このたび、養スラ農家を始めました
好奇心のかたまり
……久しぶりに入った街に住んでいる人々が僕に向ける視線は、決して気分の良いものではなかった。だが、嫌われているという訳では無い。
この視線に含まれている感情は、同情と憐れみだ。視線に耐えきれず、顔を俯けて赤褐色のレンガで綺麗に整備された道と視界に入るミラの足だけをただじっと見つめながら、足早にミラの隣を歩き続ける。
俯きながら、ミラの足が止まったところで、顔を上げる。そこには、街のほぼ全ての建物がそうであるように、レンガで作られた家が建っていた。壁には数個の窓から取り付けられている。ここがミラの家だ。
ふと視線を家から外し、周囲を見回すと、ちょうど一つの家から見知らぬ一家が出てきたところだった。その家は、元々僕が暮らしていた家だった。元々自分が住んでいた場所に他の人が住んでいるなんて、何だか不思議な感じがする。
「ほら、入って」
家の扉を開けて、僕が入るのをミラが待っていた。
「あぁ、ごめん」
家の中は、何年も前に来た時からあまり変わっていなかった。
必要最低限の物だけが、最も効率的と思われる位置に配置されているのだと、昔にミラが言っていた。
懐かしさを感じながら無遠慮に家の中を見ていると――。
「こっちだよ」
ミラに呼ばれた。だが、どこに行ったのか、僕が家の中を見ている間にミラの姿は消えていた。だが、声は近くから聞こえた。
「こっちこっち」
またしても、声が聞こえた。そして、その声は僕の勘違いでなければ――。
「下にいるのかい?」
予想が正しければ、下にいるはずのミラに向かって声をかける。
すると、外壁とは違い木造の床の一部が上に持ち上げられ、床に空いた穴からミラがこちらを覗いていた。
どうせ、地下室への隠し通路か何かだろう。コイツなら地下室を作ってそこで研究していてもおかしくない。
とりあえず、疑問を一つ。
「前からあったっけ、こんなの?」
「何年も前からあったらしいけど、私もつい最近知ったの。昔、ママが使ってたみたいな」
なるほど。そういえば、ミラの両親は揃って研究者だったと聞いたことがある。
「ここから先は、階段になってて、足元暗いから気をつけてね」
「りょーかい」
隠し通路の扉の役割をしている床を完全に外し、僕はミラが下っていった階段を両腕にケースを抱えたまま下る。なるほど、確かに暗い。うっかり足を踏み外してしまいそうだ。
何とか、踏み外すことなく辿り着いた地下室は、まるで地下とは思えない広さと明るさを兼ね備えていた。
明るさは少し複雑な魔法で何とかなるが、この広さの地下室を作るのには、さぞ苦労したのだろう。そう思い、ミラに聞いてみると――。
「確か、家を建てる前にここの地面に爆破魔法で大穴を開けて、それを整備して地下室を作ってから、その上に家を建てらしいから、案外簡単だったらしいよ」
はぇー、規格外だ。爆破魔法と言えば、火属性の超高位魔法だ。使うためには、空中に存在する多量の魔素を必要量だけ火属性に変換させ、暴走しないように細心の注意を払う必要がある。
どれだけ努力したとしても、魔素を上手く扱うためには才能が必要だから、凡人には一生かかっても使うことは叶わない魔法の一つだ。
広くはあるが、中央に置かれた大きめの机と、部屋の四辺に置かれた棚のせいで少し圧迫感を感じる。棚には、僕なんかには理解も及ばないだろう書物がズラリと並べられている。
書物の他に、様々な生物の標本も置かれていた。たまたまウサギの標本と目が合ってしまい、標本だと分かっていたが慌てて目をそらす。
「じゃあ、とりあえずそのスライムたちを机の上に置いて」
ミラの言葉に従い、両手で抱えるように持っていたケースを机の上に置く。
「まず、そのスライムたちを構成している魔素の分析からだね」
魔獣は、体の大部分が魔素によって構築されている。そして、その魔素の一部を使うことにより、簡単な魔法なら使うことが出来るのだ。さらに、その魔素は使ってもしばらくすれば元に戻るため、使いすぎなければ魔素が尽きることは無い。敵に回すと厄介なように思われるが、魔獣は知性を持たない。それゆえ、魔法を使えるというだけで、魔法を使うタイミングなどを見極められない。
――だが、一部の魔獣は違う。かつて、どこかの国を滅ぼしたと言われているドラゴンは、体内の魔素から炎を生成し、それを口から吐き出すことによって建造物や人を焼き尽くしたと言われている。
体の大きさに比例して、使える魔素は増えるため、巨大なドラゴンが使える魔素の量は膨大だった。
そのドラゴンは奇跡的に撃破されているらしいが、たった一匹のドラゴンのせいで人々は魔獣に対する底なしの恐怖を植え付けられた。
中には、スライムを怖がっている人もいるほどだ。
「ネロ、このスライムはいつ、どこで見つけたの?」
ケースから出したスライムを指でツンツンと弄りながら、ミラが訊いた。いくらスライムが大人しいと言っても、素手で触りたがる人は少ない。
ミラは魔獣を怖がっていない。それどころか、魔獣の研究が大好きな稀有な変人だ。
「今さっき森の中でだよ。さっき言っただろ?」
話したばかりなのに……。
「少し質問の仕方が分かりにくかったかな。えーと、そのスライムがいた場所って何か特徴なかった? 他の場所には無いような物があったとか」
「いや、特には変わった点は無かったと思う」
事実を即答すると、ミラは首を傾け――。
「うーん、何人かの研究者が一匹に対象を絞って密着し続けてもそんな場面には遭遇しなかったらしいから、何らかの特殊な条件があるのかもしれないって思ったんだけどなぁ……」
そう言いながら、軽くため息を吐いた。
前途多難とはまさにこの事である。これは、案外時間がかかるかもしれない。別に、今回の件について何も成果を得られなかったとしても、別に誰にも被害はない。だったら――。
「別に、ほんの少し気になったってだけだから、難しそうだったらこの件はおしまいってことで――」
「それじゃ駄目なの!」
この件について考えるのはもう止めようと言おうとした途端、ミラが声を上げた。
「あ……ごめんね。急に声上げちゃって……」
「いや、別にいいよ。そりゃ、ちょっと驚いたけどさ」
ミラは僕のわがままに付き合ってくれているだけだ。
「このスライムのことは僕のわがままなんだから、君が貴重な時間を浪費する必要はないよ」
「違うの。私が気になっちゃったの。調べたくなっちゃったの。まだ誰も辿り着けていない事実を誰よりも先に知ることが出来るかもしれない――こんな機会なんて、そう滅多に得られるものじゃないでしょ? だから、私はどれだけ時間がかかったとしても、ネロの疑問を解消したい」
あくまで自分のためだけどね、と付け加えてミラは言った。
たまに、彼女が眩しくて直視できない時がある。研究者の卵として、好奇心に突き動かされている彼女は輝いている。
僕とはまるで住んでいる世界が違う。でも、どうしてだろうか? 時々、もしも僕が彼女だったら、人生はどうなっていたのだろうか、そんなことを考えてしまう時がある。意味の無いifだ。
――彼女は、こんな機会滅多にないと言った。
――そして、それは僕にとっても同じことだ。
今回の件は、僕が持ちかけた。そして、彼女に手伝うように言われている。
――彼女と一緒に研究ができる。こんな機会、滅多にない。
このスライムたちを調べてみたところで、意味なんてないかもしれない。もしそうだったとしても、そこにたどり着くまでの過程は、ただスライムを捕獲して下処理するだけの人生よりもはるかに輝いているだろう。
「ミラって、好奇心が服着て歩いてるみたいだよね」
「ネロも同じでしょ? 魔獣が魔素でできてるみたいに、ネロは好奇心でできてるんじゃないの? 『好奇心のかたまり』さん」
「その言葉、そっくりそのままお返ししたいね」
そんなくだらない会話をして、僕たちは顔を見合わせて笑った。
「今日から、少し忙しくなるね」
「僕は別に問題ないけど、ミラは少しどころじゃなく忙しくなるだろうね」
ある程度のお金は貯めてある。だから、僕は少しくらいなら仕事をしなくても問題はない。だが、彼女の場合は学校がある。
「私、一級生だから、好きな時に好きなだけ休めるんだよ?」
「あぁ、そういえば、昇級したって言ってたか……。本当におめでと」
一つの街につき、規模の大小はあるとは言え、最低でも一つは学校があるものだ。そして、その特色は十人十色である。
かつて僕が通っていた、そしてミラが通っているこの街の学校は、入学してから四年で卒業のいわゆる四年制というスタイルだ。
だが、最大の特色は入学からの年数ごとに増えていくものとは別に、生徒にランク付けがされているということだ。
まず、三級生。これは、大半の生徒が含まれている、いわゆる普通の生徒だ。特に何の特権も与えられていない。次に、二級生。これは、学費が半額免除される。そして、一級生。ここまで上がると、学費が全額免除され、好きな日に学校を休めるようになる。ほぼ全ての生徒がこの三級生から一級生までの間に含まれている。
――だが、その上の階級も存在する。普通の生徒からすれば雲の上のような存在。それが特級生。学費全額免除プラス研究をするのであれば、補助金を街から出してもらえる。さらに、学校を卒業したら、教授になることもできるし、どんな場所にだって推薦してもらえる超優遇階級。
確か、何年も前に現れた一人の天才のために作られた階級だと聞いたことがある。
この階級は、研究や実験などで実績を作ることによって上げることができる。入学時に、テーマ無しのレポートを書かされるが、このレポートの出来によっては、入学時から二級生スタートということもごく稀にだがあるらしい。
ちなみに、レポートと言うのは名ばかりで、書く内容は今まで行ってきた研究に関することでも、自分なりに考えてみた仮説でも何でも構わない。もし何も思い浮かばないのであれば、在学中にどんな事をやってみたいかや、目標なんかでも構わない。
僕は、昔から気になっていたことを文字にしてみたが、特に何も無く三級生スタート。ミラは、自前で行っていた実験の成果を書き記し、それが認められて二級生スタート。――この時点で、僕たちの間には埋めることの出来ない溝が生じた。
僕が学校を辞めてから、二級生から一級生に上がったということは以前たまたま会った時に聞かされたが、改めて、この自分よりも少し背が低く、全体的に白っぽい少女の才能に驚かされた。
ちなみに、入学してから、一年目は一年生、二年目は二年生……みたいな感じで上がっていくランクには、何も意味は無い。故に、たとえ最高学年の四年生だとしても三級生であれば、一年生の二級生よりも立場的には下なのである。
ミラは、現在三年生で一級生だから、年齢的にも階級的にも上の方である。
ちなみに、僕は入学した年に辞めたため、一年生で三級生の底辺生徒だった。
「じゃあ、早速今日から作業を始めよっか。家から必要な物持って来て」
「何が必要なんだ? この家にある物より良い物なんてないけど」
実験なんかをするなら、この家にある物だけで事足りるはずだし、そもそも僕が住んでいるあのちっぽけな小屋の中にある物なんて、大抵揃っているだろう。
「ネロに合うサイズの服なんて、家には無いよ?」
ミラは、言葉の意味が理解できず、恐らく間抜けな顔になっているだろう僕を眺めてクスッと笑い――。
「今日から、結果が出るまでネロもこの家に泊まり込みだからね。幸い、パパもママも研究の発表会で国外に行ってるから、家には私しかいないしね。ちなみに、拒否権は無いから、生活必需品取りに今すぐ行ってらっしゃーい。帰ってくるまでに、色々準備しておくからねー」
ようやく、ミラの言葉が意味することを理解できた。
つまり、こういう事だろうか?
――これから、どれだけの日数を要するかも分からない研究が終わるまで、この幼なじみと一つ屋根の下で生活する……と?
なかなか波乱万丈になりそうな予感……。
この視線に含まれている感情は、同情と憐れみだ。視線に耐えきれず、顔を俯けて赤褐色のレンガで綺麗に整備された道と視界に入るミラの足だけをただじっと見つめながら、足早にミラの隣を歩き続ける。
俯きながら、ミラの足が止まったところで、顔を上げる。そこには、街のほぼ全ての建物がそうであるように、レンガで作られた家が建っていた。壁には数個の窓から取り付けられている。ここがミラの家だ。
ふと視線を家から外し、周囲を見回すと、ちょうど一つの家から見知らぬ一家が出てきたところだった。その家は、元々僕が暮らしていた家だった。元々自分が住んでいた場所に他の人が住んでいるなんて、何だか不思議な感じがする。
「ほら、入って」
家の扉を開けて、僕が入るのをミラが待っていた。
「あぁ、ごめん」
家の中は、何年も前に来た時からあまり変わっていなかった。
必要最低限の物だけが、最も効率的と思われる位置に配置されているのだと、昔にミラが言っていた。
懐かしさを感じながら無遠慮に家の中を見ていると――。
「こっちだよ」
ミラに呼ばれた。だが、どこに行ったのか、僕が家の中を見ている間にミラの姿は消えていた。だが、声は近くから聞こえた。
「こっちこっち」
またしても、声が聞こえた。そして、その声は僕の勘違いでなければ――。
「下にいるのかい?」
予想が正しければ、下にいるはずのミラに向かって声をかける。
すると、外壁とは違い木造の床の一部が上に持ち上げられ、床に空いた穴からミラがこちらを覗いていた。
どうせ、地下室への隠し通路か何かだろう。コイツなら地下室を作ってそこで研究していてもおかしくない。
とりあえず、疑問を一つ。
「前からあったっけ、こんなの?」
「何年も前からあったらしいけど、私もつい最近知ったの。昔、ママが使ってたみたいな」
なるほど。そういえば、ミラの両親は揃って研究者だったと聞いたことがある。
「ここから先は、階段になってて、足元暗いから気をつけてね」
「りょーかい」
隠し通路の扉の役割をしている床を完全に外し、僕はミラが下っていった階段を両腕にケースを抱えたまま下る。なるほど、確かに暗い。うっかり足を踏み外してしまいそうだ。
何とか、踏み外すことなく辿り着いた地下室は、まるで地下とは思えない広さと明るさを兼ね備えていた。
明るさは少し複雑な魔法で何とかなるが、この広さの地下室を作るのには、さぞ苦労したのだろう。そう思い、ミラに聞いてみると――。
「確か、家を建てる前にここの地面に爆破魔法で大穴を開けて、それを整備して地下室を作ってから、その上に家を建てらしいから、案外簡単だったらしいよ」
はぇー、規格外だ。爆破魔法と言えば、火属性の超高位魔法だ。使うためには、空中に存在する多量の魔素を必要量だけ火属性に変換させ、暴走しないように細心の注意を払う必要がある。
どれだけ努力したとしても、魔素を上手く扱うためには才能が必要だから、凡人には一生かかっても使うことは叶わない魔法の一つだ。
広くはあるが、中央に置かれた大きめの机と、部屋の四辺に置かれた棚のせいで少し圧迫感を感じる。棚には、僕なんかには理解も及ばないだろう書物がズラリと並べられている。
書物の他に、様々な生物の標本も置かれていた。たまたまウサギの標本と目が合ってしまい、標本だと分かっていたが慌てて目をそらす。
「じゃあ、とりあえずそのスライムたちを机の上に置いて」
ミラの言葉に従い、両手で抱えるように持っていたケースを机の上に置く。
「まず、そのスライムたちを構成している魔素の分析からだね」
魔獣は、体の大部分が魔素によって構築されている。そして、その魔素の一部を使うことにより、簡単な魔法なら使うことが出来るのだ。さらに、その魔素は使ってもしばらくすれば元に戻るため、使いすぎなければ魔素が尽きることは無い。敵に回すと厄介なように思われるが、魔獣は知性を持たない。それゆえ、魔法を使えるというだけで、魔法を使うタイミングなどを見極められない。
――だが、一部の魔獣は違う。かつて、どこかの国を滅ぼしたと言われているドラゴンは、体内の魔素から炎を生成し、それを口から吐き出すことによって建造物や人を焼き尽くしたと言われている。
体の大きさに比例して、使える魔素は増えるため、巨大なドラゴンが使える魔素の量は膨大だった。
そのドラゴンは奇跡的に撃破されているらしいが、たった一匹のドラゴンのせいで人々は魔獣に対する底なしの恐怖を植え付けられた。
中には、スライムを怖がっている人もいるほどだ。
「ネロ、このスライムはいつ、どこで見つけたの?」
ケースから出したスライムを指でツンツンと弄りながら、ミラが訊いた。いくらスライムが大人しいと言っても、素手で触りたがる人は少ない。
ミラは魔獣を怖がっていない。それどころか、魔獣の研究が大好きな稀有な変人だ。
「今さっき森の中でだよ。さっき言っただろ?」
話したばかりなのに……。
「少し質問の仕方が分かりにくかったかな。えーと、そのスライムがいた場所って何か特徴なかった? 他の場所には無いような物があったとか」
「いや、特には変わった点は無かったと思う」
事実を即答すると、ミラは首を傾け――。
「うーん、何人かの研究者が一匹に対象を絞って密着し続けてもそんな場面には遭遇しなかったらしいから、何らかの特殊な条件があるのかもしれないって思ったんだけどなぁ……」
そう言いながら、軽くため息を吐いた。
前途多難とはまさにこの事である。これは、案外時間がかかるかもしれない。別に、今回の件について何も成果を得られなかったとしても、別に誰にも被害はない。だったら――。
「別に、ほんの少し気になったってだけだから、難しそうだったらこの件はおしまいってことで――」
「それじゃ駄目なの!」
この件について考えるのはもう止めようと言おうとした途端、ミラが声を上げた。
「あ……ごめんね。急に声上げちゃって……」
「いや、別にいいよ。そりゃ、ちょっと驚いたけどさ」
ミラは僕のわがままに付き合ってくれているだけだ。
「このスライムのことは僕のわがままなんだから、君が貴重な時間を浪費する必要はないよ」
「違うの。私が気になっちゃったの。調べたくなっちゃったの。まだ誰も辿り着けていない事実を誰よりも先に知ることが出来るかもしれない――こんな機会なんて、そう滅多に得られるものじゃないでしょ? だから、私はどれだけ時間がかかったとしても、ネロの疑問を解消したい」
あくまで自分のためだけどね、と付け加えてミラは言った。
たまに、彼女が眩しくて直視できない時がある。研究者の卵として、好奇心に突き動かされている彼女は輝いている。
僕とはまるで住んでいる世界が違う。でも、どうしてだろうか? 時々、もしも僕が彼女だったら、人生はどうなっていたのだろうか、そんなことを考えてしまう時がある。意味の無いifだ。
――彼女は、こんな機会滅多にないと言った。
――そして、それは僕にとっても同じことだ。
今回の件は、僕が持ちかけた。そして、彼女に手伝うように言われている。
――彼女と一緒に研究ができる。こんな機会、滅多にない。
このスライムたちを調べてみたところで、意味なんてないかもしれない。もしそうだったとしても、そこにたどり着くまでの過程は、ただスライムを捕獲して下処理するだけの人生よりもはるかに輝いているだろう。
「ミラって、好奇心が服着て歩いてるみたいだよね」
「ネロも同じでしょ? 魔獣が魔素でできてるみたいに、ネロは好奇心でできてるんじゃないの? 『好奇心のかたまり』さん」
「その言葉、そっくりそのままお返ししたいね」
そんなくだらない会話をして、僕たちは顔を見合わせて笑った。
「今日から、少し忙しくなるね」
「僕は別に問題ないけど、ミラは少しどころじゃなく忙しくなるだろうね」
ある程度のお金は貯めてある。だから、僕は少しくらいなら仕事をしなくても問題はない。だが、彼女の場合は学校がある。
「私、一級生だから、好きな時に好きなだけ休めるんだよ?」
「あぁ、そういえば、昇級したって言ってたか……。本当におめでと」
一つの街につき、規模の大小はあるとは言え、最低でも一つは学校があるものだ。そして、その特色は十人十色である。
かつて僕が通っていた、そしてミラが通っているこの街の学校は、入学してから四年で卒業のいわゆる四年制というスタイルだ。
だが、最大の特色は入学からの年数ごとに増えていくものとは別に、生徒にランク付けがされているということだ。
まず、三級生。これは、大半の生徒が含まれている、いわゆる普通の生徒だ。特に何の特権も与えられていない。次に、二級生。これは、学費が半額免除される。そして、一級生。ここまで上がると、学費が全額免除され、好きな日に学校を休めるようになる。ほぼ全ての生徒がこの三級生から一級生までの間に含まれている。
――だが、その上の階級も存在する。普通の生徒からすれば雲の上のような存在。それが特級生。学費全額免除プラス研究をするのであれば、補助金を街から出してもらえる。さらに、学校を卒業したら、教授になることもできるし、どんな場所にだって推薦してもらえる超優遇階級。
確か、何年も前に現れた一人の天才のために作られた階級だと聞いたことがある。
この階級は、研究や実験などで実績を作ることによって上げることができる。入学時に、テーマ無しのレポートを書かされるが、このレポートの出来によっては、入学時から二級生スタートということもごく稀にだがあるらしい。
ちなみに、レポートと言うのは名ばかりで、書く内容は今まで行ってきた研究に関することでも、自分なりに考えてみた仮説でも何でも構わない。もし何も思い浮かばないのであれば、在学中にどんな事をやってみたいかや、目標なんかでも構わない。
僕は、昔から気になっていたことを文字にしてみたが、特に何も無く三級生スタート。ミラは、自前で行っていた実験の成果を書き記し、それが認められて二級生スタート。――この時点で、僕たちの間には埋めることの出来ない溝が生じた。
僕が学校を辞めてから、二級生から一級生に上がったということは以前たまたま会った時に聞かされたが、改めて、この自分よりも少し背が低く、全体的に白っぽい少女の才能に驚かされた。
ちなみに、入学してから、一年目は一年生、二年目は二年生……みたいな感じで上がっていくランクには、何も意味は無い。故に、たとえ最高学年の四年生だとしても三級生であれば、一年生の二級生よりも立場的には下なのである。
ミラは、現在三年生で一級生だから、年齢的にも階級的にも上の方である。
ちなみに、僕は入学した年に辞めたため、一年生で三級生の底辺生徒だった。
「じゃあ、早速今日から作業を始めよっか。家から必要な物持って来て」
「何が必要なんだ? この家にある物より良い物なんてないけど」
実験なんかをするなら、この家にある物だけで事足りるはずだし、そもそも僕が住んでいるあのちっぽけな小屋の中にある物なんて、大抵揃っているだろう。
「ネロに合うサイズの服なんて、家には無いよ?」
ミラは、言葉の意味が理解できず、恐らく間抜けな顔になっているだろう僕を眺めてクスッと笑い――。
「今日から、結果が出るまでネロもこの家に泊まり込みだからね。幸い、パパもママも研究の発表会で国外に行ってるから、家には私しかいないしね。ちなみに、拒否権は無いから、生活必需品取りに今すぐ行ってらっしゃーい。帰ってくるまでに、色々準備しておくからねー」
ようやく、ミラの言葉が意味することを理解できた。
つまり、こういう事だろうか?
――これから、どれだけの日数を要するかも分からない研究が終わるまで、この幼なじみと一つ屋根の下で生活する……と?
なかなか波乱万丈になりそうな予感……。
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