禁断の愛情 怨念の神

魔法少女どま子

幼き死神

「――さて、いくよ」
 感情のない目で、コウイチロウは私に襲いかかった。獲物は短刀。すかさず私は刀身で防ぐ。やはり見事なまでの素早さだ。先程の攻撃からもわかるように、圧倒的な身のこなしで相手を翻弄するのが彼の戦い方だろう。油断していたらあっという間に首を持っていかれかねない。
 そして同時に、忘れてはならないことがある。相手は決して私の敵ではないということだ。できれば双方無傷でこの闘いを切り抜けたい。

「――はっ!」
 気合いとともに、私は相手の短刀を押し返した。コウイチロウはすんでのところで後方へ飛び退く。土煙をあげながら、私から離れた位置に着地した。押し返された衝撃で隙が生じるのを防ぐためだろう。なかなかどうして見事な腕前だ。

「お姉ちゃん、思ってたより強いね。先生はいるの?」
「……いたよ。もう会うことはできないけれど」
 言いながら、私は刀を鞘に戻した。素手のまま構え直した私に、コウイチロウが眉をぴくりと動かす。
「ねえ、武器なしで戦うの?」
「うん」
「なんで? 僕が子どもだから?」
「うん」
「……へぇ。そうなんだ」

 明らかに不快感を露わにするコウイチロウ。鋭い眼光で短刀を構える。
「僕を馬鹿にする大人たちはみんな死んでいったよ……こうやってね!」
 土煙をあげながら、コウイチロウがこちらに疾駆してくる。私の手前に到達する寸前で、彼はくるりと横に反転しながら私の手前に背後まで回り込む。そのまま遠心力のこもった一撃が、私の首を狙い――

「はっ!」
 かけ声とともに、私は下方向からコウイチロウの腕へ手刀を浴びせる。コウイチロウは驚いたように目を見開いた。彼の腕が痺れたように硬直したからだ。コウイチロウの手から落ちた短刀を奪い取り、その切っ先を相手の鼻先に向ける。

「うっ……」
 コウイチロウが観念したようにぴたりと止まった。ここで死を覚悟できるあたり、本当にただ者ではない。
「……なんで殺さないの。いましかないでしょ」
「あなたが、子どもだからよ」
 瞬間、コウイチロウの目付きが変わった。憎悪のこもった眼差しでわたしを睨み付ける。
「なんだよ! お姉ちゃんまでそうやって僕を馬鹿にして……!」
「馬鹿にはしてないよ。君は強い。子どもなのにしっかりしてるし、見習いたいくらいだよ」
「嘘だ! だったら早く僕を殺せよ!」

 私はコウイチロウの頬を平手で打った。今度は手加減しなかった。乾いた音とともに、コウイチロウの顔が横を向く。
「あなたは、この森に来ていろんな生き物を殺そうとした。ここの動物や私、そしてあなた自身でさえも」
「それがなんだよ! 邪魔者は殺す。お頭の命令なんだぞ!」

 またカクゾウか。
 その名前に私はなかばうんざりした。
 彼にとって、心の拠り所となるのがカクゾウだけなのだろう。幼きコウイチロウはずっと賊集団のなかで生きてきた。修羅の世界を過ごしてきた。でも不器用なせいで賊としてもうまく働けない。そんな敵だらけの世界で、唯一の光がカクゾウだった。
 だから、わかる。彼にとってカクゾウは親のようなものだ。カクゾウしか、知らないのだ。

「ねえ、コウイチロウ」
 私は呼び捨てで呼ぶと、彼の両肩に手を置いた。
「もし……この戦いが無事に終わったら、一緒に帰らない? 私の村に」
「え……?」
「カクゾウさんはしっかりした人よ。なんとなくだけど、それはわかる。あなたが憧れるのもね」
「…………」

 そしていまや、カクゾウは人類にとっては最後の希望だ。理不尽な暴力を振るう怨神に対して、圧倒的な意思力と指導力で人々を導く賊の長。
 だが、その長はまだ幼いコウイチロウに危険な役回りを押し付けた。さらには現在、人類を総動員して神を殺しにかかっている。
 ――止めなきゃいけない。絶対に。

 戦争が本格化したようだ。あちこちで悲鳴や雄叫びが響き渡っている。人が血を流し、獣が倒れている。別種の生物といえど、同じ地上で暮らす以上、ともに生きる道はないものか。殺し合うしかないのか。

 ぽつりと、コウイチロウは呟いた。
「お姉ちゃん……そうやって、僕を騙そうとしてるんでしょ。大人はみんなそうだ」
「なんで? そんなことしないよ」
 瞬間、コウイチロウは隠し持っていたらしい脇差を振るった。私の首筋を狙っているのがわかったが、構わなかった。私は強く彼を抱き締めた。
 首に当たる寸前で、脇差はぴたりと止まった。
「あなたはひとりの人間なの。誰かと仲良くなって、誰かに愛される権利があるのよ」

 私のその言葉は。
 迫害され続け、乾ききった子どもの心を強く打ったようだ。
 コウイチロウはなにも言わなかった。
 私はさらに強く彼を抱き締めた。






 コウイチロウを森の外へ避難させ、私は再び戦場へ舞い降りた。
 ショウイチとともにカクゾウを探し回るが、どこをどう見ても見当たらない。代わりに、怨神とミノルが数百人もの人間に囲まれているのを発見した。

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