歩くだけでレベルアップ!~駄女神と一緒に異世界旅行~
第212歩目 貴族邸の動乱!⑩ side -ニケ-
前回までのあらすじ
敵(?)は勇者だった!
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ニケのちょっとした失敗回です。
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□□□□ ~ニケの秘かな楽しみと不安~ □□□□
───ゴロゴロゴロ。
───ゴロゴロゴロ。
市街地へと続く石畳の上を、私達が乗る馬車がゆっくりと進んでいきます。
聞こえてくるのは、一定のリズムで奏でられる車輪の音のみ。
私は馬車の中で、この一定のリズムで奏でられる音を耳で楽しみ、このどこかゆったりと流れる時間の流れを肌で感じ取っていました。
更には、馬車に備え付けられている小窓を少しばかり開けてみますと、待ってましたとばかりに先を競って差し込んでくる暖かい陽射しに、優しく頬を撫でるかのようにそよそよと髪をたなびかせる爽やかな風。
(なるほど。お昼寝日和というのは確かなようですね)
私は目を細めつつ、私の膝の上に頭を預けて気持ち良さそうに寝ている歩様の頭を飽きることなく何度も撫で回し続けました。
(なんて幸せな時間なのでしょう)
それに、既に危機は去ったとはいえ、完全無防備な状態で安らかに眠る歩様のそのお姿からは、私に寄せる絶大な信頼感が伝わってくるようで、私のこの体を充足感が包み込んでいきます。
これらは紛れもなく私の幸せ。
歩様と出会わなかったら・・・いいえ、歩様から誰かを好きになる気持ち───『恋』というものを教わらなかったら知り得なかった、幸せな気持ちと満たされた感情なのです。
(ふふっ。歩様? 私は今とても幸せですよ)
歩様のおでこにソッと口付けをして、内なる想いを伝えました。
すると、一瞬ですが、歩様のお顔が弛んだようにも・・・。
「も、もしかして、起きていらしたのですか!?」
「すー......すー......すー......」
歩様からの返事はありません。「もしや、狸寝入りで私をからかっているのでは?」とも思いましたが、歩様からは規則正しい静かな寝息がハッキリと聞こえてきました。
どうやら私の勘違いだったようです。
でも、確かにお顔が弛んだようにも見えましたが・・・。
(あれでしょうか? 幸せ過ぎて幻覚が見えてしまった的な......)
何はともあれ、歩様はまだ眠っておられるようですので、私は再び幸せな時間に浸ることにしました。
「歩様。気持ち良いですか?」
「すー......すー......すー......」
私が頭を撫でる度に気持ちよさそうな寝息を立てる歩様。
そのご様子を見ると、本当に眠っているのかどうか疑わしくなります。
ですが、それだけ満足なさっているということなのでしょうから、この際細かいことは気にしないように致しましょう。
それはいいとして、注目すべきは歩様のお寝顔なのです。
歩様がおやすみになられている間、歩様のお寝顔を鑑賞───もとい、堪能するのは、私の秘かな楽しみの一つでもあります。
(では、失礼をば───あ~。なんと愛おしいお方なのでしょうか......)
心が締め付けられるというか、胸がきゅんきゅんと嬉しい悲鳴をあげているのが分かります。
背筋がゾクゾクとまるで武者震いのように肌があわ立ち、興奮のあまり体内温度が一気に沸騰しそうにもなりました。
例えるのなら、アテナ様のお寝顔に近しいものかもしれません。
アテナ様の一見だらしなくも愛嬌のあるお寝顔は、まさにこの世の神秘、この世の奇跡とも言うべきかわいらしさの象徴なのです。
一方、歩様のお寝顔はまるで無邪気な赤ちゃんのそれです。
まるで何も知らない、まるで何もできない、ただただ私に甘える他ないといったような、無垢で無邪気な赤ちゃんそのものなのです。
(ふふっ。まるで私の子供みたいですね)
そう思うだけで愛おしく、勝手に顔が綻んでしまいます。
でも、しばらくすると、寂しい気持ちがいつものように唐突に襲ってくるのです。
(ですが、それだと歩様と添い遂げることができなくなってしまいますね......)
神の間では純質な血筋を保つ為、親子間での婚姻は当然のものとされています。
ですが、このパルテールを始め、歩様の出身世界では親子間での婚姻は認められていません。
つまり、私がそれを望むことは不可能に近いということなのです。
それはそれでちょっと悲しいことでもありますが、仕方がない事実。
まさか、歩様に「神様になって(お世話させて)欲しいです!」とも言えませんしね。
そうなると、決まって行き着く先は・・・。
(そうです! 私が歩様との間に子供を設ければ!!)
ですが、そこで一つの不安材料が頭を持ち上げてきます。
それは───。
『私は子供を愛せるのか?』ということです。
そもそも、私には家族というものが存在しません。
父もいなければ、母もいません。兄や姉、弟や妹といったものも存在しません。
ですから、家族に当然のように抱く(と言われている)『親愛の情』というものを、自分の子供に向けることができるのかどうか不安で不安で堪らないのです。
それが、例え愛すべき歩様との間にできた子供であってもです・・・。
ですが、楽しみでもあるのです。
仮初めとはいえ、モリオンが私の妹になる宣言をした時、心が温かくなるような感覚を覚えました。
これが家族を持つ感覚・・・と、少しばかり嬉しくなったものです。
そして、義妹でこれということは「もしかしたら、自分の子供には親愛の情を抱けるのかも?」との一縷の望みが生まれた瞬間でもありました。
ですから、モリオンには感謝しています。
モリオンのことをちょっぴり好きにもなりました。
それは『妹であるモリオンのことを』ではなく『モリオンという個人に対して』です。
と、まぁ、私は歩様のお寝顔を堪能しながら、こうして歩様との将来について一人あれこれと考えるのが秘かな楽しみでもあるのです。
そして、いつも思います。
睡眠が不要な女神で良かったと。
(歩様? いつか私の不安を聞いて頂けますか?)
□□□□ ~女神の慢心~ □□□□
さて、歩様のお寝顔を堪能しつつ、私は意識だけを外に向けることにしました。
と言うのも、歩様に「任せました」と頼まれた以上、しっかりと務めを果たす必要性がありますから。
(......おや? どうやら動きが止まったみたいですね)
私の【感知】スキルに反応しているのは一人の勇者です。
今更説明するまでもないと思いますが、卑怯にも歩様をこっそりと覗こうとした、あの無礼な勇者のことです。
泳がす為に、敢えて見逃してから既に一時間。
どうやら、勇者はとある場所にて動きを止めたようです。
(一人......ですか)
もしかしたら、一時的な潜伏場所ということも。
しばらくは様子を見た方が賢明かもしれませんね。
と、その時、【感知】スキルに別の反応(=敵意の塊である赤い反応)が───。
しかも、その反応は、潜伏場所からまるで飛び立つように別の場所へと移動しようとしているではありませんか。くっ。このまま放置していては・・・。
「逃がしません。【天雷】!」
すると、遥か遠方に轟く一つの遠雷。
それと同時に消滅する反応。
消滅。反応のロストを確認しました。
(ふぅ。油断も隙もありませんね。まさか、鳥のようなものを利用した古典的な伝達手段を用いようとは......)
危うく勇者どもの仲間に、歩様の情報が渡ってしまうところでした。
そうして、私が大袈裟に汗を拭うような仕草をしていると、ハッ!と、ある一つの事実に気が付いてしまいました。
(あ......。そもそも、放置しておけば、勇者の仲間の居場所が判明したのでは?)
その後、第二、第三の反応が現れることはありませんでした。
当然ですよね。最初の反応の結末を勇者が見ていた可能性は非常に高い訳なのですから、警戒するのは当たり前のことです。
それに、まさか無いとは思いますが、万が一勇者が仲間と合流しなかったとしたら、私は千載一遇のチャンスを失ったことにもなります。
(うぅ。この私が短絡的な行動に出てしまうとは......)
ヘリオドールの「ほれ。だから妾は言うたのじゃ。「気を付けよ」とな。これはニケ様の完全な慢心なのじゃ」との呆れたような罵声が、今にも聞こえてきそうです。
(......こ、このことは、内緒にしておきましょう)
だから、私の心の中にソッとしまうことにしました。
ただ、信頼を頂いていたのに、この体たらく。なんだか歩様に申し訳ないです。
それに、歩様の表情もどこか険しくなっているような・・・。いやいや! きっと気のせいですよね!?
・・・。
それにしても、この勇者はいちいち小賢しい真似をしてきて本当にイライラとさせられます。
第一、勇者には神の力である加護を与えている訳なのですから、一勇者として正々堂々と姿を現して欲しいものです。そうすれば、私がここまで苦労することもなかったでしょうし・・・。
そもそも、勇者が有している『盗視』という加護が気に入りません。
『盗視』という加護は、読んで字の如く『盗んで視ることができる力』のことを指します。
では、『何を盗むのか』と言うと、他人の目を盗む(=利用する)ことができるのです。
しかも、この『盗視』という加護のいやらしいところは、利用されている本人が目を盗まれているということに気付いていないところです。
それに優れた術者なら、その効果の及ぶ範囲が人間だけに留まらず、ありとあらゆる生物にまで有効となるのですから厄介極まりない加護という訳なのです。
実際、勇者もまた貴族達だけに留まらず、カラスのような召還したと覚しき魔物や、果てはゴキブリのような微生物に至るまで『盗視』していたことを考えれば、その恐ろしさは十分に分かって頂けると思います。
恐らくですが、行きの時に感じていた不快な視線も、何かしらの生物を利用していたのでしょう。
今ですか? 今は私に恐れを為したのか、不快な視線は全く感じません。殊勝なことです。とは言え、赦すことは決してありませんが。
それに、性懲りもなく『盗視』していたとしても、既に私は勇者の存在に勝利している以上、勇者の行動は全て私に筒抜けとなりますので、全く意味を為しません。
つまり、勇者が助かる道はどこにもないということです。
でしたら、少しでも私の役に立てるよう動いて欲しいものなのですが・・・。
どうにもこうにも上手くいきません。凄くもどかしいです。さっさと仲間の元に行って欲しいものです。
(そう......ですね。「私は常にあなたを監視していますよ?」と、勇者に暗に伝えてみるのも有りかもしれないですね?)
無為に過ごすのは時間の無駄です。
勇者が動かないというのなら、動かす手段を講じれば良いだけのこと。
私は善は急げ!とばかりに、勇者の居る方向に向かって軽く殺気を飛ばすことにしました。
「......(キッ!)」
───ギャア!ギャア!
───バサバサバサッ!
───ピピピピピピッ!
すると、何をトチ狂ったのか、殺気の進行方向に存在する生物という生物が一斉に鳴き声をあげ始めました。
そして、しばらくすると鳴き声が聞こえなくなり───いいえ、どうやら命の鼓動が尽きてしまったようです。
ちなみに、人間らしき生物で死に至った者はいない(意識が昏倒した者は多数)みたいですね。まぁ、どちらでも良いですが。殺気程度で死ぬような輩は、私が手を下さずとも近いうちに死んでいたことでしょうし。
とりあえず、勇者に「私は常にあなたを監視していますよ?」との意を伝えることができたのは確かでしょう。
事実、勇者は再び移動を開始したのは間違いないですしね。
どうです!? 『災い転じて福となす』ではありませんが、先程の失敗を帳消しにする、この見事な策は!
(これで、後は仲間と合流さえしてくれたら万事解決ですね)
私は完全にホッとしていました。
いいえ、悦に浸っていたのかもしれません。
だからこそ、気付けなかったのでしょう。
「......」
「......え?」
視線と視線が重なり合いました。
後は勇者が仲間の元に合流するのを待つだけでした。
ですから、再び幸せな時間に戻ろうと意識を歩様に移したところ、そこには既に起きられていた歩様のお姿があったのです。
まさかの事態に狼狽してしまいました。
いつ......からでしょうか?
よもや、本当に狸寝入りだったのでしょうか!?
「いやいやいや。今、起きたところですよ」
「そ、そうでしたか。おはようございます。よくおやすみになられましたか?」
「はい。最高の寝心地でした。あまりにも気持ちよすぎて癖になっちゃいそうです」
「ま、まぁ、歩様ったら....../// 仰って頂ければ、いつでも膝をお貸ししますね?」
どうやら私の失敗には気付かれていないようです。
とは言え、私が黙ってさえいれば、バレるようなことでもないのですが。
ただ、さすがに歩様に隠し事をするのは気が引けます。
それでも、私は怒られるよりかは誉められたいのです。
ごめんなさい! 歩様!!
そう思っていたのですが・・・。
「それで、何をしていたんですか?」
「......え?」
「いやいやいや。さすがに気付きますからね?」
歩様からのまさかの発言に、心臓の鼓動が激しくなるのを感じます。
更には、歩様の射抜くような視線に、全てを分かっているとでも言わんばかりの生温かい視線に、私の背中は嫌な汗がびっしりと・・・。
(ま、まさか......。歩様は全てをご存知なのでは!?)
怒られるよりも誉められたい。
そんな私のささやかな願いは、事ここに至っては届きませんでした。
だから、ここは正直に訳を話して許しを乞う他は───。
「あんな強烈な殺気を放っていたら誰だって───それこそ、寝ていたって気付きますよ」
「......へ? 私がやらかした失敗......のことではなくて、ですか?」
「ん? ニケさんがやらかした失敗? 何か失敗したんですか?」
「いえいえいえいえいえ! な、なんでもありません!!」
どうやら私の勘違いだったようです。はぁ~、良かった。
歩様には常にできる女の姿を、完璧な女神である私の姿をお見せしていたいですしね。
特に、護衛中はその意識が非常に強いです。
なんたって、それが私への信頼度に繋がっていく訳なのですから。
「それで、結局何をしていたんですか? 殺気を放つとか余程のことですよね?」
「いえ。大したことではないのですが、実は───」
そこで、改めて動きのない勇者を釣り出す為の策だったことを歩様に説明しました。
それも、なんてことはない当たり前のことであるかのように。
ただ、『大したことはない』の部分だけは(歩様に伝わるよう)敢えて意識して強調してみましたが。
「へー。さすがはニケさんですね。頼りになります」
「お誉めに与り光栄です」
「やっぱり、ニケさんに全てを任せていて正解でしたね。じゃあ、その後も全部よろしくお願いします」
「はい! このニケに全てお任せください!!」
ふふっ。誉められちゃいました。
しかも、なでなでのおまけ付きまで。
まぁ、本音を言えば、キスの方が良かったのですが・・・。
こうして、私の護衛としての失敗は誰にも知られることなく闇から闇へと葬られることになりました。
え? これで良いのか、ですって? これで良いんです!
それに昔からよく言いますよね?───バレなきゃOKだと。
「日もまだ高いことですし、このままデートに行きましょうか」
「はい! 嬉しいですッ!!」
私はデートへ想いを馳せるのでした。
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後書き
次回、本編『譲らないこだわり』!
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これにて、貴族邸の動乱編は終了となります。
魔勇者(?)の可能性がある勇者はどうなったかというと......。
それは、本編終了後の閑話にて紹介しようと思います。
余談ですが、ニケが放った殺気の件は悪手だったので、ヘリオドールには結局呆れられます。
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今日のひとこま
~まだまだあります! 私の秘かな楽しみ!!~ side -ニケ-
ここでは私の秘かな楽しみをご紹介しようと思います。
まずは、歩様のお寝顔を堪能すること。
次は、歩様との将来についてあれこれと考えること。
そして───。
「......歩様。歩様。お聞きします。歩様の一番好きな人は誰ですか?」
「すー......すー......ニケ......さん......です......すー......すー......」
「まぁ、歩様ったら....../// 私も歩様が大好きですよ」
「すー......すー......すー......すー......」
「......歩様。歩様。もう一度お聞きします。歩様の一番好きな人は誰ですか?」
「すー......すー......ニケ......さん......です......すー......すー......」
「ふふっ。何度やっても飽きることがありませんね。とても幸せです」
「すー......すー......すー......すー......」
こうやって寝ている歩様の耳元で囁くことで、私は秘かな幸せを得ています。
ちなみに『一番好きな人』と囁くのがポイントで、これを『好きな人』で尋ねてしまった時なんて・・・。
「すー......すー......ニケ......さん............すー......すー......」
「歩様! 嬉しいです!!」
「すー......すー......と......すー......すー......」
「え?......と?」
「すー......すー......ラズ、リ......さん......です......すー......すー......」
「......」
「すー......すー......ふた、り......とも......すき、です......すー......すー......」
「キィィイイイ!!!!! 泥棒猫がぁぁあああぁぁぁああ!!!!!」
と、こうなってしまったので、以後気を付けるようにはしています。
それにしても、おかしいんですよね。
アルテミス様曰く。歩様は泥棒猫に洗脳されているらしいのですが、私がヒールをかけても一向に洗脳が解かれる様子がないのですから。
どういうことなのでしょうか?
と、そんなことを考えているうちに、最大のお楽しみがやってきました。
「すー......すー......ぐへ、へ......ニケ......さー、ん......すー......すー......」
「はい。歩様だけのニケはここにおりますよ」
「すー......すー......ぐへ、へ......ぐへ、へ......こりゃ......たまり、ません......なぁ......ぐへ、へ......すー......すー......」
「ふふっ。一体どんな夢を見られていることやら」
「すー......すー......すー......すー......」
「では、歩様。失礼しますね?......(ちろっ)」
「すー......すー......すー......すー......」
「今日もごちそうさまでした。ごゆっくりおやすみくださいませ」
何をしていたのか、ですって?
そんなの言わせないでください。秘密ですよ、秘密。
でも、これがあるから止められません!
雑誌(R-18)に書いてあった通り、まさに蜜の味ですね!!
敵(?)は勇者だった!
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ニケのちょっとした失敗回です。
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□□□□ ~ニケの秘かな楽しみと不安~ □□□□
───ゴロゴロゴロ。
───ゴロゴロゴロ。
市街地へと続く石畳の上を、私達が乗る馬車がゆっくりと進んでいきます。
聞こえてくるのは、一定のリズムで奏でられる車輪の音のみ。
私は馬車の中で、この一定のリズムで奏でられる音を耳で楽しみ、このどこかゆったりと流れる時間の流れを肌で感じ取っていました。
更には、馬車に備え付けられている小窓を少しばかり開けてみますと、待ってましたとばかりに先を競って差し込んでくる暖かい陽射しに、優しく頬を撫でるかのようにそよそよと髪をたなびかせる爽やかな風。
(なるほど。お昼寝日和というのは確かなようですね)
私は目を細めつつ、私の膝の上に頭を預けて気持ち良さそうに寝ている歩様の頭を飽きることなく何度も撫で回し続けました。
(なんて幸せな時間なのでしょう)
それに、既に危機は去ったとはいえ、完全無防備な状態で安らかに眠る歩様のそのお姿からは、私に寄せる絶大な信頼感が伝わってくるようで、私のこの体を充足感が包み込んでいきます。
これらは紛れもなく私の幸せ。
歩様と出会わなかったら・・・いいえ、歩様から誰かを好きになる気持ち───『恋』というものを教わらなかったら知り得なかった、幸せな気持ちと満たされた感情なのです。
(ふふっ。歩様? 私は今とても幸せですよ)
歩様のおでこにソッと口付けをして、内なる想いを伝えました。
すると、一瞬ですが、歩様のお顔が弛んだようにも・・・。
「も、もしかして、起きていらしたのですか!?」
「すー......すー......すー......」
歩様からの返事はありません。「もしや、狸寝入りで私をからかっているのでは?」とも思いましたが、歩様からは規則正しい静かな寝息がハッキリと聞こえてきました。
どうやら私の勘違いだったようです。
でも、確かにお顔が弛んだようにも見えましたが・・・。
(あれでしょうか? 幸せ過ぎて幻覚が見えてしまった的な......)
何はともあれ、歩様はまだ眠っておられるようですので、私は再び幸せな時間に浸ることにしました。
「歩様。気持ち良いですか?」
「すー......すー......すー......」
私が頭を撫でる度に気持ちよさそうな寝息を立てる歩様。
そのご様子を見ると、本当に眠っているのかどうか疑わしくなります。
ですが、それだけ満足なさっているということなのでしょうから、この際細かいことは気にしないように致しましょう。
それはいいとして、注目すべきは歩様のお寝顔なのです。
歩様がおやすみになられている間、歩様のお寝顔を鑑賞───もとい、堪能するのは、私の秘かな楽しみの一つでもあります。
(では、失礼をば───あ~。なんと愛おしいお方なのでしょうか......)
心が締め付けられるというか、胸がきゅんきゅんと嬉しい悲鳴をあげているのが分かります。
背筋がゾクゾクとまるで武者震いのように肌があわ立ち、興奮のあまり体内温度が一気に沸騰しそうにもなりました。
例えるのなら、アテナ様のお寝顔に近しいものかもしれません。
アテナ様の一見だらしなくも愛嬌のあるお寝顔は、まさにこの世の神秘、この世の奇跡とも言うべきかわいらしさの象徴なのです。
一方、歩様のお寝顔はまるで無邪気な赤ちゃんのそれです。
まるで何も知らない、まるで何もできない、ただただ私に甘える他ないといったような、無垢で無邪気な赤ちゃんそのものなのです。
(ふふっ。まるで私の子供みたいですね)
そう思うだけで愛おしく、勝手に顔が綻んでしまいます。
でも、しばらくすると、寂しい気持ちがいつものように唐突に襲ってくるのです。
(ですが、それだと歩様と添い遂げることができなくなってしまいますね......)
神の間では純質な血筋を保つ為、親子間での婚姻は当然のものとされています。
ですが、このパルテールを始め、歩様の出身世界では親子間での婚姻は認められていません。
つまり、私がそれを望むことは不可能に近いということなのです。
それはそれでちょっと悲しいことでもありますが、仕方がない事実。
まさか、歩様に「神様になって(お世話させて)欲しいです!」とも言えませんしね。
そうなると、決まって行き着く先は・・・。
(そうです! 私が歩様との間に子供を設ければ!!)
ですが、そこで一つの不安材料が頭を持ち上げてきます。
それは───。
『私は子供を愛せるのか?』ということです。
そもそも、私には家族というものが存在しません。
父もいなければ、母もいません。兄や姉、弟や妹といったものも存在しません。
ですから、家族に当然のように抱く(と言われている)『親愛の情』というものを、自分の子供に向けることができるのかどうか不安で不安で堪らないのです。
それが、例え愛すべき歩様との間にできた子供であってもです・・・。
ですが、楽しみでもあるのです。
仮初めとはいえ、モリオンが私の妹になる宣言をした時、心が温かくなるような感覚を覚えました。
これが家族を持つ感覚・・・と、少しばかり嬉しくなったものです。
そして、義妹でこれということは「もしかしたら、自分の子供には親愛の情を抱けるのかも?」との一縷の望みが生まれた瞬間でもありました。
ですから、モリオンには感謝しています。
モリオンのことをちょっぴり好きにもなりました。
それは『妹であるモリオンのことを』ではなく『モリオンという個人に対して』です。
と、まぁ、私は歩様のお寝顔を堪能しながら、こうして歩様との将来について一人あれこれと考えるのが秘かな楽しみでもあるのです。
そして、いつも思います。
睡眠が不要な女神で良かったと。
(歩様? いつか私の不安を聞いて頂けますか?)
□□□□ ~女神の慢心~ □□□□
さて、歩様のお寝顔を堪能しつつ、私は意識だけを外に向けることにしました。
と言うのも、歩様に「任せました」と頼まれた以上、しっかりと務めを果たす必要性がありますから。
(......おや? どうやら動きが止まったみたいですね)
私の【感知】スキルに反応しているのは一人の勇者です。
今更説明するまでもないと思いますが、卑怯にも歩様をこっそりと覗こうとした、あの無礼な勇者のことです。
泳がす為に、敢えて見逃してから既に一時間。
どうやら、勇者はとある場所にて動きを止めたようです。
(一人......ですか)
もしかしたら、一時的な潜伏場所ということも。
しばらくは様子を見た方が賢明かもしれませんね。
と、その時、【感知】スキルに別の反応(=敵意の塊である赤い反応)が───。
しかも、その反応は、潜伏場所からまるで飛び立つように別の場所へと移動しようとしているではありませんか。くっ。このまま放置していては・・・。
「逃がしません。【天雷】!」
すると、遥か遠方に轟く一つの遠雷。
それと同時に消滅する反応。
消滅。反応のロストを確認しました。
(ふぅ。油断も隙もありませんね。まさか、鳥のようなものを利用した古典的な伝達手段を用いようとは......)
危うく勇者どもの仲間に、歩様の情報が渡ってしまうところでした。
そうして、私が大袈裟に汗を拭うような仕草をしていると、ハッ!と、ある一つの事実に気が付いてしまいました。
(あ......。そもそも、放置しておけば、勇者の仲間の居場所が判明したのでは?)
その後、第二、第三の反応が現れることはありませんでした。
当然ですよね。最初の反応の結末を勇者が見ていた可能性は非常に高い訳なのですから、警戒するのは当たり前のことです。
それに、まさか無いとは思いますが、万が一勇者が仲間と合流しなかったとしたら、私は千載一遇のチャンスを失ったことにもなります。
(うぅ。この私が短絡的な行動に出てしまうとは......)
ヘリオドールの「ほれ。だから妾は言うたのじゃ。「気を付けよ」とな。これはニケ様の完全な慢心なのじゃ」との呆れたような罵声が、今にも聞こえてきそうです。
(......こ、このことは、内緒にしておきましょう)
だから、私の心の中にソッとしまうことにしました。
ただ、信頼を頂いていたのに、この体たらく。なんだか歩様に申し訳ないです。
それに、歩様の表情もどこか険しくなっているような・・・。いやいや! きっと気のせいですよね!?
・・・。
それにしても、この勇者はいちいち小賢しい真似をしてきて本当にイライラとさせられます。
第一、勇者には神の力である加護を与えている訳なのですから、一勇者として正々堂々と姿を現して欲しいものです。そうすれば、私がここまで苦労することもなかったでしょうし・・・。
そもそも、勇者が有している『盗視』という加護が気に入りません。
『盗視』という加護は、読んで字の如く『盗んで視ることができる力』のことを指します。
では、『何を盗むのか』と言うと、他人の目を盗む(=利用する)ことができるのです。
しかも、この『盗視』という加護のいやらしいところは、利用されている本人が目を盗まれているということに気付いていないところです。
それに優れた術者なら、その効果の及ぶ範囲が人間だけに留まらず、ありとあらゆる生物にまで有効となるのですから厄介極まりない加護という訳なのです。
実際、勇者もまた貴族達だけに留まらず、カラスのような召還したと覚しき魔物や、果てはゴキブリのような微生物に至るまで『盗視』していたことを考えれば、その恐ろしさは十分に分かって頂けると思います。
恐らくですが、行きの時に感じていた不快な視線も、何かしらの生物を利用していたのでしょう。
今ですか? 今は私に恐れを為したのか、不快な視線は全く感じません。殊勝なことです。とは言え、赦すことは決してありませんが。
それに、性懲りもなく『盗視』していたとしても、既に私は勇者の存在に勝利している以上、勇者の行動は全て私に筒抜けとなりますので、全く意味を為しません。
つまり、勇者が助かる道はどこにもないということです。
でしたら、少しでも私の役に立てるよう動いて欲しいものなのですが・・・。
どうにもこうにも上手くいきません。凄くもどかしいです。さっさと仲間の元に行って欲しいものです。
(そう......ですね。「私は常にあなたを監視していますよ?」と、勇者に暗に伝えてみるのも有りかもしれないですね?)
無為に過ごすのは時間の無駄です。
勇者が動かないというのなら、動かす手段を講じれば良いだけのこと。
私は善は急げ!とばかりに、勇者の居る方向に向かって軽く殺気を飛ばすことにしました。
「......(キッ!)」
───ギャア!ギャア!
───バサバサバサッ!
───ピピピピピピッ!
すると、何をトチ狂ったのか、殺気の進行方向に存在する生物という生物が一斉に鳴き声をあげ始めました。
そして、しばらくすると鳴き声が聞こえなくなり───いいえ、どうやら命の鼓動が尽きてしまったようです。
ちなみに、人間らしき生物で死に至った者はいない(意識が昏倒した者は多数)みたいですね。まぁ、どちらでも良いですが。殺気程度で死ぬような輩は、私が手を下さずとも近いうちに死んでいたことでしょうし。
とりあえず、勇者に「私は常にあなたを監視していますよ?」との意を伝えることができたのは確かでしょう。
事実、勇者は再び移動を開始したのは間違いないですしね。
どうです!? 『災い転じて福となす』ではありませんが、先程の失敗を帳消しにする、この見事な策は!
(これで、後は仲間と合流さえしてくれたら万事解決ですね)
私は完全にホッとしていました。
いいえ、悦に浸っていたのかもしれません。
だからこそ、気付けなかったのでしょう。
「......」
「......え?」
視線と視線が重なり合いました。
後は勇者が仲間の元に合流するのを待つだけでした。
ですから、再び幸せな時間に戻ろうと意識を歩様に移したところ、そこには既に起きられていた歩様のお姿があったのです。
まさかの事態に狼狽してしまいました。
いつ......からでしょうか?
よもや、本当に狸寝入りだったのでしょうか!?
「いやいやいや。今、起きたところですよ」
「そ、そうでしたか。おはようございます。よくおやすみになられましたか?」
「はい。最高の寝心地でした。あまりにも気持ちよすぎて癖になっちゃいそうです」
「ま、まぁ、歩様ったら....../// 仰って頂ければ、いつでも膝をお貸ししますね?」
どうやら私の失敗には気付かれていないようです。
とは言え、私が黙ってさえいれば、バレるようなことでもないのですが。
ただ、さすがに歩様に隠し事をするのは気が引けます。
それでも、私は怒られるよりかは誉められたいのです。
ごめんなさい! 歩様!!
そう思っていたのですが・・・。
「それで、何をしていたんですか?」
「......え?」
「いやいやいや。さすがに気付きますからね?」
歩様からのまさかの発言に、心臓の鼓動が激しくなるのを感じます。
更には、歩様の射抜くような視線に、全てを分かっているとでも言わんばかりの生温かい視線に、私の背中は嫌な汗がびっしりと・・・。
(ま、まさか......。歩様は全てをご存知なのでは!?)
怒られるよりも誉められたい。
そんな私のささやかな願いは、事ここに至っては届きませんでした。
だから、ここは正直に訳を話して許しを乞う他は───。
「あんな強烈な殺気を放っていたら誰だって───それこそ、寝ていたって気付きますよ」
「......へ? 私がやらかした失敗......のことではなくて、ですか?」
「ん? ニケさんがやらかした失敗? 何か失敗したんですか?」
「いえいえいえいえいえ! な、なんでもありません!!」
どうやら私の勘違いだったようです。はぁ~、良かった。
歩様には常にできる女の姿を、完璧な女神である私の姿をお見せしていたいですしね。
特に、護衛中はその意識が非常に強いです。
なんたって、それが私への信頼度に繋がっていく訳なのですから。
「それで、結局何をしていたんですか? 殺気を放つとか余程のことですよね?」
「いえ。大したことではないのですが、実は───」
そこで、改めて動きのない勇者を釣り出す為の策だったことを歩様に説明しました。
それも、なんてことはない当たり前のことであるかのように。
ただ、『大したことはない』の部分だけは(歩様に伝わるよう)敢えて意識して強調してみましたが。
「へー。さすがはニケさんですね。頼りになります」
「お誉めに与り光栄です」
「やっぱり、ニケさんに全てを任せていて正解でしたね。じゃあ、その後も全部よろしくお願いします」
「はい! このニケに全てお任せください!!」
ふふっ。誉められちゃいました。
しかも、なでなでのおまけ付きまで。
まぁ、本音を言えば、キスの方が良かったのですが・・・。
こうして、私の護衛としての失敗は誰にも知られることなく闇から闇へと葬られることになりました。
え? これで良いのか、ですって? これで良いんです!
それに昔からよく言いますよね?───バレなきゃOKだと。
「日もまだ高いことですし、このままデートに行きましょうか」
「はい! 嬉しいですッ!!」
私はデートへ想いを馳せるのでした。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
後書き
次回、本編『譲らないこだわり』!
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これにて、貴族邸の動乱編は終了となります。
魔勇者(?)の可能性がある勇者はどうなったかというと......。
それは、本編終了後の閑話にて紹介しようと思います。
余談ですが、ニケが放った殺気の件は悪手だったので、ヘリオドールには結局呆れられます。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
今日のひとこま
~まだまだあります! 私の秘かな楽しみ!!~ side -ニケ-
ここでは私の秘かな楽しみをご紹介しようと思います。
まずは、歩様のお寝顔を堪能すること。
次は、歩様との将来についてあれこれと考えること。
そして───。
「......歩様。歩様。お聞きします。歩様の一番好きな人は誰ですか?」
「すー......すー......ニケ......さん......です......すー......すー......」
「まぁ、歩様ったら....../// 私も歩様が大好きですよ」
「すー......すー......すー......すー......」
「......歩様。歩様。もう一度お聞きします。歩様の一番好きな人は誰ですか?」
「すー......すー......ニケ......さん......です......すー......すー......」
「ふふっ。何度やっても飽きることがありませんね。とても幸せです」
「すー......すー......すー......すー......」
こうやって寝ている歩様の耳元で囁くことで、私は秘かな幸せを得ています。
ちなみに『一番好きな人』と囁くのがポイントで、これを『好きな人』で尋ねてしまった時なんて・・・。
「すー......すー......ニケ......さん............すー......すー......」
「歩様! 嬉しいです!!」
「すー......すー......と......すー......すー......」
「え?......と?」
「すー......すー......ラズ、リ......さん......です......すー......すー......」
「......」
「すー......すー......ふた、り......とも......すき、です......すー......すー......」
「キィィイイイ!!!!! 泥棒猫がぁぁあああぁぁぁああ!!!!!」
と、こうなってしまったので、以後気を付けるようにはしています。
それにしても、おかしいんですよね。
アルテミス様曰く。歩様は泥棒猫に洗脳されているらしいのですが、私がヒールをかけても一向に洗脳が解かれる様子がないのですから。
どういうことなのでしょうか?
と、そんなことを考えているうちに、最大のお楽しみがやってきました。
「すー......すー......ぐへ、へ......ニケ......さー、ん......すー......すー......」
「はい。歩様だけのニケはここにおりますよ」
「すー......すー......ぐへ、へ......ぐへ、へ......こりゃ......たまり、ません......なぁ......ぐへ、へ......すー......すー......」
「ふふっ。一体どんな夢を見られていることやら」
「すー......すー......すー......すー......」
「では、歩様。失礼しますね?......(ちろっ)」
「すー......すー......すー......すー......」
「今日もごちそうさまでした。ごゆっくりおやすみくださいませ」
何をしていたのか、ですって?
そんなの言わせないでください。秘密ですよ、秘密。
でも、これがあるから止められません!
雑誌(R-18)に書いてあった通り、まさに蜜の味ですね!!
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