ヨスガノ剣~妹と行く異世界英雄譚〜

じんむ

第五話 決闘


 何とも言えない空気にどうしようかと困っていると、調子を取り戻したのか、ミーシェが最初の時と同じように淡々と口を開く。

「そう言えばまだ城内を案内していなかったわね。あなたたちが泊まる部屋にも案内しておきたいし、とりあえず出ましょうか」
「お、おう、分かった」

 良かった。ようやくこの部屋から離れることができるらしい。
 その、あくまで紙やすりでこすっていたとは言え、なんていうかこう、気まずいからな。現場にいるのって。
 フユが先に席から立ちあがると、俺もまた立ち上がった。
 ミーシェはそれを確認すると、閉まっている・・・・・・扉に向かって歩こうとする。

「あ」

 コツリ。
 当然、額をぶつける結果となった。
 ミーシェは頭を押さえてうずくまるとこちらへ半目を向けてくる。その際僅かにのぞかせた頬は朱に染まっていた。なんていうか、意外と幼いというか、可愛らしい。

 しばらく停止していたミーシェだったが、やがてゆっくりと立ち上がると今度は扉を開ける。

「行くわよ」

 何事も無かったかのように静かに言うと、ミーシェは廊下へと出て行った。
 まぁ、何も言わないでおいてあげよう。
 心に決めつつ俺達も部屋から出て行くと、ミーシェはこっちと言って歩き始める。
 まだ少し気まずい感じはしたが、いつまでも引きずっているわけにもいかないので、歩きながら気になった事を聞いてみる。

「そういえばさっきの金髪の女の人って国王なのか?」
「そう。この国の王。歴代王の中で唯一の女王よ」
「へぇ、それってすごい事なんじゃないのか?」
「まぁそうね。何せあの女はこの大陸にある全ての国をまとめ上げたから」
「全ての国をまとめ上げた?」

 俺の質問に頷くと、ミーシェはこの世界について簡単に話してくれる。

 曰く、十数年前まで俺達のいるというこのエリウ大陸では多くの国が争っていたらしい。しかしあの女王は圧倒的な力を以って世界の国々を平伏させ、まとめ上げ、ついに平和をもたらしたという。
 おかげで、今やこの大陸はこのウィンクルム王国を中心として回っているらしい。

「まぁ正確に難ありで虚言癖はあるのだけど」

 むすりと最後にミーシェが付け足す。まだ少し怒っているらしい。
 まぁそりゃそうだよな……。

 しばらくミーシェ先導の元廊下を歩いていると、ふらりと角からオールバックの男が現れた。
 俺より一回り大きな男は口元に笑みを浮かべると、重そうな鎧を鳴らしながらこちらに近づいてくる。

「おいおい誰が勇者様かと見に来てみれば、こんなひょろい男とはなぁ?」

 男は子馬鹿にしたような口ぶりで言うと、自分の髪の毛にくしを当てる。固めてるっぽいのに必要あるのかそれ。

「クリンゲ、それは少し違うわ」

 立ち止まると、ミーシェは廊下の脇に移動し、残された俺達とクリンゲと呼ばれる男の間から退散する。

「勿論トウヤも勇者で間違いないけど、こちらのフユミも同じ勇者よ」

 名指しされて、フユが半歩後ずさる。

「へぇ、随分と可愛い勇者様もいるんだなぁ? なんなら俺の女にしてやってもいいんだぜ?」
「っ……」

 クリンゲがフユの手を握ると、フユは僅かに肩を震わせ、恐怖の色が顔ににじみ出た。
 どこのどいつかは知らないけど人の妹に何してんだ。

「おい」

 フユ捉えていた手をはたくと、クリンゲは不快そうに眉を顰める。

「なんだよ?」
「その手で気安くフユに触れるな」

 言うと、クリンゲはケタケタと笑いだす。

「おいおい聞いたかよ? まさかこんなくっさいセリフ吐く奴がいるなんてよぉ!」

 挑発するように言うと、クリンゲは俺の肩を鷲掴みにして押してきた。
 突然の事で対処できず、背中に衝撃が走る。どうやら壁に押さえつけられたらしい。

「勇者だからって調子に乗ってんじゃねぇぞ」

 クリンゲは距離を一気に詰めてくると、どすの効いた低い声で言い放つ。
 体格差も相まって怯みそうになるが、兄といて妹の手前びびっているわけにもいかない。
 なんとか睨み返していると、やがて視線は外れた。

「まぁいいさ」

 クリンゲは従来通り飄々とした口調に戻るが転瞬、剣を引き抜き俺の首元へと突きつけてきた。

「どっちが強いのか決闘で決着をつけようぜ。受けないのは勝手だがそうなれば勇者としての信用も失墜するだろうなぁ?」
「クリンゲ」
「おっと、神子ナビー様は黙っといてくださいよ。これはこいつと俺の問題だ」

 クリンゲの言葉にミーシェはため息を一つ吐くとそのまま黙ってしまった。
 決闘って言ったらたぶん何かしらの方法で戦うんだろうけど、正直勝てるかなんて保証は無いから受けたくない。
 でも、妹の手前、兄である俺が逃げるわけにはいかない。もしこれで逃げたのなら付け上がってまたフユに手を出してきそうだ。それだけは断じて容認できない。

「受けてやるよその決闘とやらを。でも本当にいのか? お前吠え面かくぞ?」

 できるだけ大きく出る。

「そうこなくっちゃなぁ? 場所は城の中庭、開始は三十分後だ。逃げるんじゃねぇぞ?」

 剣を収めると、クリンゲは揚々と廊下を歩いていく。その背中は完全に勝ちを確信しているような余裕さが見えた。頭が悪いのか、あるいはかなり強いのか。
 まぁいずれにせよ負けるわけにはいかない。だがその前にまず聞くことがある。

「それで決闘って何するんだ?」
「あなた知らずに受けたのね」

 呆れたようにミーシェがため息を吐く。いやまぁ察しはつくけど一応詳しいルールとか知っておきたいし。

「別に特別な事は無いわ。どちらかが降参か、死以外の要因で戦闘不能になればおしまい。それだけよ」
「え、それだけ? 他に決まりとかは?」
「殺してはならない、負けた方が相手の言う事を必ず聞く、っていう事くらい。勿論死の要求とかあまりひどい内容は無理だけど。この国、決闘制度っていうのがあって、決闘は王の元認可されているから、約束は反故にできないわ」
「え、じゃあ武器とか自由なのか?」
「当たり前じゃない。あなたの国での決闘がどういうものだったのかは知らないけど」
「嘘だろおい」

 てっきり木剣とかで殴り合うとかそれくらいのレベルだと思ってた。

「だから決闘なんて普通断るものよ。拒否権は行使できるから」
「なるほど……」

 まぁ絶対受けなきゃならないとかだったら国の治安最悪になるだろうからな。

「まぁでもトウヤの能力値はあれだけ高いし、簡単な装備位なら私から用意させてもらうから安心して大丈夫よ」

 ミーシェはそう言ってくれるが何か嫌な予感しかしなかった。


♢ ♢ ♢

「おおあれが勇者様」
「これで世界は救われた!」
「なるほど、青年か」

 色々な人が口々に言う。
 渡り廊下に囲まれた中庭には、予想とは反して多くの人が来ていた。
 当然クリンゲは待ち構えていたが、他にも同じような鎧に身を包んだ人間が大勢、文官のなりをしたような人や、召喚の時にいた白いローブの人もいる

「すごい人……」

 フユが不安そうに呟くと、ミーシェが口を開く。

「勇者の実力が見れる絶好の機会だもの。それに、一応クリンゲはあれでも七隊に分かれている王国軍の一つの隊長だもの。実力は折り紙付きよ」

 そんな奴と戦うって言うのか……。まぁもうここまで来たら戻れないか。

「よぉ勇者様、逃げずに来たことは褒めてやるぜ?」

 剣の腹で手のひらを叩きながら挑発してくるが、無視する。いや、言葉を返す余裕が無いというのが正しいか。
 ミーシェとフユから離れ前に出ると、クリンゲと対峙する。

「どうしたぁ? 怖気づいて声も出ないってかぁ?」
「ほざいてろ」

 なんとか声を絞り出す。いちいち言い方が気に食わないが、言っている事はあながち間違いじゃない。ただ、フユのいる手前逃げるわけにはいかないからここにいるだけだ。

「俺はテメェの国外永久追放を要求するが、そっちはどうなんだ、勇者様よぉ」
「俺の要求はフユに今後フユに一切近づかないという事だ」
「りょうか~い」

 お互い伝え終わると、文官っぽいおじさんの一人が俺たちの所へ寄って来る。

「此度は王の代理として私が見届け人となる。異議はあるか」
「無いでーっす」
「ありません」

 一応決闘をする際はこういった見届け人が国から用意されるらしい。度が過ぎて殺さないように見張るためだとかなんとか。

「ではお互い剣を抜くのだ」

 クリンゲが西洋剣を慣れた手つきで抜くので、俺もならって抜く。
 クリンゲは先ほどと同様、重装備に身を包んでいるが、俺も一応ミーシェに同じような装備を着させてもらっていた。
 多少動きは制限されるものの、重さと言うのはあまり感じない。たぶん基礎力が上がっているおかげだろう。

「それではここに決闘を開始する!」

 見届け人の人が高らかに告げる。

「それじゃ、行かせてもらうぜ。魔法技能【拘束リストレクト】」

 クリンゲが吠えた刹那、俺の周りに空間に穴を空けた様な黒点が形成。何事かと見てみると、黒点から勢いよく鎖が飛び出した。
 手、足、胴体、至るに所に絡みついてくる鉄の拘束具は俺の動きを制限する。やはりファンタジー世界、魔法は存在するらしい。

「か~ら~の? 魔法技能【弱体化デバフ!】

 クリンゲの言葉と共に全身にピリリとした痛みが走る。
 転瞬、ほんの僅か、プレートアーマーの重みを全身に感じた。

「通常、【弱体化デバフ】は対象の基礎力を二割くらいしか下げることが出来ねぇが、俺は違う。俺の場合はそれよりも多い、七割分の基礎力を下げることができるのさ! おまけにその鎖は鉄よりも硬い。力が200程度無きゃ破壊できねぇ。それで、俺の固有能力【鑑定】で見させてもらったが、テメェの基礎能力値の値はオール255だった。確かにあり得ねぇ数値だが、七割下げちまえばたったの110、俺よりも30以上低いただの雑魚に成り下がるッ! さぁテメェはもう終わりだよクソ勇者ァ!」

 饒舌に語るクリンゲだったが、悪い、お前のその鑑定、固有能力の増強分考慮されてないわ……。
 えっと、200でこの鎖が壊せるんだっけ。確か俺は2550だから七割引いてもだいたい800ちょっと残ってるな……だったら。
 思い切り力を込めて腕を振り切ると、甲高い金属音と共に鎖が砕け散った。

「なにッ、鎖が破れた!?」

 どうやら完全に勝ちを確信していたらしい。クリンゲの顔には焦燥。
 まったく、俺も俺でなんであんな自信無かったんだろうな。隊長格でこれくらいのレベルなら、たぶん俺この世界じゃ困らないわ。
 踏み込むと、すかさずクリンゲとの間合いを詰める。

「瞬間移動ッ!?」

 誰かがそんな事を言うのが聞こえると共に、クリンゲの鳩尾に全力の拳を叩き込む。
 鎧の砕けた感触が手に伝わると、クリンゲの身体は地面を跳ねながら、中庭を囲う渡り廊下の一角に激突した。
 あれ、まさか、殺してないよな……。剣だったら間違いなく殺しそうだったからパンチにしてみたんだけど。もしかしたら俺が鎖を壊した時点で弱体化は解けていたのかもしれない。

 呆気に取られていた見届け人は我に返ったらしく、かぶりを振ってクリンゲの元に駆け寄った。
 しばらく様子を見守っていると、クリンゲが見届け人の肩を借りながら立ち上がる。そしてもう片方の手には、見届け人に渡されたらしい決闘で負けを認めるという白布が握られていた。
 ボロボロのクリンゲの姿を目視した刹那、中庭がどっと沸き起こる。

「流石勇者ね」

 いつの間にか二人とも傍に来ていたらしい。ミーシェがそんな事を言う。

「お兄ちゃん無理しすぎ……」

 まだ少し不機嫌なのか、フユは目を合わせてはくれないが、元の世界から持ったままだったのか、水色ハンカチを差し出してくれた。えっと、これは……。

「ちょっとだけ汚れてるからこれで拭いて」

 そう言う事か。

「ありがとう、フユ」

 妹の温かい気づかいに感謝しつつ、ハンカチを受け取った。

 



 



 

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品