禁断の愛情 怨念の神
愛情
私は部屋を出て、拠点内を歩き回ることにした。確かめたいことがあった。
しばらく探索していると、組織内はいくつかの集団で分けられていることがわかった。まず大きく分割すると、戦闘員と非戦闘員。戦闘員でも使用武器ごとに区分されていて、それぞれに鍛練部屋や寝床が割り当てられている。「慰安室」という一室が見つかったのは気のせいだということにしておいた。
私が着目したのは非戦闘員だった。
一声かけて非戦闘員の寝床部屋に入る。 まだ就寝の時間ではないので、横になっている者はいない。松明と、ただ藁が敷かれただけの簡素な一室に、のべ三十人もの男たちが詰め込まれていた。
「どうしたんですかな、お嬢さん」
壁にもたれて座っている男が話しかけてきた。
その男の姿を見て思わず息を呑む。彼は全身を包帯で包まれていた。目の周囲だけは空いているが、ほんのわずか見える隙間から、黒く焼けた肌がうかがえる。
「いえ……どうってことはないけど」
「だったら早く立ち去ったほうがよろしい。ここにいても良いことはなにも……グッ!!」
唐突に激しく咳き込む男。私は慌てて彼の背中をさすった。
「だ、大丈夫!?」
「ん、ありがとうな。こんなワシにすら優しく接してくれるなんて、天使のようなおなごよ」
そんなおおげさな。私は世界の安全より自分の恋人を優先してしまう、小さな女でしかない。
ふと見ると、男の前には何本かの刀があった。さっきまでこれを研いでいたようだ。
「あなた、刀の職人さん?」
「ああ。元は集落んなかで一丁前に店を構えてた。だが、自分の火の不始末で集落ごと焼いちまって……皮肉なことに、俺だけがこんな姿で生き残ってる」
自虐するようにへへへと笑う男。
「ほんとによ、お頭には感謝してるよ。こんなクズみたいな俺にも生きる道をくれた。……すまんな、こんな話聞きたくないだろ?」
「いいよ、そのまま話して」
ほんとに天使みたいな子だ、と言ってから、男は続けた。
「お若いの、あんたは賊の者ではなかろう?」
「うん」
「お頭はとにかく、外から見たらおっかねえ奴だ。俺も集落んなかにいたときは賊が恐ろしくて仕方なかった。でもお頭はできた男だ。そりゃ、やってることは誉められるもんじゃねえが……」
「……うん」
「おめえさんはめんこい娘や。こんなとこにいねえで、良い男と結ばれて、幸せに生きろよ」
「ありがとう。あなたも、頑張ってね」
そう言って男の手を優しく握る。
他にも色々な人々に話を聞いてまわった。やはり全員が訳ありのようだった。コウイチロウのように若くして捨てられた者、村民から不当に迫害された者、熊に襲われて両足を失った者……。その不幸な生い立ちを持つ彼らは、昔カクゾウに拾われ、自分の生きる道を見つけたという。
私はひとしきり話し終えると、「またおいでな~」という声を浴びながら自分の部屋に戻った。
カクゾウやその部下を許そうという気は一切ない。親や先生は私の大事な人だった。それを奪ったのは間違いなく奴らだ。どうひっくり返っても、賊は一生、私にとって悪者であり続ける。
でも、すこしだけ救われたような気もした。なんかこう……うまく言えないけれど、賊に奪われたものがすべて連中の道楽に使われているのではなく、こうして懸命に生きる人々の糧になっていることが。捨て子などに関しては、私たち村民にも責任がある。
だから。
明日、私がミノルと対決することで、こうして救われる人々がいるのなら。
変わらねばならない。私も。
強い決意を胸に、私は寝床についた。
☆
「……に……ヤ……のか」
「……よ。お頭……バレ……え」
ふいに目が覚めた。
ヒソヒソと話している声が聞こえる。扉の向こう側で、何者かが話しているようだ。
もう朝か。そんなに寝た感じはないが――
瞬間、扉がゆっくりと開けられた。
「やべ、起きてんじゃん」
「バカ、だったら早く行け」
寝ぼけた思考が回復した頃には、なにもかもが手遅れだった。私は真っ先に口を布で縛り付けられると、寝た姿勢のまま両手も拘束された。縄で締め付けられ、頭のうえまで持っていかされる。
「…………!!」
まずい。そう悟った頃には、もう声も出せない状況だった。慌てて視線を巡らせると、体格の良い男二人がニヤけた顔で私を見下ろしている。
「お、たしかに良い女だな」
「だろ? 整列してたときから俺ずっとビンビンだったよ」
びくっと鳥肌が立つ。男の指先を肌に感じる。すぅー、と這うように私の肢体を撫でていく
やめて。なにをするの。もうやめて!
その瞬間だった。
「オラなにしてやがるてめえら!」
聞き覚えのある声が響いた。
――ショウイチ。
熊にも劣らぬ腕力を持つ男は、憤怒の眼力で賊二人を睨み付けている。すさまじい威圧感だった。こんなに怒る彼をかつて見たことがない。信のすわった立ち居振舞いで賊と対している。
「な、なんだおまえは。ぶっ殺されたくなかったらこのことは秘密に――」
「るせえんだよ!」
熊すら圧倒する彼が相手では、賊二人に勝ち目はなかった。ほぼ秒殺といってもいいくらい、あっという間に二人は気絶した。
「けっ、つまんねえことしやがって」
何事かと先程の非戦闘員たちが駆けつけてきた。ショウイチが事情を説明すると、「本当にすまんな。こいつらには後でお頭にこらしめてもらいます」と言って、気を失っている二人をいずこへと引きずっていった。
「ショウイチ……ありがとう」
壁にもたれかかりながら、私は言った。乱れた服を元に戻す。
本当に危ないところだった。あんな奴らに犯されていたかもしれないことを考えると、心底ぞっとする。
「なに、いいってことよ」
「でも……なんでわかったの?」
「なにが」
「私が……こうなってたって」
私とショウイチの部屋は隣同士であるとはいえ、賊二人は見事なまでに音を立てていなかった。たぶんいままでも、こういうことをやってきたのだろう。だからこそ一時は諦めかけた。
「んーわかんねえな」
ショウイチは考え込むように腕を組んだ。
「カンっつーか……強いて言うなら、俺も男だからな。なんとなく予期できたんだよ」
男のカンというやつか。よくわからないが、また彼に助けられたことは事実だ。旅に出てからまだ一日しか経っていないのに、ショウイチには何度も助けてもらっている。
「俺さ、考えたんだよ」
ショウイチが呟く。
「もしミノルと戦うことになったら、殺したほうがいいのかってな。俺、あいつのことは大嫌いだけどよ、あいつを殺したときのことを考えたら、チヨコの泣き顔が浮かんでな」
「私の……?」
「ああ。あいつをぶっ殺すのは簡単だが、そんなことしたら、おまえも村のみんなも悲しむ。だから、頑張ってみるよ。明日、俺はミノルを殺さねえ」
私は思わず目を見開いた。
「だからって、俺は諦めねえぞ。いくらおまえがミノルを好きでも、必ずおまえを俺の女にする」
そう笑いながら話す彼の目には、一片の曇りもなかった。
彼も考え抜いていたのだ。明日のことを。ミノルをどうすればいいかを。
「ありがとう。私も決めたよ。もし万が一のことがあったら、いくらミノルでも私は容赦しない。私のわがままで世界を滅ぼすわけにはいかないからね」
ショウイチも同じく目を見開いたのち、ふっと笑った。
「そうか。偉いな、おまえは」
たくましい腕で頭を撫でられる。
数秒間、私とショウイチは見つめあった。
まったくの無音だった。
私たちの息づかい以外、なにも聞こえない。
「なあ、チヨコ」
「ん?」
「せめてミノルがいねえいまだけは――抱き締めさせてくれ。誓って変なことはしねえ」
「……うん。いいよ」
本当はあってはならない抱擁。それはわかっている。でも……
私は数分間、ショウイチのたくましい身体に包み込まれていた。
しばらく探索していると、組織内はいくつかの集団で分けられていることがわかった。まず大きく分割すると、戦闘員と非戦闘員。戦闘員でも使用武器ごとに区分されていて、それぞれに鍛練部屋や寝床が割り当てられている。「慰安室」という一室が見つかったのは気のせいだということにしておいた。
私が着目したのは非戦闘員だった。
一声かけて非戦闘員の寝床部屋に入る。 まだ就寝の時間ではないので、横になっている者はいない。松明と、ただ藁が敷かれただけの簡素な一室に、のべ三十人もの男たちが詰め込まれていた。
「どうしたんですかな、お嬢さん」
壁にもたれて座っている男が話しかけてきた。
その男の姿を見て思わず息を呑む。彼は全身を包帯で包まれていた。目の周囲だけは空いているが、ほんのわずか見える隙間から、黒く焼けた肌がうかがえる。
「いえ……どうってことはないけど」
「だったら早く立ち去ったほうがよろしい。ここにいても良いことはなにも……グッ!!」
唐突に激しく咳き込む男。私は慌てて彼の背中をさすった。
「だ、大丈夫!?」
「ん、ありがとうな。こんなワシにすら優しく接してくれるなんて、天使のようなおなごよ」
そんなおおげさな。私は世界の安全より自分の恋人を優先してしまう、小さな女でしかない。
ふと見ると、男の前には何本かの刀があった。さっきまでこれを研いでいたようだ。
「あなた、刀の職人さん?」
「ああ。元は集落んなかで一丁前に店を構えてた。だが、自分の火の不始末で集落ごと焼いちまって……皮肉なことに、俺だけがこんな姿で生き残ってる」
自虐するようにへへへと笑う男。
「ほんとによ、お頭には感謝してるよ。こんなクズみたいな俺にも生きる道をくれた。……すまんな、こんな話聞きたくないだろ?」
「いいよ、そのまま話して」
ほんとに天使みたいな子だ、と言ってから、男は続けた。
「お若いの、あんたは賊の者ではなかろう?」
「うん」
「お頭はとにかく、外から見たらおっかねえ奴だ。俺も集落んなかにいたときは賊が恐ろしくて仕方なかった。でもお頭はできた男だ。そりゃ、やってることは誉められるもんじゃねえが……」
「……うん」
「おめえさんはめんこい娘や。こんなとこにいねえで、良い男と結ばれて、幸せに生きろよ」
「ありがとう。あなたも、頑張ってね」
そう言って男の手を優しく握る。
他にも色々な人々に話を聞いてまわった。やはり全員が訳ありのようだった。コウイチロウのように若くして捨てられた者、村民から不当に迫害された者、熊に襲われて両足を失った者……。その不幸な生い立ちを持つ彼らは、昔カクゾウに拾われ、自分の生きる道を見つけたという。
私はひとしきり話し終えると、「またおいでな~」という声を浴びながら自分の部屋に戻った。
カクゾウやその部下を許そうという気は一切ない。親や先生は私の大事な人だった。それを奪ったのは間違いなく奴らだ。どうひっくり返っても、賊は一生、私にとって悪者であり続ける。
でも、すこしだけ救われたような気もした。なんかこう……うまく言えないけれど、賊に奪われたものがすべて連中の道楽に使われているのではなく、こうして懸命に生きる人々の糧になっていることが。捨て子などに関しては、私たち村民にも責任がある。
だから。
明日、私がミノルと対決することで、こうして救われる人々がいるのなら。
変わらねばならない。私も。
強い決意を胸に、私は寝床についた。
☆
「……に……ヤ……のか」
「……よ。お頭……バレ……え」
ふいに目が覚めた。
ヒソヒソと話している声が聞こえる。扉の向こう側で、何者かが話しているようだ。
もう朝か。そんなに寝た感じはないが――
瞬間、扉がゆっくりと開けられた。
「やべ、起きてんじゃん」
「バカ、だったら早く行け」
寝ぼけた思考が回復した頃には、なにもかもが手遅れだった。私は真っ先に口を布で縛り付けられると、寝た姿勢のまま両手も拘束された。縄で締め付けられ、頭のうえまで持っていかされる。
「…………!!」
まずい。そう悟った頃には、もう声も出せない状況だった。慌てて視線を巡らせると、体格の良い男二人がニヤけた顔で私を見下ろしている。
「お、たしかに良い女だな」
「だろ? 整列してたときから俺ずっとビンビンだったよ」
びくっと鳥肌が立つ。男の指先を肌に感じる。すぅー、と這うように私の肢体を撫でていく
やめて。なにをするの。もうやめて!
その瞬間だった。
「オラなにしてやがるてめえら!」
聞き覚えのある声が響いた。
――ショウイチ。
熊にも劣らぬ腕力を持つ男は、憤怒の眼力で賊二人を睨み付けている。すさまじい威圧感だった。こんなに怒る彼をかつて見たことがない。信のすわった立ち居振舞いで賊と対している。
「な、なんだおまえは。ぶっ殺されたくなかったらこのことは秘密に――」
「るせえんだよ!」
熊すら圧倒する彼が相手では、賊二人に勝ち目はなかった。ほぼ秒殺といってもいいくらい、あっという間に二人は気絶した。
「けっ、つまんねえことしやがって」
何事かと先程の非戦闘員たちが駆けつけてきた。ショウイチが事情を説明すると、「本当にすまんな。こいつらには後でお頭にこらしめてもらいます」と言って、気を失っている二人をいずこへと引きずっていった。
「ショウイチ……ありがとう」
壁にもたれかかりながら、私は言った。乱れた服を元に戻す。
本当に危ないところだった。あんな奴らに犯されていたかもしれないことを考えると、心底ぞっとする。
「なに、いいってことよ」
「でも……なんでわかったの?」
「なにが」
「私が……こうなってたって」
私とショウイチの部屋は隣同士であるとはいえ、賊二人は見事なまでに音を立てていなかった。たぶんいままでも、こういうことをやってきたのだろう。だからこそ一時は諦めかけた。
「んーわかんねえな」
ショウイチは考え込むように腕を組んだ。
「カンっつーか……強いて言うなら、俺も男だからな。なんとなく予期できたんだよ」
男のカンというやつか。よくわからないが、また彼に助けられたことは事実だ。旅に出てからまだ一日しか経っていないのに、ショウイチには何度も助けてもらっている。
「俺さ、考えたんだよ」
ショウイチが呟く。
「もしミノルと戦うことになったら、殺したほうがいいのかってな。俺、あいつのことは大嫌いだけどよ、あいつを殺したときのことを考えたら、チヨコの泣き顔が浮かんでな」
「私の……?」
「ああ。あいつをぶっ殺すのは簡単だが、そんなことしたら、おまえも村のみんなも悲しむ。だから、頑張ってみるよ。明日、俺はミノルを殺さねえ」
私は思わず目を見開いた。
「だからって、俺は諦めねえぞ。いくらおまえがミノルを好きでも、必ずおまえを俺の女にする」
そう笑いながら話す彼の目には、一片の曇りもなかった。
彼も考え抜いていたのだ。明日のことを。ミノルをどうすればいいかを。
「ありがとう。私も決めたよ。もし万が一のことがあったら、いくらミノルでも私は容赦しない。私のわがままで世界を滅ぼすわけにはいかないからね」
ショウイチも同じく目を見開いたのち、ふっと笑った。
「そうか。偉いな、おまえは」
たくましい腕で頭を撫でられる。
数秒間、私とショウイチは見つめあった。
まったくの無音だった。
私たちの息づかい以外、なにも聞こえない。
「なあ、チヨコ」
「ん?」
「せめてミノルがいねえいまだけは――抱き締めさせてくれ。誓って変なことはしねえ」
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