禁断の愛情 怨念の神
豪気な若者
「チヨコー!」
怒声とともに、ミノルは力強く私の手を握りしめた。足が地面から離れていく感触があった。視線を落とすと、ショウイチがみるみるうちに米粒のように小さくなっていく。
「もしかしたら怨神は、いつかこうなることがわかっていたのかもしれない」
とミノルはつぶやいた。
「……洗脳が解けても、神の力は残ってる」
神の力。それはたしかに偉大だった。人間の世界をこうして天空から見下ろすのは初めてだ。そしてその神を私たちは失った。欲を制御する者がいなくなったいま、私たちはこうして争うしかないのか。
すっかり遠くなった清恨の森を見る。ずっと私を支えてくれたショウイチでさえ、簡単に悪魔と成り果ててしまった。これから私たちはどうすれば――
「ニガサナイヨ……」
背筋が震えた。この声は……
ミノルが進行を止めた。人型の欲の化身に先回りされたからだ。
「オレダッテ、チヨコト、ムスバレタイ……」
「デモ、ダメナンダ。オレジャ、チヨコヲ、シアワセニデキナイ……」
「オレハ、ナンテ、チッポケナンダ……」
欲の化身はショウイチの声で悲痛にささやき始めた。
「クルシイ……。クルシイヨ、チヨコェェエエ!」
瞬間、欲の化身は全身を大の字に広げた。奴の身体のあらゆる箇所から、欲望の放射線が次々と放たれていく。清恨の森だけでなく、地上のあらゆる世界が怨念に取り込まれていく。
「く、くそ……戦うしかないのか……!」
「ミノル! やめて!」
私を持ち上げている時点で、彼は片手がふさがっている。さきほどの戦いでもう片方の腕を失ったミノルが、まともに戦えるはずがない。そもそも戦って勝てる相手とも思えない。
私は胸元をまさぐり出した。大切に首にかけてあった勾玉の石を取り出し、欲の化身にむけてかざす。蒼の淡いきらめきが、ほのかに浮かび上がる。
「ウグッ……」
欲の化身は目がくらんだ――ように見えた。
「いまよ、逃げて!」
「でも、どこに……」
「私に考えがある! 案内するから、まずは地上に降りて!」
★
世界にもはや安息の地はなかった。
あいつの放つ怨念の放射線は、人間だけでなく動物をも怪物へと変える。そして深林を一瞬にして枯渇させ、花からもその美しさを奪う。世界のありとあらゆる命が、怨念に取り込まれていく……
空を見上げると、これも怨念の影響か、赤銅色の雲に覆われていた。こんな世紀末をかつて見たことがない。
泣いている、と思った。みんな泣いている。
大量の枯れ葉を踏みしめながら、私たちは無我夢中で走っていた。空を飛ぶと奴に見つかるおそれがあった。
凶悪な彷徨もそこかしこで聞こえる。巨大蜘蛛が見境なく暴走しているのだ。紫の体液を垂らし、身体を裂かれて絶命している個体までいる。
「危ない!」
背後からのミノルの怒声で気づいた。右方向から、巨大蜘蛛が枯れ木を押し倒しながら突進してくる。
化け物だ、と思った。欲に取りつかれたあいつは、すべてのものを敵対視している。
私は刀を抜いた。くるならくればいい。私は逃げも隠れもしない。
蜘蛛の冷利な爪が、あらゆる方向から襲いかかってくる。人間のやわな皮膚なぞいともたやすく切り裂くであろうその凶器を、私は刀ですべて受け止めた。賊の一員から譲り受けたこの刀から、心なしか力をもらっている気がした。
「チヨコ、どいて!」
後方からのミノルの声。
私が左方向に走り出した瞬間、紅の光線が巨大蜘蛛の頭部を貫通した。さすがの威力だった。巨大蜘蛛は弱々しい悲鳴をあげながら、だらんと八本の腕を垂らし、胴体ごと地面に伏した。
「どうやら一匹一匹はそこまで強くないようだね」
私は頷いた。私たちが故郷で闘った巨大蜘蛛は、そもそもが神なのだ。それに比べれば、この巨大蜘蛛たちとはまだ善戦できる。
「こう言ったら不謹慎だけど……なんだか懐かしいね。あのときも私たちは二人で闘ったんだ」
「うん。あれから世界は変わってしまった。なにもかもが」
でも、もう私は諦めない。私が世界を地獄に引きずり込んだのだ。平和を取り戻す義務が私にはある。
視線を前方へと戻した。
綺麗に設えられた石畳と、その先に構える洞窟。私の思った通り、わずかに人の気配がする。
「賊の拠点地、か……」
ぼそりとミノルがつぶやいた。
「知ってるの?」
「映像だけね。都を破壊して、次はここも狙う予定だった」
「そう……」
頑丈な石で構成されているためか、なんとか上空からの光線にも耐えきれているようだ。だがそれも、あいつに見つからなければの話になる。
「なんでここに来たんだい? 隠れるつもりでもないよね」
「後で話すわ。とにかく中へ入りましょう」
以前と比べれば、内部は静かなものだった。戦闘員のほとんどはやはり負傷したか、帰らぬ人となってしまったのだろう。代わりに、まるで戦闘経験もなさそうな女子供があちらこちらにいる。みな一様におびえているようだ。
思った通りだ。ここは怨念から身を守るための駆け込み寺となっている。さきほど怨神討伐のために村民らが清恨の森に来ていたが、その関係者であろう。
さらに奥へ進むと、見覚えのある扉が見えてきた。かつてカクゾウと作戦会議をした部屋だ。
扉を開けて、まず安堵した。カクゾウはやはり生きていた。五人の老人たちと机を囲み、何事かを話し込んでいる。その五人のうち一人の顔を見て、私は息を呑んだ。
「ち、長老……!」
「お、おお……チヨコか!!」
ずいぶん懐かしい顔だった。長老はしばらくぽかんと私とミノルを見上げると、涙を浮かべながら抱きついてきた。
「よかった……生きていたか、生きていたか!」
「はい……なんとか」
長老は私の両肩に手を置くと、一歩私から引いた。穏やかな瞳に見つめられ、思わず懐かしさが込み上げてきた。
「うむ。また大きく成長したようじゃの、チヨコ」
「いえ、私は……」
「気にするな。話はすべて聞いておる。大変じゃったろう」
「そんな……」
恐縮する私に頷いてから、長老は私の肩越しのミノルへ視線を送った。
「帰ってきたか。ミノルよ」
「……はい。ご迷惑をかけました」
「あまり自分を責めるでないぞ。わしの村を救ったのもまた、おぬしなのだ」
「とんでもないです……」
二人の会話を聞きながら、私はカクゾウへ視線を落とした。
「チヨコか。生きていたようだな」
と相変わらずの無表情でカクゾウが言った。
「お互いにね。それにしても、なんて風のふきまわしよ?」
「なにがだ」
「一般の村民をかくまうなんて、賊のやることじゃないってこと」
「はっ、それを条件にこいつらと手を組んだんさ」
そう言ったのは五人の老人のうちのひとりであった。
「ってことはやっぱり、みなさんも各地の村の村長さん?」
「おう。作戦会議ってやつだ」
自然と笑顔が浮かんできた。よかった。いまのところすべて思った通りだ。怨神のことは各地の長老が一番詳しい。カクゾウが頼るとしたら彼らしかいない。
   
私は胸元から勾玉の石を取りだし、皆に向かって口を開いた。
「この石は怨神の力の一部。さっき人型の化け物も、この石にはひるんでた。一瞬だけどね」
「……ほう?」
「ここには各地の長老が集まってる。ってことは、すべての石が揃うわね」
カクゾウの目が徐々に見開かれていく。
「チヨコ。おまえまさか……」
私は頷いた。
石ひとつでは、奴の動きを止めるだけで精一杯だ。
だが、石のすべてが揃えば。
怨神の力が、完全にひとつにまとまれば。
沈黙が流れた。みな私の提案を慎重に咀嚼しているようだった。
やがて私の故郷の長老が、重たそうに口を開いた。
「たしかに筋は通っておるが……ひとつ問題がある」
「え……?」
きょとんとする私に、長老は申し訳なさそうに言った。
「その方法が確実にうまくいく保証はないのであろう?」
「はい、実際にやってみないことには……」
「ならば、誰がそれをやるのじゃ。失敗すれば奴の餌食になってしまうぞ」
たしかにその通りだ。もし私の提案が間違いであれば、作戦の実行役は間違いなく巨大蜘蛛にさせられる。
でも。
「他にあいつを止める方法はありません。私がやります」
「お、おいおい、あまり突っ走るな。よく考えることも大事じゃぞ」
「これ以上時間がありますか。いまにも多くの人が亡くなっているのに」
「し、しかし……」
長老は黙り込んでしまった。
確実な方法なんてわかるわけがない。だったら思い付く限りの努力をする以外にない。
沈黙を打ち破ったのは、カクゾウのどっしりとした声だった。
「その言葉。二言はないな」
ゆっくり頷いた。
事態がここまでややこしくなったのは私の責任だ。私以外に誰がやる。
「安心して。もし私が化け物になっても、容赦なく殺していいから」
再び静寂が訪れる。長老が他の打開策を懸命に考えてくれているようだが、なにも思いつかないらしい。
「情けないの……若者にすべてを任せるしかないのか」
無念そうにうなだれる長老。
しかし次の瞬間、予想外の発言があった。
「……なら、僕もやるよ」
驚いて私はミノルに目を向けた。
なんで。こんな危険な役は私ひとりで充分なのに。
ふん、とカクゾウが鼻を鳴らした。
「麗しい愛情というやつか。だが認められんな。もし失敗すれば、化け物が二体になる」
しかしミノルは引かなかった。
「あの欲望は怨神でも手に負えなかった最悪の化け物だ。悪いけど、石だけじゃ力が足りない」
「……ほう? その力の埋め合わせを貴様がやるというのか?」
「そういうことさ。僕は唯一の、怨神から力を授かった人間だ」 
がっはっは、と村長のひとりが笑い声をあげた。
「南の村長よ。おまえのところにはずいぶんと豪気な若者がいるではないか」
「し、しかし……」
「いいではないか。いまどきこんな人間はおらん。彼女らにすべて託そう」
怒声とともに、ミノルは力強く私の手を握りしめた。足が地面から離れていく感触があった。視線を落とすと、ショウイチがみるみるうちに米粒のように小さくなっていく。
「もしかしたら怨神は、いつかこうなることがわかっていたのかもしれない」
とミノルはつぶやいた。
「……洗脳が解けても、神の力は残ってる」
神の力。それはたしかに偉大だった。人間の世界をこうして天空から見下ろすのは初めてだ。そしてその神を私たちは失った。欲を制御する者がいなくなったいま、私たちはこうして争うしかないのか。
すっかり遠くなった清恨の森を見る。ずっと私を支えてくれたショウイチでさえ、簡単に悪魔と成り果ててしまった。これから私たちはどうすれば――
「ニガサナイヨ……」
背筋が震えた。この声は……
ミノルが進行を止めた。人型の欲の化身に先回りされたからだ。
「オレダッテ、チヨコト、ムスバレタイ……」
「デモ、ダメナンダ。オレジャ、チヨコヲ、シアワセニデキナイ……」
「オレハ、ナンテ、チッポケナンダ……」
欲の化身はショウイチの声で悲痛にささやき始めた。
「クルシイ……。クルシイヨ、チヨコェェエエ!」
瞬間、欲の化身は全身を大の字に広げた。奴の身体のあらゆる箇所から、欲望の放射線が次々と放たれていく。清恨の森だけでなく、地上のあらゆる世界が怨念に取り込まれていく。
「く、くそ……戦うしかないのか……!」
「ミノル! やめて!」
私を持ち上げている時点で、彼は片手がふさがっている。さきほどの戦いでもう片方の腕を失ったミノルが、まともに戦えるはずがない。そもそも戦って勝てる相手とも思えない。
私は胸元をまさぐり出した。大切に首にかけてあった勾玉の石を取り出し、欲の化身にむけてかざす。蒼の淡いきらめきが、ほのかに浮かび上がる。
「ウグッ……」
欲の化身は目がくらんだ――ように見えた。
「いまよ、逃げて!」
「でも、どこに……」
「私に考えがある! 案内するから、まずは地上に降りて!」
★
世界にもはや安息の地はなかった。
あいつの放つ怨念の放射線は、人間だけでなく動物をも怪物へと変える。そして深林を一瞬にして枯渇させ、花からもその美しさを奪う。世界のありとあらゆる命が、怨念に取り込まれていく……
空を見上げると、これも怨念の影響か、赤銅色の雲に覆われていた。こんな世紀末をかつて見たことがない。
泣いている、と思った。みんな泣いている。
大量の枯れ葉を踏みしめながら、私たちは無我夢中で走っていた。空を飛ぶと奴に見つかるおそれがあった。
凶悪な彷徨もそこかしこで聞こえる。巨大蜘蛛が見境なく暴走しているのだ。紫の体液を垂らし、身体を裂かれて絶命している個体までいる。
「危ない!」
背後からのミノルの怒声で気づいた。右方向から、巨大蜘蛛が枯れ木を押し倒しながら突進してくる。
化け物だ、と思った。欲に取りつかれたあいつは、すべてのものを敵対視している。
私は刀を抜いた。くるならくればいい。私は逃げも隠れもしない。
蜘蛛の冷利な爪が、あらゆる方向から襲いかかってくる。人間のやわな皮膚なぞいともたやすく切り裂くであろうその凶器を、私は刀ですべて受け止めた。賊の一員から譲り受けたこの刀から、心なしか力をもらっている気がした。
「チヨコ、どいて!」
後方からのミノルの声。
私が左方向に走り出した瞬間、紅の光線が巨大蜘蛛の頭部を貫通した。さすがの威力だった。巨大蜘蛛は弱々しい悲鳴をあげながら、だらんと八本の腕を垂らし、胴体ごと地面に伏した。
「どうやら一匹一匹はそこまで強くないようだね」
私は頷いた。私たちが故郷で闘った巨大蜘蛛は、そもそもが神なのだ。それに比べれば、この巨大蜘蛛たちとはまだ善戦できる。
「こう言ったら不謹慎だけど……なんだか懐かしいね。あのときも私たちは二人で闘ったんだ」
「うん。あれから世界は変わってしまった。なにもかもが」
でも、もう私は諦めない。私が世界を地獄に引きずり込んだのだ。平和を取り戻す義務が私にはある。
視線を前方へと戻した。
綺麗に設えられた石畳と、その先に構える洞窟。私の思った通り、わずかに人の気配がする。
「賊の拠点地、か……」
ぼそりとミノルがつぶやいた。
「知ってるの?」
「映像だけね。都を破壊して、次はここも狙う予定だった」
「そう……」
頑丈な石で構成されているためか、なんとか上空からの光線にも耐えきれているようだ。だがそれも、あいつに見つからなければの話になる。
「なんでここに来たんだい? 隠れるつもりでもないよね」
「後で話すわ。とにかく中へ入りましょう」
以前と比べれば、内部は静かなものだった。戦闘員のほとんどはやはり負傷したか、帰らぬ人となってしまったのだろう。代わりに、まるで戦闘経験もなさそうな女子供があちらこちらにいる。みな一様におびえているようだ。
思った通りだ。ここは怨念から身を守るための駆け込み寺となっている。さきほど怨神討伐のために村民らが清恨の森に来ていたが、その関係者であろう。
さらに奥へ進むと、見覚えのある扉が見えてきた。かつてカクゾウと作戦会議をした部屋だ。
扉を開けて、まず安堵した。カクゾウはやはり生きていた。五人の老人たちと机を囲み、何事かを話し込んでいる。その五人のうち一人の顔を見て、私は息を呑んだ。
「ち、長老……!」
「お、おお……チヨコか!!」
ずいぶん懐かしい顔だった。長老はしばらくぽかんと私とミノルを見上げると、涙を浮かべながら抱きついてきた。
「よかった……生きていたか、生きていたか!」
「はい……なんとか」
長老は私の両肩に手を置くと、一歩私から引いた。穏やかな瞳に見つめられ、思わず懐かしさが込み上げてきた。
「うむ。また大きく成長したようじゃの、チヨコ」
「いえ、私は……」
「気にするな。話はすべて聞いておる。大変じゃったろう」
「そんな……」
恐縮する私に頷いてから、長老は私の肩越しのミノルへ視線を送った。
「帰ってきたか。ミノルよ」
「……はい。ご迷惑をかけました」
「あまり自分を責めるでないぞ。わしの村を救ったのもまた、おぬしなのだ」
「とんでもないです……」
二人の会話を聞きながら、私はカクゾウへ視線を落とした。
「チヨコか。生きていたようだな」
と相変わらずの無表情でカクゾウが言った。
「お互いにね。それにしても、なんて風のふきまわしよ?」
「なにがだ」
「一般の村民をかくまうなんて、賊のやることじゃないってこと」
「はっ、それを条件にこいつらと手を組んだんさ」
そう言ったのは五人の老人のうちのひとりであった。
「ってことはやっぱり、みなさんも各地の村の村長さん?」
「おう。作戦会議ってやつだ」
自然と笑顔が浮かんできた。よかった。いまのところすべて思った通りだ。怨神のことは各地の長老が一番詳しい。カクゾウが頼るとしたら彼らしかいない。
   
私は胸元から勾玉の石を取りだし、皆に向かって口を開いた。
「この石は怨神の力の一部。さっき人型の化け物も、この石にはひるんでた。一瞬だけどね」
「……ほう?」
「ここには各地の長老が集まってる。ってことは、すべての石が揃うわね」
カクゾウの目が徐々に見開かれていく。
「チヨコ。おまえまさか……」
私は頷いた。
石ひとつでは、奴の動きを止めるだけで精一杯だ。
だが、石のすべてが揃えば。
怨神の力が、完全にひとつにまとまれば。
沈黙が流れた。みな私の提案を慎重に咀嚼しているようだった。
やがて私の故郷の長老が、重たそうに口を開いた。
「たしかに筋は通っておるが……ひとつ問題がある」
「え……?」
きょとんとする私に、長老は申し訳なさそうに言った。
「その方法が確実にうまくいく保証はないのであろう?」
「はい、実際にやってみないことには……」
「ならば、誰がそれをやるのじゃ。失敗すれば奴の餌食になってしまうぞ」
たしかにその通りだ。もし私の提案が間違いであれば、作戦の実行役は間違いなく巨大蜘蛛にさせられる。
でも。
「他にあいつを止める方法はありません。私がやります」
「お、おいおい、あまり突っ走るな。よく考えることも大事じゃぞ」
「これ以上時間がありますか。いまにも多くの人が亡くなっているのに」
「し、しかし……」
長老は黙り込んでしまった。
確実な方法なんてわかるわけがない。だったら思い付く限りの努力をする以外にない。
沈黙を打ち破ったのは、カクゾウのどっしりとした声だった。
「その言葉。二言はないな」
ゆっくり頷いた。
事態がここまでややこしくなったのは私の責任だ。私以外に誰がやる。
「安心して。もし私が化け物になっても、容赦なく殺していいから」
再び静寂が訪れる。長老が他の打開策を懸命に考えてくれているようだが、なにも思いつかないらしい。
「情けないの……若者にすべてを任せるしかないのか」
無念そうにうなだれる長老。
しかし次の瞬間、予想外の発言があった。
「……なら、僕もやるよ」
驚いて私はミノルに目を向けた。
なんで。こんな危険な役は私ひとりで充分なのに。
ふん、とカクゾウが鼻を鳴らした。
「麗しい愛情というやつか。だが認められんな。もし失敗すれば、化け物が二体になる」
しかしミノルは引かなかった。
「あの欲望は怨神でも手に負えなかった最悪の化け物だ。悪いけど、石だけじゃ力が足りない」
「……ほう? その力の埋め合わせを貴様がやるというのか?」
「そういうことさ。僕は唯一の、怨神から力を授かった人間だ」 
がっはっは、と村長のひとりが笑い声をあげた。
「南の村長よ。おまえのところにはずいぶんと豪気な若者がいるではないか」
「し、しかし……」
「いいではないか。いまどきこんな人間はおらん。彼女らにすべて託そう」
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