ヨスガノ剣~妹と行く異世界英雄譚〜

じんむ

第一話 能力ガチャ


 オリオン座が空に輝く学校の帰り道。
 目を前に向ければ、よく見知った後ろ姿を発見した。

「よ、フユ、塾帰りか?」

 進藤冬美、俺の妹だ。
 声をかけると、フユの肩がピクリとする。

「お、お兄ちゃん!? どうしてこんなところに!」

 フユが振り返ると、腰の辺りまで流され、氷の結晶の髪留めが飾られる黒髪が連動して揺れた。

「学校帰り」
「な、なるほど」

 答えると、僅かに頬を紅くしたフユは、緩やかな目じりを地面の方へと向ける。寒いのかな。
 風邪をひかせるわけにはいかないので、俺はコートを脱ぎフユにかけてやる。

「こ、これ……」
「寒そうだったからな。ちょっとだけ顔も赤いし」

 言うと、何故かフユの頬がさらに紅く染まる。

「っ……! い、いらない!」

 フユが乱暴にコートを剥ぐと、俺へと押し付ける。

「おいおい大丈夫か? 大事な時期なんだから風邪引かない方がいいだろ?」

 フユはもう一か月もすれば高校受験を控えている。ここまで頑張って来たのに試験本番で風邪ひいて本調子が出せなかったら可哀想だ。

「こ、これくらいなんともない。むしろお兄ちゃんが無理して風邪ひいたら私に移すかもしれないもん」
「だったら風邪引いてる間だけ家を出よう。そうすれば万事かいけ……」
「そ、それは駄目!」

 立ち止まり、半ば乗り出し気味に言うフユに言葉を遮られる。
 だが何と思ったか、フユは頬を紅潮させわちゃわちゃ手を振る。

「あ、えと、これは別に寂しいとかそういう意味じゃなくて、その、なんていうの……!」
「あーなるほど、確かにこの時期に家の事をさせるのは気が引けるか」

 何せうちは両親ともども海外赴任で一年のほとんど二人暮らしと言って差し支えないからな。

「でもまぁ別に三日やちょっとくらいなら出前取ればいいし、掃除しなくてもまぁいけるだろ。まさか異世界に行くわけじゃあるまいし……」

 言った瞬間だった。
 足元になにやら光の帯びた幾何学の円が現れる。

「え、これ何……?」

 フユの透き通った声が聞こえると、景色が急激に純白に包まれるのだった。


♢ ♢ ♢


 景色が開けると、床も背景も白い空間の中、俺達は机の前に腰掛ける見知らぬ人たちに囲まれていた。

「なるほど、此度のはつがいか」
「これは今までにない」
「なかなか面白くなりそうですな」

 中年の男や、女、老爺や老婆、色々な人が口々に言う。いや、果たしてこの人たちは人と名状してもいいのだろうか。
 何故なら、白や黒の翼を生やし、他にも周辺に剣を浮遊させていたり、角が生えていたり、とにかく俺達と同じ人というのにはあまりに現実離れしていた。

「お兄ちゃん……」

 フユが俺の腕を抱く力を強くする。きっと不安なのだろう。
 これくらいじゃ何も変わらないとは思うが、少しでも安心してもらうためにフユを軽くなでてやる。

「それじゃあ皆さん、一度席をお立ち下され」

 しわがれた声が後ろから聞こえた。
 その声に呼応するかのように、人外達は立ち上がり、次々へと虚空の中へと歩いて消えていく。

「さぁ顔を見せるのじゃ召喚されし者よ」

 正直、俺も混乱しているが、妹がいる手前動揺してられない。
 振り返ると、そこには小柄のおじいさん玉座に座っていた。所謂トーガと称される服を身に着けていたが、先ほどの人外に比べれば翼などの装飾も施されておらず、人間らしさがあり少しホッとした。

「お主ら、名は何という」
「進藤冬哉。そしてこっちは妹の冬美です」
「ふむふむ、トウヤとフユミか」

 おじいさんが頷くと、傍の杖を手に取って玉座から飛び降り、こちらへとちょこちょこ駆けて来た。
 距離が縮まり始めて気付いたが、このおじいさんは俺の半分くらいしか身長が無い。なんかちょっと可愛いな。
 フユも同じことを感じたのか、強張っていた身体が僅かに緩くなるのを腕越しに感じる。

「さてトウヤとフユミよ。いきなりじゃが……」

 おじいさんが溜めると、杖をこちらにびしりと突き出してくる。

「お主らは異世界の住人に勇者として選ばれた!」

 場を沈黙が支配する。
 え、勇者ってあれか。ネット小説でよく見る異世界を助けるために召喚された現代人的なあれか。

「ぬう、なんじゃその無反応は。勇者じゃぞ、嬉しくないのか」
「いやまぁ、いきなり勇者と言われましても……」

 はいそうですかと言って呑み込めるわけがない。確かにネット小説とか割と読む方だし、知識として少しくらいはある。でもそれはあくまフィクションであり物語での話だ。そんなもの現実に起こるなんて思っても無かったわけだし。だいたいこれが本当にそれなのか確証はない。

「ていうかそもそもあなたやさっきの方々は何者でここはどこなんですか?」

 ある程度予想は出来るが、状況整理のために一応聞いておく。

「そうじゃった。わしは世界を統べる者、先ほどの者共も同じようなものじゃ。そしてこの場所は召喚されし者に勇者としての素質を与えるための、そうじゃな、いわば中継地点じゃ」
「中継地点?」
「うむ。お主らは異世界の人間から【召喚術】を使われて元いた世界から転送された。じゃが【召喚術】によって勇者として選ばれてもまだその段階ではただの無力な人間じゃ。異世界では到底生き抜けん。故に一度この場で、異世界に行っても生きられるよう有利な力を与える仕組みになっておるのじゃ」

 まぁ要約するとここでチート能力を貰える、という事だろう。
 ただ、だからと言って素直に元の世界から出ていくわけにはいかない。何せ俺は一人じゃない。

「中継地点という事はこの後、俺達は日本とは違う別世界に連れていかれるって事ですよね?」
「そうじゃ」

 おじいさんが頷くと、話から置いてけぼりだったであろうフユが初めて反応を示す。

「え、お兄ちゃん、私たちお家に帰れないの?」
「それを今から聞く。それでおじいさん、というわけなんですが、この召喚を放棄する事はできないんでしょうか?」
「選ばれてしまえばわしにはどうする事もできん」

 やっぱりそうか……。でもまぁ一応ダメ元で聞いてみよう。

「でしたら妹だけでも戻してもらえませんか? 力を貰えると言っても異世界はたぶん色々な危険が潜んでいるでしょう。そんなところに行ってこいつを危ない目に遭わせるわけにはいかない」
「残念じゃが」
「そこをなんとか……」
「も、もういい」

 もう少し粘ってみようと口を開くが、フユに制される。

「フユ?」
「よ、よく分からないけど、どこかに行くなら私も付いていく。その、お兄ちゃん一人じゃ心細いだろうし」
「でももしかしたら危ないところかもしれないんだぞ?」
「それでもいい。それはお兄ちゃんも一緒だもん」
「でも……」

 気持ちは本当にありがたいが、もしフユの身に何かあったらと思うと安心して夜も眠れない。
 ……ただ、放棄できないという事実がある以上、これ以上何か言って同じ事か。

「分かりました」

 それにフユ一人で異世界に行くわけじゃない。いざとなれば兄である俺が守ってやればいいだけの事だろう。

「うむ。では時間も無限ではない。早速じゃがお主らに力を与えようと思う!」

 急に来たな……。これはおじいさん、俺が何言ってたとしても絶対に召喚を放棄さないつもりだったな。

「まずは力や体力と言った基礎力の底上げじゃ」

 おじいさんが俺とフユそれぞれに杖を触れさせると、視界が燈色の光に包まれる。
 おお、なんか体が凄い軽くなった気がする。

「そして後はそれぞれにしか使えない特別な能力を与えるぞ! お主らスマホは持ってるか」
「え、ああはい……」

 言われるがままに取り出すと、画面にはSSR能力確定ガチャの文字があった。

「なんだこれ」
「お主の世界の人々は皆ガチャが好きなのじゃろ? 【ガチャる】をタップすれば固有能力がランダムに排出される。わしからのちょっとしたサービスじゃ」

 いやまぁあながちガチャ好きなのは間違ってないだろうけど別にいらない……。まぁいいや、引こ。
 ガチャるをタップすると、紋章付きの封筒が現れた。なにデレラステージだよこれ。
 封筒が開かれると、暗転した画面に可愛らしい文字が浮ぶと、能力抽出の文字と共にカードが現れた。なにGOだよ、混ぜるなよ。ていうかそれ書かれるとあんまり嬉しくない……。
 まぁいいかと見れば、そこのカードには【基礎力増強X】の文字が見えた。
 うわー……SSRにしては地味っぽいなぁ。

「ヨスガノ剣……?」

 フユが聞き慣れない単語を呟く。
 スマホ画面を覗いてみると、かっこいい剣の絵の上には【ヨスガノ剣】と書かれたカードが映っていた。






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