やがて枯れる花たちへ

こむぎ子

「もしもし、死体安置所ですか?」

「もしもし、死体安置所ですか?」
ここは死体安置所。私は生者。
納棺するまでの僅かな時間を過ごす場所。不謹慎だけど入ることが出来る。
年々自殺者が更新されることで開発された施設。死体安置所の安置される場所へ入り自分の死を見つめ直すという更生施設らしい。VRなんかで自分が死ぬ体験だったり死後の世界を見ることも出来るらしいが、ここは静かで心地良い。冷たさに反して自分の体温を感じる。不釣り合いな温もりだ。
彼が死んでから1ヶ月。あの日は時々フラッシュバックする。世間がもう腐り切っていることを実感した日。まるで映画のワンシーンのように人はそれを見て歩く。悲しかった。人の生死さえコンテンツのように扱われることが悲しかった。背景が無いから泣けないのだろうかと思った。死ぬまで彼は観客に素通りされる様を感じ続けるしか無かった。それが無性に悲しい。忘れさせるように降りかかる情報量の雨と翌日の豪雨が彼の吐いた血を道路から流していく。死体に同情すると連れて行かれると誰かが言った。一人は寂しいでしょう。だから形だけでもと思った私に友人が手を伸ばして椅子から引きずり下ろした。そして病院を経て今がある。彼もこの中に入っていたのだろうか。冷たい部屋から出されて白く清潔な棺の中に入れられ、化粧を施され、昇っていくのだろうか。私はそちらに行けない。だから川の縁まで送っていこう。春の桜の下、夏の灯篭、秋の死者の日、冬の一周忌、1年をかけて全てを贈ろう。そして暖かな日に、もう大丈夫だよと言われるように、2時間映画で涙するような人生では無いと証明しよう。

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