歩くだけでレベルアップ!~駄女神と一緒に異世界旅行~

なつきいろ

第107歩目 はじめての勇者!


前回までのあらすじ

ついに勇者登場!

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□□□□ ~まるでゲームだな~ □□□□

トキオさんの演説が始まった。
内容はそんなに難しいことではない。

要約すると以下の感じだ。
①明日ダンジョンが開通するから来てね。
②ダンジョン全体をリニューアルしたよ。
③リニューアルに伴い目玉を用意したよ。
④マスター戦はトキオさんが相手するよ。

と、まぁこのような感じだ。
特に観衆が盛り上がったのが③と④の内容であり、ドール曰くこの世界では非常に珍しいものらしい。

まず③の内容なのだが、

「宝物部屋とは面白い発想なのじゃ」

ドールの言う通り、トキオさんはわざわざ宝物部屋を用意してくれたようだ。
それも、この世界の基準の宝物ではなく純粋な宝物を、である。

ゲームなどをやったことのある人ならわかるだろうが、ダンジョン内には宝箱があったりする。
この世界ではほぼモンスターであったり、稀に冒険者の遺留品であったりするのだが、それがこの世界の宝物なのである。
ゲームのように、役立つアイテムや強力な武器が新品のまま入っていることなどまず有り得ない。
そもそも普通に考えれば、そんなものがダンジョン内にあるほうが不思議なのだ。それが現実だ。

しかし、このトキオさんは敢えてそれを用意してくれたらしい。

ダンジョンマスターも日々の生活がある以上、冒険者をたくさんぬっ殺す必要はある。
それ故にダンジョン内は無駄な作りにせず、より冒険者を仕留めやすいような構造にするのが一般的だ。

「宝物部屋だけではない。迷路や転移部屋、しかもラッキー階層など様々な趣向があって面白いのじゃ」

だがこのトキオさんは、ドールの言う通り様々なフロアを用意している。
冒険者をたくさんぬっ殺すという意味では無駄と言えば無駄にはなるだろうが、それでも客寄せ効果は絶大だろう。
事実、観衆の興味は高く興奮気味だ。

「しかし、宝物部屋に迷路、転移にラッキーか。これだとまるで.....」
「それしってるー!『まるで将棋だな』でしょー( ´∀` )」
「.....違う。いろいろとやっかいな問題が出るから、それはやめろ」
「じゃー、『まるでゲームだな』でいいー(。´・ω・)?」
「ならば、よし!」

餌に釣られた冒険者が多数死んでしまうだろうから不謹慎ではあるが、アテナの言う通り、まるでゲームみたいだ。
だからこそこの世界では珍しく、それ故に注目されているのだろう。

(ダンジョンにも文化革命の波か.....。トキオさんは相当稼いでいるんだろうなぁ.....)

以上が③の内容であり、かなり盛り上がった。

しかし、それ以上に盛り上がったのが④だ。
正直、なぜそんなに盛り上がったのかが全くわからない。

確かに今までのダンジョンでは、マスター自身が戦闘行為に及んできたことは一度もない。
大抵はガーディアンと呼ばれる守護者が相手で、これを撃破してダンジョン制覇となる。

「なんでこんなに盛り上がってんだ?確かに珍しいけどさ」
「妾もわからぬ。そもそもマスターが戦えるというのも初めて知ったのじゃ」

どうやらドールもわからないみたいなので、きっともの珍しさで盛り上がったのだろう。
そういうことにしておく。

とにかく興味が引かれる演説だったのは間違いない。
来て正解だった。勧めてくれたコシーネさんには感謝だ。

・・・。

演説も終わったことだし、コシーネさんにお礼の意味も込めて何か差し入れを買っていくかと思っていたら.....


「君達、ちょっといいかな?」


□□□□ ~愛妻家勇者~ □□□□

俺達はいま、ダンジョンの最下層に来ている。
所謂マスター部屋と言われるところだ。

コシーネさんへの差し入れを購入するため広場から離れようとしたら、例のトキオさんから「付き合ってほしい」と言われた。
一応説明するまでもないと思うが、この場合の『付き合ってほしい』はBL要素のそれではなく、『時間をくれ』という意味だ。

それにしても.....

「なんかイメージしてたのと全然違うんですね.....」
「ジメジメした環境でも想像していたのかい?」

仰る通り。

どこのダンジョンも不快とまではいかないものの、あまり長居はしたくない環境だった。
この世界の人達はどうなのか知らないが、俺が異世界人だからというのもあるだろう。
故に、半日潜って半日遊ぶスタイルを採用したのも、アテナの為もあるが俺自身の為でもあった。

しかし、ここは.....

「『まるで家だな』(。´・ω・)?」
「やかましいわ!」

だがアテナの言う通り、まるで家にでもいるような安心感を得る。
と言うよりも、「ここは本当にダンジョン内なのか?」とさえ思う。

普通ダンジョンと言えば、どこも岩肌剥き出しのそれが当たり前だった。薄暗く、ジメジメした.....。
でもここは、マスター部屋ということもあるのだろうが、オフィスの一室と表現したほうがいいところだ。

「マスターによっていろいろあるだろうけど、僕は日本人だからね。
 こういう場所じゃないと落ち着かないんだよ」
「.....!お、驚きました。いやにあっさりと正体を明かすんですね」

「.....?どういう意味だい?君も勇者だろ?勇者なら、みんな鑑定スキルを持っているのは当たり前だけど?」
「.....あ、あぁ。な、なるほど!そ、そうですよね!」
「そんなの常識だよー?歩はバカだねー!あーははははは( ´∀` )」

(勇者じゃないので、その『当たり前』がわかりません!
 .....てか、くそ駄女神!あらかじめ、その常識とやらを教えやがれ!俺が勇者じゃないとバレるだろ!)

現状俺は偽造スキルを使用して、ステータス上には勇者として表示している。
これは以前にも説明したが、『付き人』であることを隠すためだ。

『付き人』というのは女神ポイントを使用することで、制限を受けずに様々なスキルを取得できるという勇者にはない万能性がある。
これだけでも妬みや嫉みの対象になりそうな上、俺は更に『歩くだけでレベルアップ』という加護すらも貰ってしまっている。
つまり、二つのチートを貰っていることになる。

対して勇者達は、恐らくだが貰えたのは加護一つだと予想される。
一応勇者は俺とは違って、勇者として強靭な肉体を与えられているらしいが、それをチートに含めていいのかは定かではないので、ここでは一旦置いておく。
とにもかくにも、この時点で既に俺と勇者達の間に不公平が出ていることには相違ない。妬みや嫉みの対象にされる可能性は非常に高いだろう。

だから、『付き人』であることは隠して『勇者』として振る舞う必要がある。

そして先程の反応からして、トキオさんの鑑定スキルはレベル3未満であることも同時に分かった。
トキオさんから「勇者みんなが鑑定スキルを持っている」と言われた時は、素性がバレやしないかと冷や汗を掻いたものだ。

(ふぅ~。今後は気を付けないとな。と言っても、レベル3鑑定持ちがいたら気を付けようもないけど.....)


とりあえず、心の中でアテナへのお仕置きを決定したところで、互いに自己紹介をすることになった。

「僕は『時尾 了』。5年前に勇者として召喚されたんだ。
 勇者ではあるが、今は全く勇者としての活動はせずにダンジョンマスターをしているよ」
「ちゃんとはたらけーヽ(`Д´#)ノ」
「お前が言うな。.....すいません、バカのことは気にしないでください。
 俺は『舞日 歩』です。この世界に来たのは1年前で、のんびりと活動しています」

「よろしく、舞日君。それとずっと気になっていたんだけど、その子ってもしかして.....女神様かい?」
「よろしくお願いします。隠しきれるものじゃないので正直にお話しますが、その通りです。女神アテナですね」

トキオさんの端正な顔付きが徐々に驚きのものへと変わっていく。
それでもイケメンなのだから妬ましい。.....上の上、いや、超の上というところか。

「おぉ!お久しぶりです、アテナ様」
「んー。あいさつとかいいからー、はやくお菓子ちょーだーい( ´∀` )」
「ちょっ!?おまっ!?いきなりかよ!」

アテナの傍若無人ぶりにトキオさんも苦笑いだ。
それでもなぜかこの場の雰囲気がほんわかと和らいだのは、間違いなくアテナの持つ特性のおかげだろう。

「ははは、これは申し訳ありません。すぐに用意させますね。ゼオラ!ゼオラ!!」

トキオさんはそう言うと、手を叩いてパンパンと小気味良い音を立てた。
こういう何気ない仕草も、イケメンがすると非常に絵になる。

「すいません.....。別にお構い無く。それよりもゼオラとは?」
「あぁ、妻の名前だよ。お茶を用意させるから、その時に改めて紹介をしよう」

「ご結婚されてるんですね。名前からして、この世界の方ですか?」
「その通り。僕の奴隷ではあるのだが妻でもある」

妻であると同時に奴隷.....。
トキオさんはどう見ても稼いでいるように見える。

それでも奴隷となると.....

「.....もしかして獣人ですか?」
「ほぅ。なかなか察しがいいね。その通り、獣人だよ」

トキオさんはそう言うと、 (-ノ□д□-)←こんな仕草をした。
所謂『眼鏡クイッ』ってやつだ。イケメンなだけに恐ろしく絵になる。
恐らくこの仕草をするだけで、眼鏡男子好き女子の大半は心を鷲掴みにされるだろう。

(はぁ.....。誉めてくれるのはありがたいが、いちいちイケメン臭が滲み出ているんだよなぁ.....)

俺が一人の男として自信を失っていたら、

「妻が獣人でしかも奴隷と聞いて、舞日君はどう思ったかな?」

イケメンことトキオさんが、まるで俺の心の奥底を見透かそうとするかの如く鋭い眼差しで尋ねてきた。

「正直、羨ましいと思いますね」
「羨ましい?」

「はい。俺も獣人は好きですし」
「そういう意味か.....。と言うことは、そこのヘリオドール君は『将来の妻に』と考えているのかい?」

「え?いや、別に.....って、うわ!?」
「そ、そそそそそうなのか!?主!?ああああ主は、そそそそそういうつもりで妾を!?」

トキオさんの言葉を真に受けたドールが、それはもう凄い勢いで迫ってきた。
ちょっと目がマジすぎて怖い。尻尾も成体に変化したのか?と思ってしまうぐらい激しく振られている。

そして.....

「げべっ!?」

アテナが女の子が出しちゃいけない声で哭いた。
ドールのあまりの勢いにたじろいでしまったため、膝上に座っていたアテナを思わず落としてしまったのだ。すまん、アテナ。

とりあえず、興奮気味のドールを宥めて話に戻る。
当然だが、ドールのことはきっぱりと否定しておいた。

しょんぼりしていたドールがちょっとかわいい。
後でいっぱいブラッシングをしてあげよう。

「奴隷を妻にしている、ということについてはどう思うかね?」
「これと言って、別にですね」

「ほぅ。どういうことかな?」
「(いちいち眼鏡クイッすんな!)この世界では獣人を解放してはいけないみたいですし、
 トキオさんの場合は、好きになった相手がたまたま獣人だったということだけですよね?」

「軽蔑や偏見は?」
「全くないですね。.....奴隷に対して酷いことをしているのなら話は別ですが」

「違う、違う。奴隷に対してだよ」
「あぁ、そっちですか。それもないです。むしろかわいそうで.....」

トキオさんがどういう意図で俺に質問をしているのかはわからないが、ここで嘘を付く必要性もないので思ったことを正直に話した。

「そうか.....。君の場合は同情か」
「ドールのことならそうですね。もちろん、今ではそれ以外にも頼れる仲間として信頼しています」

───ふぁさ
───ふぁさ

「そうか。いや、ヘリオドール君の様子を見ればそうだろうね」
「え、えぇ.....」

さっきから隣に座るドールの尻尾が俺の腕に物凄く主張をしてくる。
まるで「恥ずかしいのじゃ!」と謂わんばかりに.....。

「トキオさんは、奥さんとはどういった経緯で?」
「よくぞ聞いてくれた!僕は妻に一目惚れだったんだ」

「は、はぁ.....」
「妻は奴隷であるのに一切媚びず、己が信念を貫き通す強い意思の持ち主だったんだよ。
 その姿がとても気高く美しくてね。あ~、勘違いしないでくれよ。見た目もとても美しいんだよ?
 女神であるアテナ様の前でこんなことを言うのもなんだが、妻はこの世のヴィーナスかと思ったね。
 流れるようなさらさらな髪、まるで初雪かのような透き通った白い肌。
 照れると頬が、日本の桜を思い出させるかのようにほんのりと淡く染まるんだよ。
 それがかわいくてね。普段はこうビシッとしているだけに、そのギャップがとてもいいんだ。
 大人の魅力に少女のような愛らしさとでもいうのかな。それにね、..............................................」

その後もトキオさんの奥さん自慢、いや、のろけ話は延々と続いた。
どうやらトキオさんが奥さんに一目惚れしたのは本当で、それに愛妻家だというのもよく分かった。

だが.....

「.....のぅ、主。このこっ恥ずかしいのろけ話はいつまで続くのじゃ?」
「わからん。耐えろ。何か変化が起きるまでずっと耐えるんだ」

「ふわぁ~.....。退屈なのじゃ.....」
「寝るなよ?さすがに失礼だからな?.....てか、尻尾を触ってていい?」

のろけ話が終わる気配は一向にない。
ドールは飽き気味で、かくいう俺も退屈だったので、ドールの尻尾を触りながら変化が訪れるのをひたすら待った。もっふもふ~!


(『好きなことなら延々と話せる』という人がたまにいるけど、
 話を聞く側のことも少しは考えてほしいよな~。こっちは延々と聞けないんだっての!)


□□□□ ~白狼族ゼオライト~ □□□□

トキオさんののろけ話はまだ続いている。

俺達はただひたすら変化が訪れるのをずっと待っている。
そもそもどうして引き止められたのか、その真意もわからずに.....。

さすがにもう帰ろうかな?と思い始めた時に、

───コンコンッ

待望の変化が訪れた。遅すぎ!

そして.....

「失礼します」

凛とした透き通るような、それでもどこかかわいらしくもしっかりとした声とともに、真っ白な美女が部屋の中に入ってきた。

「おぉ.....!」
「む!」

俺も思わず唸ってしまった。
トキオさんが延々と、延々と(大事なことなので二回言いました)自慢するだけのことはある。

俺の反応に、ドールが何やら不満げだったが今は置いておこう。

「紹介しよう。妻のゼオライトだ。僕の奴隷であり、最愛の妻だ」
「初めまして。白狼族のゼオライトと申します。旦那様がいつもお世話になっております」

(いやいやいや。その挨拶はおかしいから。トキオさんとは今日初めて会ったばかりだから)

心の中で軽くツッコむも挨拶を交わし、二人をまじまじと観察する。
美男美女のカップルというのは、そこにいるだけで華やかだ。場が明るくなる。

ゼオライトさんは、身長160㎝くらいでスラッとしている。所謂スレンダーなモデル体型。
トキオさんの言う通り、初雪を思わせるような白色の髪で、地面につきそうなほど長い髪を後ろで一本に束ねた巫女さんヘアー。所謂「垂髪」だ。
狼というだけあって顔の彫りは深く、鼻は高い。白人女性を思わせる顔付きだ。まぁ、本当に白いんですが。
そして、一番特徴的なのが.....。

一応、トキオさんも紹介しておこう。
身長は俺よりも少し低めで恐らく170前半、如何にもインテリ風のイケメン眼鏡。
説明がめんどくさいので大雑把に言うと、某テニス漫画の青学部長似と言えばイメージしやすいだろう。

さて、お互いの挨拶が済んだところで、ゼオライトさんについて気になったことを尋ねてみる。

「奥さんはもしかして.....」
「あぁ.....。妻は目が見えないんだよ」

やっぱりだった。

ゼオライトさんが部屋に入ってきてすぐ目に映ったのが、その美貌と瞑ったままの両眼だ。
美しいからこそ余計に、その瞑ったままの両眼が悪い意味で目立ってしまう。

「.....病気ですか?」
「いや、生まれついてのものらしい。いろいろと手を施したんだが.....、結局ダメだったよ」

俺はレベル3のヒーラーでもある。イケるか!?と思ったが、どうやらダメらしい。
詳しく聞くと、俺と同等のヒーラーである他の勇者の手も借りたみたいだ。

完全にお手上げ状態。

そんな雰囲気に場が暗くなりかける。
そうなると、決まってこういう雰囲気をぶち壊すあいつが登場するか!?と思っていたら.....

「あぁ、勘違いしないでもらいたい。
 僕はまだ諦めてもいないし、これからも妻の為にいろいろと頑張るつもりだよ」
「旦那様.....」

「当然だろ、ゼオラ。君の瞳は僕が必ず治してあげるよ」
「嬉しいです.....。旦那様に一生付いていきます」

「ゼオラ.....」
「旦那様.....」

アテナが登場するまでもなく、一気に桃色ワールドが広がってしまった。
と言うか、いつのまにかアテナ寝てるし。

そして、二人はそのまま互いに寄り添い唇と唇を重ね.....

「.....ご、ごほん。そ、そういうことは俺達が見ていないところでお願いできますか?」
「「!!」」

トキオさんとゼオライトさんが慌てて離れた。
邪魔をして悪いとは思うが、一応ドールが見ている手前、静止しておいたほうがいいだろう。

だが.....

「あぁ、すまない」
「.....(キッ!)」
「あ、あの.....。ゼオライトさんが怖いんですが.....」

トキオさんは素直に謝罪してくれたのに対して、ゼオライトさんは凄い剣幕で睨んできている。
両眼が閉じているだけに余計怖い。例えるなら、能面のコシーネさんが怒っているような感覚に近い。

「ゼオラ。やめないか」
「はい!旦那様♡」

凄い剣幕から一転して、乙女顔に。かわいい。

「すまない、舞日君。妻は多少短気でね」
「いえいえ、気にしないでください。俺はなんとも思っては.....」
「.....(キッ!)」
「・・・」

乙女顔から一転して、凄い剣幕に。怖いんですけど!?

・・・。

今、ようやく分かった。
この夫婦は似た者同士なのだ。

トキオさんは妻大好き人間で、ゼオライトさんも夫大好き人間。
この二人は結ばれるべくして結ばれた美男美女カップルなのだ。


(イケメンと美女で、しかも相思相愛だと!?ふざけんな!リア充は爆発しろ!!)


□□□□ ~勇者トキオの加護~ □□□□

トキオさんとゼオライトさんは爆発しなかった。
当たり前だ。リア充ほど爆発しないのはどの世界でも共通なのだから。

ゼオライトさんが、順々にしずしずと紅茶を淹れてくれている。
ちなみに始めはお茶だったのだが、アテナが渋ったために紅茶になった。

「ありがとう、ゼオラ」
「はい!旦那様♡」

───カタカタ

「ありがとうなのじゃ」
「いえいえ、どういたしまして」

「ありがとうございます」
「.....(キッ!)」

悲しい。
どうやら相当嫌われたようだ。


ゼオライトさんの剣幕に怯えつつも、本題に入ることにした。
なぜ俺達を引き止めたのか?トキオさんの意図は?

「まだ言っていなかったね、済まない。単刀直入に言おう。僕と友にならないか?」
「.....へ?友?」

トキオさんからの意外な申し出に、思わずぽか~んとしてしまった。
どうやらトキオさんも、俺がどういう反応を見せるのかは予想していたらしく優雅に紅茶を楽しんでいる。経験ありか?

───カタカタカタ

「.....え、えっと。友ってのは友達って意味ですよね?」
「逆に尋ねるが、他にどんな友があると言うんだい?」

「そ、そうですよね。.....でも、なんでまた?」
「いろいろと理由はあるんだが.....」

───カタカタカタカタ

「舞日君は良い理由と悪い理由なら、どちらから先に聞きたいかな?」
「えぇ.....。友を求めるのに悪い理由もあるんですか?」

「悪いと言うか、打算的なことだよ。目的には常に裏表が存在するものだろ?」
「大人の都合をファンタジーに持ち込まないでくださいよ.....」

これはアルテミス様の時もそうだったが、何かを求める際には基本的に表の目的と裏の目的が同時に存在する。
無償なんてものはそうそうない。必ずwin-winな関係になるよう打算的な思惑が絡むものだ。

───カタカタカタカタカタ

(と言うか、さっきから聞こえてくるこの音はなんだ?)

「それで?どちらから先に聞きたいかな?」
「.....じゃあ、悪いほうからでお願いします」

「ほぅ。君は好きなものは最後に残すタイプかな?」
「(いちいち眼鏡クイッすんな!)えぇ、まぁ。.....でも、苦労は買ってまでやらないですけどね」

『若い時の苦労は買ってまでせよ』という言葉があるが、このご時世、別に買わずとも向こうから苦労はやってくる。
だから俺は買わない。楽できる道があるのなら楽をする。それでも苦労は来てしまうのだから.....。

───カタカタカタカタカタカタ

そこまで言って、ようやくこの謎の音の招待が分かった。

「.....?どうしました?」

トキオさんの手に持つティーカップが、カタカタと小刻みに震えているのだ。
いや、よく見るとティーカップだけではなく、トキオさん自身が震えている?

「.....す、すまないね。で、では悪い理由から話そう」
「お願いします」

「.....。た、単刀直入に言うと.....、ぼ、僕は君が怖いんだ」
「え!?俺が怖い!?どういうことですか!?」

正直なところ、何を言われているのかが理解できなかった。
いや、言葉の意味だけなら理解していたが.....。

しかし、目の前にいるトキオさんの様子を窺うと、確かに怯えているようにも見える。
それに、トキオさんの傍らに侍るゼオライトさんも先程の剣幕とは全く違う別の様相を呈している。
冗談抜きで、どこか殺気を孕んでいるような.....。

あまりの事態に困惑していたら、トキオさんが訳を話してくれた。

「.....僕はね、今まで最強の勇者だと思っていたんだ」
「最強の勇者!?」

しかし、語られた言葉は俺を更に混乱させるものだった。

「舞日君も僕のステータスを見ただろ?
 僕は様々な称号を得ている。それだけ強大な魔物を討伐してきたんだ」
「ゴーレムに、スライムに、インキュバスですよね?」

「その通りだ。でもね、出る杭は打たれるじゃないけど、成功していると妬みや嫉みを買うものなんだ」
「.....なんとなくは分かります。人間ってそういうものですしね」

万人から愛される存在というのは基本的にはいない。アテナを除いて。
どんなに成功した偉人であっても、必ず批判する人はいる。それはずっと昔から変わらない普遍的な真理だ。

「時には同じ勇者であっても、妬みや嫉みの対象になったりするんだ。
 話し合いで事態が解決できればいいが、それが決裂した場合は決闘となる」
「・・・」

「僕は成功すればするだけ、数多くの勇者と決闘をし、その都度叩き潰してきたんだ」
「もしかして.....トキオさんが勇者の活動をやめたのは、それが原因ですか?」

トキオさんがどこか寂しげに静かに頷いた。

この世界に来た大半の勇者が、勇者業をやめているというのはアテナやニケさんから聞いている。
原因は人それぞれいろいろあるだろう。殺人然り、金儲け然り.....。
しかし、トキオさんは人の、いや、同じ勇者の嫉妬に心を疲弊させてしまったのが原因みたいだ。

「被害が僕だけに及ぶなら、全てを叩き伏せるだけなんだけどね。それが妻にまで及ぶとなると.....」
「旦那様.....」

「でも、安心してくれ、ゼオラ。君は僕が必ず守ってみせるから」
「私も全力で旦那様を守ってみせます」

「ゼオラ.....」
「旦那様.....」

なんて美しい夫婦愛なんだ!と思えないのが、妙に不思議だ。なぜだろう?

そして、二人はそのまま互いに寄り添い唇と唇を重ね.....

「.....ごほん。お取り込み中申し訳ないですが、それは後でお願いできますか?」
「「!!」」

先程と同じように二人が慌てて離れる。
いい加減にしてほしい。

「あぁ、すまない」
「.....(キッ!)」
「.....怖い、怖い」

トキオさんは素直に謝罪してくれたのに対して、ゼオライトさんはまた凄い剣幕で睨んできている。
俺は少しも悪くない。悪くないはずなのだが.....。

「ゼオラ。やめないか」
「はい!旦那様♡」

凄い剣幕から一転して、乙女顔に。
こっちもいい加減にしてほしい。


とりあえずバカップルに付き合っていては話が進まないので、俺が話の進行役となる。

「それで、トキオさんが最強の勇者というのはどういうことですか?」
「少なくとも僕は負け知らずな上に、僕に勝てる勇者も君を除いたらまずいないだろうね」

「す、すごい自信ですね.....」
「『井の中の蛙』とでも思っているのかい?実はそうでもないんだよ」

トキオさんの態度から、どうやら嘘ハッタリでもないような気がしてきた。
それに、俺だけがトキオさんに勝てるというのも気になる。

「まぁ、『論より証拠』。実際に見てもらおうか」
「.....え!?ここでですか!?」

俺の動揺などお構いなく、トキオさんは最強の勇者たる所以を見せてくれるらしい。

思わず、身構えてしまった。
不意の事態に迅速に対処できるように。

すると.....

───ピシッ!

妙な違和感を感じた。
しかも、この違和感には覚えがある。

トキオさんの演説中にも、二度ほど感じた違和感にそっくりだ。
あの時はすぐ収まったので単なる気のせいかと思っていたが、今は強く、そしてハッキリと違和感を感じることができる。

「これが僕の力だ」
「素敵です!旦那様♡」

トキオさんが自信満々に言い放った。
ゼオライトさんが、うっとりとトキオさんを見つめている。

この違和感は、どうやらトキオさんの力らしい。

しかし.....

「え、えっと.....。「これが力だ」と言われましても、何がなんだか.....」

どういう力なのかがさっぱりわからない。
違和感を感じるものの、別に俺の体がどうこうなっている訳でもない。至って普通だ。

「.....(キッ!)」

(怖い、怖い。キッ!じゃなくて、どういうことか説明してくれよ.....)

俺がこの状況にも、そしてゼオライトさんにも困惑していたら、

「隣のヘリオドール君を見てくれ」

トキオさんが説明してくれた。
但し、ゼオライトさんの件はスルーされたが.....。そっちも解決してくれよ!

「ドールを、ですか?」
「あぁ、そうだ。それでわかる」

言葉に従ってドールを見ると.....

「・・・」

やっぱりかわいい。
愛らしさなら、ゼオライトさんにも負けていない。

「・・・」

うん、かわいいよ?

「・・・」

か、かわいいけどさ?

「・・・」

.....え?止まってる!?

ドールは、今まさにお菓子を頬張ろうとしているところで、ピタッと止まっている。

お菓子をお預けされているようでちょっとかわいそうだ。
だから主人として、口の中に放り込んであげた。

それはいい、それはいいのだが.....

「こ、これってまさか.....」
「そう、これが僕の力であり、加護である『時間停止』だ」

「じ、時間停止って.....。最強じゃないですか!」
「だから言ったろう?僕は最強の勇者だと」

なんて羨まけしからん力だ。
男なら一度は夢見る最高の力だ。

(イケメンで、美人の奥さんもいて、最強の力とか、世の中はどんだけ理不尽だ!)

と憤慨したところで、ふと思った。

(あれ?なんで俺は動けているんだ?)

ちなみに、アテナはトキオさんののろけ話の時点ですやすやと眠っている。
ゼオライトさんはなんだか動いているようだが、任意で停止対象から外せたりできるのだろうか。

「.....俺とゼオライトさんはどうして動けているんですか?」
「妻には停止を施していないから、舞日君は単純に効かないからだね」

ゼオライトさんはどうやら俺の思った通りらしい。
ただ、俺が効かないというのがよくわからない。

「どういうことですか?」
「簡単なことさ。僕の加護は『時間停止』ではあるけれど、万能ではないんだ。少しだけ制限があってね」

「制限.....ですか」
「あぁ。僕の加護の本当の名前は『レベル差だけタイムストップ』なんだよ」


(はぁぁぁぁぁ!?『レベル差だけタイムストップ』!?なにが制限だよ!充分チートだろ!!)


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後書き

次回、友達


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