禁断の愛情 怨念の神
三人の力
胸が熱い。
呼吸ができない。
目を開けると、地獄の業火が周囲を飲み込んでいた。
私は灼熱の炎に囲まれていた。
胸が熱い。呼吸ができない。
されど逃げ出すことはできない。私の足は巨大な釘に打ち込まれていた。動こうとすると全身に激痛が走る。鈍い血が溢れ出る。
動こうが動くまいが、どちらも果ては地獄。
死ぬしかない。
「……ら」
どこからともなく声が聞こえる。
「こら!!」
ぼんやりと呼ばれた方向を振り向く。
その声の主を見て、私は目を見開いた。
「ショウイチ……」
「なーにがショウイチ……だよ。こんなとこで何してんだ」
「あなた、生きていたの……」
言ってから、私は自分の発言の愚かしさに気づいた。
目の前にいるショウイチは、これまで私が接していた彼ではなかった。真っ黒だった髪は白に染め上げられ、唇にも色がない。よく見ると、彼の腰から下が消えていた。
「そっか……」
私は力なく顔を落とした。
「あなたは……死んだのね。ショウイチ」
「ああ、あんなに蜘蛛がいちゃさすがにな。足を喰われてお陀仏さ」
言葉の内容とは裏腹に、ショウイチの表情は穏やかだった。空気を読まずに軽口を叩くような、いつもの彼だ。
「なあ、チヨコ……なんでおまえがここにいるんだよ?」
「え……?」
「ここは欲にとりつかれた化けモンどもの世界だ。ほれ、まわりを見てみろよ」
言われて周囲を見渡す。炎の渦の向こう側で、人々が飽くなき戦争を繰り広げていた。
互いが互いを殺しあっている。おぞましいことに、一度死んだと思えばまた立ち上がっていた。顔面が潰れても、胸が貫通しても、それでも戦争を繰り返す。
「あの光線を喰らってから、俺はもうここの住人になっちまったようだ。情けねえよな。俺、絶対おまえを守るって約束したのによ」
「そんな……」
ショウイチはたくましかった。私とミノルを守ってくれた。彼がいなければ、私たちはいまごろ巨大蜘蛛になっていた。
「けど、おまえは違う。この地獄に来てもまだ抵抗してる。その釘とまわりの炎で自分を守ってる。本当にすげえ奴だよ、おめえは……」
「私は、私は、そんなにすごい人間じゃないよ……」
みんながいたからこそ、ここまで生き延びられた。
私ひとりの力なんて、ちっぽけで、たいしたことない。
でも。
だからって逃げるわけにはいかない。決めたはずだ。故郷を、人々を、世界を救ってみせると。
途端、私の片手が急に急に輝き始めた。三つの小さな勾玉の石が徐々に光の強度を増していく。
 「お」
とショウイチがにこやかな笑みを浮かべた。
「さすがじゃねえか。もう自力で脱出しようとしてる」
胸の苦しみが薄れていく。徐々に呼吸が楽になっていく。
と。
「ガガガ……」
低い男の声が響き渡り、思わずぎょっとする。
あろうことか、無数の人間が、炎の渦を無理やり通過してきている。矢が何本か私の顔をかすめていく。奴らの怨念の影響か、手のなかの光が少しずつ弱まっていく。
「はあ、やれやれ……無粋な連中だな」
ショウイチは面倒くさそうに頭をボリボリとかいた。それからさすがの超速度で敵との距離を詰め、強烈なまわし蹴りを放つ。男たちは鈍い悲鳴をあげて吹っ飛んでいった。
「さあ、立ち上がれチヨコ! おまえはここにいちゃいけねえ!」
敵が離れたおかげか、石の光度が増強していく。怨神の神聖な力が、ふわふわと私を包み込む。
私は直感的にショウイチへ向けて叫んだ。
「でもショウイチ、あなたは……!」
「ありがとよ! おまえといられて楽しかったぜ!」
横顔だけをこちらに向け、親指を立てるショウイチ。
「なに言ってんの! お世話になったのは私のほう! 本当にありが――」
その言葉が、最後まで届いたのかはわからない。
気づけば、蒼の光が視界を覆い尽くし、なにも見えなくなっていた。
★
いつしか現実の世界に戻ってきていたらしい。隣には片手で私を抱き締めるミノル。そして真正面には、私たちを取って食わんとするばかりに大きく口を開けた欲の化身。
私とミノルの持つ勾玉の石により、欲の化身はこれ以上私たちに近づけないようだ。まさに神力の力比べである。石の青いきらめきが厚い壁となって、私たちを守ってくれている。
「泣いている……の?」
隣のミノルが訊ねてきた。辛そうに片目を閉じている。
「……うん」
と私は頷いた。
視界が大きく歪んでいた。涙が溢れて溢れて止まらない。
「ショウイチがね……助けてくれたの」
一瞬ミノルはきょとんとしたが、すべてを理解したように小さく頷いた。
「チヨコ……危なかったんだ。巨大蜘蛛になりかけてた。それを……助けてくれたんだね」
「うん……でも安心して。もう負けないから」
「へ……?」
私は勾玉の石をすべて地面に落とした。私たちを守っていた神の障壁が、一気に薄れていく。
「チ、チヨコ。なにを……?」
私の行動があまりにも予想外だったのだろう、ミノルが動揺したように言った。
「ググ……ギャア!」
障壁がなくなったことで、欲の化身は好機とばかりに飛び付いてきた。
私はそんな《彼》を、そのまま受け止めた。どす黒い霊気を放つ欲の化身を、ぎゅっと抱き締める。
「ガ……ガガガ?」
ぴたりと欲の化身が動きを止める。
「怖かったね、辛かったね……。でも大丈夫、あなたの苦しみは私が受け止める」
憎しみにとらわれていたとき、私はひとりだった。
誰もいなかった。
それをショウイチが救ってくれた。
彼だけじゃない。弱い自分を受け入れてくれる人がいた。
それだけで私は幸せだった。
憎しみを、憎しみで返していては世話がない。それでは同じことの繰り返しだ。
最初から、私たちに敵なんていない。
「ごめんね……私、あなたの苦しみに気づけなかった。大変だったよね……たったひとりで」
その瞬間。
欲の化身は一粒の涙を落とした――ような気がした。
気づけば、その黒い物体は消えていた。
呼吸ができない。
目を開けると、地獄の業火が周囲を飲み込んでいた。
私は灼熱の炎に囲まれていた。
胸が熱い。呼吸ができない。
されど逃げ出すことはできない。私の足は巨大な釘に打ち込まれていた。動こうとすると全身に激痛が走る。鈍い血が溢れ出る。
動こうが動くまいが、どちらも果ては地獄。
死ぬしかない。
「……ら」
どこからともなく声が聞こえる。
「こら!!」
ぼんやりと呼ばれた方向を振り向く。
その声の主を見て、私は目を見開いた。
「ショウイチ……」
「なーにがショウイチ……だよ。こんなとこで何してんだ」
「あなた、生きていたの……」
言ってから、私は自分の発言の愚かしさに気づいた。
目の前にいるショウイチは、これまで私が接していた彼ではなかった。真っ黒だった髪は白に染め上げられ、唇にも色がない。よく見ると、彼の腰から下が消えていた。
「そっか……」
私は力なく顔を落とした。
「あなたは……死んだのね。ショウイチ」
「ああ、あんなに蜘蛛がいちゃさすがにな。足を喰われてお陀仏さ」
言葉の内容とは裏腹に、ショウイチの表情は穏やかだった。空気を読まずに軽口を叩くような、いつもの彼だ。
「なあ、チヨコ……なんでおまえがここにいるんだよ?」
「え……?」
「ここは欲にとりつかれた化けモンどもの世界だ。ほれ、まわりを見てみろよ」
言われて周囲を見渡す。炎の渦の向こう側で、人々が飽くなき戦争を繰り広げていた。
互いが互いを殺しあっている。おぞましいことに、一度死んだと思えばまた立ち上がっていた。顔面が潰れても、胸が貫通しても、それでも戦争を繰り返す。
「あの光線を喰らってから、俺はもうここの住人になっちまったようだ。情けねえよな。俺、絶対おまえを守るって約束したのによ」
「そんな……」
ショウイチはたくましかった。私とミノルを守ってくれた。彼がいなければ、私たちはいまごろ巨大蜘蛛になっていた。
「けど、おまえは違う。この地獄に来てもまだ抵抗してる。その釘とまわりの炎で自分を守ってる。本当にすげえ奴だよ、おめえは……」
「私は、私は、そんなにすごい人間じゃないよ……」
みんながいたからこそ、ここまで生き延びられた。
私ひとりの力なんて、ちっぽけで、たいしたことない。
でも。
だからって逃げるわけにはいかない。決めたはずだ。故郷を、人々を、世界を救ってみせると。
途端、私の片手が急に急に輝き始めた。三つの小さな勾玉の石が徐々に光の強度を増していく。
 「お」
とショウイチがにこやかな笑みを浮かべた。
「さすがじゃねえか。もう自力で脱出しようとしてる」
胸の苦しみが薄れていく。徐々に呼吸が楽になっていく。
と。
「ガガガ……」
低い男の声が響き渡り、思わずぎょっとする。
あろうことか、無数の人間が、炎の渦を無理やり通過してきている。矢が何本か私の顔をかすめていく。奴らの怨念の影響か、手のなかの光が少しずつ弱まっていく。
「はあ、やれやれ……無粋な連中だな」
ショウイチは面倒くさそうに頭をボリボリとかいた。それからさすがの超速度で敵との距離を詰め、強烈なまわし蹴りを放つ。男たちは鈍い悲鳴をあげて吹っ飛んでいった。
「さあ、立ち上がれチヨコ! おまえはここにいちゃいけねえ!」
敵が離れたおかげか、石の光度が増強していく。怨神の神聖な力が、ふわふわと私を包み込む。
私は直感的にショウイチへ向けて叫んだ。
「でもショウイチ、あなたは……!」
「ありがとよ! おまえといられて楽しかったぜ!」
横顔だけをこちらに向け、親指を立てるショウイチ。
「なに言ってんの! お世話になったのは私のほう! 本当にありが――」
その言葉が、最後まで届いたのかはわからない。
気づけば、蒼の光が視界を覆い尽くし、なにも見えなくなっていた。
★
いつしか現実の世界に戻ってきていたらしい。隣には片手で私を抱き締めるミノル。そして真正面には、私たちを取って食わんとするばかりに大きく口を開けた欲の化身。
私とミノルの持つ勾玉の石により、欲の化身はこれ以上私たちに近づけないようだ。まさに神力の力比べである。石の青いきらめきが厚い壁となって、私たちを守ってくれている。
「泣いている……の?」
隣のミノルが訊ねてきた。辛そうに片目を閉じている。
「……うん」
と私は頷いた。
視界が大きく歪んでいた。涙が溢れて溢れて止まらない。
「ショウイチがね……助けてくれたの」
一瞬ミノルはきょとんとしたが、すべてを理解したように小さく頷いた。
「チヨコ……危なかったんだ。巨大蜘蛛になりかけてた。それを……助けてくれたんだね」
「うん……でも安心して。もう負けないから」
「へ……?」
私は勾玉の石をすべて地面に落とした。私たちを守っていた神の障壁が、一気に薄れていく。
「チ、チヨコ。なにを……?」
私の行動があまりにも予想外だったのだろう、ミノルが動揺したように言った。
「ググ……ギャア!」
障壁がなくなったことで、欲の化身は好機とばかりに飛び付いてきた。
私はそんな《彼》を、そのまま受け止めた。どす黒い霊気を放つ欲の化身を、ぎゅっと抱き締める。
「ガ……ガガガ?」
ぴたりと欲の化身が動きを止める。
「怖かったね、辛かったね……。でも大丈夫、あなたの苦しみは私が受け止める」
憎しみにとらわれていたとき、私はひとりだった。
誰もいなかった。
それをショウイチが救ってくれた。
彼だけじゃない。弱い自分を受け入れてくれる人がいた。
それだけで私は幸せだった。
憎しみを、憎しみで返していては世話がない。それでは同じことの繰り返しだ。
最初から、私たちに敵なんていない。
「ごめんね……私、あなたの苦しみに気づけなかった。大変だったよね……たったひとりで」
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