歩くだけでレベルアップ!~駄女神と一緒に異世界旅行~

なつきいろ

第133歩目 はじめての愛情弁当!女神ニケ⑥



前回までのあらすじ

ありのままのニケさんを好きになりたい!

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かなり長くなっています。
作品史上No.1の長さかも.....

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□□□□ ~恋人らしく~ □□□□

「ふふっ」

ニケさんはとてもご機嫌だ。
いや、ご機嫌すぎて、多少子供っぽい仕草をしている。

「(チラチラッ)」

さらには、こちらをチラチラッと何度も見ては微笑んでいる。
その仕草や姿から察するに、今はデキるお姉さんモードではなく、あどけない表情をみせる少女モードといったところだろうか。かわいい。

ただ、何度もチラチラッと見られるのは恥ずかしいので、理由をそれとなく尋ねてみる。

「今の私と歩様は誰から見ても恋人のように見えるでしょうか?」
「見えると思いますよ」
「そ、そうですか!?.....ふふっ」

とても嬉しそうに微笑むニケさん。
そして、またご機嫌な状態へと戻っていった。

幸せそうなニケさんを見ていると、俺までもが幸せになる。
まぁ、敢えてツッコむのならば『恋人のように』ではなくて『既に恋人』なんですけどね。

では、なぜニケさんがここまで上機嫌になっているかというと.....時は少し前まで遡る。

ーーーーー(回想開始)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

俺はニケさんと対等な付き合いをする為に、ニケさんのわがままを聞かせて欲しいと頼んだ。

「こ、恋人らしい事でもよろしいのでしょうか?」
「えぇ。俺に出来ることなら」
「で、でしたら.....、き、『キス』をお願いします!!」
「ぶふぅぅぅぅぅううううう!?」

正直、初デートにしては.....。
いや、年齢=彼女なしの人生における初めての彼女で、しかも初デートと条件にしてはかなりハードルの高いわがままだった。

俺としても、ニケさんとキスをしたいのはやまやまではあるが、なんというか躊躇われた。

『据え膳食わぬは男の恥』なんて言葉があるのは知っている。
さらに言うのなら、女性からのお誘いを断っては女性に恥をかかせてしまうということも理解している。
きっと男としては、俺は最低でもあり失格でもあるのだろう.....。

それでもっ!

俺としてはきちんと順を追っていきたかった。
身体から始まる関係ではなくて心から始まる関係でありたかった。

だからこそ、俺はちゃんとニケさんに気持ちを伝えた。

ニケさんの認識に従うならば、恐らくは告白せずとも恋人同士になれたに違いない。
所謂、なぁなぁな状態でも進展は望めたはずだ。

でも、俺はそれを良しとはしなかった。
それは、俺がイメージする本当の恋の形ではないからだ。

俺の根底には常に『ニケさんを大切にしていきたい』という想いがある。
だから、その想いを踏みにじることは絶対にできない。.....例え、ニケさんからの好意であっても!

これが俺の理想でもあり、こだわりだ!!

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『理想とは押し付けである』 
       (by)マイケ・ギラツカ
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と言うわけで、申し訳ないが、ニケさんのわがままを撥ね付けることにした。
当然、ニケさんからは多少ごねられはしたが、そこは俺も譲る気はない。

そこで新たに出されたわがままというのが、

「で、では.....。手.....を繋いでもよろしいでしょうか?」

意外といえば意外なわがままだった。

いや、意外というと失礼なのかもしれない。
だがそれでも、これをわがままにカウントしてもいいものなのかどうか悩んでしまう。

結局、

「.....こ、これもダメでしょうか?」
「いえ.....。ダメではないです」
「っ!!ありがとうございます!」

その時のニケさんの嬉しそうな顔は今でも忘れることができないほど美しかった。

ーーーーー(回想終了)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

そんなこんなで俺はいま、ニケさんと手を繋ぎながらデートを楽しんでいる。
ニケさんがアテナ程ではないせよ、繋いだ手を前後に軽く振っている様はどこか微笑ましい。

と、そんな時。

「.....」
「?」

ニケさんの様子が一変した。
いや、別に勝利の女神としての圧倒的なオーラが出ているわけではない。

様子というよりも、何かを一心に見つめているといったほうが正しいだろう。

「どうしました?」
「歩様、あれはなんでしょうか?」

ニケさんが指差す方向を見てみると、所謂、カップルと呼ばれるものの姿がちらほらと見える。
人間×人間、エルフ×エルフ、ドワーフ×ドワーフ、人間×ドワーフ、エルフ×ドワーフなど様々だ。

ちなみに、人間×エルフのケースはあまりない。
人間族は規則にうるさいエルフには嫌悪感を抱いているらしい。当然、エルフも人間族には良い印象がない。
それと敢えて説明するまでもないと思うが、○○○×獣人のケースはもっとない。

「何か気になることでもありますか?.....普通のカップルように見えますが」

特段、珍しい光景は何もない。
普通に、男女または同性同士がいちゃいちゃしているだけだ。

「手を見てください。私達とは少し違います」
「.....手?」

なんのこっ茶?と思いつつ、目を凝らしてよくよく観察してみる。
と言うよりも、目を凝らさないとよく見えない。

(これでも視力1.5なんだけどなぁ.....)

ニケさんの異常な視力に驚きつつ観察してみると、

「あ~。あれは所謂『恋人繋ぎ』ってやつですね」
「「恋人」繋ぎですか!?」

恐らくは無意識だろうが、恋人の部分だけやたら強調されたことに思わず笑ってしまいそうになる。

「それにしても、ニケさんは目が良.....」

と、言い掛けたその時、

「歩様!歩様!」
「おわっ!?」

突如、ニケさんがキラキラした目で勢いよく迫ってきた。

顔と顔が、唇と唇がくっつきそうになる程の超至近距離。
思わずむしゃぶりたくなるような淡い桃色の潤ったぷるぷるな唇。
脳を蕩けさすような甘く淫靡で、オスの本能を刺激する淫らな吐息。

更には、

───むにゅ

体が密着しているのだから当然感じることのできる、程よい大きさをささやかに主張する柔らかなおっぱいの感触。

(す、すごく気持ちいいと思います!)

───どきどき

俺の心臓はかつてないほど高鳴っている。

アテナのおっぱい?
ラズリさんのHな声?
ドールの淫らな誘惑?

なにそれ?おいしいの?

もはや幾度も感じてきた胸の高鳴りを遥かに凌駕する勢いで、いま心臓の鼓動がバクバクッと奏でられている。
例えるなら、俺の体の中でヘビメタが繰り広げられている感じだ。

もし仮に、俺にニケさんへの強い想いがなかったとしたら.....。

きっと悪魔の囁きに、ヘビメタに負けて暴走していたに違いない。
それぐらいパニックを引き起こしていた。

と同時に、それぐらいニケさんを大切に想っていた。

だからこそ断腸の思いで.....。
それこそ、ワンピースの隙間から遥かなる頂きが見えそうなのをグッと我慢して視線をそらす。

うわあああああ!!!

「ふー!ふー!.....な、なんでしょうか?」

鼻息は荒いが、なんとか気分を落ち着かせつつ、ニケさんの話に耳を傾ける。

「『恋人繋ぎ』というものはまだ誰ともされてはいませんよね!?」
「え、えぇ。してはいないですね」

してないもなにも、『恋人繋ぎ』なんてものの存在をすっかりと忘れていた。
そもそも、そういうものに今の今まで縁がなかったのだから仕方がない。

(.....とは言え、こういう場合は『恋人繋ぎ』のほうがいいのだろうか?デートなんだし)

なんてことを考えていたら、

「(チラチラッ)」

ニケさんが何かを言いたそうにそわそわしながら、しきりにチラチラッとこちらの様子を窺っている。

「.....」

これ以上の言葉は無粋だろう。
こんな時ぐらいは男らしくいきたいものだ。

だから、

「あっ.....」

ニケさんの嬉しそうな声を耳にしつつ、指の1本1本を丁寧にかつ優しく絡めていく。
どこか恥ずかしさがあるのか、お互いの親指と親指の先がチョンチョンと軽く何度もキスをする。
それが幾度か続いて互いの親指が抱き合うと人差し指へ、そのまま中指、薬指へと続き、最後は小指で熱く絡み合った。

「.....」
「.....」

まるで手で、指で、お互いの気持ちを伝えあっているような不思議な感覚。
俺もニケさんも、お互いに視線を合わせることができなかった。

(.....と言うか、すごく照れ臭いんだがっ!?)


でも、こういうのはなんか青春みたいでちょっとくるものがある。.....まぁ、遅い青春だけどさ。
ニケさんも俺と同じ思いを共有してくれていたら嬉しいな。


□□□□ ~諦めないニケさん~ □□□□

恋人繋ぎでいちゃいちゃしながらのデートはとても充足感がある。まさにリア充って感じ?

始めはニケさんという初めての彼女の存在に緊張していたものの、なんだかんだ言って徐々に慣れてきた。
と言っても、ニケさんが所々気遣いを見せてくれているのが、俺の緊張を和らげてくれていたに違いない。

だからだろうか.....。

───ぐうううううう

油断?安心?していたときに鳴った大きな空腹音。

「う.....」
「まぁ、歩様ったら。ふふっ」

恥ずかしい.....。

ニケさんに笑われてしまった。
でも、なんか安心する笑顔だ。


時はお昼間近。
初デートの緊張もいい感じにほぐれてきたせいか、小腹が空いているように感じる。

しかし実際は、

───ぐうううううううううううう

先程よりも一際大きな空腹音。
咄嗟に、空腹音を隠すべく腹を押さえた。

「~~~!」

どうやら俺が思っている以上に、俺の腹は食べ物を求めているようだ。

「ふふっ。かわいいんですから♡」
「す、すいません」

さすがにこれ以上は恥ずかしいので、どこかで昼食にしようと思う。
とりあえず、ニケさんの好みを聞いて良さそうな店を探そう。

そう提案してみたところ、

「あ、あの」
「はい」
「お弁当を作ってきたのですが、食べて頂けますか?」

まさかのお弁当持参に驚いた。
しかも、ニケさんの手作りという嬉しいおまけ付き。

「雑誌に『手作り弁当で彼氏の胃袋と愛情を掴め!』と、そう書いてあったものですから」
「なるほど。雑誌ですか」

ただ、俺に雑誌を取り上げられた影響か、ニケさんはどこか申し訳なさそうにしている。

しかし、

ナイスだ!雑誌!!
でかした!雑誌!!

申し訳なさそうにしているニケさんとは異なり、俺の喜びようは凄まじかった。
どんなに凄まじかったかと言うと、某漫画のトナカイが照れ隠しで踊る変なダンスを思わずやってしまうぐらいには小躍りして喜んでいたと思う。

それぐらい、デートにおける『彼女の手作り弁当』というイベントは、俺の憧れでもあり夢でもあった。

「ありがとうございます!すごく嬉しいです!」
「ほ、本当ですかっ!?.....やはり雑誌は侮れませんね。とても参考になります(チラチラッ)」

俺の過剰な反応を見たニケさんは喜び、そして何かをぶつぶつ言い始めた。
このチラチラッの真意はなんとなくだが予想できる。

だから俺は.....。

「ですが!」
「!?」

「まだ雑誌は返しませんよ?
 俺に、もっとありのままのニケさんを好きにならせてください」
「むぅ.....」

むぅ.....じゃありません!
かわいいけど!


□□□□ ~愛情弁当とは愛情がいっぱい詰まっているから愛情弁当なんです!~ □□□□

場所を公園に移して、ニケさんとともにベンチに座る。

愛しい彼女が隣に座り最高の笑顔。
そして、ぽかぽかとのどかな陽気に、聞こえてくる子供達の元気な声。

まさに手作り弁当を食べるのに最高のシチュエーションと言えるだろう。

「それにしても驚きました。女神様でも料理とかされるんですね」

それはなんとなく聞いた一言だった。
俺の知る女神様達は皆そのような印象がなかっただけに感心しきりだ。

しかし、ニケさんから返ってきた言葉は、

「いえ、今回が初めてですよ?」
「あ、そうなんですね」

今までの女神様達と大して変わらないものだった。

ニケさんですら料理をしないとなると、女神様ひいては神様全般が料理をしない可能性が高い。
恐らくは、使いパシりみたいなことをさせられている天使が料理を担当しているのか。はたまた、料理というもの自体が無いのか。
以前アルテミス様が、完成されたものうんぬんと言っていたので、既製品しかないということも有り得る。

(う~ん。神界ってよくわからないなぁ.....)

なんてことを考えていたら、

───ドンッ!

「ご安心ください。味には自信があります!」

よほど自信があるのか、ニケさんは胸を軽く叩いてエヘン顔。
残念ながら、アテナのようにおっぱいが揺れることはなかったが、きれいな黒髪が風にたなびく様には思わず見惚れてしまった。

さらにニケさんは勢いづく。

「バット達にも高評価を得ましたので、きっと歩様にもご満足頂けると思います!」
「へぇ~。それは楽しみですね」

本当に楽しみ過ぎて仕方がない。
ニケさんに抱き着かれた時とはまた違った胸の高鳴りを感じる。

おら、ワクワクすっぞ!

普通、初めての手作り料理と言うと、大体不味いというのが定番だ。
しかも、女神とかのような『普通を逸脱した存在』は、決まって『普通の料理』を作ってこないことが非常に多い。
これはもはや、小説や漫画、アニメ、ラノベ界隈ではお決まりとなっているお約束展開だと言ってもいい。

しかし、ニケさんに限ってはそんな心配は一切ない。

規則バカ、マニュアルバカなニケさんのことだ。
まず間違いなくレシピを参考にしていることだろう。

料理とは、余計なことを一切せず、レシピ通りに作れば普通以上普通未満になることはまずない。
これは4年間一人暮らしをしてきた俺自身が確認済みだ。

しかも、今回はバット達にも味のお墨付きをもらっているという念の入れよう。
これでどうやったら不味くなるというのか。いや、不味くなることなどあり得ない。

(さすがニケさんだ。少しの死角もない)

わくわくどきどきしながら、手作り弁当の登場を待つ。
ニケさんの一挙手一投足に心が熱くたぎる。

「何を作ってきてくれたんですか?」

逸る気持ちが言葉になって表れてしまった。.....この早漏さんめっ!

「唐揚げ弁当です」

あっ.....。答えてくれるのか。
俺から聞いておいてなんだが、「秘密です。見てからのお楽しみです」みたいな展開を期待していただけにちょっと残念。

そんな俺の気持ち悪い妄想はさておき、

「歩様は唐揚げはお好きですか?」
「もちろんです」

男で唐揚げが嫌いという人はあまり多くはいないだろう。
と言うよりも、肉なら大体なんでも好きだ。牛でも、豚でも、鳥でもどんとこいっ!

「良かったです。それではどうぞ」
「ありがとうございます」

ニケさんから手渡されたのは、よく見る普通のお弁当ケースだ。
派手な装飾等は一切なく、至ってシンプル。ダ○ソーとかにあってもおかしくないやつだ。

こういうところは実にニケさんらしいと思う。
極限まで無駄を削ぎ落としているというか妙にリアリティー。

この辺りの考え方はドールと少し似ているような気がする。

(.....おっと。今はドールのことよりもお弁当、お弁当)

またしても、ニケさんの前で別の女性のことを考えそうになってしまった。
俺の悪い癖だ。今はニケさんのことだけを考えないと.....。

自分を戒めつつ、お弁当の蓋に手をかける。

さて、唐揚げ弁当と言えば、蓋をしていてもハッキリとわかるあの唐揚げのジューシーな匂いがなんといっても魅力的だと思う。
あの匂いが食欲を増幅させ、数多くの人々を虜にしてきたことは間違いないだろう。

実際、今もお弁当から漂ってくる唐揚げの美味しそうな匂い。.....唐揚げの匂い。.....匂い?

(.....あれ?匂いがしない?)

ほっと○っとの唐揚げ弁当はいつも唐揚げの美味しそうな匂いをぷんぷんと撒き散らしていたものだが、今はそれが全くない。
と言うよりも、唐揚げに限らず匂い自体が全くない。

(容器が違うと匂いって無くなるものなのか?
 それとも冷めちゃったとか?.....冷めた!?アイテムボックスから出したのに???)

謎は深まるが、俺とニケさんが使っているアイテムボックスが同じものとは限らない。
もしかしたら、人間界のアイテムボックスのほうが便利に進化したとも考えられる。
生存環境に適した体を、自然と身に付けていった生物の進化的なやつと一緒で。

・・・。

どちらにしても、旨いものは冷めていても旨いことには変わらないので余計な懸念は不要だろう。
それよりも、ニケさんが期待したような眼差しで見てきているので焦らすのも申し訳ない。

早速、お弁当の蓋を開ける。

───カパッ

(唐揚げさん、ごた~いめ~ん!)

開けたお弁当ケースの中からは、かぶり付けば今にも肉汁たっぷり溢れそうな食欲をそそる茶色の、茶色の、ちゃいろの.....?

「.....おや?」
「どうされました?」

ニケさんが不思議そうな表情で尋ねてくるものの、俺はそれどころではなかった。
お弁当から覗かせたその光景に絶句して、二の句が告げない状態だった。

「え、えっと?これは?」
「お弁当ですが?」

こ、これが弁当!?

26年間生きてきたが、こんな弁当は今まで見たことがない。
これに近い料理と言えば1品ぐらいなら思い付くが、それとは明らかに違う。

とりあえず、謎の弁当に箸を入れる。

───パリッ!

(うお!?なんだこれ!?)

想像以上の固さにびっくりするも、一度亀裂を入れたら意外とすんなり箸を進めることができた。

そして、同時に香る様々な匂い。
待ち焦がれた唐揚げの匂いを筆頭に、卵焼きだと思われるものやサラダだと思われるものの匂いが鼻をくすぐる。

本来なら、ここで「ごくりっ」と喉を鳴らす場面なのだろうが.....。

「.....」
「.....?」

不思議そうな表情をしているニケさんには申し訳ないが、どうしても喉を鳴らすことができない。

きっと、お弁当もそのままの状態なら美味しいのは間違いないだろう。
しかし、それらを全てぶち壊す元凶の匂いがあまりにも強烈すぎてどうにも食欲をそそらない。実は見た目からしてもそうなのだが.....。

(それにしても、この匂い.....。まさかな?)

と同時に、元凶の正体もなんとなくわかってしまった。

誰でも一度は嗅いだことがある匂い。
もっと言えば、日本人なら誰もが一度ぐらいは口にしたことがあるものだ。

好きな人は相当好きなはずだ。実際、俺も好きだし。
だが、それをお弁当に入れるという考えは普通なら思い付かないし、思い付いても入れる人はいないだろう。

しかし現実は、それがお弁当ケースを並々と満たしている。
正直、ちょっとどころかかなりきつい。できることなら食べたくはない。

だが.....。

デートとは非常だ。

「あ、あの.....。何かお気に召さない点などありましたか?」

俺の微妙な反応を隣で見ていたのだろう。
ニケさんがどこか不安そうな、今にも泣きそうな表情で恐る恐る尋ねてきた。

「う.....」

心が、胸が締め付けられる。
例え、小説や漫画、アニメ、ラノベであろうと、不味い料理を我慢してでも食べる登場人物のその姿勢に敬意の念を捧げたい気分だ。

結局、悩んだ結果。

「べ、別に問題なんてありませんよ?」
「.....そうですか?それならいいのですが」

優しい嘘を付くことにした。
だって、ニケさんの悲しむ顔は見たくない。

しかし、嘘を付いた以上は食べないといけないだろう。
だから勇気を振り絞って、恐らくは卵焼きだと思われるものに箸を進める。

───パリッ!

「.....こ、これは何ですか?」
「卵焼きです」

うおおおおお!
当たったあああああ!

異常なテンションだと思われる方もいるだろうが、これぐらいの気合いを持たないとやってられない気分だ。
さらに俺のこの高揚感は、元凶の匂いも一役買っていそうな気もする.....ような?

(ふははははは!.....案外、この組み合わせも美味しいのかもしれないな。きっとそうだ!)

既に思考が壊れつつある俺は、卵焼きだったものを口に入れる。

───もぐもぐもぐ

う、うぷっ!?

思わず、えずきそうになったところをなんとか我慢して飲み込む。
口に入れた瞬間、シンプルかつ塩気の効いたまろやかな卵の味と元凶のとんでも味が合わさるデュエット。

(ぜぇ.....ぜぇ.....。.....ふぅ。.....うん、わかってた。美味しいわけがないんだよな)

「そ、その、いかがでしたでしょうか?」

ニケさんのワクワクハラハラとしたなんとも言い難いその表情に添える一言は決まっている。

「とても甘かったです」
「本当ですかっ!?嬉しいです!.....え?甘かった?」

俺の意外な返答にきょとんとした素顔を見せるニケさんはとても愛らしい。

しかし、味の評価については「甘かった」の一言に尽きる。
例え、陳○一であろうと、海原○山であろうと、「不味い!」という評価以外をつけるとしたら、俺と同じ「甘かった」という評価を下したことだろう。

ニケさんに不審がられないように、どんどん箸を進める。

「これは.....また卵焼きですかね?」
「いえ、それは唐揚げです」

わっかんねえええええ!

見た目がどれも真っ黒な上、大きさもさほど変わらないので全く区別がつかない。
かろうじて匂いは異なるものの、元凶の匂いが強すぎるのが区別のつきにくさに拍車をかけている。

観念して、唐揚げだったものを口に入れる。

───もぐもぐもぐ

う、うげぇえええ。

先程同様、えずきそうになったところをなんとか我慢して飲み込む。
口に入れた瞬間、サクサクの衣とジューシーな肉汁、それにほとばしる肉の味と元凶のとんでも味が合わさるカルテット。

(ま、不味すぎる.....。唐揚げをここまで不味くできるのもある意味才能な気も.....)

「いかがでしょうか!?」

そんな瀕死状態の俺に構わず、期待した表情で再び尋ねてくるニケさん。
自信があると言っていただけに評価が気になるのだろう。

当然、俺の答えは決まっている。

「とても甘かったです」
「そうですか。安心しま.....え?甘かった???」

「また?」みたいな表情をしているニケさんは本当に愛らしい。
思わず抱き締めたくなるキュートさだ。

さすがに俺の答えが気になったのか、ニケさんが俺の真意を尋ねてきた。

「甘いとはどういうことでしょうか?思っていた答えとは少し異なるようですが.....」
「いえ、そのままの意味ですよ」
「そのまま.....ですか?」

ニケさんとともに手作り弁当に視線を移す。

お弁当の中身は至ってシンプル。真っ黒な状態だ。
思わず「イカ炭パスタかよっ!?」とツッコミたくなる光景だが、ウソみたいだろ。唐揚げ弁当なんだぜ。これで。
それに全ての料理の匂いを凌駕する甘~い匂い。子供や女性が好む匂いだ。
また、お弁当の暖かさで一度は溶けてしまったのだろう、全ての料理にまるでコーティングしたかのようにまとわり、その上で再び固まった形跡が見られる。

さすがにここまで説明すれば、もうこの元凶の正体がおわかり頂けたと思う。
そう、この元凶の正体は『チョコレート』だ。

つまり、俺が今まで食べていたのは、卵焼きチョコ風味や唐揚げチョコ風味だったということになる。

こんなもの美味しい訳がない。
むしろ、頑張って食べた俺をもっと誉めてもらいたいぐらいだ。

しかし、ニケさんは自信を持っていたし、バット達からは高評価を得たと言っていた。
どういうことだろうか、謎が深まる。

(バット達が気を遣った?それともバット達が単なる味覚バカだったとか?)

解けない謎は気になるので、ニケさんに尋ねてみる。

「これって味見してもらったんですよね?」
「いえ、これではなく未完成のやつですよ」

おや?

なにやら話がよくわからない。
バット達はこのお弁当の中身を味見してはいないということだろうか。

「ど、どういうことですか?」
「これは歩様だけが口にすることができる完成品です。
 例え、尊敬するアテナ様であろうとも口にすることはご遠慮して頂きます」

「.....完成品とは?」
「雑誌にはこうも書かれていました。
 『最後に愛情をたくさん詰め込んで、お弁当の完成です!』と」

雑誌ェ.....。

つまり、バット達はこのチョコまみれの唐揚げとかを味見してはいないということだろう。
さらに言うのなら、このお弁当は俺だけが食べていいものらしいので、作った本人であるニケさんですら味見をしていないということになる。
そんな状態では、このとんでも料理の現状を知ることなど到底できないだろう。

奇しくも、小説や漫画、アニメ、ラノベのような『彼女の手作り料理は不味い』というお約束展開が実現されてしまったのだった。.....はぁ。こんな展開はいらんっ!


とりあえず、今後もこんなとんでも料理は勘弁してもらいたいので、ニケさんに現状を知ってもらおうと思う。

口説いようだが、ニケさんとは本当の恋をしていきたいので、ダメなところはしっかりと指摘させてもらう。
他人でDQNな高校生とかには恐くて注意などできないが、身内(になる予定)で常識のあるニケさんには将来の為にもしっかりと指摘する。

け、決して身内弁慶なんかじゃないんだからねっ!

ふぅ。スッキリ。
では、このチョコ弁当をニケさんに食べてもらおう。

「え?これは歩様のために.....」
「そんなこと言わずに。こうやって一緒に食べるのも恋人っぽいじゃないですか?」
「な、なるほど!確かに仰る通りです!!」

嬉々としているニケさんに、あ~んと促して、唐揚げチョコ風味を食べさせる。
ニケさんの吸い付きたくなるような唇がもごもごと動いている光景はなんともエロい。

しばらくすると、

「う.....」

予想通り、口を抑えて苦悶の表情を見せるニケさん。
その美しい顔は歪み、きれいな双眸にはうっすらと涙のようなものさえ見える。

とりあえず、唐揚げチョコ風味を吐き出させ、背中をさすりながらニケさんが落ち着くのを待つ。

「はぁ.....。はぁ.....」
「どうでしたか?」
「.....と、とても甘かったです」
「ですよね。そういうことです」

ニケさんが非常に申し訳なさそうにしているなか、俺は苦笑いしつつ答えた。
口で説明するよりも、はるかに現状を知ってもらうことができただろう。

さて、現状を知ったニケさんはというと、

「も、申し訳ありません!歩様!
 こんなお粗末なものを歩様に食べさせてしまうなんて!!」

当然、ひたすら平謝りするばかりだった。
きれいな黒髪を振り乱して必死に謝罪するその姿は、どこか既視感のあるものだったのは気のせいだろうか。

しかし、お弁当はあらかじめ用意していたものだから仕方がないとはいえ、雑誌を取り上げて間もないのに早速の失敗。
ニケさんの心境はいかばかりだろう。俺には推して量ることなどできない。

俺に、彼氏にできることと言えば.....。

───パクっ

「あ、歩様!?」
「う.....。あ、甘い.....」

ニケさんも現状を知ったことだし、今さら苦悶の表情を隠す必要性はないだろう。

───パクっ

「そ、そんなもの、もう食べなくてもいいですからっ!」
「うぅ.....」

ひたすらニケさんの手作り弁当を食い進めていく俺に、涙を浮かべ困惑げに止めに入るニケさん。
その表情には明らかに『俺に対する申し訳なさ』と『もうこれ以上醜態を晒したくない』との想いが滲み出ている。

だが、

───パクっ

「ど、どうしてですか?」
「うぅぅ.....」

俺の箸の動きは止まらない。止められない。止めさせない。
こればっかりは、きっとどんな神様でも俺を止めることは不可能だろう。

そんな俺の姿を呆然と見ているニケさんに一言。

「次は期待してもいいですよね?」
「!!」

目を見開いて驚くニケさん。
そんなニケさんに俺の気持ちを伝える。

「言いましたよね?「失敗してもいい。そんなニケさんも好きになりたい」って。
 ニケさんの新たな一面を知れて、俺はとても嬉しいです。ありがとうございます」
「そ、そんな.....。感謝されるようなことではありません」

俺の気持ちを聞いたニケさんは今にも泣いてしまいそうだ。
でも、その表情は先程の絶望に近いものではなく、どこか安堵したような安らかなものになっていた。


ちょっと照れ臭かった俺は、お弁当を再び食い進め始めた。

───パクっ

「うぅぅぅ.....」

相変わらず、とても甘いし美味しくはない。
それでも完食を目指すべく、ひたすら食べる。もりもり食べる。限界を越えて食べる。

別に「ニケさんの初めての料理だから~」なんて、キザったらしい理由で完食を目指している訳ではない。
正直美味しくないので、ニケさんの初めての料理と言えども、残してもいいのなら残したいぐらいだ。

では、なぜ完食を目指すのか.....。

「歩様のお気持ちは嬉しいのですが、どうしてそこまで頑張られるのですか?」
「.....」

どうやら、ニケさんもそこが気になるらしい。
その美しい灼眼から「教えて欲しい」と訴えかけられている。

.....理由は単純だ。

「俺は責任を果たしているだけですよ?」
「どういうことでしょう?」

俺は落ち込むニケさんに「次は期待してもいいですよね?」と確かに言った。
そして「失敗してもいい」とも言った。

失敗は成功の元。

ニケさんには、ありのままのニケさんでどんどんチャレンジしていってもらいたい。
そして、その過程で生まれた失敗は、チャレンジの引き金となった俺が全て請け負うのが道理ではないだろうか。

だから、ニケさんの為ではない。
俺が、俺自身の言葉に責任を持ちたいからしているだけだ。

「.....なるほど。ですが.....。結局、私の為になるのではないですか?」
「.....」

確かにニケさんの言う通りだ。

だがここは、敢えて空気を読んで欲しかった。
かっこよく決めたつもりでいただけに、ちょっと恥ずかしい。

結局、

「い、いいんです!食べたいから食べるんです!!」

恥ずかしさに耐えかねた俺は駄々っ子の如くヤケになってしまった。
普通の俺がかっこよく決めること自体が間違いだったのだ。.....はぁ。普通でいこう、普通で。

そんなどうしようもない俺にニケさんは.....。

「ふふっ。ありがとうございます。そのお気持ちがとても嬉しいです」
「.....」
「ですが!」
「!?」

まさかの展開に、喉に卵焼きが詰まりそうになった。
どこかで似た展開があったような気がするが気にしない。

「な、なんでしょう?」
「か、彼氏の体調を心配するのも、か、彼女の努めです///」

まだ『彼氏彼女』という言葉には少し恥ずかしさを感じるようだ。
そういうところは本当にかわいい。

「こんなものを食べて、万が一、歩様の体調が崩れてしまっては.....。看過できません!」
「こんなものって.....」

「ニケさんが作ったんですよー」とは敢えてツッコまない。
俺は普通の人間だが、空気を読むことは普通にできるから。

「ニケさんになんと言われようとも、俺はこのお弁当を食べきりますよ?」
「本当は辞めて頂きたいところですが、歩様が頑固なのは存じております」
「では、どうするつもりですか?」
「簡単なことです」

ニケさんはそう言うと、美しい笑顔でにっこりと微笑んだ。
その笑顔はあどけない少女のものではなく、俺が一目惚れしたデキるお姉さんの笑顔そのものだった。

恐らくはニケさんなりの決意の表れが笑顔に変化をもたらしたのだろう。
ならば、その決意をぜひ聞かせてもらいたい。

そして、ニケさんから発せられたその決意とは.....。

「私も歩様と一緒に食べます」
「.....は?えぇぇ!?」

意外といえば意外。
それしかないといえばそれしかないものだった。

ただ.....。

こんなものと言うと失礼なのだが、やはりこんなものをニケさんに食べさせる訳にはいかない。
ニケさんが俺の体を心配してくれるように、俺もニケさんの体が心配だ。

だから、

「ダ、ダメですって!あれは俺のものなんですから!」

当然の如く、ニケさんの提案を撥ね付けた。
しかし、そんな俺をニケさんがさらにたたみ掛けてくる。

「歩様は先程「自分の言葉に責任を持ちたい」と仰っておりましたよね?」
「た、確かに言いましたが.....。それがなにか?」
「でしたら、私も譲るつもりはありません。それに、これは歩様自身が言われたことですよ?」
「お、俺が?どういうことですか?」

今回のニケさんは妙に頑固だ。

それに俺が言ったこととはなんだろう。
今回のことと関連ある言葉なんて言った覚えがないので非常に気になる。

「歩様は私に「同じ目線で、同じものを見て、同じことを感じてもらいたい」とそう仰りました。
 今回の件はまさにこの言葉にふさわしいものと言えるのではないでしょうか」
「!?」

ニケさんから放たれたその言葉は俺を打ちのめすのに十分な威力を誇っていた。
ぐぅの音も出ない正論。反論の余地など一切ない理論。有無を言わさぬ真理。

「一緒に食べてもよろしいですよね?」
「.....はい」

ニケさんの美しい笑顔に、なぜか圧倒される形で頷くことしかできなかった。


こうして、俺はニケさんと一緒に、ニケさんの手作り弁当を食べることになった。
今思うと、ニケさんがあどけない少女からデキるお姉さんへと変貌したその時から、俺がニケさんを説得することなど不可能だったに違いない。


・・・。


その後。

「う.....」
「う.....。や、やはり不味いですね」

不味いって言っちゃったよ!
俺はなるべく言わないようにしていたのに.....。


(まぁ、こんな思い出もありっちゃありなのかな)


                                 手作りお弁当 完食!!


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後書き

次回、本編『ニケの帰界』!

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今日のひとこま

~なんでチョコレート?~

「ふぅ。なんとか食べ終わりましたね」
「はい。ご迷惑をかけました」
「それは言わない約束ですよ。それよりも、次は楽しみにしていますね?」
「はい!お任せください!」

「ところで、どうして『愛情』が『チョコレート』だったんですか?」
「インターネットで調べたら.....」
「え!?ニケさんってインターネットできるんですか!?
 と言うか、神界ってインターネット使えるの!?」
「できますし、使えますよ?.....こう女神パワーでググるんです」

ググる!?
意外とニケさんは地球の文化に慣れ親しんでいるな。

「ググった結果が『チョコレート』だったと?」
「いえ、それが検索結果に引っ掛からなかったんです」
「それは.....まぁ、そうでしょうね。『愛情』なんて食材はないですし」
「はい。それなので、あの時は非常に困りました。
 と言っても、最終的にはわからないままのほうが良かったんですよね.....」

「それはそうですが.....。ただ、俺はニケさんの新たな一面を知れて嬉しかったので、イーブンということで」
「歩様.....。ありがとうございます。そんなお優しい歩様が大好きです♡」
「お、俺もニケさんが好きです」
「えへへっ///」

こういうラヴラヴな時間は悪くはないけど、なんか恥ずかしいな。

「そ、それで、結局どうして『チョコレート』になったんですか?」
「あ、はい。色々と調べていたら、バレンタインなるイベントが地球にはあるとか」

あ~。なるほど。
だから『愛情』が『チョコレート』になった訳か。

意外と普通な理由だったが、それもニケさんらしいとどこかホッとした俺がいる。



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