ただの雑草
ただの雑草
ーー俺は名のある雑草だった。
肌を炙るような日差しに文字通り根を上げてしまった俺は、頑張ったら熱気が見えそうな道路の隙間で倒れていた。
一年で一番厳しい季節が今だ。逆に言えば、今さえ乗り切ればなんとかなる。雑草の俺は五年前にここで芽生えた。一年目はまだ小さい小さい子どもだったが、半分土を被っていて日差しをもろに受けなかったので、夏を乗り切ることができた。
ニ年目が一番辛かった。中途半端に成長したために根が上手く張れず、栄養不足に陥ったまま夏を迎えてしまったからだ。日差しをもろに受ける中、体力のない雑草が生き残れるほど甘くはなかった。
しかし、俺は奇跡的に生き残ることができた。夏中盤辺りの記憶はあやふやだったが、もう無理だと思ったことだけは覚えている。
三、四年目は俺の全盛期だった。根、茎、葉は最大限に成長し、葉脈からは生気が溢れていた。夏が厳しいものに変わりはなかったとは言え、以前とは比べものにならないほど楽だった。
そして、現在五年目を迎えている俺は明らかに衰弱していた。寿命が来たというのもそうなのだろうが、春先に自転車に轢かれ、そこで負った傷がもとで病気にかかり、それ以来ずっと調子が悪い。
恐らく、この夏で最後……運が良ければ秋まで保つかもしれない。このままただ死ぬのも味気ない。今まで生きてきた軌跡でも書き残せればとも思ったが、生憎そんな手段は持っていないので、俺は過去を思い起こして懐かしもうと考えた。
過去と言ってもそんなに大層なことは起きていなかった気がするし、いざ思い出そうとしても中々難しいものだ。
それでも、土から出てきて一番驚いた存在については覚えている。それは人間である。目の前に自分より遥かに大きいものが動いていたら、驚くのは当然だが、他にも理由はあった。
それは人が雑草と比べれば天と地ほど差があるくらい快適で不自由のない生活をしているにも関わらず、自殺しようとすることだった。
俺の後ろには病院と呼ばれる建物がある。観察していたところ、ここには精神の病んだ人間が多く通っていることが分かった。彼ら彼女らは常に虚ろで生気を感じないので、一目で判断することができる。
雑草はとにかく暇だ。それ故に考える時間は山ほどあった。しかし、人間が自殺する理由についてはよく分からなかった。
病院を出入りするのは患者だけではなく、看護師や医者も出入りする。その時に聞いた話なのだが、どうやら自殺する人は人間関係が上手くいかずに心が病んでいる場合が多いそうだ。
飢餓、病気ばかりを気にしていた俺にとって他者との関係で心が病むというのはしっくり来なかった。大切なもの、支えとなるものが失われることはもの凄く辛いと言うのだ。俺は自分の命が一番大切だからこそ理解できないのかもしれないが。まだまだ生きたい俺は、死にたいならその命俺にくれれば良いのに……と恨めしい気持ちになってきたので、考えるのは止めて一休みすることにした。
季節は蝉が転がっている頃、もうすぐ秋になる時期に来ていた。まだ考えるくらいの元気はあったので、俺はさっそく今日知ったことについて考えていた。それは人間には名前というものがあるということだった。
それを知ってすぐに俺にも名前があるのか気になった。格好良い名前なら良いのだが……。
そんな時、人間の親と子が俺に近づいて来た。そして、子が俺の真上に手をやると勢い良く引き抜いた。ぶちぶちと音を立て、俺は全身が露わになったまま空中に吊されていた。
全く抵抗することができない状態。引き抜いたくらいだ、息の根を止めることくらい容易い。今すぐにでも死ぬかもしれないと思うと怖かった。体を心を支えるものがなくなり、大切なものを失う一歩手前になって雑草は気づく。人間に他者に引き千切られるくらいなら、自ら死んだ方がマシだと。
子は雑草を持ち上げたまま見つめている。
「ちょっと、急に走って危ないでしょ」と親は言いながら、子に近づいてくる。
「母さん、これ前自由研究の時、持って帰って、その後またここに植えた雑草じゃない?」
「ああ、確かその種類だったと思うけど、全く同じとは限らないわよ」
「いや、同じだから」
「はいはい」
「名前何だったっけ?」
「う~ん、思い出せないけど、図鑑に載ってたから、帰ったら、見てみよっか」
「うん分かった」
二人はそう言って歩いて行った。
雑草はいつの間にか放り投げられていた。
「このまま死ぬのか」
もう終わると思うと悲しみはあったし、恐怖もしたが、気持ちはもう穏やかになっていた。
そう、俺は自分に名前があることを知れたのだ。大きなことではないかもしれないが、最後に望みが叶ったことで満足していた。名前を知ることはできなかったが、それも一興だろう。
しばらくして、雑草は考えるのを止めた。
最後にこう思ってーー
肌を炙るような日差しに文字通り根を上げてしまった俺は、頑張ったら熱気が見えそうな道路の隙間で倒れていた。
一年で一番厳しい季節が今だ。逆に言えば、今さえ乗り切ればなんとかなる。雑草の俺は五年前にここで芽生えた。一年目はまだ小さい小さい子どもだったが、半分土を被っていて日差しをもろに受けなかったので、夏を乗り切ることができた。
ニ年目が一番辛かった。中途半端に成長したために根が上手く張れず、栄養不足に陥ったまま夏を迎えてしまったからだ。日差しをもろに受ける中、体力のない雑草が生き残れるほど甘くはなかった。
しかし、俺は奇跡的に生き残ることができた。夏中盤辺りの記憶はあやふやだったが、もう無理だと思ったことだけは覚えている。
三、四年目は俺の全盛期だった。根、茎、葉は最大限に成長し、葉脈からは生気が溢れていた。夏が厳しいものに変わりはなかったとは言え、以前とは比べものにならないほど楽だった。
そして、現在五年目を迎えている俺は明らかに衰弱していた。寿命が来たというのもそうなのだろうが、春先に自転車に轢かれ、そこで負った傷がもとで病気にかかり、それ以来ずっと調子が悪い。
恐らく、この夏で最後……運が良ければ秋まで保つかもしれない。このままただ死ぬのも味気ない。今まで生きてきた軌跡でも書き残せればとも思ったが、生憎そんな手段は持っていないので、俺は過去を思い起こして懐かしもうと考えた。
過去と言ってもそんなに大層なことは起きていなかった気がするし、いざ思い出そうとしても中々難しいものだ。
それでも、土から出てきて一番驚いた存在については覚えている。それは人間である。目の前に自分より遥かに大きいものが動いていたら、驚くのは当然だが、他にも理由はあった。
それは人が雑草と比べれば天と地ほど差があるくらい快適で不自由のない生活をしているにも関わらず、自殺しようとすることだった。
俺の後ろには病院と呼ばれる建物がある。観察していたところ、ここには精神の病んだ人間が多く通っていることが分かった。彼ら彼女らは常に虚ろで生気を感じないので、一目で判断することができる。
雑草はとにかく暇だ。それ故に考える時間は山ほどあった。しかし、人間が自殺する理由についてはよく分からなかった。
病院を出入りするのは患者だけではなく、看護師や医者も出入りする。その時に聞いた話なのだが、どうやら自殺する人は人間関係が上手くいかずに心が病んでいる場合が多いそうだ。
飢餓、病気ばかりを気にしていた俺にとって他者との関係で心が病むというのはしっくり来なかった。大切なもの、支えとなるものが失われることはもの凄く辛いと言うのだ。俺は自分の命が一番大切だからこそ理解できないのかもしれないが。まだまだ生きたい俺は、死にたいならその命俺にくれれば良いのに……と恨めしい気持ちになってきたので、考えるのは止めて一休みすることにした。
季節は蝉が転がっている頃、もうすぐ秋になる時期に来ていた。まだ考えるくらいの元気はあったので、俺はさっそく今日知ったことについて考えていた。それは人間には名前というものがあるということだった。
それを知ってすぐに俺にも名前があるのか気になった。格好良い名前なら良いのだが……。
そんな時、人間の親と子が俺に近づいて来た。そして、子が俺の真上に手をやると勢い良く引き抜いた。ぶちぶちと音を立て、俺は全身が露わになったまま空中に吊されていた。
全く抵抗することができない状態。引き抜いたくらいだ、息の根を止めることくらい容易い。今すぐにでも死ぬかもしれないと思うと怖かった。体を心を支えるものがなくなり、大切なものを失う一歩手前になって雑草は気づく。人間に他者に引き千切られるくらいなら、自ら死んだ方がマシだと。
子は雑草を持ち上げたまま見つめている。
「ちょっと、急に走って危ないでしょ」と親は言いながら、子に近づいてくる。
「母さん、これ前自由研究の時、持って帰って、その後またここに植えた雑草じゃない?」
「ああ、確かその種類だったと思うけど、全く同じとは限らないわよ」
「いや、同じだから」
「はいはい」
「名前何だったっけ?」
「う~ん、思い出せないけど、図鑑に載ってたから、帰ったら、見てみよっか」
「うん分かった」
二人はそう言って歩いて行った。
雑草はいつの間にか放り投げられていた。
「このまま死ぬのか」
もう終わると思うと悲しみはあったし、恐怖もしたが、気持ちはもう穏やかになっていた。
そう、俺は自分に名前があることを知れたのだ。大きなことではないかもしれないが、最後に望みが叶ったことで満足していた。名前を知ることはできなかったが、それも一興だろう。
しばらくして、雑草は考えるのを止めた。
最後にこう思ってーー
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コメント
ノベルバユーザー599850
構成の筋がガッシリしてて強さに説得力あるのも好感でした。
次回は長く続いてくれると嬉しいです。