしにも来ているんだよ? わたくしはどうなの?」
「......可愛いから、かしら?」
「......うむ。可愛いから、だろうな」
「えへへー! やったー!」
「「......」」

 無邪気に喜ぶ妹に、三度向けられる温かい眼差し。
 正直な話、可愛いから、という理由以外に思い当たるものが全くありません。

 むしろ、こう言ってはなんですが、何故妹宛にもお手紙ラブレターが届いているのか......。

「......ごほん。まぁ、可能性があると分かっただけでも大いなる収穫と見るべきだろう」
「さすがにそう判断するのは早計過ぎはしませんか?」
「可能性は可能性だ。第一、ないとも言い切れないだろう? むしろ、ジストは───あッ。いや、二人はどうなのだ?」
「どう、とは?」
「なにが?」

 わたくしは妹とともに小首を傾げました。
 お兄様が仰りたいことは十分に理解してはいるのですが、それでもです。

 いえ。むしろ、貴族の娘として小首を傾げざるを得ません。

「仮にだ。本当に竜殺し様が二人をご所望になられた場合どうするのか、そう聞いているのだ」
「愚問ですわ、お兄様。わたくしは貴族の娘として、当主であるお兄様の意向に従うのみですわ」
「わたくしも! わたくしも! お姉ちゃんと一緒です!」

 これがわたくしの答え。
 これが公爵家という貴族の娘として産まれたわたくしの定め。

 全くないとは言いませんが、それでも貴族の娘が自由恋愛などそうそうあることではありません。
 貴族の娘として産まれたからにはお家の為、時には政治の道具とされようとも致し方ないことなのです。

 それが貴族(の娘)というものなのです。

 ですが───。

「そういうことを聞いているのではない。もちろん、その心構えは立派なものだがな」
「と言いますと?」

「俺は父上とは違う。確かに中央に進出する野望は大いにある。だが、二人を政治の道具に利用するつもりは一切ない。当主としてではなく、血を分けた兄として二人には幸せになってもらいたいからな。......特にライトには」

「......お兄様。台無しです」
「お兄様、ありがとー! さっきのことは許してあげるね!」
「おぉ!? そ、そうかい!?」
「......」

 本当に、このシスコンバカ兄は......。

 しかし、お兄様の気持ちはハッキリと伝わってきました、本物であると。
 わたくしと妹の幸せを本当に願ってくれているのだと。

 それは(妹としては)とても嬉しいことです。
 だからこそ、(貴族の娘として)言わなければならないことがあります。

「お兄様、それは甘いのではありませんか?」
「だろうな。だが、俺は俺のやり方で中央に舞い戻ってみせるさ。せっかく公爵家という立場もあることだしな」

 お兄様はそう言うと、わたくしと妹に向かってサムズアップしました。

 お兄様ならばきっと、その野望を叶えることもそう難しいことではないでしょう。
 そう思わせてくれる晴れ晴れとした表情を添えて。

「さて、話が逸れてしまったが、改めて聞こう。二人はどうするつもりだ?」

 和やかな雰囲気から一転、為政者の顔で再び尋ねてくるお兄様。
 それに真っ先に答えたのは意外にも妹でした。

「別にわたくしは嫁いでもいいよ。写真で見た限り、竜殺し様は優しそうだしね」
「別に、と言うことは、どうしても嫁ぎたいということではないのだな?」
「そうだねー。竜殺し様がどうしてもって言うならかな?」
「......ふむ。ライトの気持ちは十分に分かった」

 実に妹らしい考えです。
 何も考えていない───いや、自分の気持ちに正直な答えと言えるでしょう。

「ジストはどうだ?」
「わたくしは───」

 正直、困りました。
 わたくしは貴族の娘として既に覚悟を決めていましたから。

 ですが、お兄様は「自分の将来は自分で決めろ」、そう仰っているのです。

 考えもしないことでした。
 まさに青天の霹靂です。

 ・・・。

 でも、だからこそ、これはチャンスだと思いました。
 わたくしもまた、妹のように自分の気持ちに正直になるチャンスだと。

 そして、改めて覚悟を決めたわたくしは、お兄様にこう告げました。

「わたくしは、竜殺し様と一度お会いしてみたいと思います。嫁ぐ嫁がぬはそれからかと」
「うむ。当然の感情だな」
「そこで、お兄様にお願いがございます。その機会を作って頂くことはできないでしょうか?」
「......ふむ」

 権力とは活用するものです。
 そういう意味では、公爵家というものは大いに活用できる立場です。

 いくら竜殺し様であろうと、公爵家の威光をかざせば断ることなど───。

「悪いが、竜殺し様を招くのは無理だな」
「えぇ!? ど、どうしてですか!?」
「竜殺し様は貴族嫌いで有名だからな。俺が聞いた話では、王の招待すらも断ったらしい」
「そ、そんな......」

 しかし、貴族嫌いなのでは仕方がないでしょう。
 と言うよりも、何故貴族嫌いである竜殺し様が貴族の娘をご所望されるのでしょうか?

(やはり、竜殺し様はわたくしをご所望ではない......?)

 嫌な考えばかりが頭の中を駆け巡ります。
 初めから淡い期待など抱かなければ良かったのかもしれません。

 そんなどんよりと落ち込んでいるわたくしに一条の光が差し込むことに───。

「そこでどうだろう? ジストも一緒に来ないか?」
「......それは、どういうことでしょうか?」
「今度カルディア王国に向けて使節団が送られることが決まった」
「!! ま、まさか......」
「あぁ。その使節団の代表に名乗り出たところだ。少しでも功名をあげる為にな。それに......ここに居ても退屈だというのもある」
「い、一緒に参ります! ぜひ同行させてくださいませ!!」
「わたくしも! わたくしも一緒に行きたいです!」

 お兄様の粋な提案に、はしたなくも直ぐに食い付いてしまいました。
 もしかしたら、わたくしにとっては一生に一度の大チャンスなのかもしれませんから。

 そう、わたくしが貴族の娘としてではなく、一人の女となれるかもしれない唯一の機会......。

「言っておくが、竜殺し様に必ず会えるとは限らない。それに、ここで過ごすよりも道中は間違いなく不便になることだろう。それでも一緒に来るか?」

 わたくしと妹に「その覚悟はあるか?」と尋ねてくるお兄様。
 その表情は為政者としてではなく、心配する実の兄としてのものでした。

「愚問ですわ、お兄様! わたくしは竜殺し様にお会いしたいのですから!」
「いや、だから......まぁ、いいか」


 こうして、わたくしの使節団入りが(公爵家の権力を使って)決定しました。

 会えるかどうかが問題ではありません。
 与えられたチャンスを活かすかどうかが重要なのです。
 それに、何故だかは分かりませんが、会えるような気がしてならないのです。

(竜殺し様......お会いしとうございます)

 まだ見ぬ竜殺し様への想いを心に秘めて、わたくしの旅が今始まりました。

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後書き

 今日のひとこま

 ~妻としての心構え~

「お兄様」
「ジストか。どうした?」
「お願いがあります。旅の道中でわたくしに騎乗の仕方をお教えくださいませんか?」
「それは構わないが......いきなりどうした?」

「あくまで仮のお話ですが、わたくしが竜殺し様の妻となった際には必要になることかと」
「うむ。確かにその通りだ。竜殺し様は冒険者。旅が多いだろうしな」
「できますれば、騎乗だけではなくお兄様の知る得る全てをご教授頂ければ、とも思います」
「......ほう。俺の知る得る全てときたか。なんだかんだ言って嫁ぐことには前向きなのだな、ジストよ」

「ち、違います! わたくしはあくまで妻となった際の心構えをですね......」
「それを前向きだと言ったのだがな。だが、その心構えは立派なものだ」
「当然のことですわ! わたくしは公爵家の娘! お兄様の面目を潰すような真似はできません!」
「ありがとう。だが、今後は自分の為に頑張るように。それを誓えるなら、ジストの希望を叶えよう」

「お、お兄様......」
「ジストもまた、俺の可愛い妹に他ならないからな。......ライトほどではないが」
「......お兄様、台無しですわ」
「諦めろ。俺のライト愛は本物だ。それこそ、ライトの愛名まなを貰いたいぐらいになッ!」
「......本当、台無しですわ」

 青空がどこまでも広がる中、わたくしの花嫁修業が始まることとなりました。

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