禁断の愛情 怨念の神
緊急同盟
情報交換。果たして信頼できるのか。長老いわく、父も先生も、「いつもの賊集団」に殺されたのだという。ゆえにこのカクゾウ一派が父の敵である可能性は極めて高い。そんな奴と情報の共有なんて……
「その目。信頼しかねるようだな」
カクゾウは鼻を鳴らしてそう言った。この男にとって、誰かに疑われることは日常茶飯事なのだろう。別段腹を立てる様子もなく、静かに片腕を上げた。
「行け。休憩時間だ」
瞬間、周囲の賊たちは小慣れた動きでそれぞれいずこへと走り去っていった。
私はショウイチをちらっと見る。村一番の強者は黙って首を縦に振った。彼も賊集団の気配を感じなくなったらしい。
「これで俺はひとりだ。その気になりゃおまえたちは簡単に俺を殺せる。これでも信頼できないか」
「……ああ、いいぜ」
答えたのはショウイチだった。
「ちょっと。大丈夫なの?」
「賊の情報網はかなりすげえはずだ。気持ちはわかるが、ここは理性的に行こうぜ」
親の敵と同じ空気を吸う。たまらなくおぞましい状況だ。だが……たしかにそんなことは言っていられない。怨神は村のひとつやふたつどころか、世界そのものを滅ぼしかねないのだ。
私が首肯すると、ショウイチはカクゾウに向かって言った。
「ただし、話す場所は俺らが決める。いいな?」
「よかろう。好きにしろ」
適切な場所として選ばれたのは、村で比較的損害のない家屋だった。天井は神に破壊されたのか吹き抜けになっているが、壁はまだほとんど残っている。これならどこからともなく矢が飛んでくるおそれはない。さらにほぼ真四角の小さな家なので、賊があらかじめ潜むこともできない。
元は囲炉裏であったろう場所に私たち三人は腰を落ち着けた。私の隣にショウイチが座り、その真向かいにカクゾウが座る。
「さて、先に言うが」
口火を切ったのはショウイチだった。
「俺たちはかなりの情報を持ってるぜ。各地の村長しか知らないことも知ってる」
「……ほう」
にやりとするカクゾウ。
私は目を見開きショウイチを見る。賊相手にいきなりなんてことを言うのだ。
「こっちの情報の質は保証する。だから最初はおまえから話してもらおうか。あるだけの情報すべてをな」
「……わしからすべて話せと? 大きく出たな小僧」
カクゾウの汚れた目が威迫の眼力でショウイチを捉える。
ショウイチは微動だにしなかった。胡座をかき、後ろ手を床につけている。長老と対したときのようなおちゃらけた姿勢だが、表情だけは崩れていない。
私は息を呑んだ。このまま二人とも刀を抜きそうな雰囲気だった。
「クク……ハハハハハッ!」
先に口を開いたのはカクゾウだった。
「なかなかに将来有望な小僧だ。部下に欲しいくらいだよ」
「話すのか話さねえのか、どっちなんだ」
「いいだろう。話してやる。すべての情報をな」
そう言ってカクゾウは腕を組んだ。
「まずは、そうだな。このくらいならおまえたちも知っていると思うが、このところ村が襲われ続けているのは我々の仕業ではない。怨神という神が元凶だ」
私は頷いた。
「……ここからが重要だ。わしの部下がある村に偵察に行った。そのとき怨神を見たらしいのだ。例によって奴は村を破壊し尽くしていたが……そのとき、妙なことを叫んでいたらしい」
「妙なこと……?」
「わらわは人間を絶滅させる……とな」
私とショウイチは顔を見合わせた。やはりか。
カクゾウはぴくりと眉を動かす。
「なんだ。そんなに驚いてないな」
「驚いてないというか……なんとなく予想できてたから。いまので確信を持てたっていう感じ」
そうか。そう言って、カクゾウは気を取り直したように話を続けた。
「そこでワシは考えた。怨神の目的が我々人間の絶滅であれば、奴の行く先はひとつしかない。東の都だ」
東の都。たしかにそうかもしれない。あそこには相当数の人が住んでいる。長老いわく、世界でもっとも大きな街だ。
私たち村民が自給自足で暮らしているのに対し、都の連中は通貨を払ってそれら衣食住を満たしている。彼らの暮らしは私たちとは比較にならない。家屋も衣服も食べ物も、それらを作れもしないのに極めて豪勢なのだという。
「ワシは部下を都に偵察させた。結果、怨神は見つからなかったが、代わりに不審な人物を見つけた。そいつは頻繁に都に出入りしているが、都の住人ではない。――そうだな、年齢はおまえたちに近い少年だ」
心臓が跳ねるのを感じた。私たちに近い若者。まさか。
「その男って、私と同じくらいの身長で、ちょっと茶色い短髪で、顔の小さめな人!?」
カクゾウは目を見開いた。
「なぜわかる? まさか知り合いか?」
はあ、とショウイチはため息をついた。
「俺たちゃその男を探してんだよ。あの馬鹿野郎、なにしてんのかと思ったら……」
私は胸の高鳴りを抑えられなかった。思わぬところでミノルの手がかりを発見した。これで会える。ミノルと。
「ち、ちょっと待て。その少年はやはり怨神と関係があるのか? 怨神の手先か?」
手先。その言い方にムッとしたが、怨神に脅されて従っている可能性もなくはない。
「はい。手先かどうかはわかりませんけど」
カクゾウは急に険しい顔つきになった。
「思った通りとはいえ、よくない状況だな。その少年は都の破壊の段取りを練っている。いくら怨神とはいえ、あそこには強力な兵器や武器があるからな」
「都が……破壊……ミノルが? 嘘でしょ?」
「本当だ。根拠もあるが、長くなる」
都が破壊。
その言葉の意味を、私は深く噛み締めた。
ミノルがそんなことをするとは思えない。だが、もし怨神に脅されているとしたら。故郷や私を人質にされているとしたら。
そう考えると背筋に悪寒が走った。
私の村は完全な自給自足で成り立っているが、土地に優れない村、たまたま天気に恵まれなかった村は、自給自足できなかった分を都から買っている。つまり都がなければ餓死してしまう村民が増える。
都の壊滅がそのまま人類滅亡の大きな一歩となる。
それに……彼に、ミノルにそんな可愛そうなことをさせるわけにはいかない。
「止めないと……」
無意識のうちに私は呟いていた。
カクゾウも頷いた。
「ああ。都の奴らはどうでもいいが、我々はまだ滅ぼされるわけにいかん。おまえたち、たしかにその少年と顔見知りなんだな?」
「はい」
「おまえたちの情報は後で聞こう。馬車を用意する……おまえたちの協力が必要になりそうだ」
「ば、馬車……?」
「ああ。都は歩いていくには遠すぎる。なんだ、なにか不満か?」
「いや、そうじゃなくて……」
恨んで恨んで恨み抜いた、親の敵。
先生の敵。
もちろんこの男が殺したとは限らないが、そんな男と同盟を組むことになるなんて。まさに悪魔との契約だ。
「ここは力を借りようぜ、チヨコ」
ぽんと肩を叩くショウイチ。
「うん、そうするしかなさそうね」
世界のために、ミノルのために、私たちと賊は一時休戦、協力することになった。
「その目。信頼しかねるようだな」
カクゾウは鼻を鳴らしてそう言った。この男にとって、誰かに疑われることは日常茶飯事なのだろう。別段腹を立てる様子もなく、静かに片腕を上げた。
「行け。休憩時間だ」
瞬間、周囲の賊たちは小慣れた動きでそれぞれいずこへと走り去っていった。
私はショウイチをちらっと見る。村一番の強者は黙って首を縦に振った。彼も賊集団の気配を感じなくなったらしい。
「これで俺はひとりだ。その気になりゃおまえたちは簡単に俺を殺せる。これでも信頼できないか」
「……ああ、いいぜ」
答えたのはショウイチだった。
「ちょっと。大丈夫なの?」
「賊の情報網はかなりすげえはずだ。気持ちはわかるが、ここは理性的に行こうぜ」
親の敵と同じ空気を吸う。たまらなくおぞましい状況だ。だが……たしかにそんなことは言っていられない。怨神は村のひとつやふたつどころか、世界そのものを滅ぼしかねないのだ。
私が首肯すると、ショウイチはカクゾウに向かって言った。
「ただし、話す場所は俺らが決める。いいな?」
「よかろう。好きにしろ」
適切な場所として選ばれたのは、村で比較的損害のない家屋だった。天井は神に破壊されたのか吹き抜けになっているが、壁はまだほとんど残っている。これならどこからともなく矢が飛んでくるおそれはない。さらにほぼ真四角の小さな家なので、賊があらかじめ潜むこともできない。
元は囲炉裏であったろう場所に私たち三人は腰を落ち着けた。私の隣にショウイチが座り、その真向かいにカクゾウが座る。
「さて、先に言うが」
口火を切ったのはショウイチだった。
「俺たちはかなりの情報を持ってるぜ。各地の村長しか知らないことも知ってる」
「……ほう」
にやりとするカクゾウ。
私は目を見開きショウイチを見る。賊相手にいきなりなんてことを言うのだ。
「こっちの情報の質は保証する。だから最初はおまえから話してもらおうか。あるだけの情報すべてをな」
「……わしからすべて話せと? 大きく出たな小僧」
カクゾウの汚れた目が威迫の眼力でショウイチを捉える。
ショウイチは微動だにしなかった。胡座をかき、後ろ手を床につけている。長老と対したときのようなおちゃらけた姿勢だが、表情だけは崩れていない。
私は息を呑んだ。このまま二人とも刀を抜きそうな雰囲気だった。
「クク……ハハハハハッ!」
先に口を開いたのはカクゾウだった。
「なかなかに将来有望な小僧だ。部下に欲しいくらいだよ」
「話すのか話さねえのか、どっちなんだ」
「いいだろう。話してやる。すべての情報をな」
そう言ってカクゾウは腕を組んだ。
「まずは、そうだな。このくらいならおまえたちも知っていると思うが、このところ村が襲われ続けているのは我々の仕業ではない。怨神という神が元凶だ」
私は頷いた。
「……ここからが重要だ。わしの部下がある村に偵察に行った。そのとき怨神を見たらしいのだ。例によって奴は村を破壊し尽くしていたが……そのとき、妙なことを叫んでいたらしい」
「妙なこと……?」
「わらわは人間を絶滅させる……とな」
私とショウイチは顔を見合わせた。やはりか。
カクゾウはぴくりと眉を動かす。
「なんだ。そんなに驚いてないな」
「驚いてないというか……なんとなく予想できてたから。いまので確信を持てたっていう感じ」
そうか。そう言って、カクゾウは気を取り直したように話を続けた。
「そこでワシは考えた。怨神の目的が我々人間の絶滅であれば、奴の行く先はひとつしかない。東の都だ」
東の都。たしかにそうかもしれない。あそこには相当数の人が住んでいる。長老いわく、世界でもっとも大きな街だ。
私たち村民が自給自足で暮らしているのに対し、都の連中は通貨を払ってそれら衣食住を満たしている。彼らの暮らしは私たちとは比較にならない。家屋も衣服も食べ物も、それらを作れもしないのに極めて豪勢なのだという。
「ワシは部下を都に偵察させた。結果、怨神は見つからなかったが、代わりに不審な人物を見つけた。そいつは頻繁に都に出入りしているが、都の住人ではない。――そうだな、年齢はおまえたちに近い少年だ」
心臓が跳ねるのを感じた。私たちに近い若者。まさか。
「その男って、私と同じくらいの身長で、ちょっと茶色い短髪で、顔の小さめな人!?」
カクゾウは目を見開いた。
「なぜわかる? まさか知り合いか?」
はあ、とショウイチはため息をついた。
「俺たちゃその男を探してんだよ。あの馬鹿野郎、なにしてんのかと思ったら……」
私は胸の高鳴りを抑えられなかった。思わぬところでミノルの手がかりを発見した。これで会える。ミノルと。
「ち、ちょっと待て。その少年はやはり怨神と関係があるのか? 怨神の手先か?」
手先。その言い方にムッとしたが、怨神に脅されて従っている可能性もなくはない。
「はい。手先かどうかはわかりませんけど」
カクゾウは急に険しい顔つきになった。
「思った通りとはいえ、よくない状況だな。その少年は都の破壊の段取りを練っている。いくら怨神とはいえ、あそこには強力な兵器や武器があるからな」
「都が……破壊……ミノルが? 嘘でしょ?」
「本当だ。根拠もあるが、長くなる」
都が破壊。
その言葉の意味を、私は深く噛み締めた。
ミノルがそんなことをするとは思えない。だが、もし怨神に脅されているとしたら。故郷や私を人質にされているとしたら。
そう考えると背筋に悪寒が走った。
私の村は完全な自給自足で成り立っているが、土地に優れない村、たまたま天気に恵まれなかった村は、自給自足できなかった分を都から買っている。つまり都がなければ餓死してしまう村民が増える。
都の壊滅がそのまま人類滅亡の大きな一歩となる。
それに……彼に、ミノルにそんな可愛そうなことをさせるわけにはいかない。
「止めないと……」
無意識のうちに私は呟いていた。
カクゾウも頷いた。
「ああ。都の奴らはどうでもいいが、我々はまだ滅ぼされるわけにいかん。おまえたち、たしかにその少年と顔見知りなんだな?」
「はい」
「おまえたちの情報は後で聞こう。馬車を用意する……おまえたちの協力が必要になりそうだ」
「ば、馬車……?」
「ああ。都は歩いていくには遠すぎる。なんだ、なにか不満か?」
「いや、そうじゃなくて……」
恨んで恨んで恨み抜いた、親の敵。
先生の敵。
もちろんこの男が殺したとは限らないが、そんな男と同盟を組むことになるなんて。まさに悪魔との契約だ。
「ここは力を借りようぜ、チヨコ」
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世界のために、ミノルのために、私たちと賊は一時休戦、協力することになった。
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