禁断の愛情 怨念の神
死闘の果てに
もし、私に時を戻す能力さえあれば。
いますぐにでも戻りたい。私が初めてを無くした、あの頃へ。
ミノルが私たちを敵対心したのはそれがきっかけだ。いまや状況は最悪の結末へと転じてしまった。多くの人が死に絶え、怨神までもが命を落とし、ミノルは片腕をなくした。
私のせいだ。私のせいで、こんな……
「やった、やったぜ!!」
人々の歓声が聞こえる。賊のひとりがカクゾウの名を呼び始めると、まわりの者もそれにならって賊の長の名を叫ぶ。
怨神の討伐はたしかにかつての私が望んだ結末だ。でも、だからといってこんな終わり方は……
「そうだ、おい、お頭」
賊のひとりが人々の歓声を止めた。
「そういやよ、こいつ、どうする?」
「ああ、その小僧か……」
小僧。その言葉にはっとした。
顔をあげると、片腕を失ったミノルが数人の賊に囲まれていた。もはや彼に精力などなかった。主をなくした神の使いは、両膝をつき、顔をがくんと落としている。腕が痛いだろうに、声ひとつあげていない。ただただ、左手で肩をおさえているのみだ。
「お、おい!」
慌てたようにショウイチが止めに入る。
「怨神を仕留めたんだからもういいだろ!! これ以上殺すこたぁねえはずだ!」
「んー、でも、なぁ?」
言いながら、賊のひとりが他の男に目配せした。
「そいつは俺の仲間を大勢殺した。腕一本くらいでハイ終わりってわけにはいかねえよ」
「怨神が死んだんだ、ミノルの洗脳も解ける。もう暴れることはねえっての!」
「違う違う。これは落とし前の問題なんだよ」
「なんだと……?」
やめて。もうやめて。
これ以上争ってどうするの。怨神がいないと私たちはこんなにも醜くなってしまうの。
こんな結末誰も求めていない。
「んじゃ、そのガキの始末は任せたわー。俺はそこいらの動物狩ってくる。腹へってしょうがねえ」
「お。じゃあ俺もそうすっかなー」
「俺はいいや。メシよりそこの嬢ちゃんが欲しい」
死闘の果てに得た人類の生存。
でも、これでよかったのだろうか。私たちはもしかして、取り返しのつかないところまできてしまったのではなかろうか。
まわりを見ると、さっきまで巨大化していた動物らが、通常の大きさに戻っていた。彼らはもはや、食べ物に飢えた人間の格好の的だった。やっと空腹を満たせるとばかりに、次々と動物が殺されていく。焼かれていく。
「こんなんでも、同じ人間だ。恨むならヒトとして生まれたことを恨むしかあるまい」
いつの間にかカクゾウが隣に立っていた。
「小僧の処遇はあとで決める。俺は放免しても構わんが、家族を殺された奴もいる手前、それはできん。わかってくれ」
わからない。そんなこと、わかりたくもない。
と。
ふいに、私は言いようのない怖ぞ気を肌に感じた。
なんだこれは。以前にも似たような霊気を感じたことはある。だが、今回の「これ」はまったくの段違いだ。
はっとした。
――そうだ、この戦慄は初めて巨大蜘蛛と相対したときとまったく同じ――
本能のままに私は上空を見上げた。
欲だ、となぜかすぐにわかった。
見覚えのある黒い煙。それが空中のある一点に集中して吸い寄せられている。初めて見る光景ではあるが、私の目が、耳が、頭が激しく警告している。
あれは危険だ。危険すぎる。
「ま、まずいよ!!」
これまでずっと黙っていたミノルが初めて口を開いた。彼もやはり「あれ」に気づいたようで、険しい顔で黒い物体を睨んでいる。
「怨神が死んだことで、いままで抑えられていた負の感情が初めて放出されたんだ。もしあれに触れたら……」
口調が変わっているのは洗脳が解けたことの表れか。
いや、そんなことを考えている場合ではない。
「触れたらどうなるの!?」
「話は後だ! いまはここから逃げ――」
瞬間。
煙の集合体だった「それ」は、明確な形へと変貌を遂げた。
形容するなら、それは私たちと同じ人型である。だが表情はない。目と思わしき紅の光点が二つあるだけで、あとはすべて漆黒。かつて戦った巨大蜘蛛と比べれば可愛らしい姿だが、奴から感じる殺気は蜘蛛とは別次元だ。
それも当然か。かつての巨大蜘蛛は、怨神がなんとか欲望を抑えつけていた姿である。だがあいつは違う。もう欲を制御できる者はいない。何百年、何千年と怨神が溜め込んだ負の感情の塊だ。
「カ、カカカ、ガガガ……」
奴は低い男の声を発した。
「クイタイ……メシヲ、モット……。オンナモ、カネモ、ゼンブホシイィィ!」
「ナンデ、アノオトコハアタシヲミナイノ……。ミテ、アタシヲモットミテ!!」
「シネ……シネ……。アンナヤツハシネバイインダ……」
吐き気を感じた。
なんて醜く汚いんだろう。怨神はいままでこんなものと戦っていたのか。それもたった一人で。
「ガガガ……シンジャエ、ミンナシンジャエ!!」
奴は片手を突き出すと、邪悪な黒の光線を発した。それは動物を追いかけていた賊に命中し――
そして、私は自分の目を疑った。
凄惨な悲鳴をあげたその賊は――あろうことか、かの巨大蜘蛛の姿へと変貌を遂げた。 
いますぐにでも戻りたい。私が初めてを無くした、あの頃へ。
ミノルが私たちを敵対心したのはそれがきっかけだ。いまや状況は最悪の結末へと転じてしまった。多くの人が死に絶え、怨神までもが命を落とし、ミノルは片腕をなくした。
私のせいだ。私のせいで、こんな……
「やった、やったぜ!!」
人々の歓声が聞こえる。賊のひとりがカクゾウの名を呼び始めると、まわりの者もそれにならって賊の長の名を叫ぶ。
怨神の討伐はたしかにかつての私が望んだ結末だ。でも、だからといってこんな終わり方は……
「そうだ、おい、お頭」
賊のひとりが人々の歓声を止めた。
「そういやよ、こいつ、どうする?」
「ああ、その小僧か……」
小僧。その言葉にはっとした。
顔をあげると、片腕を失ったミノルが数人の賊に囲まれていた。もはや彼に精力などなかった。主をなくした神の使いは、両膝をつき、顔をがくんと落としている。腕が痛いだろうに、声ひとつあげていない。ただただ、左手で肩をおさえているのみだ。
「お、おい!」
慌てたようにショウイチが止めに入る。
「怨神を仕留めたんだからもういいだろ!! これ以上殺すこたぁねえはずだ!」
「んー、でも、なぁ?」
言いながら、賊のひとりが他の男に目配せした。
「そいつは俺の仲間を大勢殺した。腕一本くらいでハイ終わりってわけにはいかねえよ」
「怨神が死んだんだ、ミノルの洗脳も解ける。もう暴れることはねえっての!」
「違う違う。これは落とし前の問題なんだよ」
「なんだと……?」
やめて。もうやめて。
これ以上争ってどうするの。怨神がいないと私たちはこんなにも醜くなってしまうの。
こんな結末誰も求めていない。
「んじゃ、そのガキの始末は任せたわー。俺はそこいらの動物狩ってくる。腹へってしょうがねえ」
「お。じゃあ俺もそうすっかなー」
「俺はいいや。メシよりそこの嬢ちゃんが欲しい」
死闘の果てに得た人類の生存。
でも、これでよかったのだろうか。私たちはもしかして、取り返しのつかないところまできてしまったのではなかろうか。
まわりを見ると、さっきまで巨大化していた動物らが、通常の大きさに戻っていた。彼らはもはや、食べ物に飢えた人間の格好の的だった。やっと空腹を満たせるとばかりに、次々と動物が殺されていく。焼かれていく。
「こんなんでも、同じ人間だ。恨むならヒトとして生まれたことを恨むしかあるまい」
いつの間にかカクゾウが隣に立っていた。
「小僧の処遇はあとで決める。俺は放免しても構わんが、家族を殺された奴もいる手前、それはできん。わかってくれ」
わからない。そんなこと、わかりたくもない。
と。
ふいに、私は言いようのない怖ぞ気を肌に感じた。
なんだこれは。以前にも似たような霊気を感じたことはある。だが、今回の「これ」はまったくの段違いだ。
はっとした。
――そうだ、この戦慄は初めて巨大蜘蛛と相対したときとまったく同じ――
本能のままに私は上空を見上げた。
欲だ、となぜかすぐにわかった。
見覚えのある黒い煙。それが空中のある一点に集中して吸い寄せられている。初めて見る光景ではあるが、私の目が、耳が、頭が激しく警告している。
あれは危険だ。危険すぎる。
「ま、まずいよ!!」
これまでずっと黙っていたミノルが初めて口を開いた。彼もやはり「あれ」に気づいたようで、険しい顔で黒い物体を睨んでいる。
「怨神が死んだことで、いままで抑えられていた負の感情が初めて放出されたんだ。もしあれに触れたら……」
口調が変わっているのは洗脳が解けたことの表れか。
いや、そんなことを考えている場合ではない。
「触れたらどうなるの!?」
「話は後だ! いまはここから逃げ――」
瞬間。
煙の集合体だった「それ」は、明確な形へと変貌を遂げた。
形容するなら、それは私たちと同じ人型である。だが表情はない。目と思わしき紅の光点が二つあるだけで、あとはすべて漆黒。かつて戦った巨大蜘蛛と比べれば可愛らしい姿だが、奴から感じる殺気は蜘蛛とは別次元だ。
それも当然か。かつての巨大蜘蛛は、怨神がなんとか欲望を抑えつけていた姿である。だがあいつは違う。もう欲を制御できる者はいない。何百年、何千年と怨神が溜め込んだ負の感情の塊だ。
「カ、カカカ、ガガガ……」
奴は低い男の声を発した。
「クイタイ……メシヲ、モット……。オンナモ、カネモ、ゼンブホシイィィ!」
「ナンデ、アノオトコハアタシヲミナイノ……。ミテ、アタシヲモットミテ!!」
「シネ……シネ……。アンナヤツハシネバイインダ……」
吐き気を感じた。
なんて醜く汚いんだろう。怨神はいままでこんなものと戦っていたのか。それもたった一人で。
「ガガガ……シンジャエ、ミンナシンジャエ!!」
奴は片手を突き出すと、邪悪な黒の光線を発した。それは動物を追いかけていた賊に命中し――
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